
世界初の都市型立体遊園地、よこはまコスモワールドは、「ワンダーアミューズ・ゾーン」「ブラーノストリート・ゾーン」「キッズカーニバル・ゾーン」の計3つのゾーンがある。名物の大観覧車コスモクロックは横浜のシンボル的存在であり、欠かせない風景のひとつだ。
そして、みなさん一度は乗ったことがあるでしょう遊園地の定番といえば、メリーゴーランド。「キッズカーニバル・ゾーン」に設置された”夢見装置”は、ややコンパクトな規模ながらもほかのアトラクションにはちょっとない魅力の持ち主だ。今回はその歴史も絡め、乗っても乗らなくても人を魅了するそのふしぎな魅力をお伝えしよう。
日本とも関係が深いメリーゴーランド
テーマパークに欠かせない存在であるメリーゴーランド。ヨーロッパ各国で親しまれてきたが、じつは日本とも関係が深い。
さかのぼることおよそ120年前、メリーゴーランドは、フランスからはるばるやってきた。日本への初上陸は1903年(明治36年)のことであった。同年、大阪開催の第5回内国勧業博覧会にて、メリーゴーランドはこの国にお目見えしたのである。
その立役者はドイツの機械技師 ヒューゴ・ハッセ(フーゴ・ハッセ)であり、彼の名をなくしてメリーゴーランドは語れない。当時の技術を駆使し、メリーゴーランドを世界の各地に広めた人物である。1907年、当時の機械・美術技術を使い、ヒューゴが完成させたのが伝説の回転木馬「カルーセルエルドラド」。世界最古のメリーゴーランドである。
エルドラドは完成後、ドイツの祭典で人気をあつめ、ヨーロッパ各地のカーニバルをめぐったのち、1911年にアメリカに渡る。その後1971年に転売され、東京・としまえんにやってきた。数奇の運命をたどり、海をわたり、第一次世界大戦の戦火を逃れたエルドラド。伝説のメリーゴーランドど称されるほどの代物で、2010年には産業遺産として登録もされた。かつてフランクリン・ルーズベルト大統領も楽しませたというおどろきの歴史の持ち主でもある。
としまえんのシンボルでもあったエルドラドは、コロナ禍の閉園にともない、無観客で最終運転をした。お別れのときには練馬区民はもちろん、区民でない人たちのことも泣かせた。国を変え場所を変え、人びとの人生と記憶とともにあったエルドラド。としまえん閉園後も引く手あまたであると聞く。
今後、その行方は日本のどこかの地になるのか、はたまた外国へ渡るのか。最終的にどこに落ち着かせることになるかはわからないが、エルドラドはその後もふたたび放浪の旅に出るようだ。
メリーゴーランドの起源やいかに!?
メリーゴーランドとは、別名回転木馬。その名通り、馬が回転する遊具のことだ。フランス語ではcarrousel(カルーセル)もしくはmanège(マネージュ)と呼ばれる。ドイツ語ではKarussell(カルセル)、イタリア語ではcarosello(カロセッロ)、giostra(ジォーストラ)、スペイン語にいたってはcarrusel(カルセル)、tiovivo(ティオビボ)、calesita(カレスィータ)と複数の呼び名をもつ。国によって呼び名はさまざまだが、どこであれ見かけると絵本の世界に招かれたような、なんとも楽しい気分になる乗り物である。

フランスで騎馬隊の馬術訓練のためにつくられたものがメリーゴーランドの原型とされ、遊具としては1860年、蒸気機関を動力としてつくられたと言われる。蒸気というとイギリスの産業革命が連想されるが、馬術訓練説を起源とすると産業革命の産物ともいえるのだろう。英語では一般的にメリーゴーランド(merry-go-round)と呼び、イギリスではラウンダバウト(roundabout)とも呼ぶようだが、日本語で古風に「回転木馬」も詩的でちょっといい響きである。
煌びやかな馬たちが現れてはきえていく回転運動。ぐるぐる回り、馬たちが現れてはきえ、きえてはまた現れ・・・という流れはなんともふしぎであり、どこか美しさとともにはかなさや物悲しさも感じられる。それもまた世界中の人の心をとらえるのだろう。としまえんのカルーセルエルドラドのように上下運動をしないシンプルな構造のものもあり、それはそれで独特の乗り心地だが、蒸気機関が動力になっているものの場合、床自体が回転する構造になっており、取り付けられた馬たちはゆっくりと上下する。

