金沢21世紀美術館で、ミヒャエル・ボレマンスとマーク・マンダースという世界で知られる二人のアーテイストの展覧会が開幕しました。独特な表現で不思議な世界観を持つこの二人だけによる二人展は、美術館では世界で初めての試みです。
ボレマンスさんは絵画を中心に制作しており、その表現は観る人の不安を呼び起こすかのようです。どんな状況なのか、また描かれているのが誰なのか分からず、漠然とした不安に包まれる作品だと感じました。散りばめられたヒントから、観る人が謎解きをして状況を考えていく作品でしょうか。
マンダースさんの彫刻は朽ちかけた粘土の作品に見えますが、実はブロンズに着色して作られています。空間にどう配置するかもこだわり抜かれており、建物全体を作品として鑑賞することができます。
しかし、独特であるがゆえに、自分の知識ではどう見たら良いか分からない、と言いますか…どう楽しむのか難しいな、とも感じました。
そこで、本展のキュレーターである黒澤浩美(くろさわひろみ)さんに直接インタビューさせていただきました。展覧会の裏話や現代アート展を楽しむヒントなどもお聞きできたので、この記事を皆さんの鑑賞体験の充実に役立てていただければと思います!
キュレーター ・黒澤浩美さんへのインタビュー
――まずは、二人の展覧会の開催に至ったきっかけを教えていただけますか?
黒澤:いつかそれぞれの作家を金沢21世紀美術館で紹介したいと思っていましたが、実は、最初から二人展にしようと思っていたのではありません。今回はタイミングが合い、二人も承諾してくれたので、二人展が実現しました。
ボレマンスとマンダースはどちらも世界で活躍するアーティストで、グループ展では一緒になることがありました。美術館で二人の展覧会をやるのは、今回が初めてです。
――初めての試みですと、何かと大変だったのではないでしょうか?
黒澤:キュレーターとしては、「大変」ということは無かったです。お二人とも自分の世界観が自立しており、相手の世界観も尊重していました。それぞれの主張はありましたが、折り合わずに困ったということは無いですね。
コロナ禍のため、お二人とも来日がかなわなかったのは、とても残念でした。アーティストと展示を進めていくとき、現場でマジカルや偶然が起きることがあるのですが、今回は特にそれが難しかったです。
――展示構成などは、お二人の作家とどのように調整していったのですか?
黒澤:今回はほとんど計画どおりに展示を進めていきましたが、作品の向きなどはリモートで綿密に確認しました。計画と全く違う配置を考える、といった冒険はできなかったです。
ただし、展示室12の構成については、マンダースと私の意見が分かれました。
黒澤:この展示室は入り口を真ん中にして左右対称で、正面の壁は「最も良い壁」なのですが、今回は何も作品が無い状態になっています。私は、絵画を1点だけ、正面の壁のどこかに欲しいな、と思ったのですが、最後までマンダースが譲らなかったんです。
正面は白い壁で残すことが、彼にとっては重要だった。この展示室の構成は、何日か議論していましたね。
――確かにこの展示室に入ったとき、正面の壁に作品が無かったので、面食らった感じがしました。
黒澤:一番良い壁ですからね、貧乏性だと掛けたくなるんですけれど(笑)。壁に作品があるべきかどうか、マンダースは空間全体を見て決めているのかな。
でも、意見が分かれたことについてアーティストたちと議論をして、話を深めるのは楽しいです。私も作品への理解が深まりましたし、貴重でした。
――「作品理解」と言えば、現代美術は「理解するのが難しい」と言われやすい分野ではないかと思います。今回の展覧会では、鑑賞の際にどんなことを考えてみてほしい、といった思いはありますか?
黒澤:今回、作品の解説を壁に貼ることはあえてしませんでした。それは私が観る人の潜在能力を信頼しているからなんです。私が言葉で解説することより、皆さんが見ることの方が重要なタイプの作品だと思ったからです。
「難しさ」についてですが、私は現代美術より、例えば14世紀の宗教画の方が難しいと思うんです。その時代に生きているわけではないし、その宗教を信仰しているわけでもなく、自分とリンクしないから。
でも、ボレマンスもマンダースも今生きているアーティストですし、同じ世界を見ています。日本と彼らの拠点であるベルギーは距離がありますが、インターネットを使って意見を交わすこともできます。そう考えると、現代美術の鑑賞は「遠くない」と感じます。
――なるほど!そう言われてみると、現代美術が凄く近い存在に感じられますよね
黒澤:だからメディアの方も、「現代美術は難しい」という枕詞を置かなくても大丈夫ではないでしょうか?(笑)。たくさんの方が現代美術の展覧会にいらっしゃってますよ。
――では、私たちはなぜ現代アートについて「難しいな」と感じてしまうのでしょうか?
黒澤:アートはユニークな分、共通の言語が無いからですね。確かに、作品理解の「深さ」については、古典の作品でも現代の作品でも、行けば行くほど難解な部分はあると思います。自分との関係が見えない作品がポンと置かれていると、「難しい」というか、「自分には関係がないもの」にしか見えなくなってしまいます。
でも、一つだけでも自分とリンクするところを見つけられれば…同じ時代を生きているアーテイストの表現なので、私は近しく感じますね。
今回の展覧会でも色々と見つかると思います。来場する皆さんも自分とリンクするものを見つけて、楽しんでいらっしゃるのではないでしょうか?
――なるほど、作品と自分との接点を見つけられると、展覧会をより楽しめそうですね。ちなみに、黒澤さんは今回の展覧会で、どのようなところに接点を感じていらっしゃるのでしょうか?
黒澤:新型コロナウイルスの影響で世界中が沈黙したときに、人間はこれからどうすれば良いのかをみんなが考えましたよね。「ダブル・サイレンス」の企画中、ボレマンスもマンダースも、私も考えていましたし、これは現在考えうる大きな接点だと思います。
皆さんも同じように、コロナ禍で不安や危うさを感じていたのではないでしょうか。全世界が同時に1つの原因で不安を感じるようなことは、少なくとも私が生きている間は無かったですし。
――確かに、マンダースさんやボレマンスさんの作品からは、人間が抱える不安さや不穏さを感じることができます。彼らが具体的にコロナへの不安を表現していたわけではないけれど、観る人が抱えるコロナ禍ゆえの不安と共鳴するかもしれません。現代のアーテイストの作品は、同じ時代を生きているからこそ、接点を見つけて楽しむことができるのですね。今日は貴重なお話をありがとうございました!
黒澤:こちらこそ、ありがとうございました。
【まとめ】アートと自分の関係を探してみよう!
黒澤さんへのインタビューの中で、「観る人の潜在能力を信頼している」という言葉がとても印象的でした。現代美術を学んだかどうかではなく、観る人は自分の経験から作品との接点を探し、それぞれに楽しむことができるんだよ、と背中を押されたように感じます。
「ダブル・サイレンス」という展覧会タイトルのとおり、静けさを持つ作品が多いですし、解説も多くはありません。だからこそ、ピュアな気持ちで現代アートと向き合う貴重な体験ができるのではないでしょうか。この機会に、現代アートとの距離感を縮めてみませんか?
展覧会情報
展覧会名:『ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース|ダブル・サイレンス』
会場:金沢21世紀美術館
会期:2020年9月19日(土)~2021年2月28日(日)
公式HP:https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1782
金沢21世紀美術館では、『コレクション展 スケールス』も開催されています。こちらもキュレーターの池田あゆみさんにインタビューし、展覧会の企画のきっかけや「スケール」に注目する面白さについてうかがいました。