美術に興味がなくても、「モナ・リザ」という絵画を知っている人は多いのではないでしょうか。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた世界一有名なこの女性は、今でも多くの人を魅了しています。
(ちょっと神秘的すぎて、わたしはちょっと怖いのですが…笑)
しかし!
モナリザを知っている人でも、「いったいこの絵のどこがそんなにすごいんやろ?」と思う人は多いはずです。
実際わたしも西洋美術にハマる前までは、
「モナ・リザってめちゃくちゃ美人でもないし、ダ・ヴィンチは絵はうまいんやろうけど、他にもきれいな絵はいっぱいあるし…なんでこんなにチヤホヤされてるんや?」と思っておりました。(レオナルド・ダ・ヴィンチ様、申し訳ありません)
そんなかつてのわたしのような方々に向けて、ここからは、ダ・ヴィンチがモナ・リザを描く際に使用した絵画技法や、モナ・リザが描かれた15世紀後半のイタリア・ルネサンス期で一般的に使われていた絵画技法を紹介します。
技法を知れば、今まで知らなかった絵画の新しい一面に出会えるかもしれませんよ!
「モナ・リザ」に隠された技法・「スフマート」
では、ここで改めて「モナ・リザ」を観察してみましょう。
今回特に注目してほしいのは女性の顎(あご)のあたりです。
この顎には、非常に重要な「モナ・リザ」の特徴が、それはそれははっきりと!表れています。
いったい何が…でしょう…?
せっかちなのですぐに答を言ってしまいますが、
「モナ・リザ」の顎に注目して見て下さい。なんだか輪郭がぼんやりしていませんか?
そうなんです。このぼんやりした輪郭は「スフマート」と呼ばれる技法で描かれており、「モナ・リザ」が評価される特徴のひとつです。
「…え、それだけ?」
と思われるかもしれませんが、スフマートはルネサンス期に登場した、とても重要な技法のひとつなのでございます。
スフマートとは、輪郭線をぼかすことで立体感を出す技法です。
一つの色から他の色へと移る際に、色の境目が分からないように境目の色を混ぜ合わせているのです。そうすることで、図の周囲に輪郭線がない画像を作り出すことができます。
諸説ありますが、スフマートはレオナルドが作り出した技法だと考えられています。
レオナルドは絵画を描く上で、写実性を重視し、物体を「ありのまま」に絵画として描こうと努めました。
何かをありのまま描こうとする場合、実際の物体や人間の輪郭に線はないことから、レオナルドが輪郭をぼかす技法を使用したと言われています。
そう言われてみると、確かに「モナ・リザ」を見ていると、絵の中に描かれた女性があたかも本当にそこにいるような感じがしませんか?
これはレオナルドが登場した15世紀後半以前に描かれた、ルネサンス初期の絵画作品と比較すると一目瞭然です。
明らかにレオナルドの表現方法の方が、よりリアルに近づいていますよね。
このリアルさの追求がルネサンスの特徴なのであります。
ダ・ヴィンチと真逆のアプローチを取った同時代の人気画家とは?!
しかし、多くの画家たちが写実性を追求したルネサンス期において、頑なに輪郭線にこだわり、ある意味時代に逆行した画家もいました。
さて、誰のことだかわかりますか…?
正解は…
サンドロ・ボッティチェリです!
ボッティチェリは、著名な作品「ヴィーナスの誕生」や「春」を描いたルネサンス期を代表する画家ではありますが、その表現方法はレオナルドと大きく異なるものでした。
では早速ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を見てみましょう。
ヴィーナスを見てみると…
輪郭線がめちゃくちゃはっきりと描かれています。
特にヴィーナスの顎のあたりに注目です。モナ・リザ同様、顎をみてみましょう。
これは誰がどう見ても、黒い線ではっきりと輪郭が描かれていますよね。
ボッティチェリはレオナルドと同時代を生きた画家でありますが、レオナルドが追求した写実性よりも、全体のバランスや優美さを重要視しました。彼は人物を描くときに輪郭線をはっきりと描いたので、「線の画家」と呼ばれることもあります。
ただ、この時代は遠近法が確立され、人体解剖に基づいた「写実性の高い絵画」が評価されていったので、悲しいことにボッティチェリのような手法は徐々に時代遅れとみなされるようになっていきました。
一度は時代遅れと呼ばれ、忘れられていたボッティチェリですが、19世紀になってから再評価が進みました。今ではすっかりルネサンス期を代表する画家のひとりです。
もし19世紀に誰もボッティチェリを見出していなければ、もしかするとボッティチェリは今でも無名のままだったかもしれないんですよね…。
見つけてもらえてよかった!笑
ちなみに…現在ウフィツィ美術館で最も混雑する展示室は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」と「春」が展示されている部屋だと言われています。なんだかちょっと救われます。
モナ・リザはなぜ名画と言われているのか
さて、今回は「モナ・リザ」で使われている技法の中から、「スフマート」を取り上げ、それとは真逆のアプローチを取った同時代の巨匠・ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」と比較してみました!
「モナ・リザ」はスフマート以外にも、「空気遠近法」など、ルネサンス期を代表する新しい絵画技法を使って描かれています。
そのような新しさや、モデルが誰なのかわかっていないというミステリアスな点、そして一度盗難されたというドラマ性などが評価され、モナ・リザは名画と呼ばれているのではないでしょうか。
このように名画とは、ただ単に「絵がうまい」という基準で決まるのではなく、描かれた歴史的背景や文化的背景、新技術の使用、後世への貢献度など様々な要因から決まります。
アートは、見る人それぞれの感覚で楽しむこともできますが、やはり技法や歴史を学ぶことでより面白さが増します。これはわたしを含む多くのアート好きが感じていることでしょう。
また、最近こういったアートの知識は、社会人が身につけるべき教養としての側面が増してきています。
新しい趣味が欲しい人や、ビジネスパーソンとして何かを学びたい人…色々な人がいると思います。この記事がそんな誰かの「半歩」となって、絵画技法や美術史に興味を持ってくれる人がひとりでもいてくれたら、こんなに嬉しいことはないですね!
参考書籍
早坂優子1996『巨匠に教わる 絵画の見方』視覚デザイン研究所
美術検定委員会2008『改訂版 西洋・日本美術史の基本』株式会社美術出版社
参考:”夜の美術史。”さんの他の【美術史入門】記事もいかがですか?
数ある楽活のアート記事の中でも、人気記事の一つとして読まれ続けている”夜の美術史。”さんの【美術史入門】記事。第2回では、ダ・ヴィンチのライバルでもあったミケランジェロが得意とした「カンジャンテ」技法について、掘り下げて紐解いていきます。第1回同様、非常に親しみやすい語り口で、絵画を楽しみながら盛期ルネサンスの絵画技法を学べる良記事に仕上がっています。
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