
「源氏物語の新世界-明け暮れ書き読みいとなみおはす-」展が東京都立川市にある「たましん美術館」で2025年3月16日まで開かれています。
昨年2024年、NHKテレビの大河ドラマ『光る君へ』は、紫式部を主人公にした平安絵巻のような映像が人気を集めました。
千年も昔に綴られた『源氏物語』はどのようにして現代にまで読み継がれてきたのでしょうか。この展覧会でそのヒミツを知って、もっと『源氏物語』に親しみ、楽しむことができるでしょう。

この展覧会は、立川市にある「たましん美術館」と「国文学研究資料館」が共催し、同資料館が所蔵する写本、刊本、絵巻、屏風などの貴重な資料を展示しています。
たましん美術館は2020年、多摩信用金庫本店・本部棟の新築・移転にともない、多摩地域の文化の拠点として同棟内に開館しました。国文学研究資料館は1972年に品川区に創設され、2008年立川市に移転、日本文学や日本史関連史資料をさまざまな分野の研究者に提供し、新たな活用・研究をすすめています。
サブタイトルは読書三昧の女性たち

展覧会のタイトルは「源氏物語の新世界」、重要なのはサブタイトルの「明け暮れ書き読みいとなみおはす」です。サブタイトルのできごとは『源氏物語』の25帖蛍巻に描かれています。
また、「源氏物語団扇画帖」17帖絵合巻には、藤壺の女院の御前に女房たちが集まり、物語の絵合が開催されている様子が描かれています。中央には重ねた冊子本、広げた絵巻もあります。
平安時代には印刷技術は一般的ではなく、物語を読むには、借りて写すしか方法はありませんでした。物語を借りて、写して返す、また別の人が借りて写す、人気の物語は枝を広げるように多くの人に写されて残されました。

22帖玉鬘巻で玉鬘が物語に登場する、この場面は源氏が紫の上と六条院の女性たちのために着物を選んでいるところで、玉鬘はいない
25帖蛍巻では、主人公・源氏と養女の玉鬘(たまかずら)が文学について話をしています。源氏は玉鬘に、「物語はウソばかりかいているのに、そんなに夢中になることはないよ」とからかいます。玉鬘は「物語はつくりものですが、その中に真実があります」と反論します。玉鬘が読んでいたのは『落窪物語』『住吉物語』など、義理の母に育てられる娘の物語で、実の親ではない源氏に育てられている玉鬘自身に重なるところがあります。この玉鬘の言葉に、作者の紫式部は「物語は虚構でありながら、人間の真実を描く」という文学論を託しています。
「源氏物語団扇画帖」は団扇(うちわ)型に描かれた『源氏物語』の場面で、54枚が画帖に貼られています。展示は2場面ですが、「源氏物語歌合絵巻」と交互に4kプロジェクターで投影されています。
古典は書いて半分、伝えて半分

「古典文学は書いたところで50%、後世に伝わって50%です。千年を経ても輝く古典を知って楽しんでほしい」と内覧会では解説者が熱い想いを語りました。
作者が書いた本文は、写された写本、木版で印刷された版本(はんぽん)や活字印刷の書籍、デジタル情報へと形を変えました。古語を翻訳した現代語訳、長い物語を短くしたダイジェスト、想像を加えたアレンジも行われました。物語からゲームも生れ、古典文学は時代を超えて現代まで伝わっています。

右:伝冷泉為相筆『源氏物語』(総角) 鎌倉後期写
左は40帖御法(みのり)巻の断簡(だんかん)です。近世期、平安・鎌倉時代の古写本を切断し、茶掛け等にして鑑賞するものを「古筆切(こひつぎれ)」といい、『源氏物語』を切断したものは、特に珍重されています。
右は、宇治十帖のうち「総角(あげまき)」巻のみの残欠本(一部が抜けている本)です。各丁10行書で書写されていますが、末尾に近づくにつれて行数が増え、最終的には14行になっています。紙数の不足に気付いた、手書きならではの苦労が偲ばれます。
展示箇所は、源氏の次男・薫が故八条宮の一回忌にその娘・大君(おおいぎみ)に思いをつたえる場面。3行目の赤い三角で示した薫の和歌「あげまきにながきちぎりをむすびこめおなじ所によりもあはなむ」は、巻名の由来ともなっています。書写者とされる阿仏尼と冷泉為相(1263~1328年)は母と子、和歌を今に伝える冷泉家は、彼らより始まります。

