2024年は、印象派好きには良い年になりそうです。東京や大阪を中心に、海外作品が来日する注目の展覧会が数多く予定されているからです。なかでも筆者が注目していたのが、2024年1月27日からスタートした、東京都美術館にて開催中の「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」です。
本展は、モネやルノワールといった本家フランスの画家はもちろん、ドイツ、スウェーデン、日本、アメリカと世界中の印象派作品を特集。これまでの印象派展とは一味違う内容となっています。
それではどんな展示だったのか、早速見てみましょう。
初来日多数!モネをはじめ、印象派の傑作続々!
展覧会名にもある通り、本展の目玉作品はアメリカ東海岸、マサチューセッツ州にあるウスター美術館からの来日作品。モネの「睡蓮」の名品を筆頭に、日本初上陸の作品が多数収蔵されています。
特に見逃せないのがこちらのクロード・モネの《睡蓮》です。モネは晩年になると、ジヴェルニーにある自邸の庭を描くことに専念し、なかでも水辺に浮かぶ睡蓮を描いた作品は現存するだけでも250作品以上が確認されています。
今回来日する《睡蓮》は、モネならではの色彩感覚が最大限に発揮された優品のひとつ。太陽の光、木々の影、水中の水草など、さまざまな要素が複雑に反映された水面の描写が見事です。可憐に咲いた睡蓮の花も美しいですね。ちなみに、本作はモネの数ある《睡蓮》のなかで、もっとも早く美術館に収蔵された作品としても知られています。
また、ウスター美術館は、世界中の印象派の名品を揃えていることでも知られています。本展でも、スウェーデンの国民的画家アンデシュ・レオナード・ソーンやドイツ出身の画家マックス・スレーフォークトなど、まだ日本ではあまり知られていないけれど、確かな実力を備えた画家が多数紹介されています。作品を見て、「あっ、これいいな」と思ったら、その画家の出身地を確認してみるのも面白そうです。
また、国内の美術館が所蔵する日本人画家の作品も登場。黒田清輝、藤島武二といった洋画家のパイオニアたちの絵の中には、モネやルノワールなど印象派の画家たちが用いた明るい色彩や筆触分割などが見て取れます。彼らが油絵の古典的な技法に加え、印象主義の技法もあわせて留学先で学んでいたであろうことがよくわかります。
こうした「印象主義」の技法で描かれた日本の古き良き農村風景も格別です。モネやその仲間たちでは描き得なかった、日本オリジナルの印象派作品といえるのではないでしょうか。
実力派揃い!知られざるアメリカ印象派の実力を堪能する!
パリで生まれた印象主義は世界中へと広がっていきますが、なかでも本国フランス以上に隆盛を極めたのがアメリカでした。しかし、日本ではアメリカ印象派の画家たちは現在ほとんどその存在を知られていません。アメリカ美術といえば20世紀以降の現代美術が脚光を浴びる一方で、その前の時代の動向にはあまり注意が払われてこなかったからです。
そして本展でもっとも注目してみたいのは、ウスター美術館が所蔵する「アメリカ印象派」の画家たちです。本展では、ほぼ本邦初公開となるような、”知られざる実力派画家”が次々と登場。印象派の発祥地フランスとは一味違う、アメリカならではの風景が描かれた作品群が並んでいます。
そこで、ここからは本展でぜひチェックしてみたい5人のアメリカ人画家を取り上げ、作品とともに紹介してみたいと思います。
注目の画家①:まるでファンタジー異世界!壮大な理想郷を描いたトマス・コール
まず、展示会場を入って最初に鑑賞者を出迎えてくれる絵がこのトマス・コールの描いた風景画です。コールは、アメリカ印象派の画家たちよりも約半世紀ほど前に活躍した、アメリカの絵画黎明期を代表する風景画家でした。ヨーロッパへ留学して伝統的な絵画技法を学び、帰国してアメリカならではの壮大な風景美を細密に描くようになります。
絵を見ると、高台から望む息をのむほどの壮大なパノラマが目を引きます。地平線の彼方で輝く夕陽や、川面に反射したオレンジ色の光に包まれた渡し船、情趣ある古城などは、かつてヨーロッパの画家たちが古代ギリシャ・ローマの風景にあこがれて理想郷的な世界観を描いた作品群に非常に良く似ています。一方、非常に細かく描きこまれたディテールにも感銘を受けます。絵に近寄ってみると、近景だけでなく、遠くの川沿いにも人物などが細かく描かれていることがわかります。
