突然ですが、みなさんは写真に写るの、好きですか?
私は写真が苦手なもので、集合写真では率先して撮影側にまわるタイプです。ところが現代では「自撮り」が流行っており、見れば芸能人やモデルでない一般の人でも、いきいきと美しく、良い顔で写っている。
毎度、証明写真のような顔で写ってしまう私からすると羨ましい限りなのですが、先日友人から勧められた「写真加工アプリ」を使ってみると、あら不思議。ものすごく健康的に写るではありませんか。
聞けば自撮りをする人々の多くは、こういった加工アプリを使っているそうですね。いやあ、これなら自撮りする気持ち、わかる! それくらい健康的に写るんですよ。それこそ証明写真に使うわけではないし、どうせなら写真は「盛った」方が楽しいよなァ……と枕が長くなったところで、顔をテーマにした展覧会「ルーヴル美術館展」の話に移りましょう。
肖像芸術3000年の歴史
本展は“美の殿堂”ルーヴル美術館、全8部門による全面協力のもと、選りすぐりの約110点を一挙に堪能できるという、きわめて貴重な展覧会です。古代より続く芸術ジャンルのひとつである「肖像芸術」に焦点を当て、ルーヴル美術館が擁する豊かなコレクションを通じて、その社会的役割やコード(表現上のルール)の変遷を浮き彫りにする、画期的な内容となっています。
注目すべきは、なんといっても肖像芸術の歴史を3000年以上も前にさかのぼって通覧しているところでしょう。古代メソポタミアの彫像や古代エジプトの棺用マスクから、19世紀ヨーロッパの絵画や彫像に至るまで、長い歴史の中で肖像芸術がどのように移り変わっていったのかを3つの章とプロローグ、エピローグで構成して解説しています。
また、どこかで一度は目にしたことがあるであろう《アルコレ橋のボナパルト》や、《マラーの死》、そして27年ぶりに来日する《美しきナーニ》をはじめ、ボッティチェリ、ベラスケス、ルーベンス、ゴヤ、アルチンボルドなどによる同館の至宝が惜しげもなくやってきていることにも注目です。
人は人をどう表現してきた?
さて、副題でもある「人は人をどう表現してきたか」。本展では作品とキャプションを通じて、その流れを追えるようになっているのですが、身も蓋もない言い方をさせていただくと
「いつの時代も盛っている」
これに尽きます。
そりゃそうですよね。後世にまで残る顔だもの、どうせなら格好良く、美しく遺したい。実物からかけ離れることはできないけれど、多少は理想を盛り込みたい。
そこで、“人は人をどう表現してきたか”となるわけです。
つまりこの展覧会では、人が「盛ってきた」歴史をさかのぼることができるのです。
どのように理想を加えていったのか
本展の目玉とされている3点の作品を例に挙げて考えてみましょう。
理想化としてわかりやすいのが、「権力の顕示」としての肖像です。
ギリシャ美術史上最初の王の肖像として重要な位置を占める、アレクサンドロス大王の肖像。生前から神話化されていた彼は、「自分の公式イメージを規格化する」ことで、王国の宣伝効果の増幅を狙いました。つまり、政治戦略に肖像を利用したのです。
情熱的で時に苛烈、リーダーシップに満ちたアレクサンドロス。さて「肖似性」を保ちつつ、どのように彼を理想化させるか────。
そこで彫刻家・リュシッポスは、王を若々しく描くことに加え、髪をライオンのたてがみのようにすることで、その勇ましさを表現しました。少し小首を傾げるように見えるのは、アレクサンドロスが何かを見る時の癖から。こういった癖を取り入れることで、より肖似性を高めたのでしょう。
アレクサンドロスの個性を生き生きと表したこの胸像は、後世の芸術家たちから常に手本とされました。ここで「権力を顕示する表現」というひとつのコードが作られたのです。
アレクサンドロス大王の胸像の隣に展示されている《ミトリダテス6世エウパトルの肖像》は、まさにその影響を受けていると言えますので、ぜひ会場で確認してみてください。
まるごと一室、ナポレオン!
