アート

「仙人」と呼ばれた画家・熊谷守一、モリの1日をユーモラスに描く:映画『モリのいる場所』

熊谷守一(くまがい もりかず)という画家をご存知でしょうか? 1880年に事業家の家に生まれ、明治から昭和の高度成長期まで、長く作家活動を続けた洋画家の巨匠です。若くして画壇にデビューするも、清貧を貫き、絵で家族を養うことができたのは50歳を過ぎてからでした。その後、年齢を重ねるに連れて、徐々に作風を変化させ、風景や事物の本質をシンプルに描く独自のスタイルで人気の作家となりました。

2018年は熊谷守一の没後40年。これを記念して、2017年12月1日~2018年3月21日まで約4ヶ月間、東京国立近代美術館にて、大規模な回顧展「熊谷守一 生きるよろこび」が開催されました。初日、最終日ともに非常に多くの来場者で盛り上がっていました。同展は現在、愛媛県美術館で6月17日(日)まで開催中です。

没後40年で注目される熊谷守一ですが、5月19日(土)に熊谷と妻・秀子を主人公とした映画「モリのいる場所」が公開され、現在、大ヒット上映中です。熊谷守一はその人物、人間性そのものが多くの人々から愛されていました。彼に魅せられた文化人・著名人は数知れず。本作は、そんな熊谷守一を慕い、彼の自宅へと集まってきた人々が織りなす人間模様を描いた作品です。

映画「モリのいる場所」は大ヒット公開中

4月中旬に行われたトークイベントで「モリのいる場所」について語る沖田修一監督

本作が制作される上で、2人のキーマンがいます。本作を監督した沖田修一監督(「南極料理人」「横道世之介」)と、本作の主演・山崎努です。沖田監督は、自身の代表作のひとつである「キツツキと雨」を岐阜県恵那市で撮影中、印象的な大物俳優役で出演していたベテラン俳優・山崎努から、撮影地近くの「熊谷守一つけち記念館」を勧められたことがきっかけで、はじめて熊谷守一のことを知ったのだとか。

東京・池袋の静かな住宅街にある熊谷守一美術館(2018年4月撮影)

その後、東京・池袋にある「熊谷守一美術館」にも何度か通い、熊谷守一の「仙人」のような風貌や、「30年以上、自宅を出たことがない」というエピソードを知り、人間としての熊谷守一への興味が高まっていったといいます。そしてついにある日、山崎努を主演として「この映画を撮りたい!」と思い立ったのだそうです。沖田監督は、主演を引き受けてくれる確証すらない中、山崎努主演を想定した脚本を書き、一気に仕上げて山崎努のところへ持っていきました。すると、やはり熊谷守一の大ファンだった山崎努は、これに対して二つ返事で主演を引き受けたそうです。

山崎努が演じるのは、94歳になった最晩年における、熊谷守一こと「モリ」のある1日です。いつものように起き出してきて、家族との朝ごはん。それが終わったら、モリは鬱蒼と生い茂った自宅の庭を歩き回っては、草木や昆虫・鳥に目を止め、じーっと観察するのです。特に映画冒頭からの約15分間は、ひたすら仙人・モリが庭で動植物と対峙するシーンが延々と流れるため、なんだか生物ドキュメンタリーを見ているような気分になります。

昼頃になると、「モリ」の家にはご近所さんや写真家、画商、遠方からの訪問客など、様々な来客でにぎわいます。中には、誰も知らない客まで紛れ込んでいたり。しかし、やはりその中でもモリが主役です。モリを介して、色々な人が食卓を囲み、まるで家族のように和気あいあいとモリについての話題で盛り上がる人間模様は、どことなく古き良き昭和の大家族を彷彿とさせました。このあたりの演出は、沖田修一監督の真骨頂と言えそうです。また、仏頂面でほとんど表情を崩さないのに、かわいくてくすっとさせる「モリ」を演じた山崎努の好演も光ります。

こうして、「モリ」の忙しい1日がユーモアたっぷりに描かれます。特筆すべきは映画の中で描かれる様々なエピソードの大半が、実際の出来事をベースに描かれていることです。例えば、映画冒頭で昭和天皇と思しき高貴な人物が「この子供のような絵はだれが描いたのですか」とつぶやくシーンや、政府からかかってきた電話で文化勲章授与を打診されるも、あっさりその場で断るシーンなどは、全て実話からの引用なのです。

「モリ」の家の庭に登場する動物や昆虫。他にも沢山出てきます。

また、映画内で登場する、ハチや黒揚羽、三毛猫、金魚、アリ、ハトといった庭の生き物たちは、特に晩年の熊谷守一が好んで絵画のモチーフとして取り上げた動植物ばかりです。終盤で映し出される一瞬だけ庭から見上げた夜空に映る「半月」は、彼の代表作《宵月》(1966)を表現しているのでしょうか。このように、熊谷守一の作品が好きなアートファンなら、映画のあちこちで、ニヤリとさせられるシーンに出くわすことでしょう。

もっとも、熊谷守一や彼の絵画作品について知識が一切なくても、十分楽しめます。作品内では「モリ」が絵を描くシーンは一切描かれません。画家を主人公とした映画は、アートドキュメンタリーのような硬派な作品であることが多いですが、本作はあくまで、沖田修一監督の感じた人間・熊谷守一の「人間性」に焦点を当て、時にファンタジーのようなアプローチも織り交ぜつつ、ユーモアたっぷりに描かれているのです。

どこか懐かしい感じの、昭和の初夏のある1日を、味わい深く描いた作品です。派手な演出やハラハラドキドキといった刺激的な展開は一切ありませんが、心にすーっと染み渡る映画として、心に残る作品と言えます。生きる喜びをゆっくりとかみしめながら晩年期を過ごしたモリと一緒に、アリの足音に耳を澄ませてみてください。

★映画「モリのいる場所」詳細情報
公開日:2018年5月19日
監督・脚本:沖田修一
配給:日活
公式HP:mori-movie.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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