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残り2週間!本年度最注目の建築展「分離派建築会100年展」駆け込みレビュー!

ここ数年、美術ファンの間でもずいぶん建築展に足を運ぶ人が増えたといいます。いろいろな要因が考えられますが、その一翼を担っているのではないかと僕が思っているのが、年に1度開催されるパナソニック汐留美術館の建築展です。

パナソニック汐留美術館の凄いところは、コンパクトな展示スペースを効率よく活用した密度の高い展示構成。新しい展覧会に足を運ぶたびに、まず「今回はどんな展示レイアウトなんだろう?」とまずその展示空間にワクワクしてしまいます。

そんなパナソニック汐留美術館が今年もやってくれました!京都国立近代美術館と共同で企画された「分離派建築会100年展」が素晴らしいクオリティなのです。約8年かけて研究が積み重ねられ、その約70%が展覧会初登場となる濃厚かつ新鮮な展示は、これまでほとんど一般には名前が知られていなかった「分離派建築会」の名前を改めて世間に広く問う画期的な機会となっています。

そこで、今回は「まだ分離派建築会100年展」を見ていない方や、建築展はちょっと難しそう・・・となかなか腰が重たくなっている方に対して、肩肘張らずに楽しく見られるよう、5つの注目ポイントにしぼって解説してみたいと思います!

それでは早速行ってみましょう!

注目点1:分離派建築会とは何か?!クリムト一派の日本支店ではありません!

本展は、展覧会名が示すとおり、1920年に結成された、日本で最初の本格的な建築運動「分離派建築会」の結成100周年を記念して、彼らの活動を様々な側面から振り返る展覧会です。

えっ、それって何か凄いことなの?って疑問に思いませんか。

そもそも、「分離派建築会」という単語をこれまで聞いたことがある人ってどれくらいいらっしゃるでしょうか?きっと、かなり少ないのでは・・・と思います。

これは僕の勝手な体感値ですが、仮に今美術館の前でランダムに100人選んでアンケートを取ったとしたら、100人中99人までは、「分離派建築会?何それ?」という状態だと思うのですよね。もちろん僕も展覧会の存在を知るまでは「分離派建築会」という単語を聞いたこともありませんでした。

つまり、彼らは時間が経つうちに、人々の記憶の中から忘れ去られていった存在でもあるといえるでしょう。

でも、なぜ彼らは建築史の中で埋もれ、忘れ去られてしまったのでしょうか?それは、おそらく分離派建築会が、日本の近現代建築史における「過渡期」の運動だったからなのかもしれません。

では、試しにちょっと明治時代の代表的な洋風建築を頭に思い浮かべてみて下さい。
(ex:東京駅や日本銀行、赤坂離宮など・・・)

明治時代の大きな建物は、ギリシャやローマの神殿を彷彿とさせるような、装飾的で重厚な石造りの洋風建築ばかりですよね。でも、私達が生きる現代では、そんなビルは今どき一つもありません。高層ビルやマンションを見ると、ガラス張りで幾何学的な箱型建築が圧倒的に主流になっています。

150年の間に、建築はデザインも技術も大きく進歩しているわけです。

でも、ゴテゴテとした洋風建築から、ある日突然に機能的でモダンな箱型建築へと街が生まれ変わったわけではありません。明治が終わり、大正~昭和へと時代が下るにつれて、クラシカルな建築様式が少しずつ近代的なものへと洗練されていく中で、様々な試行錯誤や葛藤があったはずなんです。実は、その長い過渡期の中で一番熱い時期に活動していた若手建築家の代表格こそが、「分離派建築会」の9名のメンバーでした。

習作展における集合写真(左から前列:矢田茂、山田守、石本喜久治、後列:森田慶一、堀口捨己、瀧澤眞弓)
1920(大正9)年2月3日、撮影者不詳 写真(複写)
写真協力:NTTファシリティーズ

