
前回の「【顔面学講座㊱】未来人はどんな顔 人間の顔はどのように進化するのか?」で紹介した「100年後の日本人の顔」では、柔らかいものばかりを食べて、噛む回数が減るとあごが退化してあごが極端に尖った顔になるかもしれないという話をしました。
縄文時代の人と比較すると、日本人の顔はどんどん顔の下側が細くなっているわけですが、「歯」に関しては人類は退化しているのです。
今回は、「歯と骨の違い」「人間と他の動物の歯の違い」など「歯」について解説しつつ、最新再生治療薬「歯生え薬」を紹介します。

退化している日本人の歯
アフリカで生まれた初期の人類(ヒト科)アウストラロピテクスと比較すると、歯の大きさは70%〜85%に縮小し、形状も単純化して尖った部分が少なくなり、歯の数も減少しています。このように、ヒトの進化過程において歯は退化しており、オーストラリア先住民のアボリジナル・ピープルや黒人(アフリカ系)は退化が遅れています。

特に奥歯の中でも最後方にある「親知らず」の退化傾向は著しく、親知らずは上下左右で4本生える可能性がありますが、約30%の人は全ての親知らずが欠如しているというデータもあるそうです。

現在、永久歯は親知らずを入れると32本、入れないと28本です。ところが、近年は生まれつき永久歯の足りない「永久歯先天性欠如」が増えています。女優の多部未華子さんも「下の犬歯と犬歯の間に普通は4本の歯があるけれど、私は3本しかない」と、映画『あやしい彼女』の公開初日舞台挨拶で語っていました。
縄文人の歯を取り戻せ
日本においては、約1万5000年前にいた「縄文人」は肉を食いちぎり、木の実のような硬い食物を食べていたので顎の骨がしっかりして、歯並びが良かったことがわかっています。しかし、どんどん柔らかいものを食べるようになり、「出っ歯」の人が増えるように。最近では顎が細くなったことで歯の生えるスペースがなくなり、歯並びが悪い子どもが増え「乱杭歯」が多く見られるようになりました。
人類学の馬場悠男先生(国立科学博物館名誉研究員)は、硬いものを切歯で食いちぎって食べることこそ、ホモ・サピエンスとしての正常な歯の使い方だと言っています。

歯と骨の違い
頭蓋骨の写真やイラストには歯がついていますし、どちらも白くて硬いことから「歯」も「骨」の一部のように思っている人もいるかもしれません。しかし、全く異なる組織なのです。歯の表面は人体で一番硬く、エナメル質でできていて、その硬さは水晶と同じくらいもあります。そのため、どんなに硬い食べ物を食べても簡単にはすり減らないくらい丈夫です。

歯のエナメル質の内側は象牙質でできていて、成分は骨と似ていて、硬さもほぼ同じくらい。しかし、骨には血管が通っていて、新陳代謝を繰り返し、新しい組織と入れ替わります。そのため、骨は折れても固定しておくと元通りにくっつくのですが、歯は折れると元通りにはなりません。
歯の生え変わりとは?(乳歯と永久歯)
乳歯は3歳くらいまでには生え揃い、上の歯が10本、下の歯が10本の合計20本になります。

乳歯は生後6か月ごろから下の前歯(乳中切歯)から生え始め、3歳くらいまでには生え揃い、全部で20本になります。 しかし、乳歯は顔(頭蓋骨)の成長に合わせて大きくはならず、大きさは変わりません。そのため、成長しても乳歯のままでは歯と歯の間に隙間ができた状態になります。それでは食べ物を噛むには不十分で、成長し大きくなった顎に合った大きさと数の歯が必要になるため、乳歯から永久歯に生え変わります。
多くの哺乳類は一生に一度だけ乳歯から永久歯に生え変わり、猿や犬や猫も歯が生え変わります。また、ウサギの歯、ネズミ(齧歯類)の前歯、カバの犬歯(けんし)は一生伸び続けるそうです。

ワニガメには歯がない
爬虫類のワニは一生の間に、20回以上も歯が生え変わります。クロコダイル科のワニの歯は約80本とされているので、生涯のうちに2000本も歯が生える計算になります。

しかし、同じ爬虫類でもカメには歯がありません。鳥類と同じで口の縁が硬化して嘴(くちばし)になっていて、くちばしとアゴを使って食べ物をすり潰すようにして摂取します。ワニガメは噛み付く力が強いですが、生物学上はカメ目カミツキガメ科ワニガメ属に分類されるカメで、実は歯がありません。くちばしの先端が上下ともカギ状に鋭く尖っているので噛まれると危険です。
生物学的には軟骨魚類に分類されるサメもワニと同じように歯が生え変わります。サメは6〜20列の歯が並び、なかには3000本の歯を持つサメもいますが、餌を捕るときは前から2列の歯を使います。サメの歯は先端が尖った歯ばかりで、約2〜3日ごとに自然に抜け落ちていき、代わりに後ろの歯が移動して前へ出てきます。そうして常に鋭い歯を保っているサメは、一生に2万本以上の歯が生えると考えられていて、ワニの10倍の計算になります。

最新再生治療薬「歯生え薬」とは?
昨年5月、大阪市にある北野病院などの研究チームが、9月から世界初の「歯生え薬」の治験を京都大医学部付属病院で始めると発表しました。

研究チームは、歯が生えるのを抑制するたんぱく質「USAG-1」を発見しました。このUSAG-1遺伝子の働きを抑えることができれば、歯を生やすことができるのではないかと考え、その機能を妨げる薬剤を開発して、先天性無歯症のマウスや犬に投与したところ、歯が生えることを確認。
この薬剤を奥歯を失った30〜64歳の健康な成人男性に投与して安全性を確認し、その後、生まれつき歯が少ない「先天性無歯症」の患者を対象に治療効果を検証し、2030年頃の実用化を目指しています。
さらに、将来的には、虫歯などで後天的に永久歯を失った人にも応用できる可能性があるというので、歯科治療の革命に期待が膨らみます。