ここ数年、ゴールデンウィーク中における東京・丸の内の風物詩となっているのが、現代アートのイベント「ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI」(以下、AATMと表記)です。今年も、全国の芸大・美大18校からノミネートされた147点の作品から厳選した20作品が「行幸地下ギャラリー」にずらりと並びました。
展示初日には各賞受賞者が決定し、丸ビル1Fのイベントスペース「丸キューブ」にて表彰式も開催されました。表彰式では、グランプリ作品の表彰を筆頭に、各審査員賞や主催者・協賛者による賞など、のべ10名の入賞者が発表されています。
そこで、今回は受賞作品を中心に、今年のAATM2024の展示風景とともに、特に筆者が面白かった作品をピックアップしてご紹介します。
広大な地下空間が現代アートの展示会場に
AATM2024が開催されているのは、東京駅・丸の内の地下空間。ちょうど「丸ビル」「新丸ビル」の間を抜ける「行幸通り」の地下に設けられた約200mに及ぶ「行幸地下ギャラリー」に全20作品が設置されています。
また、展示された20作品の内訳は、絵画、陶芸、彫刻、インスタレーション、版画など、様々な要素が組み合わさった、非常に独創的でバラエティに富んでいます。
展示スペースはかなりゆったりと採られ、その広々とした展示空間を生かした大型作品が目立ちました。初日から展示を見に来た熱心なアートファンに加え、外国人旅行者や修学旅行生、皇居へ訪問する人々から、丸の内近辺で働くオフィスワーカーまで、多くの人々が展示に目を止めていました。
それでは、作品を見ていきましょう。
素材とアイデアの勝利!グランプリ作品
「えっ、こんな素材でアート作品ができるんだ!」と思わず見入ってしまった作品でした。いわゆる、ゴミ袋やスーパーのレジ袋のような、半透明のポリエチレン製ビニールの上に、反転した言葉のようなものがびっしりとアクリル絵の具で描かれています。あえてだらしなく天井から吊られた展示方法は、素材の脆弱な形状を強調しているかのようです。
「こんな脆弱な素材だと、絵の具が乾くとすぐに剥落してしまいそうだな……」と考えながらよく見てみると、なんと展示初日から早速絵の具が剥がれ落ちています。
もちろんこれは、画家が目論んだ”敢えて”の演出なのでしょう。
ビニールの上に描かれているのは、大量のことばです。ことばは発したそばから忘れられていく存在でもあります。剥がれ落ちた絵の具の欠片は、まさにそんなわたしたちの「ことば」のうつろいやすさや儚さを象徴しているようです。
審査員を代表して講評コメントを寄せた藪前知子審査員からは、
ビニールの上に描かれた文字がボロボロ落ちていき、あとには彼女の心の動きだけが残っている。そこに絵画を描く印象的な動機が現れて見えたことや、こうした日記のようなパーソナルなものが、丸の内の公共的な空間にを彩る面白さや、独創的な素材選択に見られる絵画への興味・探求の広さなどを高く評価してグランプリに選びました。
とのコメントがありました。みなさんは、本作をどう思われますでしょうか?ぜひ、実物を見て楽しんで見ていただければと思います。
審査員賞を2部門制した、独創的なインスタレーション
続いては、AATM2024で2つの審査員賞を獲得した和田咲良さんの作品。犬やネコを描いた絵画、「dub」という字が縫われたり、鏡文字で「Welcome」とあしらわれた布地などから構成された、非常に謎めいた作品となっています。
よく見ると、犬の絵は首が3つあったり、その絵の背後に鏡が設置され、鑑賞者に絵画の裏側が覗き見るように働きかけてきたり、「dub」という字が左右対称形であることなど、作品を読み解くためのとっかかりになるようなものが見えてきます。
彼女に審査員賞を授与したひとり、藪前知子さんは
無数にあるイメージのなかから一つを選ばなければならないという、絵画の構造をひっくり返すような仕掛けが素晴らしかったです。ユーモラスでウィットに富んだイメージを使って、絵画の「表」と「裏」や、世界の「表」と「裏」、あるいはその2つが重なり合ったあわいのイメージみたいなものとして絵画を捉え直す試みに感銘を受けて審査員賞を差し上げました。
とコメントしています。
謎が謎を呼ぶ不思議な感覚の作品です。複数のプロを「面白い」と唸らせた本作も最注目作の一つであることは間違いないでしょう。
近未来の人間像を端的に表現
金色で彩色された人間の骨格を中心に、無数の電子基盤やモニターが生々しい配線で繋がれた本作は、SFファンに刺さりそうなインスタレーション作品です。肉体を失い、魂や意識といった精神的な存在へと移行する未来のサイバーヒューマンを思い起こさせるような造形に惹かれました。
