アート

【セミナーレポート】夢の西洋美術史500年/第4回:新古典・ロマン主義~マネ編

2019年秋、西洋美術史を体系的に学びたい人向けに講談社クーリエ・ジャポン編集部と三菱一号館美術館が主催する人気講座「夢の西洋美術史500年」。8月24日(土)の中世編を皮切りに、毎週土曜日に絶賛開催中です。

そして本講座もいよいよ9月28日(土)に早くも第4回の開催となりました。第3回から3週間後となる今回は久々の開催となりましたが、始まってみればそんなブランクを全く感じさせない熱気ぶり。

だってセミナー会場がオープンする開始30分前と同時に、受付を済ませた受講生が「前のほうから」着席していくのですからね。企業向けセミナーや学校の授業などではまず見かけない光景であります。

そんな大人気の講座「夢の西洋美術史500年」ですが、今回のテーマは「新古典・ロマン主義~マネ」です。第3回のロココもそうでしたが、19世紀前半のサロンで活躍した新古典主義やロマン主義の作家たちの作品は、あまり日本では見かけることがありません。意外にも、アングルやダヴィッドの作品を直接「ナマ」で見た経験ってあんまりないですよね。

なので、これは我々日本人にとって馴染みの薄い、印象派よりもちょっと前の作家たちの動向をまとめて学ぶチャンスかも?!と思い、非常に期待して受講してまいりました。

では早速第4回のレポートをまとめてみたいと思います!

第4回の講師は井口俊先生!

第4回は、前回に続いて新進気鋭の若手、井口俊先生が登場。

東京大学大学院、パリ西大学ナンテール・ラ・デファンス大学院修士課程修了。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。

ご専門は19世紀フランス美術史で、エドゥアール・マネとその周辺の画家たち。講義終盤で、マネ最晩年の傑作《フォリー・ベルジェールのバー》をはじめて見た時震えるような感動を覚えたと仰っていたのが印象的でした。理知的でキビキビとしたムダのない講義スタイルが素晴らしかったです。

本日もファシリテーターを務めるのはアートブログ「青い日記帳」主宰のTakさん。そういえば心なしか、一時期より少しスリムになられたでしょうか?会場に応援に来られていた奥様にお聞きすると「炭水化物を減らすようにしたら、最近ベルトの穴が2つ縮まった」とのこと。羨ましい!

講座終了後は、先日出版された著書「失われたアートの謎を解く」に関連したミニ講座も聞くことができました!

19世紀フランス美術史を理解するなら、まずは「サロン」に注目すべし!

18世紀以来、芸術の中心地はローマやフィレンツェ、ヴェネツィアといったイタリア諸都市からフランスの首都・パリへと移行していきますが、19世紀も引き続きその流れが定着します。

つまり19世紀の美術史を俯瞰するならば、まずはフランスにおける美術史の動向を押さえることが何よりも大切になるということです。

こうして見てみると、19世紀の絵画史は、主要な流派・様式を押さえるだけでもアカデミズムからポスト印象派まで、1世紀の間に6つの大きな潮流が目まぐるしく移り変わっているという慌ただしさに驚かされます。

古典主義~ロココまで100年くらいかけてゆっくり移行してきた17世紀~18世紀とは違い、随分忙しいですよね。まさに近代にかけて時間の流れがどんどん速くなっている感じがします。

では、なぜこれほど絵画の潮流が激しく変遷していったのでしょうか?

井口先生の解説では、19世紀直前から革命と王政復古を短期間のうちに繰り返したフランス国内での政治動向に、絵画史も大きく影響されていたからであるとのこと。そして、フランス国内の政治史と絵画史が深くリンクしていた背景には「サロン」という存在がありました。

「サロン」は、17世紀に設立された王立アカデミーに起源を持ち、当初アカデミー会員だけが作品を展示できるほぼ唯一にして国内最大の新作発表の場でした。ルーヴル宮殿に設けられた「サロン・カレ」(四角の間)が展示に使われたことから、通称「サロン」と呼ばれるようになります。

その後、サロンは段階的に自由化が図られ、基本的に誰でも出品できる審査制の公募展へと変わっていきます。それでも19世紀を通して、サロンは主要な画家にとってほぼ唯一の新作発表の場として機能し続けました。

