横浜馬車道 ~人と馬とが創り上げてきた、文化のみちへの手引き
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横浜といえば、言わずと知れた観光地。みなとみらいに中華街、山手など市内屈指の人気スポットは多いが、そのなかでも一段と深みのある馬車道の真髄をご存じだろうか。

今回は、比較的短時間でも濃密にハイカラな空気感に触れられ、明治開港当初にタイムスリップができる「馬車道ハイカラ浪漫コース」を紹介したい。それは人と馬とが創り上げてきた、粋な文化のみちである。

 ハマっ子も一目置く馬車道。そもそも馬車道とは、JR関内駅北口からほど近い史跡「吉田橋関門跡」の石標が立つ吉田橋~万国橋の手前までを、外国人が乗合馬車で往来していたことに由来する。今日のJR関内駅と横浜港を結ぶその間は、距離にしておよそ1kmほど。徒歩15分ほどでありながらもその味わい濃厚度は高く、明治当初の面影を随所に残す通りである。また、この馬車道周辺地域も馬車道と呼ばれている。

文字通り馬車とゆかりのあった馬車道。その道は幕末の開港にともない、1866年(慶応2年)、慶応の大火ののち、外国使節団から馬車が通れる幅60フィート(約18m)の道がほしいということで造られた。

日本の「初めて」密集地である馬車道界隈。

ガス灯にアイスクリーム、近代街路樹、写真館、新聞など発祥の地が馬車道界隈には点在し、その該当地には石碑などが建っている。

そして、日本初の乗合馬車。馬車道の片方の起点である吉田橋も、これまた日本初のトラス式鉄橋だ。そこから港の方へ伸びる道には飲食店やオフィスビルなどが立ち並び、そこに入り混じるように佇む重厚な近代洋風建築は歴史の香りを放つ。今なお現役のガス灯や街路樹などの西洋文化を取り入れて育っていったのち、こうした開港横浜の歴史や文化保存への熱量が高い商店街の人々によるまちづくり方針などと相まって、独特の馬車道文化が息づいている。

横浜港に直結する馬車道は、異文化と馬車が行き交う玄関であった。今もなお開港当初の濃厚な足跡を留め、短い距離の中にどこを切り取ってもハイカラな趣きを捉えることができる。

シンボルマーク密集地-馬のアイコンを手がかりに。

ハイカラ浪漫ゾーンへの入口は、JR関内駅北口を出て道なりに歩いていくところから始まる。北口を出てしばし直進後、駅からほど近い焼肉ライクが見えると同時に、上品な深みのある馬車道グリーンのガス灯がお目見えする。今回のクローズアップは、これを右手に、馬車道を知る重要アイコンを拾っていけるルートだ。

馬車道を語るのに欠かせないアイコンの一つに、BSマークがある。BASHAMICHI STREETということで馬と車輪をあしらったBSマークである。界隈にあるさまざまな「日本の初めて」発祥地に建つ石碑が歴史を辿る手引きであることに対し、このBSマークは馬車道のシンボルマークであり、馬車道商店街の人びとの文化保存への熱量を知る手がかりとも言えるマークだ。

強制ではないものの、BSマークをつけた方がいいという意識から導入するお店は多く、ガス灯はもとより、お店の入口や看板、アーチ、花壇、マンホールなどの公共物まで、街のいたるところにこのBSマークが確認できる。

馬とゆかりのあった地であることは、一帯に散見されるこの馬アイコンが如実に物語っている。というのも、何かと”本物志向”の強い馬車道ではビルオーナーなどの関係者が協力し合い、街全体に統一感を持たせるために作った馬車道まちづくり協定を定めている。

協定適用区域(馬車道まちづくり協定書より)

この協定適用区域にもろに入っているのが馬車道通り。いわば開港文化保存ゾーンである。このため、この馬アイコンを手がかりに巡るだけでも十分にこの街の足跡を辿り、馬車が走っていた当時を偲ぶことができるのだ。

馬車道への玄関口でお目見えする一基目のガス灯は、ハイカラ浪漫への道しるべ。真髄に踏み込むにあたり、そのイントロ地点に佇む姿は「この先ハイカラロマン街道ですよ」と告げているかのよう。ここに掛かるフラグにもBSマーク。まちづくり協定では街のイメージカラーも一緒に策定され、エレガントな「馬車道グリーン」となった。

近代街路樹発祥の地に建つ石標。

石標周辺の花壇。石標周辺の花壇。そこにも刻まれた数々のBSマークは、開港当初の時代を取り巻くガス灯ともども街の記憶への記号のようなものとして文化を保存している。

花壇のBSマークに迫る。このようなヴィンテージ感高いですよシリーズも散見され、街角でいっそうの古参感を放つ。

記念碑の手前にて。カフェドクリエなどが隣接する住友不動産ゾーンに至っては一気にシンボルアイコンを4つも確認できる。一か所でダブルトリプルを越えクアドラプル。しかしすさまじい熱量だ。