東京帝国大学の建築学科を卒業した彼ら若手作家は、1920年に展覧会を開催し、「分離派建築会」の設立を高らかに宣言します。本展では、彼らが第1回展覧会に寄せた宣言文も展示されています。

これが実に熱いのです。

我々は起(た)つ。過去建築圏より分離し、総(すべて)の建築をして真に意義あらしめる新建築圏を創造せんがために。我々は起つ。過去建築圏内に眠つて居る総のものを目覚さんために溺れつつある総のものを救はん(すくわん)がために。我々は起つ。我々の此(この)理想の実現のためには我々の総てのものを愉悦の中に献げ、倒るるまで、死にまでを期して。我々一同、右を世界に向つて宣言する。

いや、なんか熱量がすごいですよね。これぞ青春。若気の至り。東京帝国大学を卒業して、竹中工務店や清水建設などの大手建設会社に入ったばかりの新卒社員が、いきなりこんな大仰な宣言をしてしまうわけです。

でも、「過去建築圏内に眠つて居る総のものを目覚さんために」って、彼らは一体何に対してそんなに怒っていたのでしょうか?それは、明治時代以降、西洋から学んだ歴史的な様式建築に拘泥し、新時代にふさわしい建築を生み出そうとしなかった建築界全体に対してでした。

「議員建築意匠設計競技図集」(編:洪洋社)
1920(大正9)年 印刷/紙、書籍 京都府立図書館

その象徴となったのが国会議事堂の新建築案をめぐる混乱でした。日本に議会政治が導入された明治23年以来、長らく仮庁舎で運営されてきた議会を新築するという国会議事堂建築プロジェクトは、建築界のみならず一般の関心も高く、国家の威信をかけた大事業でした。

しかし紆余曲折を経て上がってきたデザイン案は、どれも伝統的な西洋建築様式の枠内に収まった保守的なものでした。若手建築家たちは、大いに失望したことでしょう。彼らの目には守旧派の堕落・怠慢だと感じられたのかもしれません。

そこでもう一度宣言文をよく読んでみましょう。最初に「過去建築圏より分離し」と書かれていますよね。そう、彼らは既存の権威や旧態依然とした建築様式から「分離」するという意味で「分離派建築会」と自ら名乗ったわけですね。

大事なのは、彼らが「分離派建築会」様式という新しい様式を作ろうとした、ということではないということです。

「分離派建築会」はそれよりも、固定化された旧式の建築様式から抜け出して、自分たちが考える新時代にふさわしい建築のあり方を自由に追求することを志向していました。だから、農村で住宅を作ったり、デザイン工房を立ち上げたり、関東大震災からの復興建築を手掛けたり、モダニズム建築へあこがれてヨーロッパで学んだりと、それぞれの理想を模索し続けます。必ずしも、彼ら一人ひとりの活動内容には整合性や統一感があるわけではないのです。

そういえば2019年には大きなクリムト展が2つあったので、熱心なアートファンの方なら、彼らが「ウィーン分離派」の仲間なのかも?と考えるかもしれません。ですが結論からいうと、ウィーン分離派と彼らの間には直接関係はありません。

クリムトが新しい芸術を目指すために既存のアカデミズムから「分離」して新しいグループを結成した志から影響を受け、同じ「分離」という言葉を使って自分たちの活動を定義づけただけであり、彼らがクリムト作品に心酔していた、というわけではないのですね。第一クリムトがウィーン分離派を結成したのは1894年、分離派建築会結成はその26年後の1920年ですから、1世代完全に違っているわけですし。

注目点2:CAD?!そんなものありません!全部手描きで描かれた図面が凄い!