時を巻き戻される感覚
ここで少々、遊園地のアトラクションの回転方向について触れたい。
これは人間の体に関係している。人間の心臓は左についてため、人は回転させられる際、心臓が内側にある状態で回転させられると安心し、逆に心臓が外側にある状態で回転させられると不安や恐怖を感じる生きものだ。
これを利用しているのが、ジェットコースターなどの絶叫系アトラクションやお化け屋敷というわけである。設計上、一部左旋回にしなければいけない箇所がある場合もあるが、人の恐怖感や不安感情をより煽るため、これら絶叫系アトラクションは意図的に右回りにつくられていることが多い。
これに対し、メリーゴーランドのように小さな子どもが楽しむアトラクションは左回りでの設計が多くなっている。人間の心臓が左にあるため、左に重心が傾くような左回りを自然と好む。つまり本能的に心地よく感じるというわけである。

人は子どものころから自然と左回りに慣れているとも聞く。人が自然に流れていく通路は左回りとされていることから、スーパーやコンビニなども動線が左回りのレイアウトになっていることが多い。
時折、この自然の動きに逆らう形でつくられたお店などで、「あれっ?」と違和感を感じたことはないだろうか。入店時に自動ドアなどがこの習性に逆方向に開いたり、動線が逆レイアウトになっていたりすると自然の流れと違う動きにならざるを得ない。そこから来る違和感だ。このため、こうした逆レイアウトのお店などでは「なーんか変だなあ」となる。やはり人は左へ左へと無意識に傾いていく習性があるぶん、右回りに対しては違和感を覚えたり、不安を感じることが多いようである。また、もう一つの理由としては多くの人が右利きであるため、左手に買い物かごを持って右手で商品を取った方が買いやすいというものもあるようだ。
話をメリーゴーランドに戻すが、多岐にわたる説のなか、元々は中世のヨーロッパ貴族たちの大掛かりなおもちゃだったとも聞く。童心に帰るためにつくられたため、時計の針とは反対回りにつくられ、時の流れを逆戻りにして子どもに戻るのだという。コスモワールドのメリーゴーランドも反時計回りである。
めぐりめぐってこの国にもやってきたふしぎな乗り物メリーゴーランド。ともあれ、私たちは大人も子どものように時を巻き戻されるような感覚を覚え、馬にまたがるというわけである。

ヴィーナスタイムもお見逃しなく!
コスモワールドのメリーゴーランドは、豪華な二階建て仕様。もっとも艶やかなのは夜の帳が完全に降り切る少し前の、ほの暗い火灯し時である。この時間帯はとくにファンタジー度が高まり、見逃せない時間帯だ。その一瞬の煌めきはメリーゴーランドにかぎったことではないが、この時間帯はさしずめヨコハマヴィーナスタイム。日中や夜と比べると一瞬しかなく、貴重な時間帯である。


16時までもうあと10分というころ、夢見装置の灯りが際立ちはじめた。これからやってくるヴィーナスタイムの前兆を示すかのようなタイミングで艶やかに光るそれを目に、私もまた子どものようにときめきはじめる。いよいよ待ちに待った一番色気づく時間帯だ。
今年は例年より比較的あたたかいとはいえ、一年で一番寒いときである1月。ベイサイドという場所柄、当地は海からの風も直撃する。しかしそんな寒さにもかかわらず、客足は絶えない。この日、西陽がしずみかける直前になってもなお続々と夢見装置に乗降する人びとの姿があった。ひと組、またひと組とお客さんたちが楽しそうに乗降するごとに時は進み、装飾の丸い電球の灯りがくっきりとしてくる。

16時半近くになり、幻想的なグラデーションの色味を帯びた空にボヤッと白い月が姿を現した。コスモクロックとインターコンチネンタルホテルという、みなとみらいのシンボルたちの真ん中にうかび上がるそれがなんとも印象的に思えたのも、ヴィーナスタイムマジックのひとつか。これぞ横浜フォトジェニック。なんとも幻想的な光景だ。
16時半も回るころにはすっかり火灯し時となり、空模様は一変。以降、17時を過ぎると急速に暗くなり、夜の帳が降りてくる。ヴィーナスタイムのピークは17時ごろといったところか。刻一刻と空が様相を変えるスピードは早く、もはや1分置きのように感じられるほどだ。

なお、ベイサイドという場所柄どうしても海風をまともに受ける。風の強い日は帽子などが飛ばされないよう、気をつけてほしい。このような日、係員もアナウンスで注意喚起を欠かせない。「今日は風が吹いています。みなさんチケットやパンフレット、帽子やフードなども飛ばされないよう、しっかり持っていてください。海に飛ばされるともう戻ってきません(そりゃそうだよな・・・)」
夜ももちろんフォトジェニック
そして夜がやってきた。暗がりの中でのライトアップは一気に幻想的な雰囲気になり、夜の闇が煌びやかな装飾を引き立て、見る者を一気に別世界へ—―横浜フォトジェニックナイトである。





