生活雑貨や文房具など、あらゆるジャンルで活発にコラボが続くポケモンですが、アートプロジェクトも順次進行中です。2022年には、現代アーティストのダニエル・アーシャムとのコラボ展示も話題になったばかりです。
そんな中、ポケモンが新たなコラボ相手として選んだのは「工芸」でした。金沢で工芸とデザインを専門とする国内最高峰の美術館「国立工芸館」とポケモンがコラボした初めての展覧会となる「ポケモン×工芸展 ― 美とわざの大発見 ―」が3月から開催されています。
展覧会では、工芸の各分野から選抜された20名が、ポケモンからインスピレーションを得て制作したオール新作での全72点を展示。20代の気鋭の若手作家からワザを極めた人間国宝まで、様々なバックグラウンド、専門分野を持つ個性派作家たちの競演は見事でした。
そこで、今回は「ポケモン×工芸展」の見どころや魅力を、展覧会を担当した今井陽子主任研究員のコメントも交えながらご紹介します。
鑑賞ポイント1:技術やアイデアを尽くした多様な表現
「素材」の力を最大限活かした傑作
まず目を見張ったのが、本展出品作家のなかで最年少である福田亨さんの木工作品です。福田さんは種類の異なる様々な木材をプラモデルのように組み立てる「木象嵌」を得意としています。
驚いたのは、福田さんの木工作品では着彩のための絵の具類を一切使用していないことです。たとえば雨上がりの土から給水中の「アゲハント」を表現した「雨あがり」では黄色や赤、緑、水色など様々な色彩が楽しめますが、これらはなんと木材そのものの色だというのです。
実際、展示ケースには福田さんが出品作を手掛ける際に使用した木材のサンプルが合わせて紹介されていました。「福田さんは、普段からアトリエ内には常時160種類ほどの木材を制作用にストックされているそうです」と今井主任研究員。…なるほど、プロの工芸作家は素材を極めているのですね。
また、福田さんが一番好きなポケモンだと語る「ホウオウ」を螺旋形に組んだタワーの上に配した作品も圧巻。タワーの装飾としてあしらわれた麻の葉文様が優美な雰囲気を演出しています。
タワーをよく観察してみると、七色の翼を持ち、飛んだあとは虹ができるというホウオウのエピソードにちなんで、タワーが虹色に仕上げられていました。ファンにはたまらない一工夫です。
このように、絵の具類を一切使わないという制約がありながら、素材の特徴を最大限引き出して迫真の表現を実現した福田さんの実力に驚かされました。
伝統と最新技術が融合した「現代工芸」の面白さ
ところで、公式図録や会場で上映されているメイキングVTRなどを見ると、伝統的な素材や技法に加えて、最新鋭の機械設備やコンピュータなどを駆使して作品制作に臨む作家がいたのが印象的でした。
たとえば、ここ数年、近未来的なSF的世界観などを非常に細密な螺鈿細工で表現する「サイバー螺鈿」で有名になった池田晃将さんの作品。光線の加減でチラチラと「ゼニガメ」のシルエットが浮かび上がる本作は、まさに超絶技巧。
これに加え、もう一つ印象的だったのが作品の制作過程です。螺鈿といえば日本の誇る伝統工芸の一つですが、超細密な仕事が要求される池田さんの作品制作を支えるのは、現代の技術と工作機械。螺鈿で使われる薄貝は3D-CADでデザインされ、それに特注のレーザーカッターで微細な穴を開け、超音波洗浄機に入れて水中で螺鈿の各パーツが切り出されるのです。様々な工夫を重ねた制作工程もまた本作の隠れた鑑賞ポイントでしょう。
もう一つ、無数のピカチュウが繋がった約900本のレースでつくられた「ピカチュウの森」も人気を集めていました。作品内に通路が設けられているので、黄色く染まったピカチュウの森の中で森林浴を楽しめます。1匹だけ隠されている「色柄違いのピカチュウ」を探して、丹念に見ている人も多かったです。(筆者は見つけられませんでした…)
図録を紐解くと、この「森」に使われたピカチュウをはじめとする各モチーフのデザインや量産にもコンピュータが使われていました。手作業で図面を起こし、工場のスタッフと協業しながらコンピュータを駆使して制作し、一つの作品を作り上げていく。そんな舞台裏も興味深いものがありました。
今井主任研究員にお聞きしてみると、「工芸の世界で最新技術を取り入れるのは、目新しいことではないんです。たとえば、明治時代になって染織の世界で化学染料が入ってくると、外国から講師を招いて研究が進み、一気に広まっていきます。ジャカード織機もいち早く取り入れられました。こうした新素材・新技法の導入には昔から貪欲だった一面が工芸にはあります。」とのことでした。工芸作品には、ものづくりの現場を見ているような面白さもあるのですね。
