福田緑さんは、ドイツ中世後期の彫刻家リーメンシュナイダーの彫像に出逢って「リーメンシュナイダーの追いかけ人(びと)」と自称し、20年間にわたって、ドイツをはじめヨーロッパ、アメリカ、カナダにも彫刻を訪ね歩き、撮影を続けました。
そこで、本稿ではリーメンシュナイダーの静かな祈りの彫刻と追いかける福田緑さんの情熱をご紹介します。
ミュンヘンで聖マグダレーナと出逢う
ドイツ中世後期の彫刻は日本ではあまりなじみがありません。ましてリーメンシュナイダーという彫刻家の名前を知る人は少ないでしょう。
福田緑さんはティルマン・リーメンシュナイダー(1460頃~1521年)の彫刻に出逢って人生を変えました。その出逢いは1999年、ドイツ南部ミュンヘンにあるバイエルン国立博物館でした。そこはドイツで最も重要な博物館の一つで、約13,000㎡の展示室があります。東京国立博物館の本館(7,346㎡)の2倍くらいの広さです。
広いバイエルン国立博物館でやっと見つけた展示室は薄暗く聖堂のようで、福田さんは「天使に支えられる聖マグダレーナ」を見た瞬間に涙が流れたそうです。
福田さんは日本やアジアで多くの仏像を訪ね、美術作品もたくさん目にしていましたが、涙を流したのはこの時が初めてでした。敬虔で静謐な祈りの像に涙したこの時、「リーメンシュナイダーの彫刻を全部見てやろう」と決意したのです。
聖マグダレーナはキリスト教美術のなかでさまざまな姿に表されてきました。ここでは荒野で懺悔と神への帰依に専心する聖マグダレーナの身体を神が毛髪で覆った姿です。
聖マグダレーナは目を閉じて手をそっと合わせようとして、まだ触れ合わない手が時を止めているようです。ウェーブした長い髪は膝まで掛かり、肌はびっしりと巻毛で覆われています。寄り添う6人の天使たちの身体も小さい羽のようなもので覆われています。聖マグダレーナの身長が170㎝と伺うと、筆者には人間に近しい存在にも感じられました。
リーメンシュナイダーの追いかけ人になる
福田さんは1999年から20年に及び、リーメンシュナイダーの追いかけ人となって旅を重ねました。2005年には33年勤めた教師を辞職。翌年には留学して半年間ドイツ語を学び、一眼レフカメラの講習に通って自然光で撮ることにこだわりました。
2004年にヴュルツブルクで開かれた「リーメンシュナイダー展」の分厚い2冊のカタログを頼りに、ドイツに16回のほか、ヨーロッパ各地、アメリカやカナダへの旅で、ドイツ388か所、ヨーロッパ16か所、北アメリカ22か所の教会、美術館・博物館を訪ねました。
リーメンシュナイダーの拠点、ヴュルツブルクをめぐる
福田さんは、リーメンシュナイダーの工房があったヴュルツブルクに1週間滞在して近隣をまわりました。ヴュルツブルクは「ロマンチック街道」の北の拠点。10 世紀に都市として成立し、江戸時代に来日したシーボルトが生まれ、医学を学んだ街でもあります。
14世紀に起源をもつ礼拝堂「マリエンカペレ(聖マリア礼拝堂)」の建物の外側には砂岩でできたアダムとエバ、聖人像が立ち、内部の騎士の墓標もリーメンシュナイダーの作です。(※現在、屋外にはレプリカを展示。実物はフランケン博物館―ヴュルツブルク美術・文化史州立博物館所蔵)
13~18世紀、歴代大司教の居城でもあったマリエンベルク要塞の一部が博物館となり、リーメンシュナイダーの世界最大のコレクションを所蔵し、常時80体ほどが展示されています。
リーメンシュナイダー没後300年に再評価される
こんなに福田さんを夢中にさせたリーメンシュナイダーとはどんな人物なのでしょうか。
ティルマン・リーメンシュナイダーは1460年頃、ドイツ中部生まれ。1485年にヴュルツブルクに工房を構えて祭壇や聖人像をつくり、参事官や市長も務めました。
宗教改革が始まり、農民戦争でヴュルツブルクが戦場になると、リーメンシュナイダーは農民側に立ったために投獄され、土地も財産も奪われて1531年に亡くなりました。その後、教会が破壊されたり、彫像を守るために隠されたりしたため、名前は次第に忘れられていきました。