『源氏物語』は54帖と長編です。連歌には『源氏物語』の知識が必須なため、連歌がはやった室町時代に梗概書(ダイジェスト版)ができました。本文の後に、連歌に用いる「寄合語(キーワード)」を羅列しているのが特徴です。

江戸時代になると、公家や大名家を中心に豪華な箱に入れた『源氏物語』が多く作られました。部屋を飾るため「調度本」とも、嫁入り道具用の「嫁入り本」ともいわれました。
展示された本は、表紙に金銀泥(きんぎんでい)で下絵を施しています。箱には6段の引き出しがあり、表に巻名が金字で書いてあります。

江戸時代には印刷技術が発達して、木版印刷の版本が大量生産できるようになり、一般の人々も本が楽しめるようになります。開いているのは5帖若紫巻、屏風絵などの同じ場面と比べてみましょう。

『湖月抄』は1673年に成立した北村季吟(1625~1705年)が著わした『源氏物語』の注釈書です。本文と代表的な注釈を丹念に集めたもので、後世によく読まれました。掲出本は賀茂真淵(1697~1769年)が直筆で自説を書き入れた、さらに貴重なものです。
表情の豊かな人物を見る-屏風、絵巻

この絵巻は、『源氏物語』の和歌を歌合(うたあわせ)の形にして、36人の歌を3首ずつ取り上げ、2首ずつ54番に番(つが)えています。背景はほとんどなく、和歌と彩色された人物が描かれています。

金泥の地に詞書きと絵の色画を貼った屏風です。1帖桐壺巻から6帖末摘花巻までの1隻と、6帖紅葉賀巻から12帖須磨巻までの1隻からなり、12場面が描かれています。

絵画は色彩豊かに描かれ、人物の表情がいきいきとして親しみやすいのが特徴です。室内の調度品、着物の柄なども細かく丁寧に描かれています。
ゲームで楽しむ-カルタ、スゴロク、百人一首

右:「源氏かるた」 江戸後期刊 多色刷り木版画
左は、『源氏物語』54帖の各巻につき1首を選び、上句(絵札)と下句(字札)に分けて計108枚にしたものです。手書きの文字も絵も美しいものです。『源氏物語』の和歌を暗記している人が少なかったためにあまり使われなかったと考えられています。
右は多色刷り木版画で色が鮮やかです。上句の札に巻名と源氏香の印、下句の札に源氏香の印だけがあります。和歌を知らない人でも、源氏香の印で取り合わせることができます。

江戸時代に流行した『偐紫田舎源氏』はさまざまな分野に広がり、双六も影響を与えました。絵は江戸時代の武家風俗で、巻名や登場人物の名前から『源氏物語』の名残がうかがえます。
『偐紫田舎源氏』は『源氏物語』を室町時代に移した長編小説、似せる、偽の意味から「偐」、通俗的な意味から「田舎」をタイトルにつけています。作者は柳亭種彦、画は歌川国貞、1829~42年に刊行されました。

源氏香図に、黒沢翁満(おきなまろ)著の『源氏百人一首』(1840年刊)の内容を細かく書き込んだものです。『源氏百人一首』は『源氏物語』の登場人物が詠んだ歌を『百人一首』のように一首ずつ集めて挿絵とともに記載しています。
源氏香とは組香の一種で、5種の香木を炷(た)いて、52種の組合せからどれかを当てるゲーム。答えを『源氏物語』の54帖に当てはめ、巻名を5本の縦線を基にした図で現わします。
現代のアーティストが『源氏物語』にアプローチ
2名のアーティストが、1年以上をかけて国文学研究資料館の研究者と『源氏物語』を題材としたワークショップを重ねて、作成した作品も展示されています。
2人とも、若菜巻と、絵巻物の人物の表情に注目し、身分が高い人は表情が乏しく、身分が低い庶民は豊かなことに気づきました。
34・35帖若菜巻(上下巻)では源氏が朱雀帝(源氏の兄)の娘・女三の宮を正妻に迎えます。蹴鞠の折に、猫が御簾を上げてしまい室内にいた女三の宮の姿を頭中将の長男・柏木が見たことから、物語が大きく動きます。

油画専攻の成瀬拓己さんは、紫の上をクローズアップして、5帖若紫巻(10歳)では雀を逃がされて泣いている、未完成のイメージ、20帖朝顔巻(24歳)では苦悩し、鑑賞者と目を合わせないイメージで描いています。
「源氏香によるストラクション」は、源氏香の図を基に香水瓶を3DCGでつくって、五十音と組合せた作品です。