展示風景(分離派建築会メンバーの卒業設計)※後期展示では内容が入れ替わっています

さて分離派建築会について基本的な情報を掴んだら、あとはどんどん展示を見ていきましょう。

まずおすすめしたいのは、彼らが作成した様々な建築図面。特に彼らの東京帝国大学の卒業制作や、堀口捨己が平和記念東京博覧会のために起こした図面などはデザインなども非常に美しくて個性的です。

明治初期の洋風建築とは明らかに違う新しさがありますが、機能最優先で作られる現代の幾何学的な箱型建築に比べると、クラシカルな雰囲気の流線型がしっかり残っていますよね。

瀧澤眞弓「卒業設計 山岳倶楽部 正面図」
1920(大正9)年 インク、墨/ケント紙 縮尺1:100
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻

また、面白いのはこれら図面がすべて「手描き」で制作されているということなんです。

パソコン上で3次元CADソフトを使って仕上げる現代とは全く違い、当時は最初から最後まで建築家が自分で設計図面を起こします。なので、色鉛筆で修正された跡や手書きの注釈なども入っていて、図面から彼ら自身の息遣いがたっぷり感じられるのが味わい深いのです。

細かい見方はわからなくてもOK。まずは、図面を通して100年前の建築家と対話しているような感覚をぜひ味わってみてください!

注目点3:建築模型はアートファンのロマン!70年前に作られた激レア模型も登場!

東京中央電信局 模型 制作:2006年 樹脂、プラ板 縮尺1:200 NTTファシリティーズ

アート系の展覧会と違い、建築展の場合は建物そのものを会場に持ち込むことはできません。もちろん、家具類やレンガや柱頭、瓦といった遺構の一部を見られたりすることもありますが、外観や建物内部空間全体を展示するとなると、写真やパネル展示といった2D展示に加え、建築模型で立体的なイメージが補完されるのが一般的です。

では、見ごたえのある良い建築展の条件はどこにあるか?というと、この「建築模型」がどれだけしっかりと用意されていて、鑑賞者に臨場感を伝えられているかということだと思うんです。

その点、「分離派建築会100年展」では、かつて建っていた建築、設計段階で頓挫した幻の建築、現存する建築など建築模型がたっぷり用意されているのが嬉しいところ。

東京朝日新聞社社屋 模型 制作:1988(昭和63)年、植野石膏樹脂 縮尺1:75/当時の色合いもきっちり再現されているだけでなく、搬入口(または車寄せ)から出ていこうとするクラシカルな車や、道路沿いの街頭なども置かれていて、臨場感満点です。

こちらの東京朝日新聞社社屋は凄いですよね。石本喜久治が設計し、1927年に竣工した当時最先端のオフィスビルです。この時代、朝日新聞社で働いた人は誇らしかったでしょうね。インテリジェントな雰囲気も漂っていて、社員もやる気がでそうです。すっきりした外観、低層階の水平連続窓など、外見的にはもうあまり今のビルとほとんど変わりませんよね。

とはいえ、ところどころに丸みを帯びた柔らかい曲線やアーチも取り入れられており、モダニズム建築へと移り変わる過渡期としての雰囲気も感じられました。今、都心に建っていても特に違和感はそれほど感じないでしょう。それだけ時代を先取りしていた建築なのかもしれませんね。

瀧澤眞弓「山の家」 模型 1921(大正10)年 再制作:1986年
瀧澤眞弓監修 石膏(再制作)個人蔵

こちらは非常にエキセントリックな形状の邸宅です。2020年の現代から見ても、かなり尖った感じのデザインですよね。結局建てられることはなかったようですが、レンガ造ではなく、鉄筋コンクリート造ならではの新しい造形を、自由に作り出そうとした分離派建築会メンバーの気概が感じられる作品です。

一方、分離派建築会は農村部でも新たな生活スタイルを提案しました。メンバーの一人である瀧澤眞弓は、長野県上田市で画家・山本鼎(やまもとかなえ)と共に農村部での新しい暮らしを提案する「日本農民美術研究所」を設立します。

堀口捨己「紫烟荘 模型」 制作:2020年、明治大学小林研究室 ミクストメディア 縮尺1:50

また、堀口捨己はオランダで学んだ最新の住宅建築様式にならい、田園地帯にとんがり帽子のような茅葺屋根の新しい住宅「紫烟荘」を建てました。(※2年後、惜しくも火事で焼失。茅葺屋根の弱点ですね・・・)

