ジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)は、20世紀後半のベルギーを代表するアーティストのひとりです。あたたかな淡い色彩が使われるフォロンの作品からは、さまざまな物語を想像することができます。環境問題や社会的なテーマもあり、ユーモアや哲学をも感じさせます。
日本で30年ぶりとなる大回顧展「空想旅行案内人 ジャン・ミシェル・フォロン」は、東京ステーションギャラリーで2024年9月23日(月)まで開かれ、名古屋、大阪にも巡回します。初期のドローイングから水彩画、版画、ポスター、そして晩年の立体作品まで約230点が紹介されています。
東京駅から旅に出る
会場の「東京ステーションギャラリー」は東京駅の丸の内駅舎に1988年に誕生しました。東京駅は1914年、辰野金吾によって設計され、日本の鉄道の上りと下りの基点であり、「空想旅行案内人」の展覧会にぴったりの場所です。
ドーム天井には創建当時の装飾が忠実に再現され、鷲や鳳凰、動輪、兜などをモチーフにした石膏彫刻が壮麗な雰囲気を醸し出しています。
さあ、フォロン作品をめぐる旅にでかけましょう。
プロローグ 旅のはじまり
展覧会のタイトル「空想旅行案内人」は、フォロンが制作し実際に使っていた名刺 “FOLON: AGENCE DE VOYAGES IMAGINAIRES(フォロン:空想旅行エージェンシー)”からつけられたものです。「エージェンシー」をそのまま訳すと「代理店」ですが、フォロン本人に自身の作品の世界を紹介してもらおうと「空想旅行案内人」としたものです。
展示は5つの章に分かれています。「?」マークがついた問いかけの章題からおもしろそうですね。
プロローグ 旅のはじまり
第1章 あっち・こっち・どっち?
第2章 なにが聴こえる?
第3章 なにを話そう?
エピローグ つぎはどこへ行こう
正面の映像はフランスの公共テレビの終わりに流れていたアニメーションです。子どもが寝る時間のめどになっていました。画面に登場するコートをはおり、帽子をかぶった男性は本展で「リトル・ハット・マン」と呼ばれています。フォロン作品にたびたび登場します。
電気のスイッチ、水道の蛇口、窓も、フォロンにかかると不思議でユーモラスな作品に変わります。
リトル・ハット・マン
ほら、展示室の中央にリトル・ハット・マンが立っています。鑿跡があり、木彫りのように見えますが、ブロンズ像です。右足が少し前に出ているので、歩き始めるところでしょうか。この像の後ろにまわって見てください。見つけたものからも発想が広がります。なにかは来場したときのお楽しみです。
「森」をじっくり見ると、ネジ巻が立ち並ぶ森にもリトル・ハット・マンがいます。リトル・ハット・マンは謎の人、どこにでもいる人、誰でもあり、誰でもない、フォロンでもあり、鑑賞者でもあります。
「森」が展示されているところは、床も天井も八角形で、東京駅舎の八角塔の下に位置してます。
第1章 あっち・こっち・どっち?
矢印が描かれた作品が並んでいます。ここでもリトル・ハット・マンが登場。頭から矢印が枝分かれして伸びています。
フォロンは父親のすすめで建築を学びました。やがて画家をめざして創作をすすめるなかで、無数の矢印に囲まれ、同じような建物が立ち並ぶ光景が浮んだのはかつて受けた教育への反発であったと、フォロンは語っています。矢印に翻弄されるリトル・ハット・マンを描くことは、フォロンがアーティストとしてすすむ強い意思表示でもありました。
矢印が多く描かれた「第1章 あっち・こっち・どっち?」の最後には、大きな黒い矢印があります。これは扉に順路を示すもので、今回の展示とは関係はありません。作品のようにも見えました。
階段にも歴史のあと
各階をつなぐ螺旋階段は、東京駅丸の内駅舎北端の八角塔にあります。天井近くのステンドグラスとシャンデリアも見逃せません。
壁のレンガは創建時には漆喰(しっくい)が塗られていましたが、1945年の東京大空襲で被害を受けました。復興工事では漆喰を取り除き、モルタルが塗りやすいようにレンガに「目あらし」と呼ばれるキズをわざとつけました。現在はモルタルを除いたため、館内のレンガ壁のいたるところで目あらしを見ることができます。
第2章 なにが聴こえる?
