こんにちは、石川県の金沢市にオープンした『国立工芸館』に早速行ってきた、美術ブロガーの明菜です。
以前は東京・竹橋にあり、都内の美術ファンにはおなじみの『東京国立近代美術館工芸館』でしたが、金沢に移転して2020年10月25日に通称『国立工芸館』として開館しました。
金沢への移転と開館を記念した展覧会『工の芸術― 素材・わざ・風土』が開幕したので、早速見てきました!工芸作品に詳しくない人でも親しみやすい、易しい展示内容がとても良かったです。工芸の魅力を自分から探しに行ける展覧会でした。
この記事では、展覧会の見どころを中心に、国立工芸館の常設展示や建物についても紹介していきます。都内にお住まいの方は「工芸館が遠くへ行っちゃった…」という気持ちかもしれないですが、パワーアップした工芸館に足を運んでみてはいかがでしょうか?
展覧会『工の芸術― 素材・わざ・風土』の構成
本展は以下の3つの章で構成されています。
・第1章 素材とわざの因数分解
・第2章 「自然」のイメージを更新する
・第3章 風土―場所ともの
今回は美術館のコレクションを紹介する展覧会で、工芸への関心の扉を開くことができる易しい構成が魅力。もちろん東京で見慣れた作品もあり、懐かしい再会もできました。
それでは、章ごとに見どころを紹介していきましょう!
第1章 素材とわざの因数分解
「因数分解!?やっぱり難しそうじゃん!」と思われず、もう少しお付き合いくださいね。
美術館で気になる作品を見つけたら、作品のタイトルを見ますよね。絵画や彫刻の場合、「真珠の耳飾りの少女」「考える人」など、表現されているものが分かりやすく、覚えやすいタイトルが多いです。
しかし工芸はと言うと、『色絵染付菱小格子文長手箱』『練上嘯裂文茜手大壺』など、作品名は長い上に漢字ばっかりです。「色絵なんとか」「練なんとか」と、途中で読むのを諦めてしまうこともしばしば。
第1章ではそんな長くて難しそうなタイトルに焦点を当て、「因数分解」して素材とわざを読み取ろうと試みます。実は、工芸品の長い作品名には「素材」や「技法」など作品のプロフィールが詰め込まれているので、タイトルを理解するだけで作品の基礎知識を読み解けるんですよ!
例えば、《色絵染付菱小格子文長手箱》を見ていきましょう。この作品名は、5つの単語に因数分解することができます。
色絵:上絵付けの技法
染付:下絵付けの技法
菱小格子文:ひし形の装飾文様
長:縦に長い形
手箱:作品の用途
つまり、『色絵染付菱小格子文長手箱』は「縦長の箱」なのですが、どんな模様をどんな技法で絵付けされたのか、詳しいことが作品名に隠されているんです。
工芸品の作品名が長くなるのは、このように技法や用途などさまざまな情報が詰め込まれているからなんですね。第1章は、工芸品には多岐にわたる素材・技法・用途があることを、作品名の長さや多様さをヒントに読み解いていく面白い構成でした。
第2章「自然」のイメージを更新する
第2章では、工芸品の素材が自然に由来しており、作品の形や装飾にも自然のイメージが取り入れられていることに注目していきます。「自然のイメージ」も時代や作家によって多様で、自然を模写するように複雑な形を取り入れた作品もあれば、自然をデフォルメしたシンプルな形を取り入れた作品もありました。
特によく比較してみたいのが、初代宮川香山による2つの作品です。《鳩桜花図高浮彫花瓶》は立体的な装飾が特徴の花瓶ですが、「鳩の彫刻」とも呼べそうなほど、鳩の立体感に目を引かれます。
一方、『色入菖蒲図花瓶』も初代宮川香山による作品です。こちらは物理的な立体ではなく、絵付けによって奥行きが表現されています。鳩も菖蒲もリアルな自然のイメージを取り入れた作品ですが、表現方法が全く異なります。
作風の変化の背景には、作家が流行など時代の移り変わりを理解していたからではないかと考えられます。
幕末から明治初期には、《鳩桜花図高浮彫花瓶》のような装飾が欧米で人気となっていたのですが、しだいに供給過剰になり、古びたものになっていきます。その頃には香山の窯で同様の作品は焼かれなくなっており、《色入菖蒲図花瓶》のような作風へとシフトしていきました。
第2章では、他にも大勢の作家の作品を通じ、工芸における自然のイメージの取り入れ方を見ていきます。作品に取り入れるモチーフは、当時の流行と切っても切り離せないものです。
ファッションの領域では「流行は繰り返す」とよく言われますが、同じように、工芸作品の世界でも円を描くように歴史を繰り返しながら、少しずつ自然のイメージをアップデートしている様子を感じられました。
第3章 風土―場所ともの
第3章は、地域ごとに特色ある工芸作品を紹介するセクションです。石川県を含む北陸の展示が多めとなっており、金沢出身の漆芸家で人間国宝の松田権六の蒔絵の作品も充実していました。
同じ時代に同じ地域で過ごした作家同士の影響関係を、作品から読み取るのも面白いです。例えば富本憲吉(とみもとけんきち)は九谷焼の窯元・北出窯で色絵の研究をするために滞在していたため、北出塔次郎(きたでとうじろう)とは影響関係があります。よく見比べながら、2人の作品の共通点や相違点を探ってみてはいかがでしょうか?
