ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド エピソード1

2023年、再び訪れたニューヨークではさらに多くのチャレンジが待ち受けていました。このコラムは、そんな中でヘンテコな私が、半歩ずつ自己実現をめざし孤軍奮闘してきた経験を綴ったものです。観光旅行では味わえないニューヨークの一面を知ることが出来ました。それをご紹介していきます。

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準備万端

去年の滞在でニューヨークにすっかり魅了された私は、年が明けるとすぐに当たり前のように夏休みに娘と赤ん坊のところへ行くための渡米計画を練り始めました。

娘とちょうど良い距離を取るのが大事な我が家訓。今回も娘のところに泊めていただくわけにはまいりません。

昨年は親友のベッツイがブルックリンのアパートの主で彼女の暖かい配慮でずっとお世話になっていたわけですが、彼女がブルックリンから郊外のアセンズに完全に引っ越して娘のクレアが引き継いでアパートの主となっているので、今年の泊りはどうしよう?

ベッツイは「クレアのところに滞在して」と、いつも通り優しい連絡をくれてクレアも「どうぞ」と言ってくれてはいるのですが、ずっとお世話になるというのも気が引けると思っていました。

そんなところに、クレアから彼女の友人がペットの猫を残して旅行に出るので猫の面倒を見てくれるペットシッターを探しているのだけれどできる?と聞いてきてくれたのでした。猫のお世話をする代わりにその人の住まいにステイさせてもらえるキャットシッター。ホームエクスチェンジ(お互いの家を交換し合い旅行する旅の形)と同様、普通に行われているみたいですが、そこは人への信用が前提。

これは渡りに船、すぐさまOKの連絡をして日程の調整を進めました。その上、そのお家は娘のアパートからの徒歩圏内、幸運が天から舞い込んできました。

今年も大きなお土産段ボールを抱えてJFKに向かいます。羽田で重量オーバーになり重たい食糧をいくつか取り出す羽目に。その段ボール箱運搬用には、キャリアをわざわざ手荷物で持ってきました。なぜならJFKのカートは有料で高いと聞いていたからです。

フライトそのものは昨年のコロナの時のような緊張感もなく二人掛けの席の隣は運よく空席。同時に前回のような隣席の人との出会いもありませんでした。昨年のようにお隣の人とおしゃべりしていると14時間もあっという間、その人の人生のある部分を深く知ることになります。他人同士の不思議な出会いですね。

でも今回は、退屈な上にあまり眠れぬまま14時間のフライトを終えて無事にJFKに到着、イミグレーションも特に問題なく通過。

ところが出てみると約束どおり迎えに来てくれたムコ殿の手にはすでに借りたカートが手柄顔で…。苦労して壊れそうなキャリアだけど持ってきたのに!と一瞬カチンと来てしまう私。でも、まあムコ殿はそういう人だよね、いい人なんだ、それで、お金を貯めるのが苦手だと娘が嘆いているが。いいか!無事に会えたから。

ハロー、ニューヨーク!

到着直後衝撃のニュース 漏水・鉛 放りだされた私

ところが私を待っていたのは!それどころではなかったのでした。

迎えに来たムコ殿が、今、娘と赤ん坊は家にいないというのです。なぜなら彼らの部屋が今、工事中だからという。娘からは羽田にいるときにLINEで「のっぴきならない事情で私は迎えに行けなくなったけどムコ殿が行くよ」とだけ連絡があったのですがあまり気にしていませんでした。

詳しい話を娘に聞いてと言われ、よくわけがわからないまま、空港駐車場から電話してみると、娘の口からは「不幸に次ぐ不幸」のような出来事が。実は娘のアパートは以前より上の階からの水漏れがあり、管理人にクレームしていたのに放置され、それが今回とうとう彼らが旅行中にひどくなり、帰ってきたら壁が剥がれ落ちている事態に!さすがにすぐに職人が入って家の壁天井を壊して水回りの大工事中。

しかも、もっと重大なことがありました。

工事開始の翌日、たまたま赤ん坊の健康診断日で血液中の鉛の濃度が基準を超えて中毒レベルの高さだということが分かったというのです。えーっ、これも原因としては鉛の管を使った古い水道管が疑われ、こんなところにはいられないと郊外の親戚の家に避難したそうで、ムコ殿だけは特別なPCを使う在宅勤務があるため一緒に行けず仕方なく残っていました。

それが、私が羽田をたった日のこと。

ご存知かもしれませんが、ニューヨークは地震がないため100年前のインフラがそのまま修理しては使い続けられていることが多いのでこのような事態は日常茶飯事です。

まあ当然の判断だと思いましたが、私はせっかく来たのに娘たちにいつ会えるかもわからない状況に放り込まれたようです。ムコ殿も今日はきっと無理して迎えにきてくれたのでしょう。不便な工事中の家で在宅勤務なので私は手伝おうにも行くこともできない。

何が何だかわからないうちに今日から泊まることになっているキャットシッターを任された家に到着。ムコ殿が送って来てくれました。ブルックリンでは高級の部類に入ると思われる立派なアパートです。

