来年2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」では『源氏物語』の作者・紫式部を主人公に「創造と想像の翼をはためかせた女性 」として吉高由里子が演じ、撮影が進んでいます。
『源氏物語』は世界でもっとも古い長編小説といわれ、英語、ドイツ語、フランス語、中国語など33の言語に訳されています。現在も読み継がれるロングセラーです。
およそ500人近い人物が登場する物語は、主人公・光源氏と息子・薫の70年近い生涯を、五十四の章に分けて描き、世界中の人々を魅了しています。
『源氏物語』の作者・紫式部が著わした『紫式部日記』の1008年11月1日に、『源氏物語』に関わる記述があることから、2008年を「源氏物語千年紀」として多くの記念行事が行われ、11月1日は国の制定する記念日「古典の日」となりました。
『源氏物語』は高校時代に勉強したはずです。どんなストーリーだったか覚えていますか。高校の授業で「若紫」で「病気になった光源氏は何歳か」と教師から質問があり、50歳、いや40歳ぐらいかと教室はざわつきました。実は18歳と聞いて、17歳の私たちは騒然となりました。これが筆者と『源氏物語』の出会いでした。
『源氏物語』は400字詰め原稿用紙にして約2400枚、およそ500人近い人物が登場し、主人公・光源氏と息子・薫の70年近い生涯を、五十四の章に分けて描いています。光源氏は桐壺帝(天皇)の皇子として生れ、美しく賢く、光輝く男性として描かれています。母・桐壺の更衣は身分が低く、早く亡くなったことが光源氏の運命に影を落としました。
ドラマや映画になると、イケメンのプレーボーイ物語になってしまうことが多いのは、ちょっと寂しい思いです。
長編大作なのに、現代語に訳した日本の作家、研究者はとても多いことに驚きます。作家では与謝野晶子、円地文子、谷崎潤一郎、橋本治、瀬戸内寂聴、林望、林真理子、国文学者の中井和子、エッセイストの大塚ひかりなどです。
最近では、2020年に角田光代は『源氏物語』上中下の下巻を河出書房新社から出版し、2023年のドゥマゴ文学賞を受賞した山崎ナオコーラ『ミライの源氏物語』(2023年 淡交社)は、源氏と現代の自身とを比べるエッセイで注目されています。
万華鏡のような『源氏物語』に魅了された田辺聖子
田辺聖子は『源氏物語』を現代語にして3年半、週刊誌に連載、宇治十帖まで書けずに5冊の単行本『新源氏物語』(1978~79年 新潮社)として、ダイジェストしにくいところを、わかりやすい「小説」に仕立てたと言います。
筆者が一押しの『源氏物語』です。短いのが特徴でテンポよくストーリーが進み、省略はあってもイメージが自然につながっています。
田辺聖子は、その12年後に『新源氏物語 霧ふかき宇治の恋』も訳しあげました。
田辺聖子は翻訳に書き切れなかった『源氏物語』の魅力を『源氏物語紙風船』に、こう書いています。
ところで、女には「源氏狂い」や「源氏酔い」があるといったが、私自身、「源氏」は質量ともにたっぷりと満腹できる、たいそう面白い小説だと思っている。
その大きな、第一の理由は、テーマがつかみきれない、ということである。年齢により、時代により、「源氏」のテーマは万華鏡のように変り、そのどれもが真実に思われる。ただひとつ、いつも、この小説を読んで感じるのは、(知るにではなく、肌に照り映える熱によって、感じられる、というほうが正しい)人間の「女々しさ」の市民権、といったようなものである。
『源氏物語』を三度も訳した谷崎潤一郎
谷崎潤一郎は『源氏物語』を3回も訳しています。1回目は1939~41年刊行の26巻、2回目は1951~54年の12巻、3回目は1964~65年の11巻、いずれも中央公論社から刊行しています。谷崎は現代語訳を、自身の作品として捉えていたようです。
谷崎潤一郎の現代語訳は、原文に近い形式で、主語がなく、敬語を生かした長文で原文の雰囲気を伝えています。挿画は安田靫彦、奥村土牛、前田青邨など著名画家が手掛けています。系図を手元に置きながら、味わって読みました。
俵万智で味わう恋の歌