技のエフェクトを物質化するという、ひねりの効いた「発想」
展覧会で表現されたのはポケモンの姿かたちだけではありません。ゲーム中に使われる技のエフェクトを物質化して表現した、ひねりの効いた作品も展示されています。モノとしての質感がリアルに感じ取れる工芸作品ならではの凄みが体感できました。
こちらは、対戦相手に巨大な氷の塊が落下する「つららおとし」をイメージした巨大な幾何学形のガラスの塊が床一面に散りばめられた新實広記さんの作品「Vessel -TSURARA-」です。実際にこんなものが自分の頭上に降ってきたら大ダメージですよね。
もう一つ面白かったのが、ポケモンの技「かげうち」をイメージして制作された、田中信行さんの総高2mを超える巨大な漆黒のインスタレーションです。
複雑な曲面をもち、磨き抜かれた漆がヌメヌメとした妖しげな光沢を放っており、得体のしれない不気味さが漂っていました。事前に入手して読んだ公式図録で「光沢が表層を走り、輪郭を断定するのも難しいほど」と書かれていた通りでした。ぐねぐね曲がった物体がどこからともなく出現したかのような不気味さは、不思議と癖になる面白さがありました。
装飾と一体化したハイレベルな「擬態」
工芸作品では動植物の模様や日本古来からの伝統文様などが装飾として使われますが、本展でも、こうした装飾の中にポケモンがひっそりと紛れ込んだ作品もいくつかありました。こうした作品ではポケモンを見つけ出す楽しみとともに、ハイレベルな擬態を演出する作家のテクニックが堪能できます。
本展でも特にSNS上で注目を集めている作品が、葉山有樹さんの作品《森羅万象ポケモン壷》です。葉山さんの出身地・有田で江戸時代から伝統的につくられてきた染付のうつわです。白とコバルトブルーの2色を使ってダイナミックな文様で埋め尽くされた装飾の中に、ポケモンが擬態するように隠れていました。
いっぱいに膨らませた巨大な風船のような丸壷の表面には、金彩を織り交ぜながら、500匹を超えるポケモンたちがびっしりと描かれていました。かつて量産を求められたうつわづくりの現場で、1日1200個分の文様を描き続けたこともあるという葉山さん。こうした鍛錬を経て、途方もない時間をかけて、作品を仕上げる根気を身につけられたのでしょう。その集中力と粘り強さに頭が下がる思いでした。
小宮康義さんの江戸小紋作品もポケモンの擬態が楽しい作品です。非常に小さな柄が連続して緻密に描かれた江戸小紋ですが、こうして少し離れて見ると、ポケモンの姿はどこにも見当たらないようにもみえます。
しかし!ものすごく近づいて、埋め込まれた柄をチェックしてみると、細密にパターン化されて描かれたポケモンがいました。しかも、かなり至近距離まで近づいても、漠然と見ているだけでは気づかないくらい、まるで伝統文様に完璧に溶け込んでいるかのような洗練されたデザインに仕上がっています。シンプルですが、計算し尽くされた面白さが感じられました。
「人間国宝」が手掛けた珠玉の逸品
本展では、リアルタイムでのポケモン世代である30~40代の若手作家が比較的多く出品していますが、中には作家歴数十年を誇るベテラン作家も参加しています。
そのなかで非常に目を奪われたのが、2008年に彫金で「人間国宝」に認定された桂盛仁さんの作品。本展参加者では最年長となる78才(2023年5月現在)です。
目を奪われたのは『ポケットモンスター 金・銀』での伝説のポケモン「ホウオウ」「ルギア」がそれぞれ金、銀で象嵌された、1対の香合作品。シンプルですが、飽きのこないデザイン、美しく黒光りする金属表面、鏨で叩いた跡がほのかに残る象嵌されたポケモンなど、やっぱり人間国宝の仕事は違うな…と見惚れてしまいました。
様々な角度から見ていくと、光の反射によっては唐金が青紫色に光る様子も楽しめます。金工作品の奥深さを、人間国宝の達人技で楽しんでみてください。
鑑賞ポイント2:隣接ジャンルの作品同士を見比べる楽しみ
本展に出品する20名の作家は、どの作家も尖った個性を持つ俊英揃い。その独自性は、お互いに近いジャンルの作品同士を見比べてみることでよりハッキリします。本展では、金工、木工、ガラス、漆工、染織、陶磁と全6ジャンルが展示されていますが、同じジャンル同士の作品で比較してみると面白いでしょう。