本展でひときわ異彩を放っているのが、ナポレオン・ボナパルトの存在。なんとまるごと一室を使って、将軍、皇帝、流刑……というナポレオンの生涯を追う作りとなっています。
展示された5点の絵画や彫刻を見ると、同じ人物像でありつつシーンによって描かれ方が全く異なっている。つまり、コードが使い分けられているということがわかります。
この2点は対照的ですね。若き英雄として颯爽と軍を導く姿は、躍動感にあふれた様子で描かれており、戴冠式の様子は落ち着きと厳粛さに満ちています。
高さ2メートルを超える巨大な全身像。ナポレオンの肖像は、衣装をすみずみまで忠実に表現し、顔の特徴を完璧に再現するよう厳しく命じられていましたが、その中でラメは皇帝の威厳を伝えることのできる写実性と理想化のどちらにも配慮しつつ、洗練された皇帝のイメージを打ち出すことに成功しました。
晩年の波乱より、かつてのふっくらした面影が薄れたデスマスク。このマスク、よく見ると耳がありません。実は作者のアントンマルキ、別の人が作成したデスマスクを奪い取ってこれを作成したのです! その際に頭部や耳などはもとの作者の手元に残され、それゆえに不自然な形となっています。
ヴィネツィア派は美肌モード!?
ときは変わって、《美しきナーニ》が描かれた16世紀の商業都市ヴェネツィア。今まで王族や高位聖職者の特権であった肖像画は、裕福な貴族にも浸透していきました。そこで活躍したのが、豊かな色彩でみずみずしい肌や豪奢な衣装を描き出すヴェネツィア派のヴェロネーゼです。彼の描く肖像画は貴族たちの間から高い人気を集めていました。
背景が暗いのは、ブロンドに染めた髪や肌の白さを際立たせるため。加工アプリで言うところの「美肌モード」のような効果ですね。
神秘的ともとれる表情は、すこし外された視線の影響でしょうか。恥じらうような口元と胸に置かれた手は、慎み深く貞淑といった当時の理想的な女性像を表しているのでしょう。ルーヴル美術館では、ガラスケースに収められているこちらの作品。今回はガラス無しの露出展示です! 吸い込まれるような美しさを、ぜひこの機会に間近で感じてみてください。
全部欲しい!充実のミュージアムグッズ
鑑賞後のおたのしみ、ミュージアムショップの存在も外せません。圧巻がこれでもかという種類のポストカード。人気のお菓子「クルミッ子」のルーヴル美術館展バージョン「ルーヴルッ子」をはじめ、気になりすぎる商品がならんでいました。口元を隠せば《美しきナーニ》になれてしまう(?)、なりきり扇子も。全部欲しい、そう思わせる充実ぶりでした。
地位やシーンによってコードを変えることで、人物の個性を引き立たせながら理想化させてきた肖像の歴史。
肖像表現を規定するさまざまなコードがどのように生まれ、多様な環境のなかでどう変容を遂げたのかを理解することは、私たちが日ごろ何気なく親しんでいるポートレートの表現にも通じていくのだと思います。
どの時代も「盛る」技術にあふれた肖像の世界。まずは会場外に設えられた「撮影パネル」で、歴史的な肖像たちとともに、コードを追求してみませんか?
展覧会開催概要:
展覧会名:ルーヴル美術館展 肖像芸術─人は人をどう表現してきたか
会場:国立新美術館 企画展示室1E
会期:2018年5月30日(水)~9月3日(月)
開館時間:10:00~18:00
*金・土曜日は、5・6月は20:00まで、7・8・9月は21:00まで
*入場は閉館の30分前まで
休館日:火曜 ※ただし8月14日(火)は開館
観覧料:一般:1,600円 大学生1,200円 高校生800円
住所:東京都港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線 乃木坂駅 青山霊園方面改札6出口(美術館直結)
東京メトロ日比谷線 六本木駅 4a出口から徒歩約5分
都営地下鉄大江戸線 六本木駅 7出口から徒歩4分