数年前、仮面について研究したことがありました。その時に読んだ、和泉流能楽師で演出家の野村万之丞 (5世)さんが監修した『心を映す仮面たちの世界』(檜書店)によると、日本は「世界随一」の仮面の宝庫だそうです。
仮面芸能の系譜
10月に「東大寺良弁僧正1250年御遠忌記念、第40回東大寺現代仏教講演会」に行った際、近くの奈良県立美術館で、開館50周年記念特別展「仮面芸能の系譜」が開催されていたので鑑賞しました。
考古学資料の岩手県で発掘された縄文時代の「鼻曲がり土面」から始まって、飛鳥時代の仮面芸能の源流 伎楽。平安時代に集大成された雅楽・舞楽。神事、仏事、祭礼を彩る「まつりといのりの仮面芸能」。中世の大和国において、猿楽から発展した能狂言の仮面などがありました。
金剛や力士は頭がゴツゴツ、眉骨が出ていて立体的、そしてヒゲが太い仮面。迦楼羅の仮面はアゴがシャクレていて、婆羅門は鼻が下向きの矢印鼻。「舞楽面 陵王」は大きく飛び出た目で異様を表す。「翁面」の目は優しい。
「仮面芸能の系譜」でも複数の「翁面」があり、どれもこのように曲線的に垂れた目で、長いアゴヒゲが特徴でした。
「能面 延命冠者」の仮面は3つあり、どれも鼻頭が丸く大きく小鼻も発達した横幅のある鼻でした。これは、私の観相学では健康運に恵まれる顔相です。
老人の面「能面 要石悪尉」は、老神、偉人、怨霊などの後仕手に用いると解説にありました。つまり、1つの形(仮面)でもシチュエーションや見る者によって「神」にも「人」にも「霊」にも見えるのです。
伎楽面、舞楽面、能面などさまざまな仮面が150近く展示されていて、日本人は古来から仮面が好きだったこと、そして日本は「世界随一」の仮面の宝庫であることを実感しました。日本には仮面の文化があるのです。
「仮面」と「人間の顔」と「古典芸能」
野村万之丞さんは、先に挙げた本でこう言っています。
仮面ほど正直なものはなく、人間の顔ほどうそつきなものはない。
仮面ほど表情が豊かなものはなく、人間の顔ほど無表情なものはない。
木や皮や布などで作られた仮面は動くはずがない。
なのに古典芸能を見ていると、なぜ、表情があるように感じるのか?
それは見る側の心が、「そう見るから」です。
仮面ではありませんが、国立文楽劇場に近松門左衛門作の人形浄瑠璃「心中天網島」を見に行った際、主遣い、左遣い、足遣いの3人が、ぴったりと呼吸を合わせて動かす人形が、まるで人間以上に喜怒哀楽を表現しているように見えました。
仮面はアフリカや古代中国、ネイティブアメリカンなど世界的に見ても宗教的、呪術的(シャーマニズム)に「何かに変わる」ために用いられてきました。
仮面とは何か?
そもそも仮面とは何でしょうか?
仮面の役割は大きく分けて2つあります。
① 隠す
個人情報の宝庫である顔(表情)を隠すことで、個人情報を消す、人間の情報を消す。
イタリア・ベネチアの名産品「ベネチアンマスク」。年に一度開催されるカーニバルでは、カラフルな衣装とともにマスクを付けて、お互いの素性を隠す事で、貴族も民衆も平等に楽しむようにしたのが始まり。
② 変身する
仮面を被ることで神に仕える者、精霊、別の人間、動物や架空の動物などに、外見だけではなく人格(心)までも変身する。
ちなみに世界初の覆面レスラーは、1873年にフランスで誕生し、その正体は大学教授でした。
社会的地位がある人だからこそ、その素顔をベールに包んでリングに。
漫画みたいな話ですが、読売新聞にも「来日した大学教授ボニカ博士は、医学部時代、研究費を稼ぐために夜は覆面をしてプロレスラーをやっていた」という記事があり、顔と個人情報を隠すために、副業やアルバイトで覆面レスラーをやっていた人は他にもたくさんいそうです。
仮面の意味
仮面のスーパーヒーローと言えば私の世代はタイガーマスク。東京・水道橋にあるプロレス・マスク・ミュージアム。世界一のマスク職人で館長の中村ユキヒロさんにお話をうかがったこともあります。
日本顔学会2代目会長で東京大学名誉教授の原島博先生はかつて講演でこう言っていました。
顔を匿すことによりエネルギーが生まれる。勇気がでる。
権力に立ち向かったスーパーヒーローは顔を匿していた。(月光仮面、鞍馬天狗)
プロレスにおける仮面(覆面)の意味
1963年、ザ・デストロイヤー初来日。「白覆面の魔王」と呼ばれ、4の字固めは社会的流行語になり、力道山との名勝負はお茶の間を沸かせました。当時、覆面レスラーは悪役(ヒール)で、顔が見えないから誰だかわからない「正体不明」というギミックのために覆面を着用。
1958年、1959年に放送された『月光仮面』の影響で、日本人は覆面レスラーのミステリアスな部分に惹かれた。
『七色仮面』が1959年、『ウルトラマン』が1966年、『仮面の忍者 赤影』が1967年。『仮面ライダー』が1971年。
ウルトラマンは「変身」キャラのパイオニアで厳密には仮面ではありませんが、縁日で売られるお面は今も人気です。
ルチャリブレにおけるマスク
ルチャリブレとは、メキシコのプロレスで「自由な戦い」を意味しています。アメリカのプロレスラーが1500人ぐらいなのに対してメキシコにはトップスターから他に仕事を持ってる兼業レスラーまで5000人もの選手がいると言われています。そしてその半数がマスクマンです。
アメリカの覆面レスラーは覆面強盗のように悪い人、悪党に変身するためという歴史がありますが、メキシコは仮面をつけることで邪気を払って神に近いヒーローになろうという願望から生まれたものです。
大衆芸能として人気で、会場内ではたくさんのマスクが売られています。
なぜ日本人は仮面が好きなのか?
日本人は本音と建前を使い分けることが文化レベルまで習慣化されています。
相手を傷つけないように気遣う面もあれば、本音を言って仲間外れになりたくないからと属する集団を気にする傾向が強いからですが、外国人には本心を話さない日本人に違和感を覚える人がたくさんいます。
常に「いい人」を演じることがストレスになり、別の人間になりたい、変身したい、正体を隠して暴れてみたい、という深層心理があるのではないかと思います。