徳川美術館の特別展「花咲い、風の吹くらん」で、日本美術の風雅に親しもう

愛知県・名古屋の徳川美術館では、特別展「花咲(わら)い、風の吹くらん」を2024年4月13日(土)から2024年6月2日(日)まで開催中です。いにしえより日本人の心を揺さぶる、自然からインスピレーションを受けた美の芸術を一堂に公開。徳川美術館のコレクションをもとに、古典文学や絵画・工芸にみられる風雅の世界を紹介します。

徳川美術館とは

徳川美術館 エントランス

徳川美術館は、徳川家康から尾張徳川家初代の徳川義直(家康9男)が譲り受けた遺品を中核に、江戸時代を通じて御三家筆頭の大名家に受け継がれてきた名品と、その後の収集品から成る、1万件を超えたコレクションを有する美術館です。

いわゆる「大名道具」をはじめ、「源氏物語絵巻」や「初音の調度」をはじめとする国宝9件、重要文化財に指定される絵画・陶磁器・染織品など59件、1000振に及ぶ刀剣類など、質量ともに充実した日本文化の発信地です。

尾張徳川家の品々、日本の伝統に育まれた極上の名品にいつでも出会えます。

徳川美術館の入り口へ

特別展「花咲い、風の吹くらん」の世界

《牡丹図屏風 八曲一双(内右隻)》江戸時代 17世紀 徳川美術館蔵

本展では雪月花をはじめ、風や雨など変化に富んだ自然現象に注目して、古典文学や絵画・工芸にみられる風雅の世界を紹介します。各作品には和歌や漢詩など、人々が移りゆく自然の美しさに心を寄せて詠んだ詩歌が添えられ、自然美をより豊かにイメージさせてくれます。

「せっかく花が咲いたと思ったのに、どうして風が吹くのだろうかと惜しむ心のように、日本には儚いから美しいという考え方がある」と話すのは、展覧会を担当する学芸員の吉川さん。

その美意識は展示の始まりから終わりまでを通じて、数々の名品とともに味わえます。

いろは歌が表す、散りゆく花の美しさ

《いろは手本 近衛信尹筆》桃山〜江戸時代 16〜17世紀 徳川美術館蔵

いろはにほへと、ちりぬるを——花は咲いてもやがて散ってしまう、と無常感を表現するのは展示の最初にある《いろは手本 近衛信尹筆》。

「この世はすべて移り変わる、という仏教に由来する考え方は、日本では“無常だからこそ、その儚さが美しい”と捉える感性や、花鳥風月の世界観を育てていった」と吉川さんは話します。

春夏秋冬の始まり、春の到来を告げる梅の作品から展示が続きます。

《籬梅蒔絵手箱》室町時代 16世紀 徳川美術館蔵

展覧会タイトルを象徴する作品のひとつ《牡丹図屏風 八曲一双》は、大輪の牡丹が咲き誇る様子を描いた屏風絵。左隻と右隻を並べてみると、画面の左側から風が吹き、その風が過ぎ去った後に花が春の陽射しを浴びて咲く情景が読み取れます。

《牡丹図屏風 八曲一双(内左隻)》江戸時代 17世紀 徳川美術館蔵

春を代表する桜の花は、満開だけではなく散る姿もよく詠まれています。その一例として、古今和歌集の歌を添えた《蠟色散り桜銀金貝大小刀鞘 一対》は、桜の花弁と花が銀の金属で表され、漆黒の地と合わさって夜桜のような趣となった作品です。

《蠟色散り桜銀金貝大小刀鞘 一対》江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵
《今様花鳥風月 大判錦絵(三枚続)溪斎英泉画》江戸時代 天保期 1830〜44年 徳川美術館蔵

雨、星、風、月にみる自然美

花を散らす風や雨、そして夜空に照る月や星もまた、いにしえの人々が詩歌に自らの心情を投影してきた対象です。

それぞれ雨にまつわる銘が付けられた茶壺は、釉薬のかかり方を雨の降る様子や雨雲に見立てたもの。夕立、初時雨、夕時雨と、雨の表現の違いもそれぞれ楽しめます。

(左から)《唐物茶壺 銘 夕立 大名物 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所用》南宋〜元時代 13〜14世紀 徳川美術館蔵/《古薩摩茶壺 銘 初時雨》桃山時代 17世紀 徳川美術館蔵/《古瀬戸茶壺 銘 夕時雨》江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵
《香木 寸門陀羅 銘 小雨》東南アジア 徳川美術館蔵

星の作品には、七夕を題材にした工芸品などがあります。また、黒い器に浮かんだ白い粒が星のように見える油滴天目は、尾張徳川家では星建盞(ほしけんさん)と呼ばれていました。青みがかった黒地に散らばる無数の油滴斑は、まるで天の川のような星の夜空を思わせます。

