東京都庭園美術館「建物公開」、光満つるアール・デコの館

東京・目黒にある東京都庭園美術館は1年に1度、建物自体を鑑賞する建物公開を行います。今年は「建物公開2025 時を紡ぐ館」展と題し、2025年8⽉24⽇(⽇)まで開催しています。

夏の建物公開は6年ぶり、アール・デコの館を夏の光で眺めてみましょう。

正門から本館に向かう道

初めてこの美術館にお越しの方は、都心に大きな木が鬱蒼と茂っていることに驚くかもしれません。何度もお越しの方のなかには、季節ごとの違いを楽しみにしている方も多いでしょう。

本館正面

展覧会の時には展示用のパネルを置いたり、作品保護のために外からの光を遮ったりしていますが、建物公開では、窓を開け放ち、カーテンを開いて太陽の光を館内に取り込み、窓から庭を望むこともできます。

5つの数字は5つの時代

本館 正面玄関 

正面玄関では、右手の受付に行く前に少し立ち止まってください。床には大理石のモザイク、正面にはルネ・ラリックが朝香宮邸のためにつくったガラスのレリーフがあります。元はこちら側が入口だったので、中央に取っ手がついています。

左側の展覧会看板を見ると、5つの数字が目につきます。この数字はこの建物が担ったそれぞれの時代の年数を表わしています。

  • 「14」 1933~1947年 朝香宮邸時代 竣工から朝香宮一家が暮らした場
  • 「7」 1947~1954年 外相・首相公邸時代 吉田茂元首相の政務の場
  • 「19」 1955~1974年 白金迎賓館時代 政府が国賓をもてなす場
  • 「7」 1974~1981年 白金プリンス迎賓館時代 民間催事施設の場
  • 「42」 1983~2025年 東京都庭園美術館 開館から42年

館内には、それぞれの時代に関わる美術作品や写真・映像が展示され、家具や調度品が再現されています。建物の記憶を感じることができ、展覧会名のサブタイトル「時を紡ぐ館」のとおりです。

本館1階 小客室 「朝香宮滞欧アルバム」 1922~25年

本館は朝香宮夫妻の自邸として1933年竣工、1993年に東京都指定有形文化財、2015年に国の重要文化財に指定されました。

朝香宮夫妻は1920年代にフランス・パリに滞在し、当時最新だったアール・デコのデザインに感銘を受省け、自邸の内装デザインをフランスの装飾美術家アンリ・ラパンに依頼しました。設計は宮内省内匠寮が担当しました。

本館2階 広間 左の廊下にアーチの天井

本館2階は朝香宮家のプライベートなところ、「広間」には造り付けのソファーがあり、家族のくつろぎの場所でした。2階はおもに宮内省匠寮がデザインし、照明やラジエーター(暖房器具)カバーなどに和の要素が取り入れられています。

朝香宮家は鳩彦(やすひこ)殿下、允子(のぶこ)妃、2人の若宮、姉宮は嫁いだので、ひとりの姫宮の5人家族でした。家族の名前が、現在の部屋の名前になっています。

本館2階 書斎

隣の書庫の扉が開いていて、書斎の全体を見ることができます。書斎にはふたつの方向に開き戸があります。首相公邸時代には、吉田首相が執務を行いました。書斎はアンリ・ラパンが内装を設計しました。

アール・デコの華やかな空間

本館1階 大客室 

アール・デコは1910年代から30年代にかけてフランスを中心にヨーロッパに広がり、工芸・建築・絵画・ファッションなどの分野に及んだ装飾様式です。アール・デコのデザインの特徴はジグザク模様、円弧や直線を組み合わせた幾何学模様です。

大客室の天井にはルネ・ラリック制作のシャンデリア、漆喰と石膏で仕上げた飾りがあります。内装や家具、敷物までを含めてデザインされた空間を作り出します。

本館1階 大客室 迎賓館時代には世界各国の賓客を迎えた

壁の上部にはアンリ・ラパンの壁画、扉にはマックス・アングランがエッチングを施したガラス扉などがあります。

本館1階 大食堂
テーブルセッティング「すずらん ノスタルジックティータイム」 展示協力 太田はるの(カレブラン)

