アート

北斎の「内面」に深く切り込んだドキュメンタリー映画『大英博物館プレゼンツ 北斎』

浮世絵は世界的な人気がある、日本美術の代表と言えますが、とりわけこのところの葛飾北斎の人気は特別で、まさに世界的な「北斎ブーム」となっています。

生誕250周年、没後160年と節目ごとに大きな展覧会が組まれ、2016年には北斎が、生まれ生涯のほとんどを過ごしたゆかりの地である墨田区両国に「すみだ北斎美術館」が設立され、2017年には数々のテレドラマやドキュメンタリー番組が組まれ、雑誌の特集や関連書籍の刊行が相次ぎました。

「北斎ブーム」を世界的なものとしたものはなんでしょう? その理由に触れることができそうな映画が制作されました。長編作品としては初めて葛飾北斎をテーマとした映画『大英博物館プレゼンツ 北斎』です。

現在、全国で順次公開されている本作品について、その見どころや感想を含めた映画鑑賞後のレポートをお届けしたいと思います。

映画『大英博物館プレゼンツ 北斎』の概要

本作『大英博物館プレゼンツ 北斎』は、2017年の夏に英国・ロンドンの国立大英博物館で開催された展覧会『Hokusai: Beyond the Great Wave(北斎―大波の彼方へ)』を取材した、長編のアートドキュメンタリー映画です。

本作は、展覧会の舞台裏や葛飾北斎作品について、BBCとNHKが共同取材・製作を敢行。NHKが推進する8K高精細映像データを活用した、非常にクリアな拡大映像で作品を徹底分析するだけでなく、研究者たちの証言を通して、画家・葛飾北斎の生涯を振り返り、北斎の「内面」を深く探求していきます。

本作品では、現代美術の巨匠・デイヴィッド・ホックニーや、日本美術史の第一人者・辻惟雄(つじ のぶお)など、アートファンによく知られたアーティストや研究者達が多数出演。その中でも、映画のガイド役として本作を「熱く」盛り上げてくれるのが、展覧会を企画・監修したティム・クラークとロジャー・キースです。

2人の北斎研究者。左がティム・クラーク、右がロジャー・キース。Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

情熱的で北斎への本物の「愛」が感じられる2人の研究者

ティム・クラークは、現在、大英博物館のアジア部門日本セクションのキュレーターを務める、日本の美術史に非常に精通した研究者です。江戸時代、明治時代を中心に浮世絵や春画などの「日本画」に詳しく、過去には大英博物館で「春画展」を企画したことでも知られます。

もうひとりのロジャー・キースは、北斎研究この道50年。長年、北斎を愛し、北斎研究に情熱を注いできた研究者なのです。映画内では彼の研究室が何度か写されましたが、数十年にわたって研究室内を埋め尽くす膨大な資料群には目を見張るものがありました。

本作の見どころは、この二人の驚くべき博識ぶりと研究量。そして、熱く情熱的な語り口です。特に、ロジャー・キースは、作品を見ながら感極まって言葉に詰まり、涙ぐむほどで、北斎への揺るぎない愛情を目の当たりにすると、おもわずこちらももらい泣きしそうに。

北斎、晩年の傑作に注目

本作品で取り上げられた北斎の主な作品は、展覧会同様、70代以降の晩年の作品が中心になっており、版画集「富嶽三十六景」の代表的な作品「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」は、8K映像での徹底分析に加え、世界的に珍しい初刷りとの比較や、作品に反映された時代性や、北斎の精神性を分析していきます。

▼「神奈川沖浪裏」(「The Great Wave」)

北斎が世界の美術史に名を刻むきっかけになった代表作。海外でのタイトルは「The Great Wave」。図らずも、北斎が描こうとしたものを言い表しています。Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

▼「凱風快晴」

通称”赤富士”として知られ、日本でも大人気の作品です。映画では幻の「ピンク富士」と言われる初刷り作品が登場します。Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

また、北斎は最晩年期、自宅が火事にあったことをきっかけに浮世絵の制作をパッタリやめてしまいます。それ以降、亡くなるまでひたすら肉筆画を描き続けましたが、この最晩年の傑作群が、大英博物館の展示での白眉。映画でも、こうした最晩年期の大傑作も、しっかりフォーカスしています。

特に印象的だったのが、こちらの「富士越龍図」。90歳まで生きた北斎が、亡くなる数ヶ月前に描いたとされる「絶筆」です。富士山をかすめて描かれた昇り龍は、北斎自身を表現していると言われています。

▼「富士越龍図」

Wikipediaより引用

「一百歳にして正に神妙ならんか 百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん(百歳には正に神妙の域に達するだろう。百歳を超えれば、一点は一つの命を得たかのようになるだろう)」と画業への飽くなき追求をしてきた北斎は、本作を描き上げたのち、「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし(天が私をあと五年の命を保ってくれれば、本物の画家になれただろう)」との言葉を残して逝ったと言われています。

大英博物館での展覧会を追体験!

Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

後半部分では、実際に館内を見て回り、主な作品を取り上げて解説して回っていくシーンも収録されています。いわば、展覧会のビジュアル・ガイドツアー的な役割を担っているのです。

そういう意味では、ロンドンでの本展や、その後、大阪・あべのハルカス美術館で開催された凱旋展「北斎ー富士を越えて」を見逃した人にとっては、後から展覧会の雰囲気を追体験できる機会にもなります。これは見逃せませんね。

まとめ

「大英博物館プレゼンツ 北斎」は、単に北斎の画業や技法など「技術的」な側面を振り返るだけでなく、北斎の人生を多角的に分析しその「内面」や「精神性」に深く迫ろうとするアプローチが非常に印象的でした。アートファンであるかどうかは関係なく、様々な観点から気づきをもらえるような、深みのあるドキュメンタリー映画でした。ぜひ、映画館の大画面で北斎の作品を思う存分楽しんでください。

★映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」詳細情報
作品名:『大英博物館プレゼンツ 北斎』
全国の劇場で順次公開中
配給:東北新社 / 配給協力:DBI INC
監督:パトリシア・ウィートレイ
提供:大英博物館
ナレーション:アンディ・サーキス
出演:デイヴィッド・ホックニー、ティム・クラーク 他
2017/イギリス/87分/英語・日本語
原題 British Museum presents: Hokusai
後援:ブリティッシュ・カウンシル
協力:浦上蒼穹堂 すみだ北斎美術館 凸版印刷株式会社

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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