日蓮聖人の降誕八百年を記念して、新作歌舞伎『日蓮』が6月3日(木)〜28日(月)まで東京の歌舞伎座で公演されています。
日蓮と名乗るまでの経緯と、目で見ることのできない心の動きと葛藤を、主演の市川猿之助は歌舞伎でどのように表現するのでしょうか。
楽活編集部では、本作を公演初日に観劇させていただくことができました。あらすじを知りたい方やこれから観劇される方に向けて、同作のあらすじと見どころをレポートします。
日蓮誕生秘話を描くため、ワンピース歌舞伎で魅せた最強タッグがふたたび!

本作は、比叡山で修行をしていた蓮長(れんちょう)が日蓮を名乗るまでの道程を、細やかに描いた創作歌舞伎です。
部隊は、蓮長が籠もっているお堂の扉を開けようと押し寄せた複数の僧侶を、一人の僧侶・麒麟坊がなだめているシーンから始まります。開始早々、ただならぬ雰囲気に呑まれそうです。どうしてこれほど僧侶たちが怒りをあらわにしているのかというと、このお堂がある比叡山延暦寺は、浄土宗や臨済宗など名だたる宗派を開いた名僧とゆかりのある地。その比叡山延暦寺で、蓮長は法華経のみが唯一無二の尊い経典であると説いたのです。
先の発言からも察せられる蓮長の激しい気性を心配しつつ、「災害や疫病などに苦しむ人々を助けたい」という熱い思いに共感する僧侶・成弁(じょうべん)は、お堂に籠もったままの蓮長を麒麟坊と一緒に説得しようと試みます。
しかし、タイミング悪くやってきた高僧・尊海(そんかい)によって、蓮長とは関わらないよう釘を差されたうえに、一緒に説得しようとした麒麟坊を連れ去られてしまうのです。
一方、蓮長が籠もっているお堂の中では、阿修羅天が善日丸(ぜんにちまる)に対して「弱い心や情けは不要だから捨て去れ」と迫り、蓮長には「比叡山にはいつまで籠もっているのか」と尋ねます。自分が抱えている思いは変わらないものの、自身の言動が原因で恩義のある人を苦しませたくないと、蓮長は苦しい胸の内を吐露しました。蓮長の回想を交えつつ、阿修羅天と善日丸を加えた三者によるやりとりは続き、ある人物がお堂の下から登場したシーンから話は急展開を迎えます。

本作の構成・脚本・演出は、劇団「扉座」主宰として知られている劇作家・演出家の横内謙介氏。ともに演出に携わり主演を務めるのは、澤瀉屋(おもだかや)四代目市川猿之助。
劇団活動にとどまらず、スーパー歌舞伎やミュージカルなどへの作品提供もし続け演劇を知り尽くしている横内氏と、立役(たちやく・歌舞伎の男性役全般)も女形もこなす大注目の若手花形歌舞伎役者・市川猿之助がタッグを組んだ時の実力は、数年前に大きな話題にもなったワンピース歌舞伎で、皆様すでにご存知かと思います。
実は●●●だった!舞台だから実現できた「こころ」の表現方法

市川右近扮する善日丸の可愛らしさ、そして阿修羅天にも臆することなく真正面から向き合う真摯さは、重厚感のある物語の中で一服の清涼剤でもあります。また、初日だったこともあり、緊張をほぐそうとした猿弥扮する阿修羅天が連発する小ネタに対して、会場内から笑い声が聞こえてくる場面もありました。
それにしても、本来であればお堂に籠もっているのは蓮長ひとりのはず。それなのに、なぜお堂には善日丸と阿修羅天がいるのでしょうか。
実は、善日丸も阿修羅天も蓮長が持つ異なる思いが形をなしたもの、どちらも蓮長その人なのです。
善日丸は仏教の道に進む前の幼い蓮長で生来の自愛に満ちた心の姿、対して阿修羅天は仏教を守る存在であることから、蓮長の心にある仏教を信じ広めようとする情熱のシンボルとして、それぞれ描かれています。
つまり、蓮長と善日丸と阿修羅天による鼎談は、お堂に籠もり外界をシャットダウンした状態で「自分はこれからどうあるべきか」を考え抜いている状態を表現していたのです。
これには思わず「ははぁ…」となりました。物や目では見えないものの存在を伝えるとき、歌舞伎では擬人化をすることがあるのですが、まさかここで擬人化を取り入れるとは。同時に、両者は蓮長の感情を擬人化した存在であることに気づいた瞬間から、蓮長の中にある葛藤の激しさがよりリアルに伝わってくるようになりました。
日蓮が持つ激しさとは「優しさ」と「力強さ」でもある

日蓮が活躍した鎌倉時代は、異常気象による飢饉と疫病の流行、戦乱による世の中の乱れが顕著な時代でもありました。明日どうなるかわからない「浮き世」という意味では、コロナの流行による影響を受けて生活様式が変わり、数年先はおろか数ヶ月先の生活ですら全く予想できない。そう考えると、私たちが生きる現在と重なる部分も多いです。
「悩めるすべての人のため、なんとしてでも現状を変えたい」
言葉では簡単ですが、いざ考えて実行するには最後までやりとげようとする強靭な意志が欠かせないものです。
見方を少し変えてみれば、日蓮の持つ激しさとは、人間が本来持っている優しさと、仏道を歩むことで身につけた己に対する厳しさがぶつかり混じり合うことで生まれた、進む道の先にあるどのような困難も乗り越えていこうとする強い心のあらわれだったのではないでしょうか。
蓮長が持つ熱い気持ちと希望の光を、この機会に歌舞伎座で体感していただけたら幸いです。
【公演情報】

六月大歌舞伎
会期:2021年6月3日(木)~28日(月)
第一部 午前11時~
第二部 午後2時10分~
第三部 午後6時~
※開場は開演の40分前を予定
【休演】7日(月)、17日(木)
劇場:歌舞伎座
チケット好評発売中
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/717/
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