原田マハのアート小説を読んで、美術作品や展覧会をもっともっと楽しもう!~ゴッホ、モネ、マティス、カサット、ドガ、セザンヌ、アンリ・ルソー、ピカソ~

小説は、事実と事実の間を想像してつなぐもの。原田マハのアートをテーマにした小説は、芸術家や美術作品を紹介したり説明したりするのでもありません。

芸術家や周りの人物が芸術家を語り、読者は語り手のそばで話を聞いているように思い、芸術家のことを知り合いでもあるように感じるのです。

小説を読んだあとには、ゴッホやモネをより身近に感じることができます。今年2021年の秋にはゴッホ展が東京、福岡、名古屋をまわります。展覧会で作品だけを見るのではなく、原田マハの力を借りて、感じたり、考えたり、楽しんでみましょう。

最新作『リボルバー』はゴッホの死の謎に挑むミステリー

左から:『リボルバー』(2021年 幻冬舎)の表紙、カバー、手前は帯

原田マハの最新作は2021年5月25日発売の『リボルバー』です。

タイトルの「リボルバー」は銃身18.5センチのピストルで、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890年)が亡くなった頃に自殺した場所に埋まっていたものとされ、2019年にパリのオークションで落札されました。

原田はこのオークションを知ったことが『リボルバー』を書くきっかけにもなったと語っています。

ゴッホは1853年にオランダで生まれ、1886年に画商に勤める弟テオを頼ってパリに行きました。浮世絵に影がないことから、日本は日射しが強いと思い込んだゴッホは1888年には南フランスのアルルへ移ります。

アルルには「芸術家の共同体」をつくろうと呼びかけてポール・ゴーギャン(1848~1903年)がやって来ました。2人の暮らしは2か月で終わり、けんか別れのようでしたが、その後文通は続いていました。1890年7月にゴッホは37歳で亡くなりました。

ゴッホはピストル自殺したと言われていますが、最近は他殺説もあり、この小説では19世紀の「ゴッホの死」の謎に迫り、ゴッホとゴーギャンの関係を研究してきた高遠冴がオークション会社社員として、21世紀にリボルバーの謎を探るストーリーです。

カバーの表はゴッホの作品「ひまわり」、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の作品で昨年の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(国立西洋美術館、国立国際美術館)で来日しました。カバーの裏もゴッホ作品「ひまわり」、新宿のSONPO美術館でいつも展示されています。どちらも本物をご覧になった方が多いと思います。

ゴッホはアルルでポール・ゴーギャンを歓迎するために1888年に「ひまわり」を4点描き、4点めの「ひまわり」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)を模写してさらに翌年にかけて3枚を描きました。カバーを広げて、2点を並べて見てください。

カバーをめくった表紙には、ゴーギャンの作品「肘掛け椅子のひまわり」(エルミタージュ美術館/1901年)は、ゴッホの死後、ひまわりの種を取り寄せて育て、タヒチで描いた作品です。小説を読む前から、ゴッホとライバルであり友人であったゴーギャンとの関係が気になります。

2021年秋に3都市を巡るゴッホ展が開催

ゴッホ展のポスター:作品は左からゴッホ「黄色い家(通り)」1888年 ファン・ゴッホ美術館、ゴッホ「夜のプロヴァンスの田舎道」1890年 クレラー=ミュラー美術館

今年2021年の秋から開催される「ゴッホ展」のサブタイトルは「響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」です。

生前に評価されなかったゴッホと、評価が定まらないゴッホ作品を収集し、クレラー=ミュラー美術館をつくりあげて初代館長を務めたヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939)に注目し、同美術館からゴッホの絵画28点と素描20点を中心に。ミレー、ルノワールなどの絵画20点も展示されます。

アルルで、ゴッホとゴーギャンが暮らした家を描いた作品「黄色い家(通り)」が来日します。左のチラシがその作品、扉の前に2人立っている黄色い壁の建物で、2階に緑色の雨戸が着いた部屋が並んでいます。左がゴッホ、右がゴーギャンの寝室でした。この建物は戦禍で損傷し、取り壊されましたが、現在も黄色い家の後ろにある4階の建物などに当時の街の雰囲気が感じられます。

ゴッホ展─響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

東京都美術館 2021年9月18日(土)~12月12日(日)
福岡市美術館 2021年12月23日(木)~2022年2月13日(日)
名古屋市美術館 2022年2月23日(水)~4月10日(日)

https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_vangogh.html

また、原田マハ自らが初めて戯曲の筆を執り、小説とは異なる新たな物語として東京と大阪で公演が行われます。ゴッホは関ジャニ∞の安田章大が演じ、演出は映画監督の行定勲、小説と舞台の両方をお楽しみください。