たとえば、井口先生が講義の中で特に重要な作品としてピックアップしてくださった19世紀美術史のランドマーク的な絵画として、ドラクロワ《キオス島の虐殺》、クールベ《オルナンの埋葬》、マネ《草上の昼食》などを見てみると、こうした歴史上著名な作品は見事に全てサロン出品作なんですよね。

実際、井口先生がまとめてくださった(必見!)画家の系譜を見ていると、印象派や後期印象派といったサロンから独立して活動を始めていた作家でさえ、ほぼ全員がフランスアカデミズムで活躍した巨匠たちの系譜のどこかにキレイにおさまってしまうということがよくわかります。

だから、井口先生は「19世紀フランス美術史を理解するには、サロンについて知っておくべき」と強調されていましたが、それは当然ですよね。様々な手段で無限に発表の場が用意されている現代とは違い、19世紀中頃までは「サロン」で作品を発表し、人々はみなサロンに集って最新の芸術動向を確認していたのですから。

それでは、特に本講座の中からポイントとなった講義の要点を5つに絞ってまとめてみたいと思います。(本当はもっとあって、理想は全部書き起こしたいくらいなのですが・・・^_^;)

ポイント1:怒涛の19世紀をサロンの入選作で俯瞰する!

本講義で非常に印象的だったのが、サロンでの出品作を定点観測することで19世紀の美術史の変遷が確実に見えてくる、ということでした。

たとえば、井口先生がまとめてくださった1785年、1824年、1850-51年と1865年のサロン出品作をまず眺めてみましょう。

まず1785年では、新古典主義の旗手ダヴィッドの記念碑的作品が出品されている一方、まだヴィジェ・ルブランやヴァルトミュラーなどの肖像画からはフランス革命前の華やかな宮廷文化を反映したロココ時代の残滓が感じられますね。

これが約30年経つと様相は一変。ナポレオン追放とともにダヴィッド失脚後、新古典主義の切り札としてアカデミーに君臨したアングルやダヴィッドの弟子たちが隆盛する一方、ロマン派の若手ドラクロワが初入選。さらに外国人画家としてイギリス人の姿も見えますね。

さらに30年ほど下ると、やや世俗化した新古典主義からジェロームやメソニエなど有力な画家が出続ける一方、ドラクロワやシャセリオーなどロマン派も健在。これに加え、レアリスムの旗手クールベや印象派のさきがけとなったバルビゾン派など諸流派が入り乱れてきました。

そして最後に1865年。ロマン主義は陰が薄くなる一方で、クールベ、マネといった新世代だけでなく印象派作家も相次いで入選。ギュスターヴ・モローのような象徴派までいますね。印象派は、1874年から1886年まで彼ら独自の印象派展を開催しますが、その間隙を縫ってちゃんとサロンにも勝負作を出していたんです。

こうしてサロン出品作を定点観測してみると、絵画史における潮流の切り替わりが思ったよりゆっくりしていることに気付かされます。一度に全員がある絵画様式に一斉に傾倒していったわけではなく、パリという狭い街で様々な流派が並立しつつ、政治や文化の流れに合わせてゆるやかに移り変わっていったのだなということがよく理解できますね。

ポイント2:ダヴィッドが切り開いた新時代

僕が今ひとつよくわかっていなかったのが、なぜ華やかで優美なロココ絵画が、ある時から質実剛健な新古典主義へと180度違う方向性へと切り変わったのかということでした。

そのきっかけとなった記念碑的作品が、1785年にダヴィッドがサロンに出品した《ホラティウス兄弟の誓い》という作品です。ローマ的な石造りの建物を背景に、兄弟が父に向かって祖国のための「死」を賭けて勝利を誓う厳かなシーンが安定の三角形構図で描かれた本作をきっかけに、新古典主義が大流行しました。

井口先生はその背景に3つのポイントがあると解説してくれました。

ポイント1:古代遺跡の発掘が古代への理解を促した
18世紀半ばにポンペイなどイタリア古代都市の遺跡が相次いで発掘され、出土品や発掘の様子が版画を介して全ヨーロッパへ拡散。柱などの建築物に関する正確な時代考証が可能になったのも大きい。

ポイント2:ギリシャ芸術を至上とする思想の出現
ドイツの美術史家ヴィンケルマンは著書『ギリシャ芸術模倣論』と『古代美術史』でギリシャの古代彫刻こそが人間の理想的な美であると説いた。これが新古典主義の理論的土台を支えた。