屏風の紫の上と比べて見ましょう。左の6帖末摘花巻では、光源氏が絵を描き、紫の上が笑っている表情が楽しそうです。右の5帖若紫巻は、奥の部屋で座っているのが紫の上、左の柴垣から覗いているのが源氏です。

版画家の芦川瑞季さんは、日常から切り取った風景などに、古典籍から見いだした要素を取り入れて作品を構成しました。天井のない衝立の空間に、全部の作品が一度に見えない構成を考えたと話してくれました。

「源氏物語団扇画帖」 左から夕顔巻、御法巻 4kプロジェクター映像
芦川さんは参加した感想として、古典と現代のつながりをこのように述べています。
「『源氏物語』を古典籍から追いかけて見ていくと、当時の人の価値観がのちの時代の出版物や画帳に反映されているのではないかと考えるようになりました。特に表情を表に出さない源氏の人々の振る舞いは、植物やほかの人々の描写のコントラストによって描くという、独自の手法が伺えます。相手の表情が見えないコミュニケーションをとる現代のSNS社会にも通ずるものがあると思いました。」「ないじぇる芸術ラボ」(国文学研究資料館)
豊かな空間に建つ「たましん美術館」

たましん美術館はJR立川駅の北側、昭和記念公園とモノレールの間、「GREEN SPRINGS」の一角にあります。

2階のギャラリーは多摩地域から世界へ羽ばたこうとしている若手作家の作品や、地域に貢献する活動を公募して展示しています。
たましん国立支店に所蔵した5階の歴史資料室、6階のたましん歴史・美術館は改修工事のため休館中。歴史資料室では、多摩の歴史・文化に関する地域資料を所蔵し、デジタルアーカイヴとして公開しています。

「上昇輝竜」は、ぐんぐん上昇するイメージの運気がアップしそうな彫刻作品、天候によって異なる見え方が楽しめます。

正面は多摩地域最大規模の多機能ホール「立川ステージガーデン」、右の階段を流れる水が広場のせせらぎとなり、ビオトープもつながります。GREEN SPRINGS には多摩地域に自生する植物が350種類以上植えられています。
GREEN SPRINGSは、「まちの縁側」をコンセプトに、左右のビルから伸びた軒が屋内と屋外をつなぐ空間を作り、店内はガラス張りで屋内からでも屋外を感じることができます。「未来」「環境」「記憶」につながるアート作品も点在しています。

赤い電話ボックスを発見、電話がつながるのでしょうか。本がたくさん入っているようです。向かい側に緑色の電話ボックスもあります。探して見てください。ふたつもとアート作品です。暗くならないと、見つけにくい作品もあります。

ちょっと気がつきにくい場所にも、自然への心遣いを感じます。
『源氏物語』をそれぞれに楽しむ

元となった若紫の姿は展示された屏風に
『源氏物語』が今日まで読み継がれてきたヒミツを知り、『源氏物語』の見方が変わったでしょうか。『源氏物語』は人間の奥底に係わるものを描いています。絵巻や屏風、ダイジェストにしたり、ゲームにしたり、さまざまな楽しみ方を試してみてください。
『源氏物語』の現代語訳は展示された与謝野晶子だけでなく、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴、田辺聖子、林真理子などたくさんあります。大和和紀の漫画『あさきゆめみし』も親しみやすいかもしれません。それぞれの見方、考え方で楽しんでいただけたらと願いっています。
展覧会情報
展覧会名 | 源氏物語の新世界―明け暮れ書き読みいとなみおはす― |
会場 | たましん美術館(東京都立川市緑町3-4) |
会期 | 2025年1月11日(土)~3月16日(日) |
開館時間 | 午前10時~午後6時(入館は午後5時半まで) |
休館日 | 月曜日 2月24日(月・休)は開館し、翌25日(火)を休館 |
入館料 | 一般500円、高校生・大学生300円 ※次の該当者は無料 中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方および付き添いの方(ただし1人につき1人まで、障害者手帳アプリ「ミライロID」利用可能)、多摩らいふ倶楽部会員(本人とお連れの方1人まで)、シニア・スクエア会員(本人とお連れの方1人まで) |
美術館ウエブサイト | https://www.tamashinmuseum.org/ |
国文学研究資料館(東京都立川市緑町10-3)ウエブサイト | https://www.nijl.ac.jp/ |
ギャラリートーク
国文学研究資料館の研究者が、出品資料や展覧会の見どころについて解説します。
開催日時:2025年2月22日(土)
各回14時30分~15時 場所:たましん美術館展示室内
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