エミール・ガレの芸術を一望できる展覧会が渋谷区立松濤美術館で開催中

エミール・ガレの『没後120年 エミール・ガレ展 奇想のガラス作家』が渋谷区立松濤美術館で、6月9日まで開催されています。

本展は、エミール・ガレの没後120年を記念し、国内の個人コレクターの秘蔵する未公開作品と、個人コレクションをもとに設立された私立美術館の収蔵品から選ばれた作品を中心に約120点で構成されています。最初期の作例にはじまり、晩年の円熟期の代表作、さらにガレの没後に作られた量産品も加えて、ガレが達成した広範な創造の成果とその継承にいたる全体像を展望します。展示は3章構成になっており、各章での見どころを順に紹介していきます。

『没後120年 エミール・ガレ展 奇想のガラス作家』展示会場(渋谷区立松濤美術館)

第1章 奇想のデザインを世に問う気鋭の工芸作家出現

1846年、ガラスと陶器の製造販売業を営むシャルル・ガレの長男として生まれたエミール・ガレは、若い頃から多言語学習に加え、歴史や数学、植物学にも熱心でした。高校では哲学を学び、優秀な成績でバカロレアを取得。その後ドイツで鉱物学や化学を学び、芸術や音楽のレッスンを受けるなど、幅広い知識と教養を身につけました。

一方、父シャルルは商才を発揮し、パリ万国博覧会での受賞を果たすなど家業を発展させました。エミール・ガレはドイツ滞在後、デザイナーとしてのキャリアをスタートさせ、やがて家業の経営を継ぐことになります。

『没後120年 エミール・ガレ展 奇想のガラス作家』展示会場(渋谷区立松濤美術館)

アールヌーヴォー前夜のガレの初期の作品

この時代の芸術界では、作品のモチーフやデザインが過去の芸術様式や異国の風情に強く影響されていることが一般的でした。歴史主義や異国趣味が流行しており、多くのアーティストやデザイナーがこれらのテーマを追求していました。ガレの作品が他と一線を画す理由は、彼の創作における組み合わせの独創性にあります。ガレはジャポニスム、すなわち日本の美術や文化に着想を得た要素と、フランスの伝統的な芸術や工芸を巧みに融合させることで、新しいビジュアルを創出しました。

エミール・ガレ《香炉(ヘラクレスオオカブト)》(部分)1870-1878年頃 松江北堀美術館蔵

エミール・ガレの作品に見る政治的な表現

24歳で普仏戦争に従軍したガレは、社会や政治問題に対して積極的に声を上げ、特に自身の故郷ロレーヌ北東部がドイツに割譲された問題や人権保護について、公然と自己の立場を表明していました。瓶にはアザミと中世風の装束を身につけた騎士が描かれ、グラスには鉛色のエナメルで尖ったアザミの葉が表現されています。15世紀にロレーヌ公ルネ2世がアザミを紋章として採用して以降、アザミは鋭い棘を持つことでロレーヌ地方の「独立」の象徴とみなされ、その地がヨーロッパの大国間で争われる中での抵抗と自立の精神を表しています。

エミール・ガレ《リキュールセット(騎士、アザミ)》(部分)1875年頃 個人蔵

第2章 深化を遂げる思索の造形

ガレは家業を継いだ後、実用食器などの生産を続けつつ、グラヴュール彫刻を駆使して競合と差別化された独自のデザインを開発しました。象徴主義や当時の社会問題への関心を作品に反映させ、文学とのコラボレーションを通じて、工芸の新たな可能性を探求しました。ガレは、工芸を単なる実用品から絵画や彫刻や建築と肩を並べるほどの芸術作品へと昇華させ、ガラスや家具の地位を高めていきます。

エミール・ガレ《花器(セミ)》(部分)1890年頃 個人蔵

グランプリを受賞した黒色ガラスの連作

1889年のパリ万国博覧会で、ガレはガラス部門でグランプリ、陶器部門で金賞、家具部門で銀賞を受賞します。話題となったガラスは「玉滴石」と彼が呼んだ黒色ガラスの連作でした。1880年代前半までは、黒色ガラスはガレのパレットに並ぶ絵の具のひとつに過ぎず、ほかの色ガラスも普通に使用されていました。状況が変化したのは1887年頃からで、ガレは黒以外の色を排除した単色表現を模索しはじめます。「玉滴石」シリーズは、最初に作品全体を黒色ガラスでおおい、その後に表層を削りとって下地を露出させ、モティーフを彫り出してゆきます。真っ黒に全面塗装したカンヴァスから絵の具を剥離してゆくような加工が特徴的でした。

エミール・ガレ《脚付杯(昆虫)》(部分)1889年 個人蔵

第3章 花開くアール・ヌーヴォー様式

1890年代のヨーロッパで興ったアール・ヌーヴォー運動は、過去の引用に依存した歴史主義や異国趣味から脱却し、新たな統一様式を目指しました。この運動において、自然の動植物からインスピレーションを得た新しいデザインの探求が行われました。ガラス工芸の分野では、抽象的な花のイメージを華やかな曲線で表現し幻想的な世界観を追求したボヘミアのレッツやアメリカのティファニーなど、多様なスタイルが展開されました。特に、自然形態をリアルに再現したフランスのナンシー派は、ガレが牽引し、その芸術性と技術的洗練さで、時代の頂点を極めたと高く評価されています。

