聖書から現代美術まで、光をテーマに200年の美術史をたどる「テート美術館展 光」

「テート美術館展 光 - ターナー、印象派から現代へ」が国立新美術館で2023年10月2日(月)まで開かれています。その後、大阪中之島美術館に巡回して10月26日(木)~2024年1月14日(日)まで開催されます。

光を表現した絵画から、光を体感する作品、光で表現するインスタレーションなど、18世紀末から現代までをたどる展覧会です。英国を代表する画家ウィリアム・ブレイク、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー、ジョン・コンスタブル、光を体感させる現在作家ジェームズ・タレル、オラファー・エリアソンなど、テート美術館所蔵作品から約120点が来日し、そのうち約100点が日本初出展の作品です。

世界巡回展でもあり、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドで開催されてきました。最終会場の日本では、エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ、マーク・ロスコ、ゲルハルト・リヒターなど日本限定の12点も展示されます。

物語が光に託す

左:ジョージ・リッチモンド「光の創造」 1826年 
右:ジェイコブ・モーア「大洪水」 1787年

17~18世紀のヨーロッパでは光を科学的観点から観察・研究する機運が高まりましたが、絵画では聖書や神話をテーマに精神世界への関心を強めていきました。

展覧会は7つのテーマで章立てし、最初の章は「Ⅰ 精神的で崇高な光」。入り口で出迎えるのは聖書の場面です。ジョージ・リッチモンド(1809~96年)は「光の創造」と題し、『旧約聖書』天地創造の4日目に神が混沌から月と太陽をつくった場面を金と銀を用いたテンペラ画で描きました。薄い衣をまとった神の後ろ姿は筋骨たくましく描かれています。

大気を描くことが評価されたジェイコブ・モーア(1740~93年)は、新たな世界をつくり直すために神が起こした『旧約聖書』の「大洪水図」を描き、前面にいる人々を照らす中央の光には希望が感じられます。

左:エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ「愛と巡礼者」 1896~97年
中:ジョン・ヤング=ハンター「私の妻の庭」 1899年
右:ウィリアム・ホルマン・ハント「無垢なる幼児たちの勝利」 1883~84年

エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズの「愛と巡礼者」は制作に20年をかけた、横幅が3mもある大作です。14世紀に翻訳された中世フランスの『薔薇物語』を主題にした作品で、巡礼者が愛の化身によって茨の茂みから引き出されています。化身の羽の上、茨の上にも群がる鳥は解放と自由を象徴し、闇から光の世界に導かれるように、山の端から射す光が効果的です。

光が風景を照らし、室内を照らす

左:ジョン・コンスタブル「ハリッジ灯」 1820年出品?
右:ジョン・リネル「風景(風車)」 1844~45年、1845年出品

風景画にとって光はもっとも大事な要素のひとつで、光を描くというと風景画を思い浮かべる方も多いでしょう。18世紀後半には産業革命によって、ヨーロッパでは交通網が発展し、風景を描く機会が増えました。「Ⅱ 自然の光」では、クロード・モネ、カミーユ・ピサロなどの印象派も登場します。

イギリスで風景画を評価されたジョン・コンスタブル(1776~1837年)は空にも注目した画家としても知られ、「ハリッジ灯台」は画面の半分以上を空が占めています。雲の間から太陽の光が流れるようすは刻々を移り変わる空模様を、海に浮かぶヨットの帆や岸辺の波頭からは風を感じることができます。

ジョン・コンスタブル(原画)/ デイヴィッド・ルーカス(彫版) 「イングランドの風景」20点 1830年~32年に出版

コンスタブルは晩年、自作絵画を元にした版画の連作「イングランドの風景」に力を注ぎました。当時、作品を多くの人に見てもらうためには版画は有効な手段でした。版画家ルーカスと協力して版画のメゾチント技法によって、濃密でなめらかな黒と濃淡を豊に表現しました。モノクロの画面で光をどのように描いたのかと見ていると、空を飛ぶ鳥が重要な役割をもっているように感じました。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー「湖に沈む夕日」 1840年頃

