突然ですが、日本の画家といえば誰を思い浮かべますか?
最も多いのは、葛飾北斎でしょうか。浮世絵からの連想で、歌川広重も挙がるかもしれません。
少し詳しい方だと、狩野派や琳派の画家たち、円山応挙に伊藤若冲、長沢芦雪も思い浮ぶかと思います。
しかし、「それぞれどんな画家なんですか?」と聞かれると、答えに詰まってしまうことも。むしろ有名すぎるがゆえに、「若冲って誰?」と今さら聞きづらく、知ったかぶり状態になっている人も多いのでは。
そんな疑問が解消し、もっと日本の美術を好きになれる展覧会『ゼロからわかる江戸絵画 ーあ!若冲、お!北斎、わぁ!芦雪ー』が始まりました。京都の福田美術館と嵯峨嵐山文華館の共同開催で、2024年1月8日(月・祝)まで開かれています。
若冲や北斎、芦雪をはじめ、江戸時代を彩った画家たちの名品を軸に展開する本展。これから日本の美術に触れていくという初心者向けの解説が充実しており、絵画を見るのが楽しくなる展覧会です。
もちろん、日本の美術はひととおり親しんでいるよ、という上級者も楽しめるはず。なんといっても、芦雪の《大黒天図》が52年ぶりに再発見され、一般公開される貴重な機会ですから……!
私も本展にうかがい、初心者から上級者まで、誰もが江戸絵画の面白さに触れられる展覧会だなと感じました。それでは、本展の見どころを簡単にご紹介していきます。
江戸絵画の親しみやすさ
美術といえば、知識や教養とセットになっているイメージはありませんか?
たしかに知識や教養があるに越したことはありませんが、知識量に関係なく誰もが楽しめるのも、江戸絵画のひとつの特徴では。
可愛い子犬、迫力のある鶏、美しい花々など、画面の主役がはっきりしており、鑑賞者の目が迷子になりにくいのが、見やすさ・親しみやすさにつながっているように思います。
たとえば、応挙と芦雪の子犬です。応挙が師、芦雪が弟子の関係にあり、二人が描く子犬はよく似ており、どちらもとても可愛く、子犬への愛情を感じられるかと。
しかしよく比べてみると、応挙の子犬は誰が見ても可愛いと思うような理想的なデフォルメをしているのに対し、芦雪が描くのはちょっぴり気が抜けた瞬間ではないでしょうか。あえて「映えない」表情を切り取ることで、かえって子犬の可愛さを際立たせているように思います。
このように、現代の感性そのままで見ても、十分に面白いのが江戸絵画です。展覧会名にあるように、「わぁ!」「おお!」と驚く感覚を大切に、鑑賞してみてはいかがでしょうか。
初心者向けの解説が充実
「おっ!」と感じた作品があったら、画家や作品名を紹介するパネルを見てみましょう。一部の作品には詳しい解説があり、見るだけでは得られない背景知識を学ぶことができます。
たとえば、若冲の《鯉魚図》です。その名のとおり、鯉を描いた作品です。
実は鱗の描き方に秘密があり、墨を塗ったときに紙にできる白い筋を活かして、鱗が表現されています。これは「筋目描き(すじめがき)」という技法で、若冲とその弟子たちの作品には確認できるものの、他の画家の作品には見当たらないそうです。
……と、会場で覚えた知識をそのまま披露してしまいましたが、こうした「一歩深い知識」を身につけられるのも本展の特徴のひとつです。この写真のような、色つきのパネルがあったら要チェック!