エミール・ガレ《台付花器(ユリ)》(部分)1889-1900年頃 個人蔵

大勢の職人を抱えた工場の経営者でもあったガレ

ガレ家は製品の本体の制作を外部のメーカーに委託し、自社で加飾作業を行うこともありましたが、この委託形式はガレが経営を引き継いだ後も続けられました。ガレが自らのガラス工場をナンシーに設立したのは1894年、彼が48歳の時でした。ガレはこの工場設立により、正式にガラス工場主としての地位を確立します。ガレは300人の職人を抱える工場のオーナーとして、自らの作品に対する芸術的ビジョンと技術的要求を具現化しました。彼はデザインの段階で、適切な素材選びやその特性、色付け、そしてどの製造技術を用いるかを緻密に計画しました。彼の管理の下、ガラス吹き職人、彫刻職人、エナメル絵付け職人など、各分野の専門技術が一つの作品に結集され、彼の創造的な意図を反映した芸術作品が生まれていきます。

エミール・ガレ《花器(イヌサフラン)》(部分)1898年頃 個人蔵

没後も続くエミール・ガレのブランド

ガレは本質的にデザイナーおよびガラス工芸家であり、技術の向上には熱心でしたが、利益にはそれほど注意を払っていませんでした。経営に問題が生じ始めると、より市場性の高い廉価な製品の製作にも手を広げました。1902年からは一般家庭での電化の波に乗り、電球を取り入れたランプ製品の開発に着手しました。さらに、ガレが1904年に亡くなった後は、高度な技法を用いた製品は徐々に減少し、量産型の被せガラス製品が主流となりました。第一次世界大戦と世界恐慌の影響を受け、いわゆるエミール・ガレ商会株式会社は1931年に閉鎖されました。

エミール・ガレ《ランプ(オウトウ)》1918-1931年 個人蔵

ガレの作品が、日本人に受け入れられる理由

ガレの作品が日本人に受け入れられる理由は、印象派の絵画が愛されるのと似ているかもしれません。印象派のように、ガレの作品も西欧の深い文化的背景を知らなくても楽しめます。印象派が重厚な西洋絵画の伝統から解放されたように、ガレの作品も親しみやすく、具体的なモティーフが何かは容易に理解できます。ガレが植物学者でもあったことから、彼の作品には対象の細部に対する綿密な観察とリアリズムが反映されています。このリアルな造形がガレの作品を他と一線を画す特徴です。

作品に込められた象徴や詩の意味を深く理解することで共感を深めることができますが、独創的な素材感や装飾技法だけでも十分に魅力的です。つまり、ガレの作品は、見る人の知識や理解の度合いにかかわらず、その美しさで多くの人に楽しまれる懐の深さを持っています。

エミール・ガレ《花器(サクラソウ)》(部分)1900年 個人蔵

この展示会では、エミール・ガレの芸術的な足跡を広範囲にたどり、彼が追求した時代を超える美と現代への影響を探求します。ガレの創造性と彼の作品が示す普遍的な魅力を、多様な視点から探ることができる展覧会になっています。

エミール・ガレ《花器(アネモネ)》(部分)1890-1900年頃 個人蔵

展覧会情報

展覧会名没後120年 エミール・ガレ展 奇想のガラス作家
会期2024年4月6日(土)〜6月9日(日)
前期:4月6日(土)〜5月6日(月・休)
後期:5月8日(水)〜6月9日(日)
会場渋谷区立松濤美術館
開館時間10:00~18:00(最終入場は17:30まで)
※毎週金曜日は20:00まで(最終入場は19:30まで)
休館日月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)、4月30日(火)、5月7日(火)
入館料一般 800円(640円)、大学生640円(510円)、
高校生・60歳以上400円(320円)、小中学生100円(80円)
※(  )内は団体10名以上及び渋谷区民の入館料
※土・日曜日、祝・休日は小中学生無料
※毎週金曜日は渋谷区民無料
※障がい者及び付き添いの方1名は無料
【リピーター割引】観覧日翌日以降の本展会期中、有料の入館券の半券と引き換えに、通常料金から2割引でご入館できます。
美術館ホームページhttps://shoto-museum.jp/exhibitions/203galle/

関連イベント情報

イベント名ガレ風プラ板リングをつくろう!
日時6月1日(土)
午後2時~材料がなくなり次第終了(作業時間:約15分)
場所地下2階ホール
備考欄※無料(要入館料)
※小学生以下は保護者の同伴をお願いいたします
イベント名昼さがりのアートレクチャー
テーマ「エミール・ガレ展開催について」
日時5月26日(日)午後2時〜(約1時間)
場所地下2階ホール
講師本展担当学芸員
備考欄※無料(要入館料)
※定員70名
※事前申込制(応募者多数の場合は抽選)。
申し込み方法等詳細は美術館HPをご確認ください。
イベント名展覧会担当学芸員によるギャラリートーク
日付4月12日(金)、4月20日(土)、5月5日(日・祝)
時間各日午後2時〜(約30分)
費用※無料(要入館料)
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