【顔面学講座㉞】 人類の忌まわしき黒歴史「骨相学」。科学を盲信することの危険性

前回の「【顔面学講座㉝】 どこまで顔でどこから頭? 頭蓋骨の構造と頭蓋骨からわかること」では、「法医学鑑定」によって、頭蓋骨から人種、年齢、性別などがわかることを解説しました。

これは「21世紀の科学」と言っていいでしょう。

科学じゃなかった科学的な学説

18世紀から19世紀にかけて、西欧では、科学的な装いを持った「人相学・観相学」が流行しました。ゲーテをはじめとする当時トップの知識人たちも深い関心を寄せていたそうです。

その後、ドイツ人医師のフランツ・ヨーゼフ・ガルが「脳は精神の器官である。大脳のそれぞれの部分で役割が違い、それぞれの部分でどういう性格であるかをつかさどっている」という学説を唱えました。これが「骨相学」と呼ばれるものです(「頭蓋測定学」「頭蓋学」ともいう)。

私も「ふくろう流観相学」と自分の観相学に名前をつけていますが、19世紀のヨーロッパの観相学とは全く違います。「観相学」というだけで偏見をもたれますが。

ガルの骨相学

ガルの骨相学によると、大脳は精神活動に対応した27個の「器官」の集まりで、脳の各器官により「色、 音、言語、名誉、友情、芸術、哲学、盗み、殺人、謙虚、高慢、社交」など精神活動がわかるとしました。

シャレコーベ・ミュージアムにあるヨーロッパ製の骨相学(PHRENOLOGY)のオブジェ

そして、脳を覆っている頭蓋骨の形(顔の形)を見れば、その人の性格がわかるとしました。当時は革命的な考え方で、自然科学と人文科学に大きな影響を与え、信憑性のある「科学的」な考察であり、「科学」とみなされました。

この一見科学的な説が、とんでもなく人気になりました。そして、ガルの死後、ガルの弟子たちにより1832年に、パリに骨相学会という学会が設立されるまでになりました。

27の「精神活動」のうち、耳の上の部分が「破壊性」を表す器官で、この部分が大きいと「殺人をする性格」としたようです。

当然、その後、解剖学によってガルの説は否定されます。

シャレコーベ・ミュージアムの「頭蓋骨解剖学実習」では、本物の医学博士・医師が本物の頭蓋骨を使って解説する。

似非科学の政治利用

骨相学は似非科学だっただけでなく、さらに、ヒトラーのナチスドイツによって政治利用されました。

“人間が猿から進化した”という「進化論」と「骨相学」を結びつけ、猿と人間を同列において優劣を比較しました。その結果、ヨーロッパの白人が最も進化し、優れた民族であり、黒人や未開人が劣っていると言う人種的な偏見を作りました。

シャレコーベ・ミュージアムにある類人猿の頭蓋骨(レプリカ)

現代でも猿やゴリラは、ヨーロッパやアメリカの白人が、アジア人や黒人に対して差別的に用いる動物のモチーフになっています。

ゴリラは肌の色が黒くて筋肉質だから黒人と結びつけた? 相関関係と因果関係を混同するのは危険です。

また、アイルランド、スコットランド等イギリスに住むヨーロッパ先住民族のケルト人もサルと類似していると解釈して差別しました。

イエ口ーモンキー (YELLOW MONKEY)は、黄色人種に対する蔑称で差別用語。

簡単に言うと、顔面角(横顔で見た時の額、鼻の下、耳の穴を結んだ角度)が大きいほど優秀で、ゲルマン民族は世界でもっとも優秀だとしました。白人至上主義で、「黒人やアジア人に対しては、猿と人間の間のような存在(まだ進化していない人間)」としていたのに対して、「ユダヤ人は退化した人間」として差別しました。

このように優生学の考えに基づき、さらに、ユダヤ人はイエスを殺した大罪があるとして、ホロコースト(ユダヤ人の絶滅政策・大量虐殺)に利用するなど、人類の忌まわしき黒歴史となりました。

以降、人間の外面と内面の相関関係を追究することは科学者にとってタブーとなったのです。

シャレコーベ・ミュージアム所蔵の久徳茂雄作「ネアンデルタール人」。

旧人類の絶滅種ではあるが、近年、ネアンデルタール人の骨からヒトのDNAが検出され、10万年前に現生人類と交配していたことが明らかになり、それまでの学説が覆った。

AIによって現代に甦る「骨相学」

しかし、近年、海外ではこれらの研究が復活しています。

人工知能(AI)の進化は目覚ましいものがありますが、ここ10年くらいでこのような研究結果がありました。

2016年、中国、上海交通大学の研究チームが、顔の特徴を他の各種統計数値と合わせ「顔画像を用いた犯罪自動推論」という論文を公表。「顔の形に基づいて犯罪者を89.5%の確率で特定できる」とし、それらの成果をもって、「犯罪者の顔を自動的に推論する技術が有効であることを立証した」としました。

2017年には、スタンフォード大学の研究者が「顔に基づいてその人がゲイかどうかを識別できる人工知能(AI)」を開発

何でも「ChatGPT」などの生成AIに頼る人が増えていますが…

2020年にも、アメリカのハリスバーグ科学技術大学が「ある人物が犯罪者になりうるかを予測する顔認識プログラムを開発した」と発表。しかし、機械学習の研究者や社会学者、歴史学者、倫理学者らが、この論文を批判する公開書簡を発表し、論文は削除されました。

最近では、2024年10月6日の朝日新聞に、「顔写真で自閉症を識別」AIアプリが物議 倫理の指導、置き去りに という記事が掲載されました。

民間のオンラインプログラミング講座を受講していた20代女性が、子どもの顔画像を入れると、自閉症の可能性が「高い」か「低い」かを判別するアプリを試作。

当然、「倫理的に問題がある」と物議を醸しました。

これは学習途中の20代女性が作ったものですが、仮に有名な大学教授が「自閉症かどうかを判定するアプリを開発」って言ったら、みんなこのAI判定を信じてしまいますからね。

今でも「AI信者」みたいな人が、20代だけでなく40代、50代でもけっこういて(それも意識高い系ビジネスマンとかに)、非常に危険な風潮だと思っています。

「AI」の判定結果は「科学」じゃない。

今のところ、AIによる判定は、コンピュータが学習するためのデータによって変わる「科学的なもの」というのが私の考えです。

今後さらにAIの技術が進歩すると、恐ろしいまでに精度を上げて、本当に顔からほとんどのことがAIでわかる時代が来るかもしれません。

それでも、AIを使って、顔から人間の優劣を決めるのは危険です。

今年のシャレコーベミュージアムのハロウィンフェスティバル。私は【19世紀に流行した『骨相学』の怖い話 】と題し、科学信仰の危険性を説きました。

「AIに聞いたらこうだった」

「科学的データ」「論文」「エビデンス」がある、と言われて、無条件で信じてはいけません。

学者や科学者でもない人が「科学的データがある」や「論文がある」と言う場合は、なおさら注意が必要です。

数字は嘘をつかないが、詐欺師は数字を使う。


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