比較1:やきものを見比べてみる
本展には「陶磁」分野で計6名が参加しているのですが、見事に6名ともそれぞれ違う技法・アプローチでポケモンを表現していたのが非常に印象的でした。
たとえば、「器と装飾の、主と従という関係を壊すこと」が長年の制作テーマであるという桝本佳子さんの信楽焼や染付作品を見てみると、うつわとポケモンたちががっぷり四つになって融合しています。これは器なのか、それともオブジェなのか、ポケモンとうつわがお互いにめり込んでいるような造形が心に残ります。
一方、植葉香澄さんのうつわは、ポケモンの外見を比較的忠実にかたちにしながら、そのポケモンのイメージにあった伝統文様をカラフルな色彩であしらった作品。伝統文様のパワーとポケモンの可愛さが融合した華やかな作品となっていました。桝本さんと比べても全く違うアプローチであることがわかりますね。
比較2:リアルな3次元作品、ポップな2次元作品
私たちがゲームやアニメの世界で見るポケモンは、基本的に2次元の存在ですよね。ゲーム世界に2次元の存在として描かれるポケモンを工芸作品として立体化する過程で、造形のかなりの部分を作家の頭の中で補完しなければならなかったはずです。
そこで出品作品を見ていると、面白いことに気づきました。3次元としての立体作品に仕上げた作家はよりリアルなポケモンをつくる傾向にあるようです。一方、作品のなかでポケモンを2次元の文様や装飾として採用した作家は、ゲームやアニメ同様に可愛くポップに仕上げる傾向があるように感じられました。
どういうことなのか、ちょっと見てみましょう。
こちらは、本展のメインビジュアルにも選ばれた、吉田泰一郎さんが銅で制作した「サンダース」です。「サンダース」は人気ポケモン「イーブイ」の進化形ポケモン。アニメやゲームではつるつるの体ですが、吉田さんがつくった「サンダース」は、細かく銅板のバーツで一本一本毛並みを表現し、顔つきもいきものとしての迫力に満ちたリアルな仕上がりとなっています。
同じく「イーブイ」の進化形のひとつである「ブースター」ですが、こちらは大きく舌を出し、七宝でつくられた水色の眼は威嚇するような鋭さです。毛も逆だっており、体中から熱いエネルギーを放射しているような雰囲気を醸し出していました。
もう一つ、今井完眞さんの作品を見ていきましょう。今井さんも、ポケモンをやきものとして忠実に3次元化した作品を5点発表しました。
今井さんの作品でも、ポケモンらしい可愛さを残しつつも、やはりゲームやアニメでは表現されていなかったディテールが突き詰められています。「フシギバナ」では爬虫類や両生類を彷彿とさせるように皮膚はブツブツとしたワニ皮のようになり、頭上の花は熱帯雨林に咲く食虫植物のような迫力があります。
これに対して、同じ立体作品でも2次元の装飾としてポケモンを表現した作家の場合は、どちらかといえばかわいいイメージを前面に押し出していたように感じます。
たとえば、桑田卓郎さんの作品群をみてください。
非常にカラフルなうつわに、すました顔をしたピカチュウの正面像が無数にあしらわれており、まるでポップアートのような軽快な印象が残りました。(お子さんと一緒に鑑賞する方は、「このうつわに、何個ピカチュウが描かれているかな?」と聞いてみると、きっと集中して見てくれます)
このように、ポケモンをどのように作品内に取り込むかによって、ポケモンの造形イメージも変わってくるのかもしれません。
比較3:「動く」工芸作品
本展では、手で触って動かせる可動部分をもつ、遊び心に溢れた作品も出品されています。
こちらは、実物と同じように手足が動く金工作品「自在置物」の現代作家では随一の知名度・人気を誇る満田晴穂さんの作品。さなぎポケモン「コクーン」とその進化系である「スピアー」をセットとして一つの作品としています。実際のポケモン同様、各脚はもちろん、ほとんどすべての関節が動く仕様となっています。ゲームで脚先が動いているのをしっかり確認してから制作に臨んだそうです。
一方、こちらは同じ金工作品でも、体の各パーツを変形させると、トランスフォーマーのように全く違うポケモンに変化するという、作家本人が「可変金物」と呼ぶユニークな作品です。
展示ケースには同じ作品が3点展示され、「ココガラ」から「アーマーガア」へと姿を変えていくプロセスがわかるような展示となっていました。
