毎月1回の連載の、顔にまつわる豆知識を紹介する「顔面学講座」。
今月は5月1日に京都・おもちゃ映画ミュージアムで開幕した「毛利清二の世界 映画とテレビドラマを彩る刺青展」をご案内します。
京都在住、現在94歳の毛利清二氏は、東映京都撮影所にて俳優・刺青絵師として40年以上活動。手がけた東映・NET作品は「昭和残侠伝」(4作目以降)、「緋牡丹博徒」、「仁義なき戦い」、「遠山の金さん」シリーズほか多数。
毛利氏が独自に編み出した技術と特殊な絵の具によって、高倉健や鶴田浩二、藤純子、高橋英樹、松方弘樹、松平健、高島礼子などのスター150名以上のほか、のべ2000名以上の俳優に刺青を描いてきました。
テレビドラマの『遠山の金さんシリーズ』では初代の中村梅之助、市川段四郎、橋幸夫、杉良太郎、高橋英樹、松方弘樹、松平健まで歴代の「桜吹雪」をすべて毛利さんが描きました。
東映時代劇YouTube 遠山の金さん(1975) 第01話[公式 ] のサムネイルより。
本展は、半世紀以上前に描かれたその刺青下絵を、当時の写真、脚本、ポスター、パンフレットなど、映画文化の貴重な資料を交えて展示しています。
化粧文化研究者ネットワークと化粧学とは?
「顔」と「刺青」、何が関係するの?と思われるかもしれません。
「顔」と「化粧」が関係していることはわかると思います。
顔を学術的に研究している日本顔学会の中でも、化粧を中心に研究している研究者が集まったのが「化粧文化研究者ネットワーク」。
化粧といっても、美容(ヘア・メイク)だけではなく、入浴・洗顔・洗髪・歯磨き、ひげ、スキンケア、メーキャッ プ、ボディペインティング、いれずみ、植毛・脱毛、衣服など、人類に共通に存在する身体ケア、身体表象についての社会学、文化学、心理学など=化粧学を研究している研究者のネットワークです。
世話人の1人が山本芳美教授(都留文科大学 文学部比較文化学科)で、著書に『イレズミの世界』(河出書房新社)、『イレズミと日本人』(平凡社)などがあり、沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥーの研究や、イレズミと日本社会の関係などイレズミの文化史を専門としています。
その山本先生を実行委員長に、東映株式会社、東映太秦映画村、京都大学映画コロキアムなど多くの方々の協力を得て開催されたのが今回の展覧会。
3月10日に本展覧会のプレイベントとして開催された化粧文化研究者ネットワーク第66回研究会「東映・刺青絵師 毛利清二氏に聞く『俳優に刺青(すみ)を描く(ながす)』とは」(京都大学映画コロキアムとの共催)で、毛利さんの人間的魅力と仕事ぶりに感動し、京都にある「おもちゃ映画ミュージアム」を訪れました。
玩具映画博物館
築100年の「織屋建」京町家を改装した「おもちゃ映画ミュージアム」。
会場に入ると左側に本展覧会開催に寄せた俳優・高橋英樹さんのコメントと、上半身が裸の高橋英樹さんに刺青を描く毛利清二さんの写真。
コメントの冒頭には「日活にいたころから毛利清二さんの描く刺青の美しさに惹かれていました。毛利さんの刺青は他の誰よりも秀逸で、まるで着物の図柄のような繊細なデザインと鮮やかな色使いは研究熱心な毛利さんならではのものでした。」とありました。
開催期間は、2024年5月1日(水)より7月28日(日)までで、途中で展示物の入れ替えがあり、前期後期でこのように分かれています。
第1期:5月1日(水)~6月16日(日) 60年代70年代の映画
第2期:6月19日(水)~7月28日(日)80年代以降の映画
通期がテレビドラマ作品
第1期は合計90点の展示がありました。
中央が「不動明王と紅葉散らし」緒形拳への刺青下絵
『継承盃』大森一樹監督/1992年/東映
左上が「不動明王」高倉健への刺青下絵
『ザ・ヤクザ』シドニー・ポラック監督/1974年/ワーナーブラザーズ、東映
右下が「不動明王」渡辺謙への刺青下絵
『新・仁義なき戦い/謀殺』橋本一監督/2003年/「新・仁義なき戦い/謀殺」製作委員会
※「丸が並んでいると顔のように見える」人間の習性についてはこちらを。【顔面学講座⑥】赤ちゃんは顔が好き〜なぜ人間は顔を見ようとするのか?
