アート

知られざる巨匠の傑作が続々!「シダネルとマルタン展 ー最後の印象派、二大巨匠ー」

絵画の歴史をひもとくと、たいてい「最初」に何か新しいことを始めたり、革新的な作品を生み出したりした画家が注目される反面、「最後」の画家にスポットライトがあたることはそれほどありません。

今回、SOMPO美術館の展覧会「シダネルとマルタン展ー最後の印象派、二大巨匠ー」で取り上げられた2人の巨匠シダネルとマルタンは、印象派という西洋絵画史の一大潮流を築いた作家群の掉尾を飾る、いわば「最後」の大物。現役時代は画壇の中央で活躍したスター作家でしたが、没後はともに知名度が低迷。いつしか忘れ去られてしまいました。

しかし、年数が経つと再評価の波が押し寄せてくるのもまた美術史の面白いところ。どうやら、シダネルとマルタンにもそのターンが回ってきたようです。第1回印象派展が開催された1874年から実に50年以上にも及んだ印象派の系譜。”知られざる”20世紀の巨匠二人に焦点を当てながら、その最後の輝きをじっくり楽しめる好展示となりました。

本展を見学しながら、展覧会を担当されたSOMPO美術館の岡坂 桜子学芸員にお話をうかがいました。展示風景とともに、じっくりとお伝えしたいと思います!

「シダネルとマルタン展」の開催経緯について

SOMPO美術館との縁が深い二人の巨匠。本展開催に至った意外な伏線とは?

SOMPO美術館といえば、開館以来ずっと、近代フランス絵画の絵画展を数多く手掛けてきています。ゴッホや印象派はもちろん、近年はドービニーカリエールといった、あまり知られていない画家たちも積極的に取り上げている印象があります。

実は、シダネルについては同館が取り上げるのは2012年の「アンリ・ル・シダネル展」、2015年の「最後の印象派展」に続いて実に3回目。いずれの展覧会も、監修はシダネルの曾孫である美術史家ヤン・ファリノー=ル・シダネル氏が担当しています。

10年前の「アンリ・ル・シダネル展」ではシダネルの画業全体を紹介、続く2015年の「最後の印象派展」ではシダネルとマルタンをはじめとする、彼らと作風が近い同世代の画家たち10数名を一挙に紹介。目の肥えたアートファンを唸らせました。

本展「シダネルとマルタン展」は、前回展でこの「最後の印象派」世代のなかでもとりわけ深い友情で結びついた二人に焦点を当てることで、二人の画業、対照的な光の表現等、彼らの活動を本格的に紹介しようという趣旨で開催。つまり本展は、2012年、2015年に引き続き、先の2つの展覧会のある意味「続編」である、と考えても良いでしょう。まさに10年越しのプロジェクト。SOMPO美術館凄いです!

他館との展示の違いは?

さて、本展は2021年からいくつかの美術館を回る巡回展。すでにひろしま美術館や山梨県立美術館など、近代フランス美術にゆかりの深い美術館で開催され、今回のSOMPO美術館がちょうど3館目。満を持しての東京での展示となりました。

では、SOMPO美術館ならではの展示手法や見どころなどはあるのでしょうか?本展を担当された、岡坂桜子学芸員にお聞きしてみました。

岡坂学芸員:当館では展示室が3フロアに分かれているという物理的な条件から、全9章を1章~3章(5F)、4章~6章(4F)、7章~9章(3F)の3つに分けて展示しています。各章のいずれもがそれぞれの魅力を持っていますが、特に、4章のマルタンの壁画の仕事、5章シダネルのジェルブロワでの作品、6章マルタンのラバスティド・デュ・ヴェールでの作品をご紹介する4F展示室が、展示の中盤にして構成的にも盛り上がる箇所となっています。

マルタンの手掛けた壁画に関する詳細な解説パネル

岡坂学芸員:まず、4章でご紹介するマルタンが手がけた公共建築の壁画は、壁画のための油彩で描かれた習作群と合わせて展示される写真資料や解説パネルを通じて、当時、マルタンが人気の壁画家として活躍した仕事ぶりを見ていただけます。