「耳を澄ませば、世界が動いている音が聴こえてきます」と語るフォロンの耳にはどのような音が届いていたのでしょうか。フォロンは環境問題や社会問題にも強い関心をもち、問いかけています。
やわらかい水彩と、伸びやかな線画で描き出す静かなメッセージに耳を澄ませてみましょう。左の4作品では赤い人物が翻弄され、右端の「無題(罪人つみびと)」では、青いリトル・ハット・マンが責められているように見えませんか。
宇宙や天体観測などもフォロンの作品のテーマです。
「遠い国からあなたへ手紙をしたためています」は、リトル・ハット・マンがタイプライターの文字盤に立ってアルファベットを宇宙に飛ばしているように見えます。1972年はアメリカのアポロ計画の最後の年でもありました。
第3章 なにを話そう?
イタリアのタイプライター製造会社「オリベッティ」のポスターでは、文字盤に人が座りそれぞれがタイプライターをたたいています。フォロンは企業の宣伝、映画、冬期パラリンピックのポスターも手がけました。そして、多くの場面でフォロンおなじみのリトル・ハット・マンや矢印などが想像を広げ、メッセージを伝えています。
世界人権宣言から40周年にあたる1988年に『世界人権宣言』が書籍として刊行することになったことをうけ、フォロンはアムネスティ・インターナショナルから『世界人権宣言』の各条文に挿絵を依頼されました。ひとつひとつの作品を条文と照らして見ると、達成されていない条文に注目するようにメッセージが込められています。
エピローグ つぎはどこへ行こう?
フォロンは、水平線が見えるアトリエと地平線が見えるふたつのアトリエから重要なインスピレーションを受けていました。「青い旅」では木材に油彩を塗り、紙や布を貼り付けて、水平線に浮かぶ船を描いています。
また、フォロンは「私はいつも空を自由に飛んで、風や空と話してみたいと思っているのです」と語り、いつでもどこでも想像力の翼からエネルギーを生み出していました。
こんな封筒で手紙をもらったらとても嬉しいですね。個展のために日本に滞在した折に、フォロンの友人であるイタリアの作家ジョルジュ・ソアヴィ(1923~2008年)に宛てた手紙の封筒です。1985年と1995年にも回顧展を開催し、来日をしています。来日を機会として、日本の百貨店や旅行会社のポスターにフォロンが関わりました。
「道」「上昇」のように、向かう方向を示すような作品に囲まれて、中央にリトル・ハット・マンが立っています。体が中央から裂けて立ち尽くす姿はなにを示しているのでしょうか。
フォロンをお土産に
ミュージアムショップは鉄道に関係するグッズがたくさんありますが、フォロンのコーナーも開設され、おしゃれでかわいいグッズが並んでいます。
なお、展覧会で展示されているのは、フォロン作、フォロン財団の所蔵作品で、キャプションには作品名と制作年を記載しました。制作年の記載がないものはすべて不詳です。
© Fondation Folon, ADAGP/PARIS, 2024-2025
フォロン財団は2000年10月、フォロン自身がブリュッセルに開設、公開しています。227ヘクタールの緑豊かな敷地があり、6,000点以上のコレクションを所蔵しています。またその場所は戦時中に幼いフォロンが一家で疎開した村に近く、フォロンにとって思い出深い場所です。
展覧会情報
展覧会名 | 空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン |
会期 | 2024年7月13日(土)〜2024年9月23日(月・祝) |
会場 | 東京ステーションギャラリー 100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1(JR東京駅 丸の内北口 改札前) |
休館日 | 月曜日(ただし8月12日、9月16日、9月23日は開館) |
入館料 | 一般1,500円/高校・大学生1,300円/中学生以下無料 |
美術館ウェブサイト | https://www.ejrcf.or.jp/gallery/ |
展覧会ウェブサイト | https://ourfolon.jp/ |
巡回予定
◉名古屋市美術館(愛知県名古屋市中区栄2-17-25 芸術と科学の杜・白川公園内)
2025年1月11日(土)~3月23日(日)
◉あべのハルカス美術館(大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階)
2025年4月5日(土)~6月22日(日)