美白化粧品の販売中止問題とは?
2020年に始まったBlack Lives Matter(BLM=アフリカ系アメリカ人に対する白人の警察官による残虐行為をきっかけに始まった人種差別抗議運動)。
これを受けて、人種差別問題意識が高まり、アメリカの医薬品及びヘルスケア関連製品大手のジョンソン・エンド・ジョンソンが、美白効果があるとされてきた化粧品の販売を中止しました。
このニュースを受けて日本では、ユーザーである女性、そして美白化粧品を扱う化粧品メーカーから混乱と困惑の声が上がりました。
焼けた肌が美しいと思う人もいれば、白い肌が美しいと思う人もいます。単に白いから美しいわけではなく、青白く病弱なのは好きではない人がいます。一方、いやいやその不健康そうなのがいいのよという人もいます。
また、容姿(顔)の美しさについての調査では、女性の場合は色白が高ポイントというデータもあります(※男性は色が黒いほうが美しい=魅力的という結果もある)。
これらの好みの違いを元に、美白と人種差別と結びつけるのはどうなのか?
日本における「美白」の歴史は平安時代から
そもそも日本では、西洋文化が入ってくる前から顔を白く化粧する文化がありました。「色の白いは七難隠す」という言葉もあるように。
女子学(ファッション文化論、化粧文化論)の第一人者で、甲南女子大学教授の米澤泉先生による【日本における「美白」の歴史】によると、平安時代から白い肌への憧れがあり、江戸時代の後期から一般女性が白肌を積極的に求めるようになった。
化粧指南書『都風俗化粧伝』(文化10年〔1814〕)には、色を白くするための方法や化粧品が紹介されていた。
なんといっても江戸時代の「美人」の条件は「色の白いことが第一条件」だったのです。
以降、1990年代後半の「ガングロブーム」など流行や年齢層による違いはあるものの、一般的に日本における美しい肌は「すべすべした透明感のある白い肌」と言うことができます。
今も続く日本人の白人崇拝・白人コンプレックス
日本人女性の「白肌」志向は、白人への憧れはなく、白く輝く陶器肌は、日本の文化と言えるのかもしれない、と米澤先生は分析しておられます。まさにその通りだと思うのですが、その一方で、美容、ファッション分野の広告では令和の時代でも、白人崇拝、白人コンプレックスが続いているのも事実です。
一昨年、髙島屋大阪店で開催された、日本の染織の魅力を彩り豊かなマスクで体感できる、日本各地で作られたマスクを販売する「全国ご当地マスク博覧会」を訪れたところ、会場に展示された10人のマスク姿のモデル写真が、なんと全て西洋人でした。
「美白」は「差別」になるのか?
話を「美白」に戻して、これらについて「顔」分野でも「化粧」の分野でも議論が必要となり、私も2つのZoomミーティングに参加しました。
2020年12月、日本顔学会の第15回顔学オンラインサロン「白くなることは美しくなることなのか?」と、今年3月、化粧文化研究者ネットワークの第59回研究会「『美白』は,『差別的』とみなされうるのか?」で、どちらも講演者は小手川正二郎先生(國學院大學文学部哲学科准教授、新学術領域研究「顔身体学」)。
そもそも「区別と差別はどう違う」という解説、「美白」をめぐる問題、「美白」と人種差別(レイシズム)、「美白」と肌色差別(カラリズム)などについての話があり、それを元に参加者で議論がなされました。
白はもっとも明るい色だから美しい
この顔学オンラインサロンの時に、似顔絵TVチャンピオンで尚美学園大学講師の斎藤忍さんが「デザイナーの立場から」とこんな話をしました。
「白が一番美しい色」
「ウエディングドレスが白」
「白は反射率が高くてブライト(明るい)」
「白は一番輝いて見えるから自然と人間はそれを求める」
この話を聞いてなるほどと思いました。
光が多い色だから白を美しく感じる
今皆さんが見ているパソコンかスマホのブラウザの色は、光の三原色である「RGB」で表現されています。赤 (Red)、緑 (Green)、青(Blue)の3つの原色を組み合わせることによっていろんな色に見えているわけですが、Rの最高値とGの最高値とBの最高値が組み合わされた色が「白」で、同時にもっとも明るい色です。