シダネルが愛したジェルブロワの庭園風景

岡坂学芸員:また、シダネル作品の代名詞ともなっている「食卓シリーズ」が生まれた小村ジェルブロワでの作品群は5章でご紹介しています。シダネルが自ら整備した自宅の庭の写真資料や、マルタンが訪問した当時の映像などもあわせて展示しています。

なお、監修者のご厚意により、チラシやポスターなどで本展メインヴィジュアルとして使用している3作品については来館者の皆様にも撮影していただけることになっており、これら「フォトスポット」も4Fフロアに2箇所設定しています。

写真撮影が可能な作品の近くには、上記のような「写真OK」のサインが出ています。

展示室を巡っていくとシダネルとマルタンの作品が時系列に、交互に出てくるので、二人の作風を比べながら鑑賞できるだけでなく、画家としての成長や画風の変遷をたどりやすくなっていました。階段を下り、フロアを一つ降りるたびに、次はどんな展示空間になっているのかな?という期待感はSOMPO美術館ならではですね。

それでは、館内の作品を見ながら、岡坂学芸員にシダネルとマルタンの作風の違いや共通点について詳しくお聞きしていくことにいたしましょう。ここからは、しばらくインタビュー形式でお伝えします。

シダネルとマルタンの作風の共通性と違いとは?

――シダネルとマルタンの作風はよく似ていますが、二人の作風の共通点や違いを教えてください。まず、二人の若手時代は、非常によく似たキャリアを送っていますよね?

岡坂学芸員:はい。地方出身で、地元の美術学校で早熟の才を発揮して、本格的に画家の道に進むため上京、美術教育の最高峰であるパリの国立美術学校に入学します。最初は二人とも師の下でアカデミックな教育を受けますが、次第にそこから離れ(思想的にも、パリ以外に拠点を持つという意味で物理的にも)、独自の画風を模索します。

――展示を拝見すると、時期は違っていたかもしれないけれど、留学先も共にイタリアを目指したのですね。

岡坂学芸員:そうですね。伝統的に多くの画家がそうしてきたように、二人もまた学びを深めようとイタリアへとわたりました。でも、面白いのは、そこで学んだイタリア・ルネサンスの絵画は二人にとって決定的なインパクトを与えることはなかったんです。

――では、何が二人の作風を形作ったといえそうですか?

展覧会プレスリリースより抜粋

岡坂学芸員:プレスリリースの「関連地図」に示した通り、その後の各地での制作活動が、二人の画風や光の表現を形作ったと言えそうです。シダネルは北仏に特徴的なぼんやりとした柔らかい光に興味を持ち、昼間の明るい光だけでなく、明け方や夕刻の光も描きました。

展示風景 シダネルの作品群

岡坂学芸員:他方、マルタンは南仏の強烈な光に興味を持ちます。パリ以後の二人の足跡を辿ると、あたかも故郷に戻るように、シダネルは北へ、マルタンは南に向かっていったというのが特徴です。故郷で慣れ親しんだ太陽の光が、感覚的に合っていたのだと思います。

――なるほど、同じフランスでも、北と南では全く屋外の明るさや光の状態が違っているのですね。それが、彼らの色彩感覚を培っていったというのも凄く面白いなと思います。

岡坂学芸員:そうですね。二人の色使いは異なり、シダネルは微妙な光のニュアンスを表現するために中間色を多用し、マルタンは彩度の高い色彩を用いていますね。二人の色調は対照的だといってもよいでしょうね。

展示風景 マルタンの作品群

――色彩が違う一方で、彼らふたりはともに印象派の技法で描いていますよね。

岡坂学芸員:はい。印象派の筆触分割や新印象主義の点描技法は、二人とも取り入れています。一見、軽快な点描によって目の前の対象や空間を短時間で捉えたかのように見えますが、モティーフの組み合わせや配置によって、秩序立った構図をつくろうという意図もはっきりとわかります。その点はやはり、アカデミックな教育を受けた二人の技術力の高さや、構成力の基礎があることを感じさせます。

――彼らが描こうとしたモチーフについてはいかがですか?