イギリスを代表する画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851年)は嵐や難破船など劇的な場面を多く描きました。「湖に沈む夕日」は十分に仕上げがなされていない「海」のシリーズの代表作です。地形は不明瞭ですが、左の厚みをもった白い点に眼が引きつけられました。空と水面の境を明確にするように最後に入れた一筆なのでしょうか。

テート美術館が1984年から始めた、ターナーの名を冠した「ターナー賞」は、イギリス在住で重要な活動をした現代美術作家に授与されています。

左:ジョン・ブレット「ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡」 1871年
中:ジェームズ・アボット・マクニール・ ホイッスラー「ペールオレンジと緑の黄昏─バルパライソ」 1866年 
右:クロード・モネ「ポール=ヴィレのセーヌ川」 1894年

ジョン・ブレッド(1831~1902年)は光が感情に訴える本質を描いた画家のひとり、「ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡」は図録の表紙になっています。この作品は実際の航海時に記録したデータ、スケッチ、研究をベースに描いています。太陽光が雲の間から漏れて光の束がいくつも現れる「天使のはしご」「天使の階段」などと呼ばれる現象が描かれています。海の上には雲が影を落とし、波にさまざまな色が光に輝き、左の小舟が揺らいで見えるようです。

左:アルフレッド・シスレー「春の小さな草地」 1880年
右:アルフレッド・シスレー「ビィの古い船着き場へ至る小道」 1880年

アルフレッド・シスレー(1839~99年)は印象派設立メンバーで、戸外で絵画を描き、絵画に自然界と同じような光の効果を描きしました。「ビィの古い船着き場へ至る小道」は夏の日差しが川面を照らしています。シスレーはフランスで活動しましたが、イギリス人を両親にもち、国籍もイギリスです。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「露に濡れたハリエニシダ」 1889~90年

ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829~96年)の作品は早朝の立ち込めた霧、木や草が細部まで丁寧に描かれ、特に下半分を埋め尽くすようなハリエニシダに光る細かな露には命がある喜びが現れているようです。

左:ウィリアム・ローゼンスタイン「母と子」 1903年
右:ヴィルヘルム・ハマスホイ「室内」 1899年

「Ⅲ 室内の光」は戸外とは異なる光を描き出しています。白い壁は光によって描き分けられ、ウィリアム・ローゼンスタイン(1872~1945年)は親子の親愛を、ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916年)は静けさを捉えています。

光で表現をする

草間彌生「去ってゆく冬」 2005年 © YAYOI KUSAMA

風景画に囲まれた展示室の中央に草間彌生(1929年~)の「去ってゆく冬」があります。この写真ではどこに作品があるのか、わかりにくいかもしれません。草間作品は透明のアクリル板の上に設置された鏡貼の立方体です。鏡面には展示作品や鑑賞者が映り込み、丸い穴を覗き込むと無限の空間が広がっています。

この作品は「Ⅳ 光の効果」に属します。19世紀前半に写真が発明され、後半には電灯が普及しました。この章では光を表現の手段とした実験写真の先駆的な作品も展示されています。また、ターナーが講義のために描いた遠近法図解11点からは、光をどのように捉えようとしたのかを知ることができます。

色と色の関わりを探る

左:ブリジット・ライリー「ナタラージャ」 1993年 ©️ Bridget Riley 2023-2024. All rights reserved.
右:ワシリー・カンディンスキー「スウィング」 1925年

「Ⅴ 色と光」では、視覚的効果による色の変化を探求し、形よりも色に注目しています。美術、工芸、デザイン、建築の総合的な教育を目指した「バウハウス(1919~1933年)」の教師であったドイツ生れのヨーゼフ・アルバース(1888~1976年)、ロシア出身のワリシー・カンディンスキー(1866~944年)らが覚的効果を探求し、光と色の関係を考察する大きな足跡を残しました。

ワリシー・カンディンスキーは「絵画は音楽と同じように抽象的であるべき」と考え、作品のタイトル「スゥイング」は音楽と揺れる動きを明確にしています。

ゲルハルト・リヒター「アブストラクト・ペインティング(726)」 1990年 ©️ Gerhard Richter 2023(10012023)