ポイント3:ロココの行き過ぎを是正する政治的な思惑
華美で退廃的な貴族趣味が行き過ぎたロココ絵画が市民に与えた悪影響を反省し、「市民が国家に奉仕する」ことを奨励するため、ルイ16世の治世下に歴史画中心の模範的な画風へ立ち戻ろうとする国家の思惑もあった。

実際、《ホラティウス兄弟の誓い》はフランス政府がダヴィッドに注文して描かせた作品なのです。これがサロンで大きくクローズアップされて高評価を得て、展示後はルーヴル美術館へ収蔵されるなど、ほとんどマッチポンプな感じもありますよね(笑)当時のサロンは政治的・啓蒙的なプロパガンダに使われることも多かったのですね。

ポイント3:対決!新古典主義派vsロマン主義派

19世紀前半の美術史で非常に有名なのが、サロンを表舞台とした2つの絵画流派の対立ですね。新古典主義の帝王・アングルとロマン主義のエース・ドラクロワが1824年のサロンで本格的にライバルとして位置づけられてから、以降約30年もの間、異なる2つの潮流が並び立つ時代が続くわけです。

ダヴィッドが古典絵画に求めた唯一絶対の「理想の美」を引き継ぎ、古代~ルネサンス時代の伝統的な絵画手法を用いて、筆跡を残さず滑らかな仕上げで歴史画を描く新古典主義に対して、同時代の生々しい主題を扱い、混沌としてドラマチックなシーンを色彩豊かに筆触粗く描くロマン主義が、激しく相争ったのがこの時期の特徴だということですね。

でも、これは少々単純化しすぎた構図であると井口先生は言います。

たとえば、アングルの絵は必ずしも人体を解剖学的な視点で正確無比に描いたものではなく、自らの美学を反映した主観的視点が織り込まれていました。たとえば有名なのがこちらの《グランド・オダリスク》

後ろ向きのヌードの女性は、明らかに背中が長いですよね。当時の批評家からも「背骨の数が多すぎる」と批判を受けるなど、アングルは意外にもロマン派の画家と同じような「炎上体質」の画家でもありました。

一方で、《民衆を導く「自由」》で日本人にも非常に著名なドラクロワも、自分を「ロマン派の中心だ」と賞賛した人に対して、冷たく「私は古典主義者だ」と言い放ったといいます。(近代絵画史(上)/高階秀爾著)

なんだかちょっとわかりづらくなってきました(笑)要するに、単純に二項対立的な図式に当てはめてレッテル貼りをするのではなく、より深く一人ひとりの作品を探求していくとどんな画家にも様々な意外な側面はあるのだということなのでしょうね。

面白いのは、その後時代が下がるにつれて、新古典主義とロマン主義の絵画様式が融合して「中庸派」というグループが人気を得たり、これらを下地にして新たなレアリスム、印象派といった新しい潮流が生まれ出てきたことです。

ポイント4:クールベとマネは何が凄いのか

そして1850年代を迎えると、サロンには二人の革命児が登場します。1848年のフランス二月革命、1851年のクーデターによるナポレオン3世の王政復古など、政治的な動向が一気に激しさを増していく中、某政党代表のように「サロンをぶっ壊す!」じゃないですが、クールベとマネはそれまでサロンで常識とされた暗黙の約束事項を次々と打ち破り、サロンに次々と革命的な作品を送り出しました。

たとえば、クールベの金字塔的作品《オルナンの埋葬》は、それまで大様式で描かれる作品は古典画題から着想された歴史画に限る、というサロン伝統の慣習を打ち破り、自らの故郷で取材した無名な新興ブルジョア階級の葬儀の様子を超大作としてサロンに送りこまれた問題作でした。

本作は同時代の市民社会をありのままに描きだす「レアリスム」のはじまりとなった画期的な作品として、現在はオルセー美術館の至宝として一室を与えられていますが、発表当時は非難轟々だったそうです(笑)

また、マネも負けていません。1863年、《草上の昼食》がサロンには落選したものの、ナポレオン三世の肝いりで開催された落選者展で大炎上。現代的な女性の不自然すぎるヌードが頽廃的であったと非難を浴びただけでなく、技法までケチがつきます。伝統的な遠近法ではなく色彩の濃淡で物体の立体感を表そうとした手法が「立体感を欠いている」と酷評されました。