《油滴天目(星建盞)》南宋時代 12〜13世紀 徳川美術館蔵

四季折々の変化を知らせながら吹く風は、爽やかさや寂しさなど、時にイメージを変えながら描かれました。

「源氏物語絵巻」の「宿木(三)」は、秋の夕暮れをともに過ごす匂宮(におうのみや)と中君(なかのきみ)の場面です。二人は仲睦まじく見えますが、左下に描かれた秋草は互いの心に吹く隙間風を表現し、御簾(みす)も揺らしています。風の気配ひとつで物語を描写する奥ゆかしさに、思わず心奪われます。

《源氏物語絵巻 宿木(三)絵現状模写(東京藝術大学本)上野直美筆》上野直美氏寄贈 平成22年<2010> 徳川美術館蔵
「月、照る」展示風景より

秋草や露の風情、そして雪の季節を経て再び巡る。

秋といえば紅葉。その鮮やかな山野の美しさが好まれる一方で、野に茂る秋草や葉先から滴り落ちる露も、暮れていく季節の情緒的な趣を湛えるものでした。

(左から)《白地青海波に紅葉文縫箔》江戸時代 18世紀 徳川美術館蔵/《紅白段檜垣に秋草文唐織(子方用)》江戸時代 18世紀 徳川美術館蔵 ともに5/12まで公開
《籬に菊蒔絵手箱》桃山〜江戸時代 16〜17世紀 徳川美術館蔵

雪の降る冬は、「銀世界」という言葉があるように銀や白色で表現されます。一面に雪が積もる景色は、翌春の豊作を期待させるものでもありました。

《志野山水文茶碗 銘 残雪》は、白い釉薬を遠い山に残る雪に見立てています。残雪は俳句で春の季語にあたり、ここから再び春へと季節が巡るイメージが膨らみます。

《志野山水文茶碗 銘 残雪》木下家寄贈 江戸時代 17世紀 徳川美術館蔵

最後に紹介する「和漢朗詠集」では、白居易の漢詩に由来する「雪月花」の言葉を伝えています。「雪月花時最憶君(雪月花の時、最も君を憶ふ)」は、雪や月や花が美しいとき、友と語り合った日々を思い出すことを意味します。

季節の美しさは、それを共にする相手がいてこそ味わい深くなる。誰かと一緒に見た自然の情景、それが過去のことだからこそ、思い出が景色をより美しく感じさせてくれる。

最後は花鳥風月を愛でる人の心、誰かと自然美を共有する豊かなひとときを表し、展覧会の結びとしています。

「雪、積もり、やがて消えゆく」展示風景より

同時開催の企画展「人・ひと・ヒト 浮世絵の人と顔」も一緒に

蓬左文庫

特別展「花咲い、風の吹くらん」と同時期に、徳川美術館に隣接する蓬左文庫(ほうさぶんこ)では、企画展「人・ひと・ヒト 浮世絵の人と顔」を開催中です。

浮世絵の中心的なジャンルである美人画と役者絵を取り上げ、誰を描くのか、どのように描くかなど、さまざまな視点から浮世絵の人物表現の諸相を紹介します。

チケットは特別展と共通です。特別展と企画展、どちらにも足を運んでみましょう。

蓬左文庫では、和装本の収蔵の様子も見ることができます。

まとめ

私たち日本人が、古くから詩歌や美術品に表してきた自然美。移ろいゆくものに美を見出す感覚は、この国に根ざす美意識のひとつです。当たり前に過ごしている日常を振り返って、身の回りの自然がみせる風物に目を向けてみませんか。

そして、名古屋に訪れた際は徳川美術館で、日本独特の文化や歴史を多彩なコレクションから感じてみましょう。

春から初夏の徳川美術館はさまざまな花が見頃を迎える

展覧会概要

展覧会名特別展「花咲い、風の吹くらん」
会期2024年4月13日(土)~ 2024年6月2日(日)
前期日程:4月13日(土)~5月12日(日)
後期日程:5月14日(火)~6月2日(日)
会場徳川美術館
〒461-0023 愛知県名古屋市東区徳川町1017
アクセス・JR中央本線「大曽根」駅下車、南口より徒歩8分
・市バス・名鉄バス 基幹2系統「徳川園新出来」下車、徒歩3分
・名古屋観光ルートバスメーグル「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」下車すぐ
・美術館南側に無料駐車場17台あり
開館時間午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日月曜日 
※ただし4月29日・5月6日は開館、4月30日・5月7日は休館
ホームページhttps://www.tokugawa-art-museum.jp/
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