半円形に張り出した窓、天井にはルネ・ラリックの照明「パイナップルとザクロ」、壁にはイヴァン=レオン・ブランショが制作した植物文様があります。

テーブルは迎賓館時代のティータイムを表しています。すずらんが描かれたティーカップとソーサーが並んでいます。すずらんはヨーロッパでは幸運を呼ぶ花として当時流行していました。

窓からの光を映すガラスと鏡 

本館南面外観

今回の建物公開では、窓から見える光景も重要です。窓ガラスや鏡にもご注目ください。上の写真の、1階左側にある半円は大食堂、その右の突き出した部分は2階ベランダです。

本館2階 ベランダ 

光がいっぱい入る大きな窓、この窓からは芝庭と日本庭園が見渡せます。朝香宮邸時代には殿下と妃殿下の居室からのみ出入りができる場所でした。

本館1階 次室 

次室(つぎのま)は庭園を望む大きな窓、大客室との間を仕切る鏡の扉があります。中央にある白磁の「香水塔」はアンリ・ラパンがデザインしました。上部の照明部分に香水を注ぎ、熱で香りを漂わせたエピソードから「香水塔」と呼ばれています。

本館2階 殿下居間、レイモン・シュブ「テーブル・ランプ」1922年頃

大理石の暖炉の上、鏡に映った室内は、ちょっと現実ではないようには見えませんか。壁にはこの部屋で対談する吉田茂元首相の写真が展示してあります。

本館2階 姫宮居間

サーモンピンクの暖炉と丸鏡に映った光が姫宮の部屋をやさしく包んでいるようです。

暖炉には現代の作品が展示されています。この部屋が小さくなったと錯覚しそうな作品は、高田安規子・政子「Jewelry Room」(2017年)です。 

細部まで美しい照明や床模様

本館2階 姫宮寝室前廊下照明

ステンドクラス用の色ガラスでつくられた照明は、天井にも色を放っています。「モラヴィアの星」というヨーロッパでも使われるデザインですが、「こんぺいとう」と呼ばれています。照明はそれぞれの部屋に合わせて趣向をこらしてつくられています。

本館2階 若宮寝室 ラジエーターカバー

部屋や廊下にはラジエーターカバーがあります。若宮寝室には魚と巻き貝、海藻の模様です。隣の「合の間(あいのま)」「若宮居間」にも同じモチーフのラジエーターカバーがあります。波や花がモチーフの模様も使われています。

本館2階 妃殿下居間 バルコニー

妃殿下の居間には庭を望む半円形のバルコニーがあり、タイルの色の濃淡がリズミカルです。このタイルは「布目タイル」といい、表面に布を押し当てたような模様がついています。

本館3階 ウインターガーデン

特別公開のウインターガーデンは温室としてつくられた部屋で、花台、水道の蛇口、排水溝口があります。2面の天井近くまで高い窓から日差しがたっぷりと入ってきます。床には2階ベランダと同じように、白と黒の大理石が市松模様に敷かれています。

新館で歴史を確認

本館と新館をつなぐ廊下

本館と新館をつなぐ廊下には雨粒がついたようなガラスがあり、秋や冬の午前中にはガラスを通して床にハート型の影ができます。

新館は1963年の白金迎賓館時代に建設され、2014年に改修されて、ギャラリー、カフェ、ミュージアムショップがあります。シンプルでモダンなイメージです。

新館 キャラリー1 展示風景

新館の「ギャラリー1」では、朝香宮家邸時代、外相・首相公邸時代、白金迎賓館時代、白金プリンス迎賓館時の写真・資料、東京都庭園美術館の収蔵作品を展示しています。

新館 キャラリー1 展示風景(妃殿下が描いた作品)

妃殿下はヨーロッパ滞在中に彫刻家イヴァン=レオン・ブランショから水彩画の手ほどきを受けていました。ブランショは大食堂の壁、大広間の大理石レリーフを手がけています。また、妃殿下の寝室にはご自身がデザインされたラジエーターカバーが壁にはめ込まれています。

