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【セミナーレポート】夢の西洋美術史500年/第1回:中世編

ここ数年、社会人を中心とした「教養ブーム」にも後押しされてアート関連の講演会やトークイベントが大盛況ですよね。有名な著者や講師が出演する講演会やセミナーでは、募集開始とともに瞬殺で座席が埋まってしまうことも珍しくなくなりました。

さてそんな中、2019年の夏、募集開始わずか1時間でチケットが売り切れた大人気のセミナーがあります。それが特別講座「夢の西洋美術史500年」です。

この講座は、美術を体系的に学びたいビジネスパーソン向けに講談社・クーリエ・ジャポン編集部三菱一号館美術館が2019年夏~秋にかけて企画した全5回の集中講座です。今年で2年目の開催です。

2019年は、豪華な講師陣に加え三菱一号館美術館での秋の注目展「印象派からその先へ―世界に誇る 吉野石膏コレクション展」の特別内覧会がついて、全5回の受講料はわずか12,000円。

これは瞬殺だな・・・と思っていたら案の定でした。司会を務めるアートブロガー「青い日記帳」TakさんのTwitterやブログで募集告知を出した瞬間、約100名の枠は速攻で埋まってしまったのでした。

そんな大人気の講座「夢の西洋美術史500年」ですが、今回運良く取材させていただくことができました。申し込みできなかった人にもぜひ当日の雰囲気だけでも伝わればと、毎回簡単に講座のレポートを書いていきたいと思います!

第1回のテーマは「中世美術」

さて「夢の西洋美術史500年」では中世から印象派まで、時系列に沿って5つのテーマをピックアップ。それぞれのテーマに最も精通した講師の方に毎週末約90分間お話をして頂くスケジュールとなっています。全体のタイムテーブルは以下の通りとなっています。

8/24 中世──近代絵画に霊感を与えた伝統
講師:加藤磨珠枝
8/31 バロック 
講師:宮下規久朗
9/7 ロココ
講師:小林亜起子
9/28 新古典・ロマン主義〜マネ
講師:井口俊
10/5 印象派〜マティス 
講師:岩瀬慧

第1回のテーマは、「中世」です。初回から非常に興味深いテーマですよね。考えてみれば、日本で開催される西洋美術展は、そのほとんどがルネサンス期以降の近代~現代美術に偏っているような気もします。西洋美術の古代を扱う展覧会は、たまにポンペイ展や古代ギリシャ展など、考古学的な要素も含めて展覧会が開催されることがありますが、中世を包括的にまとめた展覧会は滅多にお目にかかれません。(一方東洋美術であれば仏像・仏画・刀剣・書跡・陶磁器等々、かなり充実しているのですが・・・)

だって作品を簡単に持ってこれないですからね。中世の美術といえばすぐに思いつくのが壮麗なロマネスク様式、あるいはゴシック様式の教会建築であったり、教会のカベに彫り込まれたモザイク画だったりですが、それらは基本的に展覧会に持ってくることができませんからね。

ということで、本講座は私達アートファンにとって、ある意味一番なじみの薄い「中世」について、そのエッセンスとなる部分をぎゅっと90分に凝縮して学べる素晴らしい機会となりました。さっそく、その講座について見ていきましょう。

第1回の講師は、加藤磨珠枝先生!

おっとその前にまず会場と講師陣の紹介を先にやっておきましょう。まずはこちらが全5回の講座会場となる大手門タワー・JXビル1F「3×3 Lab Future サロン」です。主催の三菱一号館美術館からほど近い好立地で、最近できたためか非常に明るく清潔感あふれる多目的セミナールームでした。美術館でよく見る無料講座やギャラリートークよりも平均年齢は10歳ほど低く、非常に若い人が目立ちます。誰一人寝ている人もおらず、非常に皆熱心に講座に集中していました。

第1回の講師は、立教大学教授・加藤磨珠枝(かとうますえ)先生。東京藝術大学を大学院まで学ばれ、専門は西洋中世美術史・キリスト教美術です。専門書も多数書かれていますが、最近手掛けられた訳書クリストファー・デ・ハーメル『世界で最も美しい12の写本』は要注目。長身でりりしい立ち姿が印象的で、優しく落ち着いた語り口に魅了されました。