平成末期頃から、行き過ぎた大都市への一極集中による生き辛さを嫌い、郊外や田舎での新しいライフスタイルを目指す人が非常に増えてきていますが、100年前にもやっぱり同じように考えていた人がいたわけです。歴史は繰り返すといいますが不思議ですよね。

さて、もう1件ぜひとも見ていただきたいのが、関東大震災後に隅田川に架橋された一連の「震災復興橋」の第1弾として作られた永代橋のシンプルな模型。

永代橋 模型 1930(昭和5)年 ミクストメディア 縮尺1:100 東京大学社会基盤学専攻

キャプションの雰囲気なども含め、少し経年劣化したような古びた野暮ったさを感じるかもしれません。それはそのはず。なんとこの模型、約90年前に制作された凄いビンテージ物なんです。そう思うと、なんだか急に「じゃあ見てみようかな?!」と思えてきますよね?!

現在の永代橋。美しいライトアップは必見!(2020年8月、筆者撮影)

ちなみにこちらの永代橋、照明施設や耐震工事などの手は入っているものの、2020年現在もバリバリ現役で活躍中。2020年春からは、ライトアップも一新されて本当に美しくなりました。

意外な盲点なのですが、橋は建築物として鑑賞に耐えうる外観を備えているだけでなく、土木構築物としての性格も併せ持つので、建物と違って取り壊されづらいのが良いところです。たとえば隅田川に目を向けてみると、清洲橋(山田守設計関与!)や吾妻橋、言問橋、駒形橋、厩橋等々、約80年~90年使われ続けている橋がゴロゴロあります。隅田川の橋巡り観光と一緒に聖地巡礼すると楽しいですよ。

注目点4:昔はこんな凄い建築があった?!今はもうない建築を想像して楽しむ

山田守「東京中央電信局竣工」1925(大正14)年 郵政博物館
今はまったく痕跡もありませんが、かつては東京駅の目の前にありました。ゴシック建築のようなシャープな尖塔アーチ型の曲線が面白い!

建築は純粋な美術品ではなく、人々の仕事や生活と密着した実用的な存在ですよね。故に古くなるとどんなに美観やデザインが優れていても、誰かが止めないとどんどん壊されて建て替えられてしまう宿命にあります。

分離派建築会のメンバーが関わり、名作とされた建築も例外ではありません。彼らは住宅建築から百貨店やオフィスビルといったモダンな商業用建築など多数手がけましたが、残念ながら今はその大半が現存していないのです。

白木屋百貨店 模型 制作:2020年、諏佐遥也(zouzuo model) ミクストメディア 縮尺1:200

たとえば白木屋百貨店。かつて日本橋界隈は、江戸時代の呉服商からの系譜に連なる三越や髙島屋、白木屋(東急百貨店)などが軒を連ねる繁華街でしたが、白木屋から建物を引き継ぎ、営業を続けていた東急百貨店日本橋店は1999年に閉鎖。建物も取り壊され、現在はCOREDO日本橋に生まれ変わりました。

展示風景(白木屋百貨店の写真や各種設計図面)

本展には、そんな白木屋デパートの内部写真や設計図、模型などが展示されているのですが、店内の空間なども今の髙島屋日本橋本店と雰囲気が良く似ていて、非常にゴージャスなのですよね。(※髙島屋日本橋本店は重要文化財に指定されているので、取り壊されずに現在も当時の建物がそのまま使われています)

ぜひ、今はもう失われてしまった彼らの作品を、図面や模型から感じ取って頂ければと思います。僕も、最近COREDO日本橋の前を通るたびに白木屋のことを思い出すようになりました。

注目点5:山田守は偉大!日本を代表するランドマークが現存!!

