コラム

大人になった今だからこそ観る、イングマール・ベルイマンの世界~『ベルイマン生誕100年映画祭』

若いころに観た映画を大人になってあらためて観たら全く違った感想を持った、ということはありませんか? 若すぎて分からなかった映画や退屈だった映画が、ある一定の年齢を経てようやく理解できるようになった、遠い大人の世界に映ったものが身近な問題として感じられるようになった……。イングマール・ベルイマンの映画はまさにそんな映画なのではないかと思います。

『ファニーとアレクサンデル』(1982年)。(c) 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.

さまざまな人との出会いや別れ、いくつもの喜びや哀しみ。人生も半分を過ぎれば、誰だって多かれ少なかれいろんな経験をしているでしょう。世界を旅し自分を見つめ直した人、美術や文学、哲学などを通して見識を深めた人もいるでしょう。ベルイマンの映画ほどそうした人生経験とシンクロする映画はないかもしれません。

『沈黙』(1963年)。(c) 1963 AB SVENSK FILMINDUSTRI

この夏、ベルイマン生誕100年映画祭が開催!

そんなイングマール・ベルイマンの生誕100年を記念するレトロスペクティブがこの夏、東京・恵比寿のYEBISU GARDEN CINEMAを皮切りに、全国で順次開催されています。ベルイマンの60年以上にわたるキャリアの中から各時代の代表作13本をセレクト。しかも全作品が最新技術によって修復されたデジタル・リマスター版で公開されます。

巨匠たちに影響した “伝説的” 巨匠

1918年7月14日、ベルイマンはプロテスタントの牧師の子としてスウェーデンに生まれました。父の教育は厳しく、時に体罰もあったといいます。やがて父に強く反発したベルイマンは家を飛び出します。宗教と神の問題や愛と憎悪、親子の確執といったテーマにベルイマンが生涯にわたって取り組んだ背景には、若いころの自らの経験が大きく関係しているといわれます。

演劇の道に進んだベルイマンは、1946年『危機』で映画監督としてデビュー。1950年代に入ると、カンヌ映画祭審査員特別賞を受賞した『第七の封印』(1957年)、ベルリン映画祭金熊賞を受賞した『野いちご』(1958年)など、映画史に残る数々の名作を発表。アカデミー賞外国語映画賞にも3度輝くなど世界にその名を知らしめます。1982年公開の『ファニーとアレクサンデル』を最後に映画監督からの引退を表明しますが、2003年『サラバンド』で監督に復帰。晩年はバルト海に浮かぶフォール島で過ごし、2007年、89歳でその生涯を閉じました。

『野いちご』(1957年)。アンドレイ・タルコフスキーがオールタイム・ベストとして挙げた名作。  (C) 1957 AB Svensk Filmindustri

「映像の魔術師」、「北欧映画界の至宝」、「20世紀最大の巨匠」等々、ベルイマンは映画史における伝説的巨匠として高く評価されてきました。ウディ・アレンやジャン=リュック・ゴダール、スタンリー・キューブリック、マーティン・スコセッシ、ラース・フォン・トリアー、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥなど、ベルイマンに影響を受けたと語る映画監督は大変多く、ウディ・アレンの『マンハッタン』やウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』、デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』など、ベルイマンにインスパイアされた映画は枚挙に暇がありません。

人間の本質に迫る、数々の愛憎劇

ベルイマンの映画は時に容赦なく観る者の心を抉ります。世界的ピアニストの母と抑圧されて育った娘の確執を描いた『秋のソナタ』は観ていていたたまれなくなるぐらい。久しぶりに再会したことで露になる母娘の長く深い軋轢。積もりに積もった感情を娘が母にぶつける場面は壮絶です。実生活と重なるような母親役を演じた大女優イングリッド・バーグマンは自身の演技に満足し、この作品を最後に引退します。

『秋のソナタ』(1978年)。バーグマンとウルマンの熱い演技合戦も見もの。この息苦しさがベルイマン! (C) 1978 AB Svensk Filmindustri