ゲルハルト・リヒター(1932年~)は、分厚い絵の具の層を大きなスキージで削り、ひっかき、画家が描いた痕跡を消して、機械的に制作されたように見せています。作品は抽象的になり、画面は光があふれているようにも、車両が止まっているプラットホームのようにもイメージが広がります。

光をつくり出す

右端:デイヴィッド・バチェラー「ブリック・レーンのスペクトル 2」 2007年 ©️ David Batchelor

「Ⅵ 光の再構成」では20世紀に入って、電灯は暮らしに定着し、街灯や標識、広告などの光が絶えず街を照らしています。人工の光に注目し、作品の要素にする作品も現れました。

デイヴィッド・バチェラー(1955年~) の作品は、都市生活の光と色に着目したもの。色鮮やかなライトボックスを5m以上積み上げて、ロンドン東部のブリック・レーンの飲食店街の照明を想起させます。

最終章「Ⅶ 広大な光」では、光が現代美術でも重要なテーマであり続けていることを示しています。アメリカ出身のジェームズ・タレル(1943年~)の光が鑑賞者を包み込むインスタレーション作品のシリーズから展示されています。 

リズ・ローズ「光の音楽」 1975年 

リズ・ローズ(1942年~)「光の音楽」は、展示室の左右の壁にスクリーンがあり、リズムを刻む音とプロジェクターが写す線が動き、鑑賞者は両方のスクリーンの間を行き来して作品の一部にも参加者にもなることができます。

オラファー・エリアソン「星くずの素粒子」©️ 2014 Olafur Eliasson

デンマーク出身のオラファー・エリアソン(1967年~)にとっては、人々が環境とどのように関わるのかが制作における重要なテーマです。「星くずの素粒子」では、天井から吊された球体が回転し、ミラーボールのように光をまき散らしています。鑑賞者は右側の出口を通らなければ会場を出られないので、意思にかかわりなく作品に取り込まれてしまいます。

展覧会はいかがでしたか。7つのテーマの120点の作品は、時代や思想、技法も異なり、全体が200年の美術の流れも追っていることに気づくかされます。 

「テート美術館」は砂糖の精製で財を成したヘンリー・テート卿(1819–99年) が寄贈したコレクションをナショナル・ギャラリーの分館として1897年にロンドンに開館した美術館です。2000年からはテートを冠する4館の国立美術館の連合体となり、7万7千点を超えるコレクションを所蔵しています。テートは、テート・ブリテン(テート美術館を改称)、テート・リバプール(1988年開館)、テート・セント・アイヴス(1993年開館)、テート・モダン(200年開館)の4つの国立美術館を運営しています。 

展覧会オリジナルグッズも楽しい

特設ミュージアムショップ

ミュージアムショップには、イギリスの菓子、雑貨、文具、アクセサリーなどさまざまな種類があります。展覧会のオリジナルグッズも多く、トートバッグ、靴下、Tシャツなどの布製品もおすすめです。グッズから展示作品を思い浮かべるのも楽しいものです。

出展作品のモチーフを刺繍した帯留めにもなるブローチ
最初の部屋に展示された、リッチモンド「光の創造」を元にしたボクサーパンツ

*作品はすべてテート美術館所蔵です。
*展示室内では一部の作品を除き、写真撮影が可能です。

展覧会基本情報
「テート美術館展 光 - ターナー、印象派から現代へ」
開催:国立新美術館 企画展示室2E
場所:東京都港区六本木7-22-2
会期:2023年7月12日(水) ~ 10月2日(月)
休館日:毎週火曜日
開館時間:10:00~18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで 
観覧料:一般 2200円、大学生1400円、高校生1000円、中学生以下無料 事前予約不要
ホームページ:https://tate2023.exhn.jp

巡回予定:大阪中之島美術館
2023年10月26日(木)~2024年1月14日(日) 
※東京会場・大阪会場で展示作品が一部異なります。

メインビジュアル:オラファー・エリアソン「星くずの素粒子」©️ 2014 Olafur Eliasson

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