このようなコールの風景画はアメリカで多くの追随者を生み、その壮大で細密な画風は、彼らがハドソン川沿いの絶景を好んで描いたことから「ハドソン・リヴァー派」と呼ばれています。雄大な自然美を描いた風景画が好きな方は、トマス・コールの名前を覚えておくといいかもしれません。
注目の画家②:「アメリカのモネ」と言われた男、チャイルド・ハッサム
さて、アメリカ印象派の中で、もっとも商業的に成功を収め、芸術的にも高く評価されているのがチャイルド・ハッサムです。生涯で3000点以上の作品を残し、「アメリカのモネ」とも呼ばれることもあります。
本展でも複数点来日していますが、どの作品も、画題やモチーフ、技法が非常にモネに似ており、「良く研究しているな」と唸らされました。
たとえば、本展のメインビジュアルにも選ばれている《花摘み、フランス式庭園にて》は、1870年代、モネがパリ郊外アルジャントゥイユに住んでいた頃の作品群に非常に良く似ています。花や植物があふれる庭園の中で、優雅なひとときを過ごすブルジョワ階級の生活風景が素早いタッチで描かれています。モネやルノワールが1870年代に工夫を凝らした地面に落ちた木漏れ日の表現なども、きちんと吸収しているようです。
また、こちらの荒々しい岸壁を描いた風景画は、ハッサムが夏の間好んで滞在したボストン北東の孤島・アップルドア島の海岸線を描いた作品ですが、これもまた1880年代にモネが描いた一連のノルマンディーの海岸の風景にそっくりです。こちらはもう、完コピしているといっていいほどです。岸壁にクローズアップした構図、くるくると渦巻くようなタッチの雲の表現など、モネの特徴を鋭く捉えて自家薬籠中にしています。
モネが好きな人は、ぜひハッサムを追いかけてみると良いでしょう。メトロポリタン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーなどアメリカの著名な美術館では、かなりの高確率でハッサムの秀作を所蔵しています。試しに検索してみると、たくさんの作品画像を楽しむことができます。
ちなみに、ハッサムの作品に添えられた彼の署名には、名前とともに「三日月」が描き入れられていることがあります。彼は”ハッサム”という名前から、よくアラブ系の出身と間違われたようですが、彼自身はそんな周囲の勘違いをむしろ楽しんでいたとされ、ファーストネームである”フレデリック”のかわりにトルコの国旗にもあるような「三日月」を入れるようになりました。《花摘み、フランス式庭園にて》でははっきりと「三日月」が見えますので探してみて下さい。
注目の画家③:ダイナミックな自然美を描いた孤高の芸術家!ジョン・ヘンリー・トワックマン
Wikipediaでアメリカ印象派の画家を芋づる式に掘っていくと、実に数百人以上がヒットします。彼らは全員ニューヨークやボストンなど都市に住んで活動したわけではなく、郊外に移り住んだ有力な画家を中心に、田園地帯や観光地で芸術家村を形成することもありました。
印象派の技法により幻想的なタッチを加え、独自の画風を開拓したジョン・ヘンリー・トワックトマンの周囲にも、多くのフォロワーが集まり、彼が居を構えたニューヨークから北東の郊外コス・コブはアメリカ印象派が集まる芸術家村となっていました。
トワックマンにも、モネと共通した点がありました。それが、特に水辺の景色を好んだことです。本展のハイライトのひとつ《滝》は、彼の所有する敷地内にあり、「馬の首滝(ホースネック・フォールズ)」と名付けるほどお気に入りだった滝を描いた作品。不思議な没入感を感じさせる絵で、絵に向き合っていると、渓流の音や水の匂いまでも感じられるような臨場感に包まれます。また、描きたい対象へ近寄り、前景をクローズアップさせた構図もモネゆずりです。
「水」を感じさせる景観のなかでも、トワックマンがもっとも好んだのが雪景色でした。「雪が降っているときほど、自然の中で美しいものはありません」と語ったトワックマンが、晩年に描いた雪景色も来日しています。
彼は1895年、政府の依頼でイエローストーン国立公園を描きますが、雪と波濤の「白」と水と空の「青」で覆われたカンヴァスは、風景画というより抽象絵画のようにも見えています。
アメリカ印象派のなかでも、もっとも個性的な画風を確立していたトワックマンですが、残念なことに1902年、虫垂炎をこじらせて49歳で早逝してしまいます。彼がもうしばらく生きていたら、新たな画風を切り開き、アメリカ絵画の新しい時代を牽引する存在になっていたのかもしれません。
注目の画家④:フェルメール好きは要注目!肖像画の達人フランク・ウェストン・ベンソン