上流階級の三姉妹と召使の4人の女性の愛と孤独を描いた『叫びとささやき』も人間の心の奥に潜むエゴイズムや偽善に鋭く迫ります。末期ガンの次女の見舞いに訪れた姉と妹。病に苦しむ次女に姉妹は献身的に尽くしますが、それはどこか表面的なもの。愛と安らぎを求める次女の苦痛は増し、孤独と疎外感が浮き彫りされます。ベルイマン映画を代表する3人の女優、ハリエット・アンデルセン、イングリッド・チューリン、リヴ・ウルマンが競演しているのも見どころです。

『叫びとささやき』(1973年)。4人の女性を通して描く愛の不在。いくつかのシーンはホラー映画『エクソシスト』にも引用されています。 (c) 1973 AB SVENSK FILMINDUSTRI

集大成的超大作『ファニーとアレクサンデル』

今回の映画祭の話題のひとつが、ベルイマン最晩年の代表作『ファニーとアレクサンデル』が久しぶりに5時間超のオリジナル版で上映されること。幼い兄妹の目を通し、三世代にわたる家族の物語が美しい映像とともに繰り広げられます。もともとはテレビドラマのために制作された5部構成の作品で、映画版として公開されると世界中で大ヒット。米アカデミー賞でも外国語映画賞をはじめ4部門で受賞するなど高く評価されました。ベルイマンの自伝的要素も強く、演劇好きな一家で育った設定や、アレクサンデルが母の再婚相手の主教から激しい体罰を受ける場面は、ベルイマンの幼いころの体験に基づいているといわれます。

『ファニーとアレクサンデル』(1982年)。スウェーデン映画史上最大の制作費を投じたことも話題に。美しい衣装や部屋の装飾も見どころです。 (c) 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.

数々の映画に影響を与えた『第七の封印』、そして『仮面/ペルソナ』

死神と騎士がチェスをする場面を映画ファンなら一度は観たことがあるのではないでしょうか。『第七の封印』は今も数多くの映画に影響を与えるベルイマン中期の傑作です。ペストが蔓延する中世ヨーロッパを舞台に、十字軍遠征の帰路、目の前に現れた死神から死の宣告を受けた騎士が自らの命を賭けて死神とチェスの勝負に挑むという物語。黒装束に白塗りの死神は『ウディ・アレンの愛と死』や『ビルとテッドの地獄旅行』でパロディ化されたり、チェスのシーンは日本でもスマッシュヒットした『(500日)のサマー』で再現されたりしています。『ロスト・ハイウェイ』や『ホビット 竜に奪われた王国』にも『第七の封印』を彷彿とさせるシーンがあるなど、いまなお多くの映画のイメージソースになっています。

『第七の封印』(1957年)。いまも語り継がれる映画史に残る名場面。 (C) 1957 AB SVENSK FILMINDUSTRI

ベルイマン映画の中でも最も前衛的といわれる『仮面/ペルソナ』も多くの映画に影響を与えています。精神を病み失語症になった女優と付きっきりで看病する看護師の人格が融合していく様子はデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』やロバート・アルトマンの『三人の女』のベースにもなっています。デヴィッド・フィンチャーの『ファイト・クラブ』ではサブリミナル的に男性器がインサートされていたことが話題になりましたが、それもベルイマンが『仮面/ペルソナ』で行っていたこと。『ポルターガイスト』で砂嵐のテレビ画面に子どもが手を伸ばす有名なシーンも実は『仮面/ペルソナ』からの引用だったりします。

『仮面/ペルソナ』(1966年)。何も語らない女優と自身の欲望や罪を赤裸々に語る看護婦…。心理ドラマの傑作です。 (c) 1966 AB Svensk Filmindustri

ベルイマンを語るなら外せない<神の沈黙>3部作

ベルイマンを知る上で観ておきたいのが、神の存在に疑問を投げかけた<神の沈黙>3部作。精神を病んだ娘を中心に、救いの手を差し伸べられない夫と娘の姿を冷徹に観察する父、慕う姉を前に苦悩する弟を描いた『鏡の中にある如く』、自分の内面の問題を神の無力さにすり替えて、愛人や信者を救うことのできない牧師の苦悩を描いた『冬の光』、言葉の通じない異国を舞台に、姉妹の間の深い溝と沈黙した関係を描き出した『沈黙』。数あるベルイマン映画の中でも最も哲学的で、難解とされる作品群ですが、神への疑問を深く滲ませつつ、神の沈黙とは人間の沈黙に他ならず、彼らを救うのは神ではなく、実は人間同士の言葉や理解なのだと語ります。

