「自然史のイラストレーション展」に見る、絵を描くことの意味

誰でもスマホで写真が撮れる時代。現代において、絵やイラストレーションの魅力とは何なのでしょう。

2024年2月23日(金・祝)~5月26日(日)、大阪市立自然史博物館で「自然史のイラストレーション」という特別展が行われています。

この展覧会では「自然史」の中のイラストレーション(以降、イラスト)を数多く展示しています。「絵を通して自然と触れ合う」というテーマのもとに描かれた、図鑑の原画や科学絵本の原画、昔の博物画などが展示されています。

「楽活」はアートに関心を持つ読者のかたが多いと思いますので、展示を少し離れて、ちょっとだけアートとしての絵画の話をさせてください。

例えば、この高橋由一の油絵。「鮭」です。おそらく日本で一番有名な魚の絵とされています。

*「鮭」は筆者が個人的にデータを持つ参考資料で、本展で展示はされていません。

独創性、身の鮮やかさと皮の地味さの対比、油絵による質感表現、日本における油絵をどう展開させるかを問うた作品、など、絵画としては非常に意義深い作品なのですが、この作品を「自然史のイラスト」として見ようとすれば、おそらくちょっと弱いのです。

今回の出展作品の中から、魚つながりでペリーの「イトウ」を見てみましょう。

細部までしっかりとイトウの特徴を捉えています。単に鱗が細かいからいいと言っているわけではありません。もし鱗の少ない魚だったら、また違う表現になるでしょう。

「イトウ」図鑑的な絵「鮭」表現の絵です。生物を、その特徴を捉えて記録した絵と、生物からインスパイアされて描いた絵の違いだと思います(もっとも、ここでの鮭は「食材」なのかな、とも思います)。同じような魚をテーマにした絵でも「自然史」と「アート」の違いがあるのが分かります。

この展覧会は、大阪市立自然史博物館の収蔵品を中心に「自然史のイラスト」を多数まとめて見られるまたとない機会です。

写真はどうでしょう。今やほぼ誰もがスマホのカメラを持ち歩き、自然観察の時でも写真を撮ります。私の身の周りでも、歩いていてきのこが生えているとすぐに撮影する人が増えています。でも、後で見返しても何のきのこか分からないことがしばしば。そういう写真には、真の特徴が撮れていないのです。

私自身、いくら図鑑の写真を見ても見分けられなかったきのこが、後述する菌類学者・本郷次雄の図鑑を見たことで、一撃で分かった経験があります。図だからこそ分かることもあるのです。

自然史のイラストは「絵を通じて自然を理解する」ということが大事だと言っていいでしょう。

ところで私は、西洋の博物画では、エングレービング(銅版画の技法)が主に使われていると思ってきましたが、今回の展示を見る限り、それは私の誤解だったようです。筆やペンで書いたものも多くありました。

伝統的な日本の絵画は陰影をあまりつけないので、線描の西洋の博物画には何となく親しみが持てます。

油絵を使うのは珍しいのかと思いましたが、別に決まりはなく、絵を描く人の専門によるのだそうです。

では、描く人は何者か?

まず、研究者自らが描くケースがあります。例えばNHKドラマ「らんまん」の主人公のモデルになった、植物学者・牧野富太郎は自分で植物の図を描いていたことが知られています。

研究者によっては「画工」と呼ばれるイラストレーターに「こう描いて欲しい」と注文する場合もあります。

本展の解説書には、描く人への聞き取りも掲載されています。展示とあわせて読むのがおすすめです。

クモ、ウミウシ、アナゴ、コケ、昆虫、鳥、きのこ、冬虫夏草、古生物など、専門の学芸員がセレクトした自然史のイラストたちは圧巻です。

ウミウシは標本にすると色が抜けてしまうので、色を図に留めることは大事です。

下描きでしょうね。かわいいです。ネットの写真を見ると、本当にこんな顔をしていました。

化石などの資料から描き起こした、古代の自然です。「復元画」といいます。イラストとサイエンスのコラボでしか出来ない絵です。背景の木一つとっても、当時マツの化石が出ているか、気候はどうだったろうか、などと細かく検討されて描かれているそうです。

うっとりするようなきのこです。

原色日本新菌類図鑑」の著者のひとり、本郷次雄は、非常に多くのきのこのイラストを描いています。

本郷は朝からきのこを観察に行き、午後にきのこを顕微鏡で見、図で記録していました。本郷の絵がとてもすぐれたものだったので、本郷の絵がそのまま図鑑の絵にもなっています。

本郷はメモにもイラストを描いていました。そこに文章も一緒にメモするのです。きのこの特徴をしっかりと捉えるためだったそうです。きのこを描くことで、きのこをより良く、真に観察できたのです。

現代の絵にとって、その魅力の一つは、写真には撮れない部分の「真」を伝えることではないでしょうか。「対象を理解する」とか、「アウラがある」とか。この展覧会で、そんなことまで考えさせられました。

本展は、自然史に興味がある人はもちろん、絵画やイラストに興味がある人にとっても見応えのある展覧会になるでしょう。

絵画と自然史イラスト、別物のように書いてしまいましたが、技術の交流は行われています。先に述べたエングレービングなど、お互いの手法を生かして描くことで表現力を高めるのです。自然史のイラストとアートとしての絵画、両方手掛ける画家もいます。どちらも「画」には違いないのです。

どんな分野でも自然の絵を描くにあたって、自然を見る「まなざし」がいったいどの点を見つめているか、そこにブレがなければ、研鑽によってより良い絵を描けるのではないでしょうか。また、鑑賞者として絵の魅力について知ることも出来ると思います。

自然史のイラストを堪能し、自分でも描いてみたくなった人には、展示会場でワークショップがあります。

また、たくさんの資料が揃えられたコーナーもあり、自分のペースでイラストを学ぶこともできます。

どうしてもイラストが描けない科学者の奥の手でしょうか。いわゆる「トレース」の機械です。顕微鏡もついています。

ミュージアムショップのオリジナルグッズは、今では展覧会の楽しみの一つですが、大阪市立自然史博物館のミュージアムグッズはセンスが良いと定評があります。

会場内には、以前のものも含めたオリジナルグッズの展示もありました。

これらのグッズはここでは「自然史の普及活動の延長」として作られていました。そのことを、私はこの展覧会ではじめて知りました。グッズにそんな深い意味があったとは!

今回、自然愛にあふれるイラストの原図をたくさん見ることが出来、本当に眼福だったと感じました。描いた人の自然観を追体験できるからかもしれません。

美術館とは少し違う視点から、自然史の絵を見る体験を、この春、大阪市立自然史博物館で行ってみてはいかがでしょうか。

展覧会情報

展覧会名「自然史のイラストレーション 〜描いて伝える・描いて楽しむ〜」
会期2月23日(金・祝)~5月26日(日)
会場大阪市立自然史博物館 ネイチャーホール
(〒546-0034 大阪府大阪市東住吉区長居公園1−23)
電話06−6697−6221
公式サイトhttps://omnh.jp
備考会期中、ワークショップのほか、講演会・トークなどもあります。
興味を持たれた方はぜひサイトもチェックしてみてください。
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