横浜・みなとみらいの横浜美術館が3年間の工事休館を経て、第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」をもって、3月15日(金)にリニューアルオープンしました。
全93組のアーティストが出展し、日本初出展は31組、新作発表は20組にのぼる大規模な展覧会です。
横浜トリエンナーレとは
横浜トリエンナーレは3年に一度開催される現代アートの祭典です。2001年にスタートし、200を数える国内の芸術祭の中でも長い歴史を誇ります。
160年近くの間、国際貿易港として栄えてきた横浜。その歴史を踏まえて、国際性を特徴の一つにしています。グローバルに活躍するアーティスティック・ディレクターを毎回招き、世界のアーティストたちがいま何を考え、どのような作品をつくっているかを広くご紹介することが特徴です。
第8回を迎えた今回は、リウ・ディン(劉⿍)とキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)の⼆人のアーティスティック・ディレクターが国際展「野草:いま、ここで生きてる」を企画。31の国と地域からアーティストが参加し、世界の声を横浜に一同に集める機会となっています。
第8回横浜トリエンナーレに込めた思い
横浜美術館館長で第8回横浜トリエンナーレの総合ディレクターを務める蔵屋美香氏は、「私たちの暮らしは、災害や戦争、気候変動や経済格差、互いに対する不寛容などかなり生きづらさを抱えている。今回の展覧会は、この生きづらさがどうして生じてきたのかを辿りながら、みんなで手を携えてともに生きていくための知恵を探る企画となっている」と紹介しました。
グローバルとローカルをつなぐ2本の柱
第8回横浜トリエンナーレは、前回までと異なり大きな2本の柱を立てていることが特徴です。
一つは、アーティスティック・ディレクターが横浜美術館を中心に5会場で開催する国際展「野草:いま、ここで生きてる」。もう一つは、横浜市内で長く充実した活動を続けてきたアート拠点が繰り広げる「アートもりもり!」です。
こうした拠点で開催することで、国際的なものからローカルに根ざすものまで、さまざまなアートが横浜に息づいている様を、街歩きを楽しみながら見られる企画となっています。
「野草:いま、ここで生きてる」のコンセプト
「野草」というタイトルは、中国人の文筆家・魯迅(ろじん)の同名の文学作品『野草』に由来します。
『野草』は1924年から1926年にかけて書かれた散文詩集で、当時の人びとが直面した個や社会的現実の危機的な状況を抽象的に捉えた内容です。魯迅は21歳のときに中国から横浜に降り立ち、その後7年にわたり日本に留学。横浜にルーツのある人物でもあります。
アーティスティック・ディレクターのひとり、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)氏は「私たちは人間社会の活動や経験、歴史をつぶさに見つめ、私たち自身や隣人、そして友人の歴史から学ぶことができると信じている。私たちは英雄のように成功した人物の人生だけではなく、多くの一般的な庶民の人生を描きたい」と伝えました。
芸術的なアプローチで表現された、今日版の『野草』。それは遠い世界の出来事ではなく、「いま、ここ」に生きる私たち誰もが当事者なのです。
第8回横浜トリエンナーレの見どころ
本展は7つの章で構成されています。そのうち3つの章ではテーマを深く掘り下げるためにトピック別に「セクション」を設け、特集展示を行っていることが特徴です。
まずはグランドギャラリーから
館内に入ってすぐのグランドギャラリーは、ガラス張りの天井から自然光がふりそそぐ開放的な大空間。有料チケットを持っていなくても、誰でも自由に作品鑑賞ができます。
大きなスクリーンが映し出すのはオープン・グループ《Repeat After Me》。今も戦火の絶えないウクライナの人びとが、命を守るために覚えた航空機の音を発し、“Repeat after me”と投げかけます。生き延びるための知恵、けれども、そんなものは本当に必要でしょうか。戦争がばかばかしく思えるとともに、世界にこうして「いま、ここで生きてる」人たちがいる衝撃が心に沈み込みます。
初めに見せつけられる、過去の歴史の過ちの重み。
最初の展示室であるギャラリー4のタイトルは「密林の火(Fires in the Woods)」。火とは、歴史上のさまざまな衝突や争いなどの出来事を表します。
魯迅にも影響を与えたという厨川白村(くりやがわはくそん)の『苦悶の象徴』のテキストが壁を覆う空間で、数々のアート作品が表すのは差別・テロ・殺害・対立などの凄惨たる歴史。これは私たちの歩んできた世界の現実であり、「いま、ここ」と地続きになっていることをどのように受け止めたらよいか、考えさせられます。