岡坂学芸員:モチーフに関して、二人の画業全体を大きく捉えると、初期から象徴主義の影響を受けていた時期までは、人物像や「風景の中の人物像」を多く描いていましたが、世紀転換期以降、次第に二人の画面から人物像は姿を消していきます。

――人物を描かなくなっていったのですね?

岡坂学芸員:ぜひ、4階の第5章、第6章以降の作品に注目してみてください。特にシダネルのジェルブロワ時代(1904移住)以降に顕著であり、自邸の庭の「整えられた食卓」や「窓から溢れる室内の灯り」を題材に、人物の存在を暗示的示す作風を確立します。

展示風景。人物が描かれていない、シダネルの作品。

岡坂学芸員:一方のマルタンも自邸の庭を題材とします。残された写真を見ると、庭は家族や親しい友人との団欒の空間であった様子がわかりますが、作品を見ると、そうした人物は描かれず、無人の、独特な静けさをたたえた空間に仕上げています。

展示風景 マルタンも人物を描かなくなっていった。

「最後の印象派」の二人は、なぜ今まで忘れ去られてしまったのか

展示風景 館内の解説パネルより

作品を見れば見るほど独自の魅力にあふれる二人の巨匠。初心者でも親しみやすく、心癒される穏やかな画風は、はじめて美術館に足を運ぶような初心者の方でも、非常に親しみやすい雰囲気に溢れています。実際に、彼らが存命中で活躍していた頃は、画壇でも会派を形成し、国民からも広く愛されていた人気画家でした。

でも、なぜ、彼らはモネやルノワール、セザンヌとは違い、現在では忘れ去られた存在となってしまったのでしょうか?最後に、その理由を岡坂学芸員にお聞きしてみました。

岡坂学芸員:忘却の第一の要因は、やはり二人の作風にあると思います。彼らは印象派の光、点描技法、象徴主義を器用に取り入れ、「折衷的な」様式に行き着きました。ですが、穏やかな作風で、日本人である我々も抵抗なく、気持ちよく見ることができる作風は、同時代に登場したキュビスム、フォーヴといった「前衛」と比べたとき、やはり相対的にインパクトに欠けているのだと思います。

――二人が活動していた同時代、絵画はどのような流れで発展していったのですか?

岡坂学芸員:印象派以降の絵画史は、「主題の消滅」「絵画の自律」と言われるように、何が描かれているか(主題)は重要ではなく、色彩と形の自律的な存在によっていかに絵画を成立させるか、という方向に向かっていきます。特に戦後アメリカの批評家たちは、(とても乱暴に言うと)モネの点描から抽象表現主義へ至る流れを記述してきました。

――いわゆる「モダニズム」と言われる流れですね?

岡坂学芸員:そうです。そうした単線的で進歩史観的な流れが近代絵画の「主流」として語られてきたため、そうしたモダニズムの潮流からは距離を保ち、風景や静物、人物など、伝統的な主題を晩年まで描き続けたシダネルとマルタンは美術史の中では埋もれてしまったのですね。

――見直しの流れなどはあるのでしょうか?

岡坂学芸員:1980年代以降「リヴィジョニズム(修正主義)」が美術史の大きな潮流として生じます。平たく言うと、メインストリーム以外の作家にも焦点を当てて、いろいろな側面から美術史の歴史的記述をしましょう、ということです。

――ということは、シダネル、マルタンも再評価の流れに乗っている、と考えて良さそうでしょうか?

