【顔面学講座㉛】 人間にとって髪型とは何か? ヘアスタイルの文化について考えてみた

ことし7月に、日本顔学会理事で化粧文化研究者ネットーワーク世話人の米澤泉教授(甲南女子大学)の新刊、『小泉今日子と岡崎京子』(幻冬舎)が発売になりました。

『小泉今日子と岡崎京子』米澤泉 (著) 幻冬舎

“「女子学」の第一人者”で社会学者の米澤泉さんによる、“ふたりのキョウコ”を通して見る既成概念を打破した「大人の女」の“自由への道”と“新しい生き方”の考察。

小泉今日子のカリアゲショート

第1章 「理想の彼女」からの自由ー小泉今日子論  「もの言うアイドルーカリアゲとKYON²」では、当時の女性アイドルのほぼ全員がやっていた松田聖子の「聖子ちゃんカット」から「カリアゲショート」にすることで、他のアイドルとは一線を画したアイデンティティを確立していく様子が書かれていました。

松田聖子/North Wind より。 当時の女性アイドルの多くがやっていた聖子ちゃんカット

1980年代前半、女性が「男性に好かれる髪型や服装」から「自分がしたい髪型や服装」へ。好きな生き方、自己主張をする。固定観念から解放された女性の象徴が、カリアゲショートの髪型でした。

小泉今日子 | ヤマトナデシコ七変化 | ビクターエンタテインメントより

髪型、髪色による印象変化

髪型(ヘアスタイル)は、外見から得られる印象において、顔、体型、服装に匹敵する重要なファクターとなっています。

国や地域、時代、文化、宗教的要因、流行によって印象は変わるものですが、女性の髪型はロングヘアよりショートカットのほうが活発な印象を与えます(男性も基本的に長いよりも短いほうがアクティブな印象に)。

スポーツ女子はショートカットの比率が高い

髪色は真っ黒よりもブラウン系の明るめの色のほうが、明るくソフトで親しみやすい印象になります。

黒色は威厳や高級感などポジティブな印象にも、暗いや重苦しいなどネガティブな印象にもなる

さらに明るく金色に髪を染めていると、80年代のカリアゲショートの小泉今日子のようにアバンギャルドな印象になります。

前髪で額を隠した髪型よりも額を出した髪型のほうが社交的な印象を与えます。

私が個人的に好きな「外ハネヘア」。私の場合はこの髪型だけで印象が20%アップします。

現代の日本におけるメンズに流行の髪型

書店でたまたま見かけたポスターのモデルが、5人ともみな似たような髪型をしていて驚きました。髪色は赤系1人、金系1人、黒系3人ですが、5人全員がマッシュヘアだったのです。

「集英社文庫 ナツイチ2024」のポスター

1960年代のビートルズの時代のマッシュルームカットとは違い「ナチュラルショートマッシュ」「クラウドマッシュ」と呼ばれる髪型です。前髪は下ろすけれど短めで、今、10代後半から20代前半の若い男の子の間で流行っています。

みな今風でかっこよく「若手俳優か、作家(小説家)?」と思っていたら、5人とも声優!

さらに驚いたことに左上から右回りに、上村祐翔さん(30歳)、木村良平さん(40歳)、津田健次郎さん(53歳)、堀江瞬さん(31歳)、山下大輝さん(34歳)と20代は1人もおらず、30代が3人で40代と50代まで!

もちろん顔の印象もありますが、前髪を下ろして額を隠し、尚且つ今の若い男の子風の髪型にすると、こんなにも若く見えるのかと、改めて「髪型の力」を実感しました。

ただし、アメリカでは大人の男性が前髪を下ろしたヘアスタイルでいると子供っぽいとかゲイと思われるため、アメリカではマッシュヘアが流行ることはないでしょう。

近代における日本男子の流行の髪型

1970年代後半から1980年代前半にかけて、日本で「パンチパーマ」が流行った時は、プロ野球選手の間でも「髪を洗った後の手入れが楽」ということもあり、多くの選手がパンチパーマをしていました。それが今では全くと言っていいほど見なくなったので、マッシュヘアの流行もそのうち廃れるでしょう。

他にも大正時代の末期、関東大震災直後には「震災刈り」が流行しました。これは七三分けの少ない方を全部刈り上げ、 もう一方はミディアムな長さにして分けた髪型。復興作業で忙しく働く建設業の人たちが、簡単に分けられるように誕生したそうです。

この夏はこの写真よりも短い丸刈りにしました。坊主頭は、朝、顔を洗う時に頭も一緒に水で洗える気持ち良さがメリット。

また、第二次世界大戦後の朝鮮戦争では、日本に多くの米軍基地があり、米兵の間で「GIカット」が流行りました。トップから前髪までは短く残し、両サイドとバックを刈り上げた髪型でヘルメットをかぶりやすいのがその理由でしたが、その後、ファッションとして日本人の間でも流行りました。

江戸時代の髪型

音楽教室に飾ってあるバッハやモーツァルトの肖像画を覚えている人も多いでしょう。ひつじを連想させる長髪をくるくる巻いたような髪型は、実はカツラ(ウイッグ)でした。

バッハの髪型。個性があっていいですよね。

元々はフランスのルイ13世が若い頃から薄毛を理由にウィッグを使い始めたのが流行のきっかけ。

また、17世紀のヨーロッパでは、お風呂に入ったり髪を洗ったりする習慣がほとんどなかったため、頭にシラミが湧くことが多かったそうです。そのため、短髪にし、貴族や貴族に仕える人の間では、おしゃれとしてカツラを楽しんでいました。

日本においては、江戸時代が特徴的です。男性は「丁髷(ちょんまげ)」の前頭部から頭頂部にかけての頭髪を剃り、残りの髪を結った髪型。もともとは武士が兜をかぶった時に蒸れて痒くなるのを防ぐためだったのが、一般市庶民にも普及しました。

女性は、江戸時代に花開いた髪を結い上げる日本独自のヘアスタイル「日本髪」。日本髪の種類は100種類以上あると言われ、今でも正月など晴れ着(着物)を身につける際は、日本髪を現代風にアレンジしたヘアスタイル「新日本髪」を結う文化が残っています。

和装の結婚式では男性は現代風の髪型のままでも、女性は「文金高島田」を結ったりカツラを被ることが多いです。

西洋におけるネオルネッサンス建築ではないですが、江戸文化の復興等で男性も結婚式で時代劇で使うような丁髷のカツラを被るなど、丁髷スタイルが流行しても面白いですね。

髪は切っても伸びてきますし、今ではウイッグもいろいろありますから、自己演出、自己主張、気分転換でいろんな髪型を楽しんでみましょう。

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