リボルバー~誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?~

東京 PARCO劇場 2021年7月10日(土) ~ 2021年8月1日(日)
大阪 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール 2021年8月6日(金) ~ 2021年8月15日(日)

https://stage.parco.jp/program/revolver

ゴッホの苦悩に向き合う『たゆたえども沈まず』

絵はがき・ゴッホ「星月夜」1889年 ニューヨーク近代美術館、『たゆたえども沈まず』 2017年 幻冬舎刊(2020年 幻冬舎文庫)、『ゴッホのあしあと』 2020年 幻冬舎文庫(2018年 幻冬舎新書)

『たゆたえども沈まず』はゴッホの晩年1886~1890年を中心に描いた小説です。弟テオを通して兄ゴッホを知り、日本人画商の林忠正、画材店のタンギーたちとの交流から当時のパリの雰囲気が味わえます。

タイトルの「たゆたえども沈まず」はパリ市の紋章にラテン語で書かれた言葉です。パリは水運の中心地で「どんなに強い風が吹いても船は揺れるだけで沈まない」という船乗りたちの心意気を表し、この本でも重要な場面に登場します。

ゴッホは牧師の家で育ち、ラテン語・キリスト教の知識を身につけます。その後ロンドンの画廊で働き、パリで英語とフランス語を使って暮らします。テオや画家たちとの美術談義を知ると、気性が激しいと思っていたゴッホが、教養ある穏やかな人物にも思えました。

ゴッホの内側に渦巻く、思うように描けないもどかしさが執拗に描く執念になったのではないかと思いました。実物の作品を目にすると、一筆一筆が力強く、盛り上がった絵の具にエネルギーを感じました。だから筆者も何度でもゴッホ展に足を運んでしまうひとりなのです。

『ゴッホのあしあと』は、作家・原田マハとゴッホとの出会い、ゴッホの日本への憧れ、1910年に雑誌『白樺』で紹介されたゴッホに対する日本からの熱情、そして『たゆたえども沈まず』では日本人画商・林忠正をどのように描こうとしたのか、カバーにゴッホの代表作「星月夜」をなぜ選んだのかなど。ゴッホの人生をたどる旅、所蔵作品がある美術館も紹介しています。

珠玉の4編『ジヴェルニーの食卓』-モネ、カサット、マティス、セザンヌ-

左から時計まわりに:絵はがき・モネのパレット マルモッタン・モネ美術館、『ジヴェルニーの食卓』 2013年 集英社刊(2015年 文庫本)、『モネのあしあと』 2021年 幻冬舎文庫(2016年 幻冬舎新書)

『ジヴェルニーの食卓』は「美しい墓」「エトワール」「タンギー爺さん」「ジヴェルニーの食卓」と4つの短編を納めています。

タイトルになった「ジヴェルニーの食卓」は、クロード・モネ(1840~1926年)の義理の娘ブランシュが語り手となって、晩年のモネのジヴェルニーでの日常を語ります。モネの助手でもあり、身近で暮らしたブランシュの温かい眼差しが感じられます。

『モネのあしあと』のカバーの作品「舟遊び」(1887年 国立西洋美術館)は家に近い川で舟を楽しむ義理の娘ブランシュと妹のシュザンヌです。2人はよくモネのモデルを務めました。

この本では、原田とモネとの出会い、モネの時代、印象派について、モネの生涯などが描かれています。今回紹介した書籍にはほとんど挿絵がありませんが、この本には絵画作品や風景のモノクロ画像があり、モネ自身の写真も載っています。「ジヴェルニーの食卓」のタイトルはモネがレシピ集をつくるほどの料理好きだったことも関係しています。

モネが岸辺に立って描いたジヴェルニーの池

パリ郊外のジヴェルニーはモネが40代から暮らした場所で、色とりどりの花が咲く庭を造り、邸宅には黄色で統一したダイニング、青で統一したキッチンがあります。約200点に及ぶ「睡蓮」をモチーフとした作品群を産みだした池、太鼓橋もあり、現在は観光地としても人気です。モネがいかに庭に丹精を込め、室内の色彩までこだわったのか、実際に見ることができます。

左から、額絵・マティス「マグノリアのある静物」(1941年)、マティス「大きな赤い室内」(1948年) 共にポンピドゥー・センター/国立近代美術館

「うつくしい墓」は、アンリ・マティス(1869~1954年)が晩年を過ごしたニースでの日々を家政婦マリアのあたたかい語りでマティスとピカソの友情も盛り込んで小説にしています。