岡坂学芸員:シダネル、マルタンの再評価も、大きくはその流れの一環と捉えて良いと思います。シダネルは没後、断続的にパリやロンドンの画廊で展覧会が開催されてきましたが、1974年にダンケルク美術館、1989年にパリのマルモッタン美術館で比較的まとまったかたちでの展覧会が開催されるようになりました。マルタンに関しては、1974年にトゥールーズで博士論文が提出された後、1983年、2009年に比較的大規模な回顧展(個展)が開催されています。ただ、二人の研究に関してはまだまだ進んでいない部分が多く、今後の研究が期待されるところです。

担当学芸員がオススメ!「シダネルとマルタン展」注目の3作品

展示風景

シダネルとマルタンの作風の違いや、これからの再評価に向けての美術史上での位置づけなど、色々お聞きしてきたところで、最後に岡坂学芸員に、展覧会で【特に見てほしい作品】を3つ選んでいただきました。鑑賞ポイントもあわせて解説頂いています!

注目作品1:シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》

アンリ・ル・シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》1930年 油彩/カンヴァス 100×81cm フランス、個人蔵 ©Luc Paris

岡坂学芸員の注目ポイント
シダネルの真骨頂ともいえる「食卓シリーズ」の1点。今回いくつか食卓を描いた作品が出品されますが、本作は特に、入念な画面構成と緻密に塗り込められた点描によって、完成度の高い1点となっています。

注目作品2:マルタン《二番草》

アンリ・マルタン《二番草》1910年 油彩/板 69×100cm フランス、個人蔵 ©Archives photographiques Maket Expert

岡坂学芸員の注目ポイント
マルタンは生涯にわたって公共建築の壁画や個人邸宅の室内の壁画などを受注し、壁画家として名声を高めました。本作はそうした壁画のための習作と考えられている1点です。習作であるため、所々、描写の荒さはありますが、南仏の太陽の光を表現するために、かなり彩度の高い色彩を用いており、画面の明るさが際立ちます。マルタンの色彩感覚をよく示す作品です。

注目作品3:マルタン《腰掛ける少女》

アンリ・マルタン《腰掛ける少女》1904年以前 油彩/カンヴァス 96.4×56.5cm ランス美術館 Inv. 907.19.165 ©C. Devleeschauwer

岡坂学芸員の注目ポイント
一見すると農村の少女を描いただけの絵ですが、テラスのような壁に体重をあずけ、手を前に組み、うつむく姿勢が印象的です。背景の風景の開放感と少女の内向きな佇まいの対照性が見どころ。1890年代には、象徴主義の影響を受けて女神像や寓意的な女性像を描いていたマルタンですが、世紀転換期以降、モデルが身近な人物に変化すると、かつて描いていた女神像の神秘性がより控えめなかたちで表現されるようになりました。

まとめ

最後に、岡坂学芸員からいただいた来館者に向けてのメッセージをご紹介して締めくくりたいと思います。モネやルノワールなど印象派が好きな人にはもちろん、アート初心者から目の肥えた熱心なファンまで幅広く楽しめる展覧会だと思います!

岡坂学芸員:コロナ禍の影響を受けて、日本の美術館では、海外から作品を借用した大規模な展覧会の開催がより一層困難な時代となりつつあります。そうした状況のなか、幸運にも本展では、出品作のすべてが、フランスを中心とするヨーロッパ各地の美術館や個人所蔵者の方からお借りしたものとなっています。過去の「最後の印象派展」をご覧になった方には再び二人の絵画世界に浸っていただける貴重な機会になりますし、二人の名前をご存じない方にも、彼らの光に対する繊細な感覚や、色彩の圧倒的な美しさを堪能いただきたいと思います。

展覧会情報

シダネルとマルタン展 ー最後の印象派、二大巨匠ー
会期:2022年3月26日(土)~6月26日(日)
会場:SOMPO美術館(〒160-8338 東京都新宿区西新宿1-26-1)
公式HP:https://www.sompo-museum.org

かるび

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メーカー、IT企業で勤務後、41歳にして1年間のサバティカル休暇へ突入。現在は、ブロガー&Webライターとしてアートや映画について主催ブログ「あいむあらいぶ」(http://blog.imalive7799.com/)にて日々見聞きした出来事を書き綴っています。

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