錦絵(浮世絵)を参考に刺青の絵を描いた
山本教授に見どころをうかがったところ、「バラエティ豊かな作品がある」「毛利さんはなんでも描ける」「50年前の色彩が今もこうして残っていること」とおっしゃっていました。
毛利さんは主に「錦絵(浮世絵・木版画の一種)」を参考にして絵を描いたそうで、特に『博徒対テキ屋』(小沢茂弘監督、1964年/東映)で鶴田浩二に描いた「め組の喧嘩」は浮世絵のイメージがしました。
顔の専門家としては、松方弘樹、梅宮辰夫、高倉健…、昭和を代表する俳優のなんとも言えない味のある顔が印象的でした。また、今でも福山雅治さんのように歌手と俳優の両方で活躍する人がいますが、人気演歌歌手の村田英雄、北島三郎の「時代劇俳優としての顔」もとても魅力的でした。
本当に多種多様の作品があり、金太郎の抱き鯉、昇り龍、下り龍、騎龍観音、行者武松の虎退治、狼の遠吠え、不動明王、大日如来、唐獅子牡丹、まむし、昇り龍と菊、浪切張順などの絵がありましたが、中には完全オリジナルの絵もありました。
池袋絵意知一押しは「薔薇女」
旧成人映画『徳川いれずみ師 責め地獄』(石井輝男監督、1969年/東映)で橘ますみに描いた「薔薇女」は、顔の部分が薔薇の花、身体の部分が女性の裸体の非常に興味深い絵でした。「顔」を薔薇の花に置き換えることで「顔がない女」ともとれるし、「薔薇の顔の女」ともとれます。「薔薇の花には棘がある」「美しい花には棘がある」などと言いますが、女性が持つ美しさと危険さを表現したような絵でした。
また、同じく『徳川いれずみ師 責め地獄』で使用された「骸骨と生首」は骸骨が生首の顔に爪を立てる絵、「血染の生首」は手で生首の髪を掴んでその髪が手首にまとわりついた絵で、恐怖心を抱かせる独自性の高いものでした。
刺青の図案は監督の指示ではなく、毛利さんが台本を読んで俳優のイメージから独断と偏見で絵柄を決定。高倉健さんは不動明王が好きで、不動明王だけで14〜15枚描いたそうです。
『東映アワー』の菅原文太は必見
映像作品では『東映アワー』より「映画を支える人たち 刺青絵師・毛利清二」(1971年/NET)と、化粧文化研究者ネットワーク第66回研究会「東映・刺青絵師 毛利清二氏に聞く『俳優に刺青を描く』とは」のダイジェストが、2つ合わせて20分で上映。
毛利さんは26歳から東映の「大部屋俳優」として“斬られ役”をやったのち、40歳で「刺青絵師」になるのですが、最初のきっかけは、鶴田浩二の「毛利、お前がやれ」という鶴の一声から。「刺青絵師」という肩書きはマキノ雅弘監督がつけ、クレジットタイトル(エンドロール)に名前が入るように。以降、台本に刺青の場面があると鶴田浩二や高倉健から毛利さんが指名されるようになりました。
「大部屋俳優」から「刺青絵師」になる過程で、2つを兼任していた時期もあり、『東映アワー』には時代劇の丁髷かつらを被ったまま俳優に刺青を描く毛利さんの姿もありました。
他には、描いた刺青をシャワーで温めて消すシーン。そして菅原文太に刺青を描くシーンでは、刺青を描かれたことでスイッチが入ったように肩で風を切って歩いて出てくる菅原文太の姿。
昔、「ヤクザ映画を見て映画館から出てきた人は皆、ガニ股で歩いていた」という話もありましたが、化粧(ファッション)が人の心理に影響を与えることがよくわかるシーンでした。
男の生き様は顔に出る
また、1971年の映像と2024年の映像を見比べることで、毛利さんの顔に風格が出てきたことがハッキリわかりました。
なんとも魅力のあるお顔で、何年も続く老舗問屋の会長や歌舞伎俳優にいそうな顔、料理の鉄人・道場六三郎さんや中村天風(大谷翔平選手が影響を受けたことで有名な『運命を拓く 天風瞑想録』(講談社) の著者)に似ていると思いました。