そして、全5回の講座で司会を務めるのが、「楽活」のメインライターも勤めているアートブログ「青い日記帳」のTakさん。トレードマークでもあるハンチング帽をかぶり、いつものように的確な進行で会場を盛り上げてくれました。アートや美術鑑賞についての豊富な知識・経験を持ちながら、一方でファン目線を忘れずにいてくれるので、会場の受講者が「今何を疑問に感じているのか」その場で感じ取って、的確に代弁してくれるのは非常にありがたいのです。

それでは、いよいよ講座内容を―といっても有料講座なので、全文掲載できるわけではないのですが、講座を受けられなかった方にもエッセンスがわかるよう、セミナーで特に印象的だった点を要約してお伝えしますね。

ポイント1:中世ってどんな時代だったの?ヨーロッパの黒歴史?

ヨーロッパにおける「古代」とは、イタリア半島からヨーロッパ全土へと版図を広げたローマ帝国の傘の下、布教活動が進んだキリスト教文化が花開いた時代でした。

しかしヨーロッパ最強を誇ったローマ帝国も4世紀末には東西に分裂。弱体化していきます。この空隙を突いて、はるか東方から遊牧民族がヨーロッパ大陸を圧迫。これを受けゲルマン民族がヨーロッパ中を大移動したことで、新たな国家群が形成されていきます。加藤先生の話では、概ね9世紀頃にシャルルマーニュによってフランク王国(今のフランスの原型)が建国された頃を、本格的な「中世」の始まりと見て良いとのことです。

ところで、美術史を見ていくと、一般的には中世は「古代」と「ルネサンス期」をつなぐ美術の空白期間=暗黒時代と言われることが多いですよね。写実的で3Dのリアルな彫刻芸術等が花開いた古代から、技術的にも大きく後退し、封建社会の下で古典文化が衰退していった・・・etc。

しかし、加藤先生の講座を聞いた後では、その単純な先入観はハッキリ間違っていたことがわかりました。ルネサンス美術の巨匠達は、決して古代彫刻のみを技術的・精神的なお手本として古代美術の復興を目指したわけではないのです。古代の肖像彫刻などで使われた「図像」はきちんと中世を経由してルネサンス期に伝えられていました。

ボッティチェリの代表作「ヴィーナスの誕生」では、古代~中世の肖像彫刻で流行した女性のポーズを踏襲している。

ファム・ファタル的なイメージを連想させる「(裸で)カガミを見ながら髪をとかす女」の図像は、古代~中世~ルネサンス~近代へと脈々と受け継がれている。

ではなぜ中世美術が一段下に見られがちなのか?というと、その最大の原因は、中世の人々が古代に普及していたような写実的でリアルな3次元描写を好まず、古代から受け継いだ図像を心の中の「概念」として線と面で平面的に描くことを好んだからなのです。現世よりも死後の「神の世界」にこそ真実があると考えた中世の人々は、対象を目に見えるまま描くのではなく、頭の中の理想像を象徴的・概念的に描くようになっていきました。それは、3次元の立体的なイメージに慣れた現代人から見ると、技術的にも精神的にも後退してしまったように見えてしまうのです。

ポイント2:中世美術の2次元描写に見る意外な先進性とは?

中世といえば、いわゆる聖堂の障壁画として描かれた「モザイク画」が思い浮かびますよね。古代ギリシャ彫刻などと比較してみるとパッと見て非常にプリミティブな印象を抱かせます。

しかし、加藤先生の解説によると、実はこのモザイク画は「印象派」にも通じる共通点があるのだそうです。よーくモザイク画を見てみると、1つ1つのタイルには1色ずつ微妙に異なる色がつけられています。これらを引いて遠目から見ることで、タイル毎に違う色が塗られた色彩が鑑賞者の網膜の中で混じり合い、一つの図像が浮かび上がる仕掛けになっていることがわかります。