しかし九谷の絵付けは鮮やかで良いですね…緑と黄色のコントラストが大好きです。
地元金沢のレジェンド・松田権六の仕事場
常設の展示である『松田権六の仕事場』も必見です。漆芸家の松田権六(まつだごんろく/1896-1986)の仕事場を移築・復元した展示は、「ここで作品が作られていたのか~」と驚きます。意外と小さな仕事場で作られており、窮屈ではなかったのかな、と疑問もありました。
作家の道具や私物の一部も展示されています。作品のアイディアなどが記録されたメモ帳には、松田権六が生き、制作した証が詰まっていました。
千葉県出身で関東以外で暮らしたことが無い私は、松田権六のことを知らなかったのですが、どうやら金沢の美術・工芸好きならみんな知っているほどの有名な作家のようでして…国立工芸館に対しても、松田権六の作品への問い合わせが特に多いようです。
デジタル技術がすごい!タッチパネルを使った作品解説は必見
大きなタッチパネルを使って、作品を深く知ることができる『工芸とであう』の常設の展示も、国立工芸館の大切な見どころです。画面に作品の写真が流れてくるので、指で触れば興味のある作品を拡大したり、解説を読んだりすることができます。
工芸品を本当の意味で鑑賞するためには、顔を近づけてよく見たり、ひっくり返して底面や裏面まで見る必要があります。しかし、美術館のコレクションを一般人が手に取って鑑賞することはできません。
そこで、大きな画面のタッチパネルを使えば、作品を拡大したり回転させたりして鑑賞できますよね。デジタル技術を活かした良い展示方法だと思います。
なお、タッチパネルの展示コーナーでは、ビニール手袋が配布されています。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、必ずビニール手袋を身につけてからタッチパネルを操作しましょう。
歴史ロマンも味わえる!国立工芸館の建物にも注目
国立工芸館は明治後期に立てられた旧陸軍の施設を活用しているので、歴史ある建物も見どころです。1997年に国の登録有形文化財に登録された『旧陸軍第九師団司令部庁舎』(左)と『旧陸軍金沢偕行社』(右)を移築・復元して活用しています。
木造建築ですが、展示室部分はRC造で復元されて新築されているので、丈夫な構造となっています。1階と2階の展示室を結ぶ階段は、旧陸軍第九師団司令部庁舎からそのまま移築されました。傷などの使用感が残っているので、階段が使われてきた歴史が感じられ、愛おしくなってしまいます。
ちなみに外観も、新築のような清潔さが感じられます。移転改修に伴って判明した、建築当時の色を再現しているそうです。美術館の展示品だけでなく、建物の外観や内装も必見です!
金沢観光の新しい名所!日本海側初となる国立美術館おすすめです!
国立工芸館の展覧会『工の芸術― 素材・わざ・風土』と、常設展示などの見どころについて紹介してきました。
なんと、日本海側では初めての国立美術館なんですよね。石川県は漆や金工、陶芸、色絵とさまざまな伝統文化が豊かな地域ですし、金沢でしかできない展示もできるのでは、と期待も高まります。
国立工芸館は兼六園や金沢21世紀美術館などの近くにありますし、観光ルートにも組み込みやすいです。金沢に行くならマストな美術館なので、訪れてみてはいかがでしょうか。
展覧会情報
国立工芸館石川移転開館記念展Ⅰ『工の芸術― 素材・わざ・風土』
会場:国立工芸館(石川県金沢市)
会期:2020年10月25日(日)~2021年1月11日(月・祝)
※会期中一部展示替あり
開館時間:9:30 - 17:30 ※入館時間は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし11月23日、1月11日は開館)、11月24日、年末年始(12月28日~1月1日)
公式HP:https://www.momat.go.jp/cg/exhibition/the-first-of-the-national-crafts-museums-grand-opening-exhibitions/