街の記憶の真髄-いざ、ハイカラ浪漫ゾーンへ。

ここよりさらに道なりに進むと、同じ馬車道グリーンに同じシンボルマークのついたアーチがお目見えする。交差点名はやはり「馬車道」。いよいよハイカラ浪漫ゾーンへ。

時代を越え、馬車道の通りで今でも現役バリバリのガス灯は全81基。馬車道といえばガス灯といえるほど、開港時代を取り巻くハイカラ軍団の一つだ。アーチともども近づいて見るほかにも真下や歩道橋からなど、アングルを変えて眺めてみても持ち味が変わり、そこにあるだけで間違いなく馬車道の風格ある景観を創り出している。

馬車道のシンボルアイコンを真ん中にあしらったアーチがそっと語る。”ようこそ、ハイカラゾーンへ”。

入口アーチの静かなる気品に満ちた歓迎を受け、進んでいくとアイスクリーム発祥の記念像「太陽の母子像」がある。1976年(昭和51年)、アイスクリーム発祥を記念し、日本アイスクリーム協会より寄贈された。

街全体が憩いの場になっており、通りにはこのようなベンチが設置されている。馬車道のゆったりしたやさしい空気感に身をゆだねるように腰かけ、憩いのひとときを過ごす街の人びとの姿も多い。背もたれの真ん中にもBSマーク。”どうぞ”とやさしい語りかけが聞こえてくるかのようにそこにあるベンチに、心もほぐされる。

通りではこのような馬のポールも散見される。さすがは馬車道。

関内ホール正面玄関横にガス灯発祥の記念碑。馬車道周辺で日本初のガス灯が灯ったのは1872年(明治5年)。文明開化の象徴として日本でいち早くガス灯が灯ったこの初めての歴史を後世にも伝えるべく、馬車道は大切に保存している。馬車道通り~山下公園通りにかけては、およそ150基のガス灯が見られる。

はるばるイギリスからやってきたガス灯たち。まろやかなフォルムをしたこちらのガス灯は1852年、英国国会議事堂(ウエストミンスター宮殿)が再建され、そのシンボルとして有名な時計塔ビッグ・ベンの北西部に立つガス灯と同じものだという。1872年(明治2年)、日本初のガス灯がここ馬車道に灯った記念に、東京ガスの協力により設置された。

1870年(明治3年)創業以来馬車道で150年の歴史を刻んできた老舗薬局平安堂の壁と、その隣の衣料品店ビネスにもいた。BSマーク壁掛け式は一段とオシャレ。

ホテルルートイン1F正面玄関には、思わずハッと息を呑むほど壮麗なイギリス製馬車が収められている。静謐な時のなか、文明開化の華やかな香りとともにこの街を駆け抜けていく馬車の光景が蘇り、馬の蹄の音がしばし響いた。この街の轍は静かに語る。

1868年(明治元年)、関内~横浜港を結ぶ交通の軸としてこの道が開通した当初、開港後関内に置かれた居留地に住む外国人が馬車に乗って行き来する姿が当時の人々には珍しく映り、異人馬車と呼ばれたという。いつしかこの道が馬車道と呼ばれるようになったことが、地名の由来になっている。

翌年の1869年(明治2年)、日本初の写真家・下岡蓮杖など日本人商人たちが乗合馬車会社「成駒屋(なりこまや)」を創業。日本初の乗合馬車がこの吉田橋~東京・日本橋間を走った。

当初は6人乗りを2頭の馬で引っぱり、東京まで所要時間は約4時間。運賃は当時の成駒屋の料金で一人3分(ぶ)(75銭)ということで、当時1杯5厘(りん)といわれていたかけそば150杯ほどの値段に相当したという。交通が発達した今でこそ、関内~東京間をJR線でひとっ走り、約40分ほどで移動できる時代になったことを思うと、当時今のように舗装もされていない道をガタゴトはるばる4時間もかけて移動した人も馬たちも、本当にお疲れさますぎる。そしてお客さんを6人も乗せ、それを引っぱっていく馬はやはりかなりの力持ち。馬力という言葉があるのも納得の馬たちだ。

日本初の写真家であり乗合馬車営業の開祖でもあるとされる下岡蓮杖の顕彰碑。

そうしたかつての時代を再現するこの街の毎年恒例イベントに、馬車道まつりなどがある。11月3日(祝)の文化の日をメインに文化に因んだ日に催され、イベント時などに馬車が動き出すとき、辺り一帯は一気に鹿鳴館時代に招かれる。

ルートインに収められている馬車は馬車道商店街の人びとが調達したという。お値段は800万だとか。(ヒエー!)馬車道まつりの際は、この場車庫で人力車・ガス灯も一緒にスタンバイ。馬車が動き出すそのとき、時を越え、鹿鳴館時代がふわりと動き出す。

先の写真館発祥記念碑を右手にさらに進んでいくころには、街歩きも重厚感を帯びてくる。場所柄、絵になる一枚を収めようとシャッターを切る人は平日・祝日問わず多い。県立歴史博物館を背景に佇むガス灯ともども、ハイカラ威厳度も一段と増幅されてくる。