アパートの主は、もう出かけていてお留守。管理人から鍵を受け取るところまでは、一緒にいてくれましたが「じゃあね」とか言ってムコ殿は帰ってしまったのです。

まずは、見知らぬそのお家に二匹の猫が無事に在宅していることを確認。一匹目のクロちゃんは、ご主人がいなくって寂しかったのか、すぐに私の匂いを嗅ぎに出てきました。もう一匹は慎重なロシアンブルーでなかなか姿を見せてくれず、それならばとエサの缶詰を開けてやると、やっとでてきてくれました。

そんな初対面をすまして、この場に馴染むためソファーやらベッドに寝転んで天井をしばらく見ていました。どうしようかなぁ。一人で。これでは、本格的に自分の暮らしを立てないと、この部屋で猫に話しかけるだけの毎日になってしまうなぁ。

でも、「やる気」ってどうやって出てこさせるんだっけ。

そう言えば、私が仕事をしている学校の子どもたちはうまくやってるなぁ、

「やる気」に頭をひょいと出させるのは、一本のマッチの炎を種火にしてそれを起こして焚き火にする要領です。少し組み上げた枯れ枝の下に丸めた新聞紙を入れて、マッチの火をつけ燃え移らせて、枯れ枝が燃え盛ってきたら、その上にもう少し大きくて太い乾いた丸太を入れて大きな炎にしていくあの手順です。マッチのような最初の種火になるものを見つけるのが子供達はとても上手いんです。教室になかなか入れないある子は、別室教室で漢字練習のなぞるドリルを持ってきて一心不乱にやり始めます。そんな時、筆順なんか構っていません。精一杯鉛筆を動かして字を作り上げるということが主眼だからです。何かを作り上げると、少し気持ちが上向きますよね。それを気が済むぐらい作り上げると、その子はやにわに立ち上がりクラスの授業を覗きに行ったりするんです。それは、見事なものです。

では、それと同じ要領で私もこの状況の中で種火を探すとすれば...。

このアパートの前は、片側3車線の広い通りで真ん中の分離帯は広くパークウェイになっており、至る所にベンチが設置されています。目の前が植物園や図書館です。

そうだ、しばらくベンチに座ってみようと部屋からドキドキしながら出ていきました。部屋着のまんまで出ていきました。目の前を、走る人、歩く人、一人の人、カップルの人、グループの人、動く景色を見ていきます。去年も見覚えがある、そう思い始めると心臓の鼓動も落ち着いてきました。ここの空気に馴染み始めます。

そのうち「できることをしよう」という声が頭の中に浮かび、まずは、通りかかった人に私の写真を撮ってもらいました。この写真撮影を皮切りに次には今日の食事を考え始めました。家に戻って、壊れていると連絡がきていた冷蔵庫の様子やら、食器や調理器具をチェック。冷蔵庫は私が3人入れるぐらいの巨大なもの。一人暮らしと聞いているけど何を入れるんだろうと不思議に思うぐらいの大きさです。手をかざして温度を見てみると強力ではないものの冷蔵ぐらいは余裕でできそうな温度です。完全に壊れているわけではなく冷蔵室としては充分使えそうです。

そしてメインのお仕事である猫のお世話に取り掛かります。うちとは違って缶詰の魚の水煮が主食でドライフードはおやつレベルとのこと、そのせいでしょうか、ここの猫は二匹とも色艶がベルベットタッチです。私も帰国したら、さっそくうちの猫の餌を変えてみようと思いました。

次に、猫たちのpoopとpeeの始末は、マジックジニーとかいう、そこに投げ込めばいいというアメリカらしいダストボックスのようなものが置いてあります。初めて見るボックスなのでユーチューブでチェックしました。

マジックとか言ったって、そのうち上まで溜まったら魔法で消えるわけではないでしょう、当たり前のことですが。袋に詰まったごみの処理とその取り換えもマジックでやってくれそうにありません。「何がマジック!」とぶつぶつ言いながらも、家の中で生き物が動いているのでだんだん気持ちが温まってきました。

私自身の夕食は、さっき「近くのコンビニならついて行ってあげる」とムコ殿が言ってくれた折に買ってきたトマトソースのラビオリをレンチンして、野菜サラダとともに食べました。そのレンジは、やはり巨大で山ほどのボタンがついています。巨大な家電の世界で、私自身、心も体も小人のように感じてしまいます。その世界で、さてさて、「食う寝る遊ぶ」の始まりです。娘たちにはいつ会えることやら。

娘と赤ん坊に会うことを表向きの理由として渡米しましたのに漏水事故のためにこの後しばらく知り合いもいない所で、一人で暮らさないといけない日々が続きます。しばらくは猫の世話をしながら、猫に世話されながら、身近なできることにチャレンジをしていきます。

次回以降それを通じて知ったニューヨークのマイノリティも含めたすべての人に開かれた公共サービスの体制についてお伝えしていきます。お楽しみに。

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