植物が太陽のほうを向き、昆虫や動物などの生物が光を求めるように、光が多い色だから「白」に惹かれるのだと思います。
また、紙に印刷する時は主にCMYK=シアン(Cyan)、マゼンタ(Magenta)、イエロー(Yellow)、黒インク用(Key plate)の4つのインクで印刷され、全くインクがない状態が「白」です。
そのため、真っ白、純白、汚れていない、色がついていないものとして「白」を美しく感じるのではないでしょうか。
被写体に光を当てるレフ板代わりに白い板や白い紙を使うなど、「白」は光を反射して輝いて見えるため美しく感じるのです。
冬の高野山で見た真っ白な雪景色
これを実感したのが、2022年1月14日に訪れた高野山です。
2021年の文化の日に高野山大学・松下講堂黎明館で開催された「世界遺産 高野山シンポジウム」で田中ひろみさん(仏像イラストレーター・文筆家)が「雪に覆われた奥之院、冬の奥之院がおすすめ」と言っていて「絶対にいい!」とインスピレーションを感じたのがきっかけです。
この日は高野山ケーブルやバスを使うことなく、南海電鉄高野線・極楽橋駅から京大坂道不動坂を歩いてで登山。
この日、女人堂までのこの道を歩いて登っているのは私が最初で、途中にある清不動堂を目にした時は足跡ひとつなく真っ白で、自然と「美しい」いう感情がこみ上げてきました。
女人堂の手前くらいからはバス通りになり、道路は汚れていますが、周辺は白銀に輝く景色ばかり。
ここは高野山真言宗の総本山で仏教の聖地。
そういえば、結婚式で女性が着る和服も「白無垢(しろむく)」です。白無垢の「無垢」とは、煩悩から離れてけがれがない、潔白で純真を意味します。
雪化粧された根本大塔
これまで「なぜ人は白を美しく感じるのか?」について解説してきましたが、雪が積もって白く施された根本大塔を見て、「(美白)化粧品」で化粧した女性の顔を美しく感じるもう1つの理由がわかりました。
春夏秋の根本大塔も美しいけど、冬の姿をより一層美しく感じるのは、雪によって化粧を施された姿だからではないでしょうか?
ヒトは化粧することで人になった
広義における「化粧」とは、入浴・洗顔・洗髪から、いれずみ(タトゥー)、衣服やアクセサリーの着用まで外見を美しく見せようとする身体表象。
「ヒトは化粧することによって人になった」という言葉があるように、施す(化粧する、おしゃれする、それを楽しむ)からこその人間で、だからこそ、化粧を施した姿を美しく感じる一面もあるのではないでしょうか。
極端なことを言うと、美白効果を謳う化粧品はなし、肌を白くするのはなし、メイクもなし、髪を染めるのもなし(白髪染めも)、縮毛矯正もなし、髪を切るのもなし、服を着るのもなしとどんどんエスカレートしていくと人間が人間ではなくなってしまいます。
白い歯は美しさの象徴
白く輝く肌を美しく感じるように、白く輝く歯が見える笑顔は好印象度が高く、美しく感じます。
そのため最近は、肌を白くするよりも、歯のホワイトニングのほうが盛んに行われているとさえ思います。(個人的には北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督のようなセラミックの歯はやりすぎだと思ったりしますが)。
この美しさの象徴である「白い歯」。色の対比が生む視覚効果によって、肌の色が濃いほうが、歯がより白く感じるので、肌の色が黒に近いほうが、笑顔の美しさを強調できて有利なのです。
「美白化粧品販売中止」に続いて数年後には、「歯のホワイトニング禁止」になったりするのでしょうか?その時は、化粧をしたい日本人女性の間で江戸時代以来のお歯黒ブームがやってくるかもしれません。
参考文献
白肌志向は白人への憧れか?―「色の白きは七難隠す」日本人女性の美白意識をたどる(米澤泉) - 個人 - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/yonezawaizumi/20200623-00184474
関連情報
「池袋 絵意知の顔面学講座」は月1回の連載シリーズ。他の連載記事は、下記の著者ページからご覧になることができます。「顔面学」という独自のユニークな視点で人間模様を掘り下げた池袋さんのコラムをじっくりとお楽しみください。