『源氏物語』には795首の和歌が登場します。この和歌を詠んだのは、すべて作者の紫式部です。登場人物、場面によって和歌を詠み分け、わざと下手な和歌も詠んでいるので、紫式部は和歌の達人といえます。
ではなぜ、こんなに和歌が多いかというと、物語の舞台である平安時代の貴族たちは、和歌で挨拶をし、恋を語り、同じ題の和歌を競って「歌合」を楽しんでいました。和歌を贈る時には、大切な人にバースデーカードを送るよりもずっと趣向をこらして、花や小枝に和歌を添えたり、香りを炊き込めたりしました。和歌は貴族たちの生活の一部だったのです。
『源氏物語』の和歌を味わうには、俵万智の『愛する源氏物語』がお勧めです。物語の和歌を紹介していますが、恋愛の和歌が中心になるので、『源氏物語』恋愛特集のようです。
俵が一番好きな登場人物「朧月夜」の和歌を紹介します。光源氏と朧月夜の偶然の出会いは、宮中の花の宴のあとでした。
深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろげならぬ契りとぞ思ふ 光源氏
美しい朧月夜よあなたとのおぼろげならぬ出会いと思う (万智訳)
いきなり会って、おぼろげならぬ契りとは、さすが光源氏だ。彼は実に簡単に「前から好きだった」といようなセリフを吐くが、「前って1分前?」と突っ込みを入れたくなる。
略
危ない橋を渡り渡りながら、二人の密会は続いた。そんな中で、朧月夜は次のような歌を詠む。
心からかたがた袖をぬらすかなあくとをしふる声につけても 朧月夜
自分から涙のもとをつくる我「夜が明く」と聞き、「飽く」とも聞こえ (万智訳)
略
たぶんこの人の、人生で大切にするものの優先順位は「恋愛」が一位なのだろう。
朧月夜は、東宮(皇太子、源氏の兄)への入内(結婚)が予定され、姉は源氏を目の仇にしている弘徽殿女御です。のちに二人の密会はばれて、順風満帆だった光源氏は須磨に流されることになるのです。
二人の関係は二十年後も続き、朧月夜は光源氏との激しい恋と穏やかな朱雀院(皇太子から天皇になった)との愛を味わう、そんな朧月夜の役を俵万智は演じたいと願っています。
そもそも『源氏物語』はどんなもの
『源氏物語』は著者の紫式部が書き、読みたい人は『源氏物語』を借りて、それぞれが筆で写していました。写したものは写本と呼ばれ、平安時代の写本は現在残っていません。
「乙女」を開くと、ところどころに漢字があり、ほとんどがひらがなです。改行は和歌の冒頭だけ、句読点もありません。主語はなく、敬語のランクで登場人物を書き分けています。
現存するテキストには鎌倉時代以降に藤原定家が写し、校訂した青表紙本(あおびょうしぼん)などがあり、青表紙本は原本に近いとされています。藤原定家は、多くの古典のテキストを書写・校訂・注釈し、現代の活字本につながっています。定家は鎌倉初期の歌人、4000首を超える和歌を残し、『新古今和歌集』「小倉百人一首」の選者も務めました。
華麗な漫画で『源氏物語』に浸る
『あさきゆめみし』は大和和紀が1979年から月刊『mimi』(講談社)に連載し、『mimi Excellent』に移って1993年に完結した、約14年間の連載の漫画です。髪型や顔で描き分けられ、豪華な衣装をまとう女君たち、建物の構造や室内の調度など、書籍ではわからないものもひとめで分るので、平安時代にトリップできるでしょう。
完結後、何度も大きさなどを変えて刊行されています。最新のものは2022年に、新書サイズの『あさきゆめみし』新装版 全七巻(2021~22年 講談社)が刊行されています。
写真の完全版シリーズはA5版、雑誌掲載時のカラー挿絵も挿入されているので、おすすめです。
推しの女君をみつけよう
『源氏物語』は多くの作家たちが現代語の翻訳に挑み、新たな発見をし、自己を見つめ直すきっかけにもなったことでしょう。自分にあった翻訳を探して挑戦してみてください。
ここでは取り上げませんでしたが、国文学研究書にも翻訳や注がついた書籍があります。古典ビギナー用のシリーズも多種出版されています。全部を一度に読もうとはしないで興味深い巻、魅力的なタイトル、気になる登場人物から始めるのもおすすめです。
あなたも「推し」の女君を見つけましょう。