分離派建築会の仕事は、残念ながらその大半がすでに資料で確認するしかなくなっている現状ではあります。しかし、いくつかの建築は未だ現役で稼働中。人々に愛されるランドマーク的な建築物もあるんです。

そして、それら現存する分離派建築会の建物の中で、ダントツに目立っているのが山田守の関わった作品なのです。いくつか見ていきましょう。

清洲橋(2020年8月、筆者撮影)/2020年8月に美観強化工事が終了し、オリンピック前にライトアップが美しくなりました。

まずは、こちらの「清洲橋」。上記で「永代橋」は取り上げましたが、永代橋と並んで重要文化財に指定されている名橋梁「清洲橋」も分離派建築会メンバーの仕事なのです。こちらは、意匠面で山田守と山口文象が関与した作品。

清洲橋の主塔部分。(2020年8月、筆者撮影)聖橋と同じく、親子構造のアーチが美しい!

清洲橋は、2本の主塔に張られたワイヤーで橋を吊って支える「吊り橋」タイプの橋梁ですが、主塔部分の入れ子状になったアーチデザインが非常に美しいのです。撮影するなら夜がオススメ!

展示風景(聖橋の近影や木版画作品など)

続いては、聖橋です。江戸初期の水運工事によって、起伏に富んだダイナミックな地形になっている御茶ノ水近辺では、クラシカルな土木構造物が多数楽しめるのですが、この聖橋も建築マニアを喜ばせる作品の一つでしょう。

聖橋(2020年10月、筆者撮影)JR御茶ノ水駅の改修工事中につき、神田川の護岸工事なども大規模に進んでいました。ユニークな肉厚のコンクリートアーチ橋は存在感抜群でした。

こちらも、聖地巡礼してきました。「下路型アーチ橋」と呼ばれるタイプの橋ですが、見どころはその厚ぼったいコンクリートアーチ。清洲橋同様、アーチの中にさらに小さなアーチがデザインされています。御茶の水駅から徒歩数分と、見学にも非常に便利。橋マニアも絶賛するこの独特のフォルムを備えたアーチ橋、ぜひ至近距離で堪能してみて下さい!

あと2点、山田守の東西での超有名作品をご紹介します。

日本武道館(写真ACより引用)

まず東京では「日本武道館」。僕も随分学生時代はこちらでコンサートに通ったり、警備のバイトをさせてもらいました。『おおきな玉ねぎ』とも呼ばれる頂点の巨大擬宝珠や、法隆寺夢殿にインスパイアされた八角形の建物は、一度見たら忘れられませんよね。まさかこれが分離派建築会メンバーの作品だったとは知りませんでした。

続いては、関西方面では「京都タワー」

京都タワー(写真ACより引用)

新幹線から降りて市内バスのりばへと向かう時、いやでも目に入ってくる京都の玄関口にそびえ立つランドマークですよね。内部も見学できますし、地下には名物・銭湯もあります(笑)。もう美しいとかそうでないとか関係なく、現代の我々から見ると「日常風景」としてそこにある、京都のシンボルみたいな存在であります。

面白いのが、日本武道館も京都タワーも建てられた当初は随分と評論家からデザインや美観を批判されていることなんです。当初全く評価されていなかったのに、残ってみると、それぞれの土地にしっかり馴染んで地元の人々の思いがこもったかけがえのない存在になっているのですね。建築というものの不思議な面白さを感じさせてくれます。

建築展の面白さが凝縮された展覧会!残り2週間、是非お見逃し無く!!

いかがでしたでしょうか?建築展にはじめの「半歩」を踏み出して頂けるように、展覧会で特に面白かったところを中心にピックアップしてみました。

他にもたくさんの資料や作品が待っています。ぜひ、自分なりの視点で「分離派建築会100年展」を楽しんでみてください。100年前の建築家が目指した最先端の建築やデザインがどんなものだったのか、大正時代~昭和初期あたりの時代の雰囲気もたっぷり感じられる良い展示です。残り2週間となりましたが、まだ見ていない方はぜひ!

展覧会基本情報

展覧会名:分離派建築会100年展 建築は芸術か?
会場:パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4F)
会期:2020年10月10日(土)~12月15日(火)
公式HP:https://panasonic.co.jp/ls/museum

かるび

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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