ハンズオン展示「さわるは、みること」

触れることができる復元模型が3点あります。大きさや手触りを確かめてみましょう。左から、香水塔(本館1階、次室)の照明部分、ラジエーターカバーの魚(本館2階 若宮寝室など)、植物文様のレリーフ(本館1階 大食堂の壁)です。

新館のカフェとショップ

ミュージアムショップ「リュミエール」

庭園美術館の図録、オリジナルグッズや展覧会関連グッズのほか、ガラスの砂時計、チェコのボタン、ペン先のアクセサリー、文具などがあります。庭園美術館をもっと知りたい方には建築やデザインの本も並んでいます。

新館 カフェテラス席

館内とテラス席があり、緑豊かな庭園を眺めながらくつろげるカフェです。和風のスイーツがおすすめです。

正門横 フェルミエ白金台

正門の並びに、入場無料のお店があります。ナチュラルチーズの専門店「フェルミエ白金台」は持ち帰り、カフェスペースも利用できます。「庭園レストラン コモド」は窓のから庭園を眺めることができるイタリアン・フレンチレストランです。

季節を楽しむ3つの庭園

芝庭 安田侃「風」 2000年   

美術館の名前に「庭園」とあるとおり、ここには3つの庭園があります。朝香宮邸時代から引き継がれたのは、芝生が広がり開放感のある「芝庭」、築山と池がある「日本庭園」です。往時の官舎を2018年に整備した「西洋庭園」には椅子とパラソルがあります。

日本庭園 茶室「光華(こうか)」

この展覧会の会期から、「庭園北口」「庭園南口」に出入り口ができて、庭園だけのチケットで新館のカフェとショップが利用できるようになりました。また、正門を通らずに「庭園南口」から外に出ることもできるようになりました。

ていねいで役に立つパンフレット

「フラットデー」は入館人数を制限してゆとりをもって鑑賞できる日で、申込制の「ゆったり鑑賞日」「ベビーアワー」のプログラムがあります。「ガーデンマップ」には庭園の地図、開花カレンダーが載っています。「ご案内」には庭園美術館の説明や館内地図があります。

今回の展示期間中には、庭園美術館から徒歩10分ほどの「港区郷土歴史館」とのコラボレーション展示も行われています。

東京都庭園美術館には、庭園、建物、展示作品と見るものがたくさんあり、季節ごと、展覧会ごとに発見があります。今回は年に一度の「建物公開」、建物をじっくり鑑賞できる機会をお楽しみください。

展覧会情報

展覧会名建物公開2025 時を紡ぐ館
会場東京都庭園美術館 本館+新館(東京都港区⽩⾦台5‒21‒9)
会期2025年6⽉7⽇(⼟)~8⽉24⽇(⽇)
開館時間10:00~18:00(⼊館は閉館の30分前まで)
休館⽇毎週⽉曜⽇ ただし7⽉21⽇、8⽉11⽇は開館、7⽉22⽇、8⽉12⽇は休館
観覧料⼀般1,000(800)円/⼤学⽣(専修・各種専⾨学校含む) 800(640)円/ ⾼校⽣・65歳以上500(400)円  ※( )内は20名以上の団体料⾦
ただし、6⽉25⽇(⽔)・7⽉2⽇(⽔)はフラットデー開催⽇のため、美術館正⾨チケット売り場での販売を⾏わない場合があります。無料・割引対象者以外は事前にオンラインにて購⼊ください。
庭園のみの入場料:一般200円(160円) / 大学生(専修・各種専門学校含む)160円(120円)/高校生・65歳以上100円(80円) ※( )内は20名以上の団体料金。
※中学⽣以下は無料/⾝体障害者⼿帳・愛の⼿帳・療育⼿帳・精神障害者保健福祉⼿帳・被爆者健康⼿帳をお持ちの⽅とその介護者2名は無料(手帳の提示をお願いします)/教育活動として教師が引率する都内の⼩・中・⾼校⽣および教師は無料(要事前申請)/第3⽔曜⽇(シルバーデー)は65歳以上の⽅は無料
東京都庭園美術館ウェブサイトhttps://www.teien-art-museum.ne.jp
さまざまなイベントやプログラムが用意されています。Webサイトからご確認ください。
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