【展覧会レビュー】「浮世絵と中国」は浮世絵に描かれた意外な中国文化を楽しめる好展示!(太田記念美術館)

浮世絵を専門とする美術館は数多くありますが、ここ数年、ユニークな切り口の企画展でアートファンを楽しませてくれているのが、東京・原宿にある太田記念美術館です。同館では、2023年も全部で8つの展覧会が予定されていますが、1月5日から新年第一弾となる企画展「浮世絵と中国」がスタートしています。

浮世絵といえば、江戸時代に花開いた日本独自の文化…というイメージがあるかもしれませんが、実は中国文化の影響を非常に強く受けながら発展してきた歴史があります。本展「浮世絵と中国」では、江戸中期~明治初期までの約200年の歴史のなかで、浮世絵と中国文化のかかわりを示す作品群約90点が登場。内覧会での取材をもとに、観どころや魅力を紹介していきたいと思います。

中国版画から学んだ「遠近法」

北尾重政「浮絵大祭礼唐人行列之図」

西洋絵画と日本絵画の大きな違いのひとつに、奥行きや立体感を表現するための遠近表現が異なることが挙げられます。西洋絵画では、イタリアの建築家ブルネレスキが実景に即したリアルな空間表現として、「一点透視図法」を15世紀頃に発明しますが、そこから約300年ほど遅れて、浮世絵でもこの「一点透視図法」にならった「浮絵」と呼ばれる作品群が登場します。

面白いのは、こうした浮絵のお手本が、西洋から直接伝わったのではなく、一旦中国を経由しているということです。浮世絵師たちは、中国・明時代に蘇州で盛んにつくられた「蘇州版画」をお手本に、表現を洗練させていきました。

田村定信「浮絵中国室内図」

では、初期の浮絵の代表例として、田村定信の描いた「浮絵中国室内図」を見てみましょう。透視図法で描かれた中国風の室内図ですが、集中線が1点に収束していません。「一点透視図法」の基本をしっかり理解できていないまま、「とにかく新しい技法でみんなを驚かしてやろう」と見様見真似で描いている様子がわかります。

歌川豊春「浮絵異国景跡和藤内三官之図」

ところが、同じく「浮絵」を得意とした少し後の世代の歌川豊春になると、消失点が初期の浮絵に比べて整理されています。絵師たちのなかで、透視図法への理解が進んでいることがよくわかります。

展覧会では、18世紀に活躍した絵師たちが描いた珍しい「浮絵」を時系列に沿って数点展示。時代が下るにつれて、徐々に透視図法が洗練されていく様子をじっくり鑑賞してみてください。

目の肥えた知識人が求めた中国文化

一方、18世紀中頃になると中国文化をテーマとした浮世絵や版本なども盛んに作られるようになりました。

鈴木春信「林間煖酒焼紅葉」

1765年に鈴木春信が多色摺りの浮世絵として「錦絵」を発明すると、武士や裕福な町人など上層階級を中心として一気に浮世絵が普及していきます。晴信は、身近な情景を中国の古典や文学と結びつけ、文化人たちの知識欲を満たすような手の込んだ作品を精力的に手掛けていきました。

たとえば上記の「林間煖酒焼紅葉」は、外は雨が降るなか、遊女と武士が落ち葉を火にくべて酒が温まるのを眺めているシーンが描かれています。一見、遊郭の中の日常を描いているようですが、武士の背景に描かれたついたてには、白居易の詩文「林間煖酒焼紅葉」が描かれ、この絵が中国古代の漢詩を当世風に置き換えた見立て画である、ということがわかるわけです。教養が試される絵であるわけですね。

北尾重政 『唐詩選画本 七言絶句続編』一編~五編

また、この時期に大流行したのが、明の李攀竜(りはんりゅう)が編纂したとされる唐時代の漢詩を集めた選集「唐詩選」です。これが唐詩鑑賞の最新の手引として絵本化され、18世紀後半に流行しました。とはいえ、やはり流行は武士や知識人層に限られていました。現代でも詩や純文学よりもミステリーなど大衆文学のほうが広く読まれるように、唐詩選もまた、江戸の庶民が気軽に親しめるようなものではなかったからです。

このように、18世紀の浮世絵では、文化・教養レベルの高い人々のニーズを満たすために、中国文化が画題やモチーフとして取り入れられていた側面がありました。ところが、19世紀になると、中国からビッグタイトルが相次いで入ってきたことで、様相が変わってきます。

「三国志」「水滸伝」ブームを支えた浮世絵

1790年代になって松平定信による「寛政の改革」が始まると、風紀取締りの一環として、浮世絵も厳しい出版統制が行われます。遊里を舞台とした美人画など、享楽的な作品を作れなくなったことで、替わって、『水滸伝』や『三国志』などをベースにした長編小説などが人気を得ていきます。

曲亭馬琴作・葛飾北斎画『新編水滸画伝』初編

たとえば、こちらは曲亭馬琴が原作を手掛け、北斎が挿絵を描いた「水滸伝」の版本。ドラマティックで濃厚な北斎の挿絵が格調高い馬琴の文章とマッチして、19世紀以降の息の長い水滸伝ブームに先鞭をつけた1冊です。