ところが約300年後の1822年、ヴュルツブルク大聖堂でリーメンシュナイダーの墓碑が発見され、1832年にはクレークリンゲン(ローテンブルクから車で30分程)のヘルゴット教会で布に包まれていた「マリア祭壇」がリーメンシュナイダーの作とわかりました。現在はドイツで最も人気のある彫刻家と言われ、ドイツ・ルネサンスの先駆けとして再評価されています。
リーメンシュナイダーが生きた時代(1460頃~1531年)は、ドイツではアルフレッド・デユーラー(1471~1528年)、ルーカス・クラーナハ(父)(1472~1553年)、イタリアではレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)、ミケランジェロ(1475~1564年)、ラファエッロ(1483~1520年)が活動していた時期と重なります。
写真は全長約9mの「マリア祭壇」です。ヘルゴット教会は14世紀に建てられ、リーメンシュナイダーは5年をかけて祭壇を完成させました。
「マリア祭壇」は天使に支えられたマリアが天に昇る姿です。マリアの祈る両手は少し離れています。この両手がすっと合わさるとそのまま天に昇っていくように見えました。足元の人物像もひとりひとりポーズや表情が異なり、左右の扉には聖母マリアの物語が浮き彫りになっています。
リーメンシュナイダー写真集を出版する
福田さんは、日本にはなかったリーメンシュナイダーの写真集をつくりたいという想いが募り、丸善プラネット株式会社から自費出版で4冊の写真集を刊行しました。週刊誌と同じサイズのB5判で彫刻の細部までをじっくりと見ることができます。教会や博物館を訪ねて撮影した1点1点にはさまざまな想いが詰まっています。
2019年に上記3冊『祈りの彫刻 リーメンシュナイダー三部作』は日本自費出版文化賞のグラフィック部門特別賞を受賞しました。
4作目の写真集『完・祈りの彫刻』はリーメンシュナイダーの同時時代画家が中心です。裏表紙の写真「モーリス・ダンスの踊り手『新郎』」(1480年、ミュンヘン市立博物館所蔵)はリーメンシュナイダーの「静」に対して「動」のイメージでこちらに踊り出してきそうです。この写真は、バイエルン国立博物館で絵画・彫刻を担当者マティアス・ヴェニガー博士が撮影されたものを掲載しています。
写真展にリーメンシュナイダーファンが集う
福田さんは友人たちのすすめもあって、リーメンシュナイダーを多くの人に知ってもらいたい想いで写真展を開きました。
初回は2019年11月23日(土)~12月7日(土)にてギャラリー古藤(東京都練馬区)で開催。約2週間の会期で3回のギャラリートークを行い、500人以上の来場がありました。30年以上も前からのリーメンシュナイダーファンや新幹線で遠方から来場した人たちとの会話も弾んだそうです。
第2回は2022年1月19日(水)~1月24日(月)の6日間、司画廊(東京都国分寺市)で開催。新型コロナウィルス感染が拡大するなかでも471人もの来場者がありました。
写真展会場に置かれたレプリカ像は高さ50センチほど、菩提樹を使い、表面がなめらかで温かみを感じさせます。リーメンシュナイダーは菩提樹を用いることが多く、柔らかい材質が繊細な衣の襞、髪、豊かな表現に適していたのでしょう。
【福田緑写真展 祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く】
2019年11月23日(土)~12月7日(土) ギャラリー古藤(東京都練馬区)
【福田緑写真展№2 祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く】
2022年1月19日(水)~1月24日(月)司画廊(国分寺市)
リーメンシュナイダーに逢いに行こう