ちなみに若冲は魚の鱗だけでなく、鳥の羽にも筋目描きを用いたそう。こうしたポイントを知っておくと、会場で見られる作品だけでなく、これから若冲の作品を見るのも楽しくなります。
必ず見ておきたい名品たち
本展で展示される作品は、どれもこれも江戸絵画を代表する画家の作品ばかり。すべてが名品なので必ず見ておきたいのですが、この記事で全部を紹介することは叶わず……残念ですが、ハイライトとして数点だけご紹介させてください。
まずは芦雪の《大黒天図》です。約50年前から行方不明でしたが昨年再発見され、今回は52年ぶりの公開となりました。
畳1畳分の画面いっぱいに大黒天が描かれた大きな作品ですが、大黒天の髪や髭、地面を駆けるねずみたちなど、細部にも注目したいところ。離れて見ても近くで見ても見応えのある作品です。
続いて長谷川等伯の《柳橋水車図屏風》です。屏風全体を橋が横切る大胆な構図に、金色の彩り。作品の前に立つと圧倒されてしまいます。
当時の主流だった狩野派とは異なる画風を追求した長谷川派。「柳橋水車図」は人気の画題となり、京の町で大流行したそうです。
嵯峨嵐山文華館では浮世絵が展示され、こちらも見逃せない内容です。なんと、歌川広重の「東海道五十三次」の全場面が前期後期を通じて一挙に公開されるんです!
「東海道五十三次」は、江戸と京都を結ぶ東海道にある53の宿場の景観を描いた作品です。スタートとゴールの地点を含め、全部で55点の絵で構成されています。
本展では、展示替えを含めると55点すべてを見ることができるとのこと。前期・後期両方の期間に訪れて、55点の鑑賞を制覇したいところです。
さらに、浮世絵といえば肉筆浮世絵も見逃せません。「東海道五十三次」などは「浮世絵版画」であり、大衆好みの作品が多い傾向にあります。一方、「肉筆浮世絵」は画家が自ら筆を取って描いた1点もの。注文主のお気に入りの遊女の絵など、よりプライベートな作品が多くなってきます。
美人画がずらりと並ぶ展示エリアはまさに圧巻でした。実は私、日本の美人画の楽しみ方がよくわかっていなかったのですが……着物の柄に注目してみると面白いです。好きな模様を見つけたり、ファッショナブルすぎて理解できない柄に驚いたり。ファッション誌を見る感覚に少し似ているかもしれません。
現代作家・品川亮さんが表現する日本の絵画
福田美術館のパノラマギャラリーでは、日本絵画の流れを意識しつつ、現代絵画の可能性に挑戦する現代作家、品川亮さんによる個展「Re:Action」が開催されています。
品川さんは、「アートをつくる」という明確な意識が日本に根づいていたら、どのような絵画が生まれていたのだろうと想像を働かせながら作品を制作しているそうです。若冲や光琳など日本の画家が、同時代の西洋美術に触れることができていたら、彼らはどんな作品を生んだのだろう……といった発想と私は受け取りました。
ご存知のとおり、江戸時代は鎖国によって西洋の文化が入ってきにくい環境でした。だからこそ国内で育った文化もあると思いますが、世界に遅れを取らなかった「if」の日本にも興味があります。
江戸絵画を紹介する本展で唐突に現代作家の個展? とはじめは驚いたのですが、響き合うものがたしかにありました。作品が持ついくつかの接点は同じなのがまた面白かったです。
まとめ
本展では、北斎や若冲など江戸時代のみならず日本を代表する画家の名品118点が紹介されます。初心者から上級者まで「わあ!」「おお!」と感嘆しながら、楽しめる展覧会ではないでしょうか。
少し意地悪な見方ですが、「若冲だ!」「北斎だ!」と画家のネームバリューがつい気になってしまう私のような人に、「わあ!」「おお!」の本当の正体を教えてくれる展覧会でもあると思います。絵を見る楽しさを知り、ますます江戸絵画や日本美術が好きになる展覧会でした。
展覧会情報
ゼロからわかる江戸絵画 ーあ!若冲、お!北斎、わぁ!芦雪ー
会期:2023年10月18日(水)~2024年 1月8日(月・祝)
○前期:10月18日(水)~12月4日(月)
○後期:12月6日(水)~2024年1月8日(月・祝)
開館時間:10:00〜17:00(最終入館 16:30)
休館日 :12月5日(火)展示替え、年末年始(12月30日〜1月1日)
会場:
○第一会場 福田美術館(https://fukuda-art-museum.jp)
○第二会場 嵯峨嵐山文華館(https://www.samac.jp)
トップビジュアル:長沢芦雪《山水鳥獣人物押絵貼屏風》(部分)18世紀 福田美術館蔵(前期展示)