展示では他にも中国の画題が描かれた北斎の版本を多数紹介。北斎といえば森羅万象を描く風景画家というイメージもありますが、中国文化にも精通していたのですね。

葛飾北斎「唐土名所之絵」 

圧巻なのが、北斎が中国大陸を描いた鳥瞰図です。鎖国下で実際に中国大陸に渡ることができなかったにもかかわらず、びっしりと名所が描きこまれ、お土産品のような観光地図に仕上がっています。版元も「この作品は、三国志のような古典、漢詩を読む時に、そばに置いて楽しんでください」と宣伝して販売していたとのこと。

こうした北斎の一連の版本は、19世紀に入ってより多くの人々が中国世界に親しむための土台を作っていったのではないか、と本展を担当した赤木学芸員も話されていました。

歌川国芳 「通俗水滸伝豪傑百八人之一人」左:花和尚魯知深初名魯達 右:浪裡白跳張順

続いて、幕末に大人気の絵師となった歌川国芳です。国芳といえば「武者絵」というイメージもありますが、そんな国芳の出世作となったのが、水滸伝の豪傑を描いたシリーズ作品。ちょうど、1820年末~30年代初頭にかけて江戸で巻き起こった水滸伝ブームに乗っかるかたちで出版されました。北斎がモノクロームの世界に様々な中国画題を展開していったのに対して、国芳は錦絵で勝負したのです。背景が南国風に描かれていたり、ビビッドな色彩で異国情緒あふれる表現となっています。

歌川国芳「通俗三国志」関羽五関破図

こちらは、同じく国芳が手掛けた三枚続の「三国志」を題材とした錦絵。国芳といえば大判の錦絵を縦横に何枚も使った幅広な画面で劇的に描くことで知られますが、本展では、ワイドな三枚続で、三国志の様々な場面を描いた作品が紹介されています。

歌川広重 左:「月二拾八景之内 葉ごしの月」 右:「枇杷に小禽」

一方、中国文化との距離感を花鳥画で発揮したのが、歌川広重です。これのどこが中国と関係が…?と一瞬考えてしまったのですが、よく見ると広重の花鳥画には、漢詩が添えられているのでした。美しいシルエットで叙情的に描き、現代の私たちが見ても、直感的に「美しいな」と理解できます。高尚な中国の漢詩を、江戸市民が日常の中で気軽に愛でることができる表現へと落とし込んでいるところが上手いですね。

このように中国画題の変遷をみていくと、18世紀~19世紀、さらに幕末へと進んでいく歴史の中で、浮世絵が大衆化し、一部の知識階級だけでなく多くの江戸市民に楽しまれるようになっていったことがよくわかります。

豪傑たちも美人画に!浮世絵師たちが競った粋なパロディ

歌川豊広「やつし七妍人」

展示室の最後で紹介されていたのが、「見立て」と「やつし」の世界。引用する物語のキャラクターを動物に置き換えたり、今風の女性として描いたりと、幕末の浮世絵師達が描いた中国画題のパロディ作品が多数展示されています。

宮川一笑「やつし菊慈童」

こちらは、中国古代の穆王に愛された児童・菊慈童を遊女に置き換えて描かれた肉筆浮世絵。罪を得て南陽郡酈県(れきけん)に流された菊慈童が、穆王から授かった経文を菊の葉の裏に描き、長寿を得たという説話を描いています。

驚きなのは、この説話が、中国では見当たらず、中世に日本へと伝わってから、日本で独自に作られたストーリーであるということ。何でも外から取り入れて、知らない間に自分たちの文化や価値観に合うように換骨奪胎してしまう日本人ならではですよね。

また、同館のSNSでなどで特に人気なのが、三国志の「三顧の礼」を女性化した作品群です。

歌川国貞「玄徳風雪訪孔明 見立」

こちらは、三国志の英雄たちが町娘、芸者、料理屋の女性など、身近な江戸の女性に置き換わった三枚続の美人画。国芳が描いた豪傑の姿とは大きな落差がありますね。いわゆる「ギャップ萌え」を楽しむ作品なのです。

まとめ

月岡芳年「月百姿 南屏山昇月 曹操」

本展は、様々な側面から浮世絵と中国のかかわりを紐解いた、非常に意欲的な展示となりました。新年早々から、非常に力が入っています。ただ作品を見ていくだけでも楽しいですし、1点1点につけられたキャプションや展示室の随所に設置された解説パネルも充実し、深く掘り下げたい浮世絵ファンも大納得の展覧会となっています。

新年を寿ぐにふさわしい、ゴージャスで勢いのある作品も数多く揃っています。明治神宮への初もうでとあわせて楽しんでみるのもいいですね。

展覧会基本情報

展覧会名:「浮世絵と中国」
展示期間:2023年1月5日(木)~1月29日(日)
開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)
休館日:1月10日、16日、23日
入場料:一般800円/大高生600円/中学生以下無料
展覧会案内HP:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

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