これって、いわゆるモネやルノワールが実践した「筆触分割」やスーラなどが実践した「点描」などによる印象派の手法と同じなんですね。なんと印象派が苦心して編み出した技法は、1000年以上前のロマネスク建築に埋め込まれていたのでした(笑)

ただ、印象派との違いは、彼ら中世の芸術家達があくまで聖人の顔や身体のみを切り取って描いたことに対して、印象派は描く対象を3次元空間の中で捉えていたことです。モネやルノワールは、物体だけでなく、物体と物体をつなぐ空間(=大気)の空気感を大事にしていたのですね。中世の作品が、人の顔以外にあまり関心がないのとは非常に対照的です。

ポイント3:ケルト美術における抽象表現の美しさ

日本では非常にマイナーではありますが、加藤先生が中世美術としてピックアップされたのが、ケルト民族の独特の抽象芸術です。

もともとケルト人はヨーロッパ全土に居住していましたが、古代末からのゲルマン民族大移動によって、彼らはヨーロッパの辺境、アイルランドまで押しやられてしまいます。

しかしそんな辺境において彼らが保持し続けたのが、独自の抽象芸術でした。それは、彼らが異教からキリスト教へと乗り換えた際も残り続け、彼らの生み出した細密な抽象表現は、教会建築の周辺装飾などに取り込まれるなどして、20世紀初頭のカンディンスキーらによる抽象絵画へとつながっていきました。

凄いですよね。この独創的なデザインセンス。渦巻文が入れ子構造になっていたり、複雑につながりあっていたりと非常に細密です。

ポイント4:文字装飾の驚くべき発達

2次元平面での装飾・描画技術が発達した中世では、聖書を中心として「文字装飾」が異様に発達していきます。最初は「頭文字」など一部の文字が引き伸ばされ、フォントの内部にケルト的な組紐文様が描きこまれたりしましたが、時代を追うにつれて装飾文字がページ全体を覆うようになっていきます。

「ケルズの書」に至っては、古代アルファベットでキリストを表す「XPI」とたった3文字だけが羊皮紙全面に超絶技巧な細密文様で描かれるなど、装飾文字が大発達していったのです。

ポイント5:「神」を図像として描かない不自由さから生まれた美術表現

中世では、聖人や眷属はモザイク画や各種工芸などで描かれましたが、キリスト教の教義上「神」そのものを直接描き表すことは忌避されました。その結果、神は「手」だけが慎ましやかに描かれたり、「神」の存在を間接的に指し示す、人々の感情に訴えかけてその存在を暗示するような抽象的な図像で描かれたのです。

そこで非常に興味深かったのが、戦後アメリカの抽象表現主義の代表的な画家の一人であるマーク・ロスコの作品を思わせるような福音書の扉絵です。

11世紀に描かれた「ケルンの聖アンドレアスの福音書」の扉絵の出来栄えは凄いですよね。透明感のあるシンプルなライトブルーの扉絵からは、心の奥底まで神に見透かされそうな静かな凄みを感じます。これが現代アート展で「マーク・ロスコ作品」として展示されていても全く気づかないかもしれませんね。

まとめ

古代やルネサンス期や近代、現代の芸術に比べると、平面的で一見粗雑・稚拙なイメージのある中世美術。しかし、Takさんの素晴らしいファシリテーション、加藤先生のわかりやすい講義を聴講して中世美術への視点が一気に広がり、僕の中での先入観は大きく変わりました。

「神」を直接記せない制約から生まれた独特の抽象表現や、辺境地域で保持され続けたケルトの細密な文様装飾、やり過ぎなほど美しくアルファベットが彩られた装飾本、印象派の先駆けとなった点描表現など、一つ一つ見ていくと豊潤でバラエティに富んだ独自の表現世界があることに気付かされます。

中世は決して美術史にとって「暗黒」の時代だったわけではなく、神の世界へ憧れる中から生まれた、独自色豊かな美の世界が広がっていたのですね。今度美術館で中世の美術作品を見るのが楽しみです!

かるび

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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