全部で50以上のパーツを複雑に組み合わせて制作されているとのこと。数学や理科が苦手で空間的な把握力が全く欠けているような筆者には、どうやったらこんなことができるのかまるで想像もつきません。細密工芸の美意識やものづくりのDNAを一身に受け継いだような作家性に深い感銘を受けました。
鑑賞ポイント3:見終わってからの復習も楽しい!ネット上で楽しむ「#pokemonxkogei」
本展の意外な楽しみ方として今井主任研究員が教えてくださったのが、ネット上にシェアされたSNS投稿で楽しむ方法です。本展は、すべての作品が撮影可能、SNS投稿OKとなっています。(フラッシュ撮影、動画撮影は不可)そして、展示室でも、ハッシュタグ「#pokemonxkogei」でシェアして楽しもう!と推奨されていました。
https://twitter.com/hashtag/pokemonxkogei?f=live
https://www.instagram.com/explore/tags/pokemonxkogei/
「来館してくださったお客様の投稿を見ると、単にポケモンが可愛かった…だけではなく、作品そのものの面白さに気づいてくださっている方も多いことがわかります。たとえ工芸という言葉を使わなくても、工芸の本質に踏み込むような鋭いコメントも数多くあります。また、他の人が投稿した写真を見ると、その人が作品の何に興味を持ち、面白いと感じたのかわかりますよね。他人の視点から、色々な発見をしてみるのも楽しいと思います。」と今井主任研究員。
なるほど、ではどんなものだろうか…と思って試しにTwitter上でハッシュタグ検索してみると、本当に多くの投稿がアップされています。
お気に入りのジャンルをピックアップしている人、お気に入りの作品、ポケモンをシェアする人、作家の制作の意図やプロセスを読み取って感想を上げている人、本当に色々な投稿がありました。
今井主任研究員がおっしゃる通り、自分にはないフレッシュな視点から作品を楽しんでおり、ポケモンについての逸話や、自分が見たときには見えていなかった作品の鑑賞ポイントなどを知ることができて、非常に有用でした。
みんなで鑑賞体験をシェアして、それらを展覧会を見終わってから楽しめるのが「ポケモン×工芸展」の隠れた面白さだったのです。
実際、筆者は5月9日にはじめて鑑賞し、「#pokemonxkogei」で復習してから5月17日に2回目の鑑賞に臨んだのですが、みんなのSNS投稿のお陰で、2回目は格段に鑑賞体験が深まりました。ぜひ、みなさんも「#pokemonxkogei」を試してみてください。
工芸初心者、ポケモン初心者でもしっかり楽しめる好展示でした!
本展では、20名の作家が「ポケモン」という統一されたテーマで技と美を競いましたが、ここで挙げた見方以外にも様々な切り口で自由に楽しめるのが本展の良いところ。工芸初心者、ポケモン初心者でもしっかりと楽しめてしまう懐の深さがありました。
たとえば、筆者は純粋なポケモン世代よりも微妙に外れているため、ポケモンについてはあまり知りませんでした。しかし、展示室に入ってみると作品の面白さに魅了され、その場で知らないポケモンについて調べながら展示を堪能することができました。工芸を通して「ポケモン」の世界に入門できたわけです。
筆者とは逆に、ポケモンは大好きだけれど、工芸作品と向き合うのは初めてという人も多いかもしれません。その場合はもちろん、お気に入りのポケモンが工芸への入り口をきっと開いてくれるはずです。
最後に、今井主任研究員から鑑賞者の方にコメントをいただきました。
今井主任研究員:「まずは出会ってほしい、お気に入りの作品、ポケモンが見つかったらいいなと思います。お気に入りの作品をみて、ドキドキした部分がどんなところだったのか。それがポケモンの魅力であり、工芸の魅力になるかもしれない。それをちょっとだけ考えていただけたら嬉しいです。」
色々な楽しみ方ができるオススメの展覧会です。展示は6月11日まで。
展覧会情報
ポケモン×工芸展 ― 美とわざの大発見 ―
開催場所:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
会期:2023年3月21日(火・祝)〜 6月11日(日)
開館時間:午前9時30分〜午後5時30分
※入館は閉館の30分前まで
※6月2日(金)~4日(日)、9日(金)~11日(日)は午後8時まで。
休館日:月曜日
オフィシャルHP:https://kogei.pokemon.co.jp/