先日、たまたま兵庫県豊岡市を訪れる機会がありました。豊岡というところは、駅前にシャッター街が広がり、活性化が課題だなと誰もが思うであろう典型的な地方都市です。
ところがレンタサイクルでほんの少しゆくと、未来から飛んできたようなハイテクな建物が急に目に飛び込んでくるのです。今日の目的地「芸術文化観光専門職大学」です。
ここは2021年に兵庫県が公立大学として設立した、演劇が学べる専門職大学です。公立としては極めて異色の大学で、「芸術文化」と「観光」両方の視点で、コミュニケーションの力で地域社会に貢献するというミッションを掲げた、極めて実験的なチャレンジングな大学です。
この大学の設立に情熱的に取り組まれ、初代学長に就任されたのが平田オリザさんです。
皆さんもお名前は聞いたことがおありでしょう。オリザという珍しい名前はラテン語で稲をさす言葉が由来でご両親が名付けられた本名だそうです。
彼は、ご存知のように劇作家で演出家、現代劇の舞台を多く手掛け、世界的に高い評価を得ている芸術家です。芝居に関心のある私は、彼の手掛ける演劇がとても気になっていました。東京のコマバアゴラ劇場という「小屋掛け」という言葉を思い出される小劇場に足を運んだこともあります。
大阪大学で行われたWSD(ワークショップデザイナー育成プログラム)で彼の講義を受けたときにはメールした質問や意見にお返事をいただきました。いつもにこやかで、お年を召さない子供のような風貌からは想像できないほど、現代社会の問題や人間の内面に深い洞察力で切りこんでいくそのギャップがとてもユニークです。
オリザさんは16歳のときに高校を休学し、自転車による世界一周旅行を決行。帰国後、大学入学資格検定試験を経て、20才で国際基督教大学に入学したという異色の経歴の持ち主です。
その抜きん出た行動力と国際的な視野を背景に、兵庫県豊岡市に国公立大学として初めて演劇を本格的に学べる大学として、オリザさんが設立実現に向けて尽力されたのが「芸術文化観光専門職大学」です。
今回、豊岡を訪れた折に大学をぜひ見学したいと希望をお伝えしましたところ、快くお引き受けいただき、当日は学長自らご案内いただくという幸運に恵まれました。
学内には、演劇に特化したユニークな設備が整っています。
この大学のホームページにはこれまたユニークなドローンが学内の建物の部屋の中を飛び回る映像がありどんな場所かはこちらをご覧いただくと私のとった写真などよりはるかに臨場感がありよくわかりますのでご紹介します。
教育研究棟
実習棟
いかがですか?少し動画を見ているだけでも、とてもユニークな大学であることがよくお分かりいただけることと思います。
オリザさんが特に強調されていたのが「芸術文化」と「観光」の専門的知識に加え、事業を創造、運営する際の基盤となるマネジメントを学び、その中でも「対話的コミュニケーション能力」を重視されている点でした。私は心理学をベースとしたコミュニケーションについて専門に勉強をしていますので、とても興味を持ちお話を伺いました。
なぜこの「芸術文化観光専門職大学」が豊岡に創設されたのかとオリザさんに伺ってみると、ここには昔から但馬の中心的な芝居小屋が何軒もあり演劇の歴史を積み重ねているからと教えてもらいました。
お金では買えない時間の積み重ねという重い価値がある場所なのです。
人々は芝居を身近に感じそれを自分の感覚や知識として身につけて暮らしてきました。この大学がここにあることの価値を肌でわかってくれる人が多い街なのですね。
オリザさんはこの地に、ご家族と移住して生活人としても根を張りご自分のような移住者の拠り所として近所に「江原河畔劇場」も仲間と立ち上げられたそうです。
でも開校して3年目、まだ卒業生はいません。地域も世界も元気にするという夢は彼らにかかっていますので今の一番の心配事は彼らの就職先のことのようでした。
高倍率で入学してきている学生の多くは女性です。地方都市では若い女性を増やすことを活性化の第一歩として躍起になっています。女性が増えれば男性はついてきますからね。寮にいるのは1年生で、上級生はもう街に住んでいますから、それだけで人口流出が抑えられてきているそうです。
オリザさんの秘書の方に、なぜこのお仕事に就かれたのですかと伺いましたら、お付き合いしていた方が豊岡の人だったので、結婚を機に移住したところ、本大学で仕事の募集があったので応募しましたとのこと。
ここでも一人ゲットされていました。
ところで、日本の地方都市が共通に抱える課題について研究している地域活性学会が2023年9月に豊岡で開催されることが決まっているそうです。「豊岡」と聞いて地図で場所を示せる人は少ないのではないでしょうか。他にも大きな課題の解消に向けて躍起になっている地方都市が沢山あるのになぜ「豊岡」?と考えると、これも平田オリザさん達の活動の成果の現れの一つかもしれないと思えてきました。
この学会を通じて豊岡市、芸術文化観光専門職大学が取り組んでいるユニークな活動がより多くの方の目に触れることでしょう。
帰り際の雑談の中でも、オリザさんの視点がよくわかることがいくつかありました。私が豊岡に来る時、乗った特急が満席であったことをお話しすると、それは城崎温泉への観光客だそうで、そうしたキーポイントの観光スポットをどのように生かすかという視点で地域もマネジメントする力が必要なのだということを述べられていました。
また私がここに来るときに飛行機にしようかと迷ったけれど便数が少なく時間が不便な時間帯でした、とお話しすると、オリザさんは授業を終えて車で空港に行くと夜には東京につける時間に便があるので便利なんですよ、とお答えくださいました。こちらの持たないユニークな視点を持たれている方であるからこそこのような壮大な計画を実現できているのでしょう。ここまで成功された秘訣は何ですかと伺いましたら「たまたまですよ」と微笑まれました。
「たまたま」という「偶然」を「意味あるもの」にするために、どれだけの努力を払われてきたのかを想像すると気が遠くなりそうでした。
そんな方とそのお仕事や作品の魅力に触れられたら、私たちの人生にも奇跡が起きそうです。
平田オリザさんは、広い間口と長いキャリアをお持ちのためご紹介したいことがたくさんあります。今回ご紹介したのはほんの入り口です。この先はご自由に触れてみてくださいね。