サロンに出すたび激しく「炎上」しながら若手のカリスマとして知名度を上げていくマネは、どことなく現代の過激なYoutuberなどに通じるものがありますが、マネ本人にはクールベと違って確信犯的な要素があまりなく、「そんなはずじゃなかった」と述懐している天然ぶりが面白いですよね。

ただ、クールベ、マネ両名に共通していた新しさは、二人とも伝統的な神話画や歴史画ではなく、「同時代の社会情景」をリアルに描き出そうとしていたことです。社会の底辺における矛盾や暗部をさらけ出すように描いたクールベ、変わりゆくパリの都会の風景を描き続けたマネの革新的な画業こそが、後続の印象派画家たちを大いに勇気づけたのでした。

ポイント5:マネの作品は「黒」を見ろ!

そして90分の講義もいよいよ大詰めになったところで、本日の最終トピックは井口先生が研究されており、こよなく愛するエドゥアール・マネについて。

マネによくある誤解として、「マネは印象派の作家である」と思われがちですよね。名前がモネそっくりですし、印象派画家たちがマネを慕っていたこともありますよね。実際、どこが違うのか、明確に僕もわかっていませんでした。

そこで非常に勉強になったのが井口先生の「マネの作品は”黒”が美しい」という指摘。個人的には本日一番ためになった金言でした。

言われてみれば確かに!

たとえば、モネやルノワールといった印象派の画家たちは「黒」を絶対に使わないのです。陽光の下、光を反映した自然風景の瞬間的な「印象」を描くことに力点を置いていた彼らは、自然界に存在しない「黒」をパレットから追放していました。確かに、モネの作品で「黒」を見たことがありませんよね。

ですが、パリの都会の街角や人々のファッションには「黒」があふれていました。だからこそマネは「黒」を如何に美しく盛っていくか腐心したのです。しかも単にベタッと塗るだけではなく、細かく濃淡などのグラデーションをつけ、細心の注意を払って微妙に異なる色調の「黒」を使い分けていました。

また、マネは器用な画家だったので古典絵画だけでなく同時代の新古典主義のアカデミズムの巨匠達や若手画家たちからもインスピレーションを受けています。

1870年代中盤は、印象派の画家たちとイーゼルを並べることもあり、一時期印象派の画風に接近しているのですが、ここでもやはり井口先生の指摘にハッとさせられました。

たとえばパリ郊外のアルジャントゥイユでモネと連れ立って野外で描いた2作品を見てみましょう。(右は現在コートールド美術館展に出品中)マネはやはり「黒」をピンポイントで使ってきていますし、水面の「青」が非常に濃厚ですよね。「モネは水面にこんな色使いはしません」と井口先生が指摘されたとおり、このあたりの表現に明らかに印象派との作風の違いを見ることができるのです。

第4回講義を受講し終えての感想

第4回の主要テーマ「19世紀美術史」で取り上げられたフランス19世紀の絵画史は、美術史の中で非常に重要なパートでありながら、日本の美術展ではそれほど特集される頻度が多くない分野ですよね。なぜなら、ダヴィッドやその弟子たちの作品などはほとんど日本の美術館に所蔵されていないからです。

その反面、印象派の展覧会は大人気で、ともするとアカデミズムの作家たちは印象派を邪魔した、堕落した守旧派という「悪役」的な存在として紹介されがちだったりします。

でも今回の講義を通してわかったのは、19世紀の美術史は、「サロン」という絶対的な中心軸を起点に回っていたということ。短期間で共和制と王政復古を繰り返した不安定な政治体制下でプロパガンダに利用されたり、サロンを支えるスポンサー達の好みに翻弄されつつも、各流派の画家たちは自らの信念と現実の間に折り合いをつけながら、サロンでの評価を求めて画業に向き合っていたのです。

その節目には《キオス島の虐殺》《オルナンの埋葬》《草上の昼食》など、西洋美術史においていくつか決定的に重要な作品の存在がありました。見事に全部サロン出品作です。

こうして見ていくと、混沌たる様相で無限に拡散した感のある20世紀の現代美術史と違い、19世紀の美術史には、入り混じりつつも一定の流れと秩序があったのだということがわかります。節目となる重要作品を「サロン」の動向と同時代の政治史を並行で押さえておくことによって、美術鑑賞がより充実したものになっていくのでしょうね。本当に勉強になった第4回でした。

かるび

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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