日本顔学会2代目会長の原島博先生(東京大学名誉教授)がまとめた「顔訓13箇条」の最後に「いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる。」があります。
毛利さんはスターと密に接してるうちに(刺青を描く=言わば魂を吹き込むような役目で)、スターのような絵になる顔になったのではないでしょうか。
「大部屋俳優」だった毛利さんが「刺青絵師」になり、94歳で俳優に復帰して「映画の主役」に!というストーリーが浮かびました(「ヤクザ映画」の親分役も似合いそう)。
文化人類学的にイレズミと日本社会の関係を研究し、「毛利清二の世界展」の発起人で企画実行委員長の山本芳美先生は、文化人類学者として「人から話を聞く」ことを大切にしていて、昨年3月から半年間の延べ9回、45時間以上をかけて毛利さんにインタビューを続け、今回の展覧会が実現しました。
94歳になって、ますます元気な毛利さん。3月10日に北山晴一先生がその秘訣を聞いたところ「愛犬の一日2回の散歩」とおっしゃっていましたが、話すことでより元気に健康になったのだと思います。
おもちゃ映画ミュージアムについて
2015年にオープンした「映画と玩具映写機」をテーマとする博物館。「おもちゃ映画(玩具映画)」とは、劇場上映後に切り売りした35mm映画フィルムのことを言い、独自で製作したアニメも含まれます。
残存率が極めて低い日本の無声映画など貴重な映像を文化遺産として後世に継承するために「一般社団法人 京都映画芸術文化研究所」を設立し、「おもちゃ映画ミュージアム」として開館。
映画誕生に繋がる光学玩具、写真、マジック・ランタン(幻灯機)を展示し、実際に触れて体験することもできます。 「毛利清二の世界展」開催期間中は18歳未満は入場できませんが、「なぜ静止画が動いて見えるのか?」小さな子供にもデジタルでは分からない映画やアニメの原理を手で触れて、理解できるようになっています。
展示物には、光学玩具、マジック・ランタン、ドイツ製、アメリカ製、イギリス製など海外の玩具映写機、国産玩具映写機、映画撮影機、各種小型映写機、映像関連資料などがあります。
また、大正から昭和の初頭(1920〜30年代)の玩具映画フィルムを約900本を発掘、修復して保存。デジタル化した20秒から3分ほどの「時代劇」、「国産動画(のらくろシリーズ、人気アニメ、時代劇アニメ)、「海外アニメ」など貴重な映像も、希望があれば「毛利清二の世界展」の映像作品の合間に上映することも可能です。
京都は日本のハリウッド、“映画とアニメの町”京都だから「映画をこよなく愛する人々」が集い、映画をキーワードにして人と人の交流の場にしたいとおっしゃっていました。
観光で京都を訪れている外国人のお友達を連れて行くときっと喜ぶと思いますよ。
展覧会情報
展覧会名 | 毛利清二の世界 映画とテレビドラマを彩る刺青展 |
会期 | 2024年5月1日(水)より7月28日(日)まで 第1期:5月1日(水)~6月16日(日) 第2期:6月19日(水)~7月28日(日) |
会場 | おもちゃ映画ミュージアム 京都府京都市中京区壬生馬場町29-1 |
開館時間 | 10:30〜17:00 |
休館日 | 月曜日・火曜日 |
入場料 | 1000円(18歳以上、お支払いは現金のみ)。18歳未満の方のご入場はご遠慮ください。 |
展覧会公式ウェブサイト | https://toyfilm-museum.jp/news/infomation/9669.html |