おわりに
一年で一番寒い時期でもあり、場所柄海風も強かったこの日。寒さにも負けず、横浜コスモワールドは日中からほどよく人で賑わいを見せていた。アトラクションに乗る場合はそれぞれ料金が必要だが、コスモワールドは入場が無料であることも嬉しいポイントだ。
メリーゴーランドという夢見装置は、年齢に関係なく、なんともいえないふしぎな時が流れているのを感じさせる。それはコスモワールドにおいても同じであった。夢見装置に乗りこむやいなや、キャッキャしながらどの乗り物に乗るか決める子どもたち。小さな子どもだけでなく、大人も子どものようなピュアな気持ちが甦る乗り物である。実際、乗っていて不機嫌な人はおらず、乗客は皆一様に笑顔だ。
「こんにちは!メリーゴーランドへようこそ!これからみなさまを光輝く素敵な世界へとご案内いたします。お馬さんたちとのお散歩中は、立ち上がったり、ほかの乗り物に移動したりしないように、最後まで決めたお席でお楽しみください。それでは~、ベルの合図で出発です。お馬さんたちといっしょに・・いってらっしゃーーい!チリンチリンチリン・・・♪(ベルの音)」
もう聞いているだけでワクワク度が高まるアナウンスである。係員さんのアナウンス後にベルが鳴ると、ゆったりとしたワルツ調の曲が流れ、人びとは馬たちとともに束の間のきらめきの世界を旅する。
上下する馬にまたがり、柵の向こうで見守る保護者と顏を合わせるたび、楽しそうに手を振る子どもたち。乗っていて機嫌の悪い人はいないばかりか、見守る側も楽しいメリーゴーランド。こうして、人の思い出の一部になってゆく。馬たちが現れてはきえ、また現れてはきえる。稼働開始後、ものの3分もしないうちに回転は徐々にゆっくりになっていき、ファンタジーなお散歩の終わりをそっと告げはじめた。
「おかえりなさーい!お馬さんたちとのお散歩も、まもなく終わります。お馬さんたちが完全に止まるまで、そのままお待ちください。お降りの際は足元に十分ご注意ください」
係員さんのアナウンス後、回転木馬を降りる人びと。「このあとも、よこはまコスモワールドをごゆっくりお楽しみください」とアナウンスはつづいた。そしてお客さんたちはこう話しながら歩いていく。「また今度こよう。いいところだ」。

束の間の、”お馬さんたちとのお散歩”。しかし束の間であれ、人の想い出とともにずっとあり続けることがメリーゴーランドやテーマパークの魔法なのだろう。人がメリーゴーランドを降りたずっと先にある未来になってもなお記憶に残ることは事実である。単なる遊具ではなく、何年経とうとも人と人をつなぐ懸け橋になり、「昔コスモワールドでメリーゴーランドに乗ったんだよね」と生涯にわたり想い出が生きつづけることこそが、回転木馬の解けない魔法なのかもしれない。
馬術練習用から芸術的な遊具へ。かつてフランスでつくられて以来、海を渡ってきた回転木馬。SNS時代のいま、メリーゴーランドのファンタジーな雰囲気は絶好の撮影スポットとして若い世代にも支持されているが、時代が変わってもなおその魅力は色褪せることがない。むしろ技術が進歩し、デジタル化が進む現代だからこそ、アナログならではの魅力やあたたかみのあるメリーゴーランドの価値が再認識されているのかもしれない。世代を越え、メリーゴーランドは見る人をほかのアトラクションとはひと味違った世界に引き込み、心のなかにしまいこんだ童心を躍らせてくれる。「キャー――ッ!!」とほかのアトラクションの方から響く絶叫をよそに優雅に回る別世界はなんともふしぎだ。
今も昔も不動の人気をあつめるよこはまコスモワールド。その一角で回るメリーゴーランドは、人びとを今日もおとぎの国へ招いている。「そういえばしみじみ見たことないな」という方こそ、折に触れちょっとふしぎな時を紡ぐ夢見装置の魔法にかかりに行ってみてはいかがだろうか。過去へのタイムマシンで馬といっしょに行ったり来たり。舞い戻るかつての時代、再生される想い出のスライド・・・あなたは何を感じますか?
よこはまコスモワールド情報
住所 | 神奈川県横浜市中区新港2丁目8-1 |
電話 | 045-641-6591(代) |
HP | http://cosmoworld.jp/ |