ファンタジーは小さい声で始まる。小川洋子さんの小説・エッセイ集おすすめ5選
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梅雨入りしましたね。こうなるともう、自宅で本を読むくらいしかできることがありません。

今回は、小川洋子さんのおすすめ小説4冊と、最新のエッセイ集を紹介します。社会から少し浮遊したキャラクターが常識の悪意にさらされながらも生きていく、現代のおとぎ話のような作品を取り上げます。

小川洋子さんってどんな作家?

小川洋子(おがわ・ようこ)さんは1962年生まれの小説家です。本屋大賞を受賞し、映画化された『博士の愛した数式』がよく知られています。

小川さんの小説に登場するキャラクターは、ユニークな特徴を持っています。例えば、優れた数学の才能があるのに記憶が80分しか持たない博士、素晴らしいチェスの才能があるのにチェス盤の下にもぐらなければ対局できない少年などです。

こうした不思議な特徴を持つ人々のピュアな考え方や感情が、物語を動かしていきます。小川さんの作品には、善悪や倫理が生まれる以前から人間が持っていたような、本能に近い愛や優しさが描かれています。

①猫を抱いて象と泳ぐ

小川洋子さんといえば『博士の愛した数式』が有名ですが、私は『猫を抱いて象と泳ぐ』のほうが好きなので是非おすすめしたいです。

本作は、素晴らしいチェスの才能を持って生まれた少年のお話。とはいえ小川洋子ワールドなので、神童としてもてはやされてスターの階段を上っていく……なんて華々しいストーリーではないのです。

引っ込み思案な少年にチェスを教えてくれたのは、動かなくなったバスの中で甘いお菓子を焼いて暮らすおじさん。二人のチェスは、猫を抱いてチェス盤の下に潜る少年と、それを温かく見守るおじさんという不思議な対局です。

どんな体勢でチェスを差しても、少年の腕が素晴らしいことをおじさんは知っていましたが、世間慣れした大人たちはそうではありません。身体を小さくしていなければ本領を発揮できない少年には、優しい人々の善意とともに、大人たちの悪意が襲い掛かります。

②博士の愛した数式

『博士の愛した数式』は、読売文学賞と本屋大賞を受賞した小川さんの代表作です。主人公は、記憶が80分しか持たない元数学者の博士。身の回りのお世話をする家政婦の「私」とその息子の3人が織りなす、暖かくも切ないお話です。

新しいことを80分しか覚えていられない博士ですが、若い頃に培った天才的な数学の能力は健在。友愛数や完全数といったロマンティックな数学の知識を通して家政婦とその息子(あだ名はルート)と心を通わせます。

しかし、博士が記憶できる時間は80分から少しずつ短くなっていき……。博士はどのように人生の幕を閉じるのか、残されたルートと家政婦はどのように生きて行けば良いのか。人生って何なんだろうと考えてしまいます。

③琥珀のまたたき

『琥珀のまたたき』は、末妹を亡くした3人のきょうだいとママの暮らしを描いた物語です。が、この家族、普通じゃない。妹が亡くなって別荘に引っ越すとすぐに、生まれたときに与えられた名前を捨て、新しい名前をつけるとママが言うのです。そうして3人は、長女がオパール、長男が琥珀、次男が瑪瑙(めのう)となりました。

敷地を囲む壁の外に出てはならない、大きな声や音を出さないといったルールをママが決め、律儀に守る子どもたち。学校にも行かせてもらえないので、客観的に見ればこれは虐待です。子どもたちが可哀想です。

しかし、子どもたちは次々に遊びを生み出し、楽しく暮らしています。壁の外に出られなくても、大きな声ではしゃげなくても問題はありません。虐待は非難されるべきことですが、被害者が可哀想な被害者であるかどうかは別なのですね。

3人の子どもたちの暮らしは不気味なほど美しいけれど、読者として羨ましくは思えませんでした。どう受け止めるべきか悩んでしまいます。こういう物語こそ、心にいつまでも引っかかって、いつか自分を前に進める力になってくれるような気がします。

④人質の朗読会

『人質の朗読会』は長編の体裁ではあるものの、短編集と言って良いと思います。上記の3作は長編ですが、こちらは短いお話を読みたい人におすすめです。

物語は、南米のとある村で日本人8人が反政府ゲリラに襲われ、拘束されたところから始まります。彼らの結末については小説を参照してほしいのですが、国際赤十字が差し入れた救急箱などに仕掛けた盗聴器から、拘束されている間に彼らが自分の記憶を物語に書き起こし、朗読していたことが分かりました。本作に収められている短編は、彼らが書いて朗読したもの。小説内小説という形でしょうか。

人質たちの結末については、冒頭の7ページ程度で明かされます。それからは、ページをめくる手が止まりませんでした。立ち読みでも良いので、まずは7ページだけ読んでみてください!

⑤遠慮深いうたた寝

ここまで紹介してきた4冊は小説ですが、『遠慮深いうたた寝』はエッセイ集です。小川さんはエッセイも多数刊行しており、本書はその最新作です。

改札を出ようとしたら切符が見つからなくて困ったことや、携帯で話している人とすれ違ったときに会話の断片が聞こえたことなど、よくある出来事を題材にしたエッセイですら、小川さんの手にかかればファンタジーな空想に飛躍します。

軽いタッチのエッセイを読み進め、後半に差し掛かると、徐々に小川さんが胸に秘める激しい感情が見え隠れします。ホロコースト文学に大きな影響を受けた小川さんの、社会への密かな抵抗が冷静な筆致で綴られるのです。

小川洋子さんによる透明なファンタジーをこの機会に

小川さんは一貫して、声の小さい人、自分から声を上げられない人を主人公に物語を書いています。大きな声で主張できる人には、させておけば良いから、だそうです。

社会の物差しを当てはめれば弱い立場に収められる人々でも、可哀想なわけではありません。小川さんの作品には、金銭に交換できない彼らだけの幸せが綴られています。

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