洗練したイメージとは程遠いむき出しのジャンク基盤、あえて乱雑につながれたアナログ配線など、さえないマッドサイエンティストがつくりだしたかのような退廃的な雰囲気が、逆になんともいえないリアル不穏さや退廃さを感じさせます。必ずしもバラ色ではない、近未来のサイバーパンク的な世界を想起させる、存在感抜群のインスタレーション作品でした。
ちなみに本作も審査員賞(木村恵理子賞)を受賞しています。
ホラーテイストも?謎めいた巨大写真
本展には写真作品もいくつか登場していますが、うち、非常に謎めいた雰囲気で行幸通り地下道を行き交う人々の足を止めていたのが、本作《We are granules.》です。
等身大よりも遥かに大きなサイズで2つの腕を撮影し、腕の上には角砂糖が載せられた、とても不思議な構図です。なおかつ、その白黒の写真を照らし出す赤紫色のランプが、神秘的な雰囲気や不穏さを醸し出しており、より一層作品を謎に満ちたものにしています。
本作は審査員賞である建畠晢賞を受賞。受賞後のインタビューで、奥野さんは、「通りすがりの人々に見ていただけるよう、展示方法に工夫を凝らした」と話していました。本作から、写真の新たな可能性や魅力を感じてみてはいかがでしょうか。
アジアのノスタルジックな風景
本作は、李さんの母国・韓国で彼女の母や祖母が働いてきた市場の様子を巨大な障壁画のような絵画にまとめた大作です。審査員長を務める今村有策さんより審査員賞を受賞。
本作に対して、今村さんは、
自分の肉親のアイデンティティを遡る個人的な探求のなかにも、「民族」「女性」という大きなテーマや物語が含まれるなど、個人の小さな物語と大きな物語の出会いとぶつかり、対立など、様々なものが一つの画面に描かれた傑作だと思います。
とコメントしています。
個人的には、メキシコ壁画運動のような赤・黄・青などビビッドな色使いの中で、黙々と仕事に打ち込む女性たちの姿が非常にたくましく、凛々しく感じられた作品でした。アジア的なノスタルジーの中に、画家の故郷や親族を思う気持ちが溢れた力作だと思います。
サラリーマンの溜飲を下げる!?インパクト抜群の作品
初めて見ると、一瞬何が描かれているのかわからないかもしれません。ですが、しばらく絵をじっとみていると次第に脳内でイメージが像を結んできます。横を向いた人物の顔面らしきものにパンチが打ち込まれ、巨大な拳がまさにめり込んでいく瞬間を描いているわけです。
パッと見たときは意味不明に見えたものが、遅れてジワジワとなにかの形に認識できてくる感覚の面白さや、その時見えてきたイメージが衝撃的なものであったという、このなんとも言えない感覚が面白く、何度も見返してしまいました。
また、ビビッドで目の覚めるような色使いは、ポップアートや街角のグラフィティアートにつながるような自由さもあります。見るだけで、エネルギーが漲ってくるような強さも感じられます。
行幸地下通りは日本有数のオフィス街でもあります。仕事でストレスや疲れを抱えたオフィスワーカーへのカンフル剤的な作品として、これ以上ない痛快な作品だと思います。惜しくも受賞は逃しましたが、インパクト抜群なアイデア作品だと思います。
おわりに
本展出品作のなかから、各賞受賞作品を中心として、筆者が特に気に入った作品をいくつかご紹介しました。これ以外にも、独創的な作品が多数展示されています。これまであまり見たことのない素材やアイデア、コンセプトを組み合わせた斬新な作品の数々から、大いに刺激が得られることでしょう。
なお、本展でお気に入りの作品があれば、行幸通り入口脇に設置されたインフォメーションコーナーで各作家の詳しい経歴やポートフォリオを参照できるようになっています。また、期間中、専用メールアドレス(aatm@title-inc.jp)にて、作品や作家、作品購入に関する問い合わせもできます。
プロの眼が選んだ、将来性あふれる若手作家と出会える最良の場のひとつとなったAATM2024、ぜひ楽しんでみてくださいね。入場無料、写真撮影自由なのも嬉しいですね!
ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2024 開催概要
開催日程:2024年4月25日(木)~5月12日(日)※会期中無休
開催時間:11:00~20:00 ※最終日のみ18:00 まで。
展示会場:行幸地下ギャラリー
入場料金:無料
Webサイト:https://www.marunouchi.com/pickup/event/2605/