思わず見上げる重厚なゴシック建築は、風格と威厳もひとしお。その威風堂々っぷりにしみじみ。

道路脇に当時設けられたまま遺されている給水場もお忘れなく。これまた重厚な造りをしており、当時の交通手段だった牛や馬たちが首をもたげて水を飲めるよう、長方形をしている。牛馬たちがここで水を飲んで休憩をとったその姿を思い起こすとき、タイルの隙間から歴史の薫りが滲み出る。

その先のあいおいニッセイ同和損保ビルの壁には、馬車の車輪とともに開港当初の馬車道の写真が大きく貼り出され、人力車とも共にあった時代が再現されている。

同じ損保ビル前にて。そのまま馬の嘶きが聞こえてきそうな像で、なかなかの迫力。力強さと壮麗さにしみじみ。

損保ビル反対側の道にて。公衆電話ボックスにもいるんですよこれがまた。

ときどき下を向いて歩こう馬車道~足元にもしみじみ。

ガス灯や数々の洋風建築にしみじみする一方、マンホールやタイルなど、ときどき足元にも注目してほしい。タイルは馬車道にかぎらず見受けられ、開港横浜ゆかりのものたちが足元にも登場している。

馬車道においてのタイルにはかつての時代を取り巻くガス灯や馬車の絵がもろに登場。マンホールなどの公共物にも抜かりなくBSマークだ。ということでときどき下を向いて歩こう、交通には気をつけながら。

足元にもみなとまち異国情緒の道しるべ。開港都市横浜らしい粋な計らいである。こちらは4枚のタイル集合体。馬車とガス灯が2つずつあるところがやはり馬車道。

こちらはタイル単体タイプ。単体なら一枚ずつじっくり馬車道物語が味わえる。

散水栓にもBSマーク。こんなところにもいた。というか迂闊に踏んでなど歩けない。

なんて思っていると次の瞬間道路の真ん中にどんと現れる。

歩道のマンホールにも抜かりなくBSマークが。ときどき下を向いて歩こう馬車道。

街の記憶へアクセス

シンボルマークにタイル、像。このように街はどこもかしこも馬だらけ。わずか1kmほどの短い通りでありながら、これでもかというほど馬があちこちに散りばめられたゾーンもなかなかないのではないだろうか。

馬車道を行くことは、文化の足跡と息づかいを辿ることを意味する。そしてそれは、古来より密な関係であった馬と人との足跡のひとつでもあり、その記憶へのアクセスでもあるのだ。

元々馬で畜産が始まったこの国においても、人びとの生活の隣には、必ず馬がいた。開墾をはじめ、軍用馬、食肉用、競馬や神事などの行事、騎馬弓射、運搬用の荷馬、農耕馬、娯楽としての乗馬。そして、ここ馬車道にあっての馬車馬―――。

その延長線上にあるいま、その足跡を丁寧に辿るように歩くとき、わずか1kmほどの道も一気に濃厚な道のりになる。そのときには見えてくる景色も変わり、横浜への新しい視点を手に入れるだろう。今走っていないはずの馬車も、歩いているすぐ横を颯爽と駆け抜けていくのがきっと見える。少なくとも私には馬車が今でもこの街をサーッと華麗に駆け抜けていくのが見えた。もう終わった過去のものや幻ではなく、この街の記憶と風景のなかに今でも確かにあり続けるもの、抱かれ続けるものとして。馬も人も確かに「そこにいた」。

馬車道を行くことは、いわば横浜の記憶の真髄へのアクセスでもある。街中に散りばめられたBSマークはそうした旧き佳き時代の記憶へアクセスするときの、ひとつの記号のようなものとも言えるように思う。

ようこそ開港時代へ~音楽で臨場感2倍増し!

最後にとっておきの裏技を教授しておきたい。当日、文明開化当初の時代に招かれましたよ感をいっそう増幅させる魔法がある。

前日の夜にはイワノヴィッチのドナウ川のさざ波やワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の春の声、ツィーラーのワルツ・ウィーンの市民あたり繰り返しよーく聴き込み、脳内にぜひ仕込んでおいていただきたい。同じワルツつながりで自分のお気に入りの曲の追加もまたよし。

馬車道散策当日の朝、出かける身支度をしているそばから脳内BGMプレーヤーでドナウ川が自然に流れていたら、しめたものだ。優雅なワルツはあなたの馬車道歩きを華麗にいざなうだろう。

風景のなかに馬車を抱擁し、独特の息づかいを今日も受け継ぐ粋な文化のみちは
あなたのこともしずかに招いている。

―――ようこそ、開港時代へ!

【情報】

馬車道商店街協同組合
住所:神奈川県横浜市中区常盤町4-42
電話:045-641-4068
HP:https://www.bashamichi.or.jp/index.html

ホテルルートイン 横浜馬車道
住所:神奈川県横浜市中区弁天通4-53-1
電話:045-227-8911
チェックイン/チェックアウト 15:00/10:00
HP:https://www.route-inn.co.jp/hotel_list/kanagawa/index_hotel_id_530/

神奈川県立歴史博物館
住所:神奈川県横浜市中区南仲通5-60
電話:045-201-0926
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館)
HP:https://ch.kanagawa-museum.jp/
※上記以外の休館は公式サイトで随時ご案内。

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