最後に、リーメンシュナイダー彫刻と出逢うおすすめの場所や、多くの彫像を所蔵する博物館、観光ツアーで人気の教会を福田さんに教えていただきました。
ベルリン ボーデ博物館
博物館島の最北にあり、古代から中世のコインは世界でも有数のコレクション、ドイツ国内では最大級の数を誇る中世ヨーロッパ彫刻、ビザンチン美術などが収蔵されています。
公式HP:http://www.smb.museum/museen-und-einrichtungen/bode-museum/home.html
(ドイツ語、英語、写真多数)
ミュンヘン バイエルン国立博物館
福田さんが初めてリーメンシュナイダー彫刻に出逢った博物館。古代から19世紀までの絵画や彫刻、タペストリー、家具、陶器、金細工等が展示されています。
公式HP:http://www.bayerisches-nationalmuseum.de
(ドイツ語、英語、写真多数)
ローテンブルク 聖ヤコブ教会
ローテンブルクはロマンチック街道の人気の観光地、街道には中世の街並みが色濃く残る街が点在し、リーメンシュナイダーの工房があった・ヴィルツブルクから南に366km。聖ヤコブ教会は旧市街の中心部にある15世紀のゴシック建築で、リーメンシュナイダー作の高さ約11mの「聖血の祭壇」が2階にあります。お見逃しなく。
忘れられない彫刻家リーメンシュナイダー
筆者がリーメンシュナイダーに出逢ったのは、東京国立博物館で2005年に開催された展覧会「世界遺産・博物館島 ベルリンの至宝展―よみがえる美の聖域―」でした。この時、リーメンシュナイダーという彫刻家の名前を心に刻みました。2019年の福田さんの写真展では、リーメンシュナイダー彫刻のすばらしさと自然光で撮影したあたたかさに感銘を受けました。
2022年の写真展は新型コロナウィルス感染拡大のため、伺うことは控えましたが、福田さんにオンラインを通してお話をうかがうことができました。
福田さんは旅先で出逢ったドイツ人兄妹をドイツに訪ねて、リーメンシュナイダー彫刻に出逢って「追いかけ人」となり、写真集や写真展を通して、リーメンシュナイダーがつくる静かな祈りの彫刻と彫刻を守ってきたドイツの人たちの想いを伝えています。
【新刊情報】最新の写真集『結・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーからシュトース』(2022年6月刊行予定)が特別価格で購入可能
福田さんが手掛けた最新の写真集が2022年6月に刊行予定です。リーメンシュナイダーや、同時代の作家に焦点を当て、リーメンシュナイダー巡りの資料も充実しています。撮影旅行にもご一緒することが多いお連れ合いも今作では共著者となりました。
福田さんのご好意で、本作『結・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーからシュトース』を割引価格にて予約購入できることになりました。2022年6月30日までに予約すると、税込価格5,720円のところを、送料込み5,000円となります。
ご希望の方は、2022年6月30日までに福田緑さん宛に
・件名「5冊目の写真集希望 名前(フルネーム)」
とした上で、e-mailの本文に「郵便番号、ご住所、お電話番号、お名前」を忘れずに記載してお申し込みください。福田さんのメールアドレスはこちらです。
メールアドレス:midfk4915★yahoo.co.jp
(「★」を「@」に変えてお送りください)
なお、既刊の写真集はwebの書店サイトで購入できます。
関連情報
福田緑さんのブログ「リーメンシュナイダーを歩く」
https://blog.goo.ne.jp/riemenschneider_nachfolgerin
小さな町でドイツに触れる(ドイツ観光局)
https://www.germany.travel/en/campaign/german-local-culture-jp/home.html