アメリカ印象派の画家のなかで、とりわけ肖像画で評判が高いのが、フランク・ウェストン・ベンソンです。彼は30代のとき渡欧し、パリの画塾アカデミー・ジュリアンでヨーロッパの伝統的な絵画技法を学びます。アメリカに戻ったベンソンは、アカデミックなスタイルに印象派の技術を織り交ぜた画風を確立し、アメリカの上流階級の優雅な女性たちの生活風景を描いて評判になります。
特にフェルメールとベラスケスから強い影響を受けており、本展出品作《ソリティアをする少女》は、まるで「アメリカのフェルメール」といいたくなるような、敬愛する巨匠からの強い影響が感じられる作品です。
ですが、彼の真骨頂は、屋外で制作するようになってからでした。戸外でも貴婦人たちを好んで描きましたが、光と陰の効果を鮮やかに強調した独特なタッチで、「フェルメールmeetsモネ」といった画風へと進化を遂げるのです。
来日作品《ナタリー》では、ぜひ光と陰の対比に注目してみましょう。強い日差しの下、帽子のつばが作り出す陰の中に女性の顔を描くことで、女性の凛とした表情がより引き締まって見えます。
注目の画家⑤:モネの息子の家庭教師を務めた男、ウィラード・リロイ・メトカーフ
モネはアメリカ印象派にもっとも大きな影響を与えた印象派の画家といっていいでしょう。ハッサムのようにモネの画風を研究した画家もいれば、実際にモネに会いに行ったアメリカ人画家もいました。モネは1883年にパリ郊外の小さな村・ジヴェルニーに大邸宅を構えますが、彼を慕って多くのアメリカ人画家がジヴェルニーへと集います。ジヴェルニーは、一時期画家の卵たちが目指す芸術家村のような様相を呈していました。
何人かの画家はモネと個人的な交流を重ね、モネの義理の娘シュザンヌと結婚したセオドア・アール・バトラーなど、家族ぐるみの付き合いに発展する者もいました。
ウィラード・リロイ・メトカーフもモネと直接コンタクトすることができたひとりで、彼はジヴェルニーに滞在中、モネの息子の家庭教師を務めました。自然に親しみ、動植物に詳しかったメトカーフは、鳥の巣や卵、昆虫採集に勤しむかたわら、モネの息子たちに鳥類学と植物学を教えていました。
面白いのは、彼が留学中、フランス印象派の巨匠と非常に密接な環境で過ごしていたにもかかわらず、すぐには自らの画風に印象主義を取り入れようとしなかったことです。彼が自らの「ルネサンス」を宣言し、印象主義へと傾倒していったのは、アメリカに帰国して約10年が経過した1904年頃からでした。
それ以降、メトカーフは故郷ニューイングランドの風景を、印象派の技法を使って存分に描いていきます。本展出品作《プレリュード》はメトカーフが印象派に開眼して以降に描かれた作品です。
ちなみに彼はたびたび健康を害するほど過度に飲酒して静養を余儀なくされたり、奥さんを自分の教え子に寝取られたりと、浮き沈みの激しい人生を送っています。アメリカ印象派の画家のなかで、ある意味もっとも「芸術家」らしい私生活を送った画家だったといえるのかもしれません。
おわりに
今回は「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」から、特にアメリカ印象派の作品を掘り下げて紹介しましたが、展覧会場を回ると、まだまだアメリカ人画家の優れた作品が見つかります。印象派と同時期にアメリカで発展した「トーナリズム」の画家ジョージ・イネスやドワイト・ウィリアム・トライオン、ジョージア・オキーフやエドワード・ホッパーらを育てた名教師でもあった印象派の画家ウィリアム・メリット・チェイスなど、実力派画家が目白押しです。
ぜひ、この機会にバラエティに富んだ世界の印象派を堪能してみてはいかがでしょうか。日本初来日作品も多く、オススメの展覧会です!
展覧会基本情報(東京展)
展覧会名 | 印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵 |
会期 | 2024年1月27日(土)~4月7日(日) |
会場 | 東京都美術館 |
開室時間 | 9:30~17:30(金曜日は20:00まで、入室は閉室の30分前まで) |
休室日 | 3月4日(月)、3月18日(月)、4月1日(月) |
公式HP | https://worcester2024.jp |
巡回情報
郡山展
会期:2024年4月20日(土)~6月23日(日)
会場:郡山市立美術館
八王子展
会期:2024年7月6日(土)~9月29日(日)
会場:東京富士美術館
大阪展
会期:2024年10月12日(土)~2025年1月5日(日)
会場:あべのハルカス美術館