『冬の光』(1963年)。信仰に疑念を抱き、「もはや人生に意味などない」と語る牧師にはベルイマン自身や父の姿が反映されていると言われます。 (C) 1963 AB Svensk Filmindustri

国際的名声を獲得した中期を代表する傑作群

キネマ旬報外国語映画ベストテンで2年連続第1位を獲得するなど、日本でも高い人気を誇るのがベルイマン中期の傑作『野いちご』『処女の泉』

『野いちご』は、老医師が名誉博士号の授与式に向かう旅の途中、同行する息子の嫁や若者たちとの交流、たびたび幻に見る若き日の恋の思い出を通し、人生を振り返るという物語。老いや死、家族、夫婦といったテーマがベルイマンらしい静謐で叙情的な映像とともに語られます。

『処女の泉』(1960年)。スウェーデンの民話を基にした哀しい物語。映像の美しさも特筆的。 (C) 1960 AB Svensk Filmindustri

中世スウェーデンを舞台に、敬虔なキリスト教信者の娘の悲劇を描いた『処女の泉』はいま観てもショッキングな作品です。神とは何なのか、信仰とは何なのか。復讐を誓う父の姿に胸が痛みます。ベルイマンが黒澤明の『羅生門』に影響を受けて撮った作品としても有名です。

きらめく初期の恋愛映画と喜劇

ベルイマンはなんだか難しそうで、シリアスな映画ばかりだな、と思っていませんか? 初期の代表作『夏の遊び』はゴダールが「もっとも美しい映画」と絶賛した作品。ひと夏の恋の懐かしくも切ない思い出を通して、恋人との生活にいま一つ踏み込めないでいるバレリーナの主人公が壁を乗り越えようとするラブストーリーです。

男女6人が織り成す恋愛ゲームを描いた『夏の夜は三たび微笑む』はシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を思わせるようなオトナの喜劇。これがベルイマン?と思うほど、軽妙で、おおらかで、ロマンチックで、ちょっとエロティック。ウィットに富んだ詩的な会話も楽しい。喜劇といえば、初期キャリアの到達点といわれる『魔術師』もベルイマンのひねりの効いたユーモアが楽しめます。旅回りの魔術師一座とインチキを見破ろうと待ち構える人々の間で起きる恋愛騒動や幽霊騒動。ベルイマンの堅苦しさが苦手という人にもオススメです。

『夏の夜は三たび微笑む』(1955年)。北欧の白夜の中で繰り広げられるベルイマンには珍しいロマンティック・コメディ。 (C) 1955 AB Svensk Filmindustri

 

神の沈黙だ、哲学的だなんて言われると、とっつきにくいかもしれませんが、そこに描かれるのは、家族や夫婦、親子の関係だったり、人間の弱さや脆さだったり、心の葛藤やコンプレックスだったり、実は身近なテーマばかり。ベルイマンの映画がいまも古さを感じないのはそこに理由があるのだと思います。この夏、ベルイマンが描くオトナの世界に触れてみてはいかがでしょうか。

ベルイマンの残した偉大な業績を展望できる貴重な機会です!

【イベント情報】
『ベルイマン生誕100年映画祭』
2018年7月21日より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国にて順次開催
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
協賛:スウェーデン大使館
協力:シネマクガフィン
公式サイト:
http://www.zaziefilms.com/bergman100/

Conrad

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日本美術など展覧会の感想を綴ったアートブログ「The Salon of Vertigo」(http://salonofvertigo.blogspot.com)を中心に活動。20代、30代は年間100本ペースの映画漬けの日々を送るも、今は暇さえあれば美術館に足を運ぶアート漬けの日々を送ってます。歌舞伎や文楽など伝統芸能も好き。甘党。

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