ここでの特集展示は「小林昭夫とBゼミ」と題し、現代アートの教育が日本でどのように始まっていったのか、興味深い資料の数々で紹介しています。
歴史を自分事として背負う運命
ギャラリー5「わたしの解放(My Liberation)」では、富山妙子の作品を取り上げています。
先ほど見てきた重い歴史上の事実を、自分事として背負う富山の姿勢。生きる上で目を背けられない現実と、そうして生き延びても未来にあるのは草も生えない廃墟かもしれない、という絶望感を突きつけられます。
流れと岩に象徴される、フレッシュな生命力。
続くギャラリー6「流れと岩(Streams and Rocks)」は、生きることに通じるエネルギーを感じさせる空間です。勢いのよい流れとそれを堰き止める岩がぶつかった瞬間に生まれる、強い力。それは若さゆえのエネルギッシュな生命力や、反抗心でもあることを伝えています。
その中の特集展示「李平凡の⾮凡な活動:版画を通じた日中交流」では、中国木版の歴史から日中の関わりを紹介しています。
2つの力が衝突するところに、生きる力も芸術も生まれる。
流れと岩が衝突して生命のエネルギーが生まれるように、異なる方向の力がぶつかったときに芸術も生まれます。そのことを表現するのがギャラリー7「苦悶の象徴(Symbol of Depression)」で、再び厨川白村の著書を引き合いにした章です。
この展示室の外側の通路には、本展の根幹となる魯迅に関する展示があることをお忘れなく。
芸術を通して、鏡の中の自己と対話する。
展示はいよいよ後半に。ギャラリー1「鏡との対話(Dialogue with the Mirror)」では、作品を通して自己を見つめるアーティストの姿を伝えています。
また、特集展示「縄文と新たな日本の夢」では、児島善三郎や岡本太郎などの作家による縄文土器の絵画や写真が見られます。近現代において、人びとがアイデンティティをどこに求めていったかを知るのも「いま、ここ」に通じる要素のひとつです。
結局、私たちは資本主義からも経済社会からも逃れられない?
ギャラリー5と同じ「わたしの解放(My Liberation)」と題されたギャラリー2では、室内と室外にそれぞれ作品を展示。どちらも人間の経済活動や労働に着目した作品です。
私たちが独立した「個」であることは間違いない一方で、それは完全に自由な存在ではなく、「社会」や「国」の中に組み込まれている。それが生きづらさの理由となっているとき、私たちはどうすればいいのか。「わたしの解放」は、それはどうしたら実現するのかを問いとして投げかけています。
展示室内の你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)《宿舎》は、ベトナムのストライキを題材にした作品。展示の中に入り込んで梯子を昇ったり、座りながら映像を見たりすれば、この作品を使って行われた体験ワークショップの一端を感じられます。
終わりのない円環構造の問いかけ
最後の展示室は冒頭の章と同じタイトルの「密林の火(Fires in the Woods)」。しかし、本展の総括や結論づけをする言葉も作品もどこにもありません。現代社会における生きづらさとは何か。「いま、ここで」生きるとは何か。この展覧会は私たちに問いを残して、思考を促します。
野草はいま、ここでどう生きていくか。
いま、ここでどう生きているのか。そしていま、ここからどう生きていくのか。当事者である私たちは、それぞれの余韻を受け取れます。
グランドギャラリー中央にある《日々を生きるための手引集》も、きっと何かを見出すヒントになるはずです。2000年以降、アーティストや思想家、社会活動家たちがそれぞれの時代、歴史、生活について考えたテキストが収められています。手軽に読める電子書籍の形式なので、ぜひ気軽に手に取ってみて。
横浜から世界に目を向けて、何が見えましたか?
開催詳細
イベント名 | 第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで⽣きてる」 |
会期 | 2024年3⽉15⽇(⾦)-6⽉9⽇(⽇) |
会場 | 横浜美術館(横浜市⻄区みなとみらい3-4-1) 旧第⼀銀⾏横浜⽀店(横浜市中区本町6-50-1) BankART KAIKO(横浜市中区北仲通5-57-2 KITANAKA BRICK & WHITE 1F) クイーンズスクエア横浜(横浜市西区みなとみらい2-3クイーンズスクエア横浜2Fクイーンモール) 元町・中華街駅連絡通路(みなとみらい線「元町・中華街駅」中華街・山下公園改札1番出口方面) |
時間 | 10:00-18:00(入場は閉場の30分前まで) 6月6日(木)-9日(日)は20:00まで開場 |
休場⽇ | 毎週⽊曜⽇(4⽉4⽇、5⽉2⽇、6⽉6⽇を除く)|開場⽇数:78⽇間 |
チケット | https://www.yokohamatriennale.jp/2024/ticket |