マティスが作品にする対象を捉えて制作するようすは、「『ひと目ぼれ』を、カンヴァスにコンテを描き写し、構図を考え、じっくりと配色を決め、それからゆっくりと、慎重に絵の具をのせていく。まるで、恋を育み、やがて変わらぬ愛情に塗り替えていくように」と描かれています。マグノリア(モクレンの仲間)の花は小説の鍵になります。

左から:絵はがき・カサット「眠たい子どもを沐浴させる母親」1880年 ロスアンゼルス・カウンティ美術館、絵はがき・ドガ「バレエの踊り子、着衣(14歳の小さな踊り子)」1880年 オルセー美術館

「エトワール」は、メアリー・カサット(1845~1826年)がエドガー・ドガ(1834~1917年)の残したブロンズ像「14歳の小さな踊り子」を追想するストーリー。

カサットは語り手ではなく、読者はカサットの背中から物語を覗いているようです。カサットはパリで成功した最初のアメリカ人画家で、印象派に興味をもった最初のアメリカ人でもありました。アメリカで印象派のコレクションを広めるきっかけをつくりました。アメリカ東海岸はヨーロッパに距離的に近く、当時から頻繁な行き来がありました。

セザンヌが何回も描いた南フランスのサント=ヴィクトワール山

「タンギー爺さん」は、ゴッホが描いた肖像画でご存じの方も多いでしょう。

ここでは、パリの画材店主タンギーの娘がポール・セザンヌ(1839~1906年)に送る手紙で綴られています。画材費の催促、父親が紹介したい画家ゴーギャン、ベルナール、ゴッホのことなど。画材費の代わりに作品を預ける画家も多く、自然と画廊のようになった店内に、画家を支えるタンギーの志があります。

長編に挑戦しよう。アンリ・ルソー、ピカソが描くそれぞれの1枚

左から:『楽園のカンヴァス』 2012年 新潮社刊(2014年 新潮社文庫)、絵はがき・ルソー「第22回アンデバンダン展に参加するよう芸術家たちを導く自由の女神」1906年 東京国立近代美術館、『暗幕のゲルニカ』 2016年 新潮社刊(2018年 新潮社文庫)、絵はがき・ピカソ「ドラ・マールの肖像」1937年 徳島県立近代美術館

時代と場所を行き来する長編小説を2点紹介します。スリルがあってどんどん読み進めるので、長いとは感じないでしょう。

『楽園のカンヴァス』は第25回山本周五郎賞を受賞した作品。富豪の屋敷に眠る”一枚の絵”の真偽を巡って、2000年の倉敷から始まり、20世紀初頭のパリと20世紀末のバーゼルを行き来し、2000年のニューヨークで幕になります。

”一枚の絵”とはアンリ・ルソー(1844~1910年)の作品です。

ルソーは正規の美術教育を受けない独特の作風でピカソも注目しました。どきどきして読み進められる小説です。絵はがきは、アンデパンダン展(無審査で出品できる展覧会)を宣伝し、作品を持参した人が集まるようす、ルソー本人も登場しています。

『ゲルニカ』は20世紀中頃のパリで「ゲルニカ」を制作するパブロ・ピカソ(1881~1973年)と制作のようすを撮影する恋人ドラ・マール、21世紀初頭のニューヨークで「ゲルニカ」を展覧会の目玉にしたいキュレーター・八神瑤子の物語と二つの時代が交錯します。

反戦のシンボルでもある「ゲルニカ」には、展示場所にもさまざまな歴史があり、縦約3.5メートル、横約7.5メートルという大きさからも迫力を感じます。原寸のタピストリー(つづれ織り)が群馬県立近代美術館に、原寸の陶板が大塚国際美術館東京駅丸の内オアゾ(ビル)にあります。絵はがきは「ゲルニカ」制作時にピカソが描いたドラ・マールです。

150ページの文庫本から始めましょう

上:『原田マハの印象派物語』2019年 新潮社/下、左から:『デトロイト美術館の奇跡』 2016年 新潮社文庫(2019年 新潮社)、『モネのあしあと』 2021年 幻冬舎文庫(2016年 幻冬舎新書)、『ゴッホのあしあと』 2020年 幻冬舎文庫(2018年 幻冬舎刊新書)

厚みのある本はちょっと敬遠してしまう方にお勧めは文庫本の3冊、たったの150ページほどです。

先に紹介した『モネのあしあと』『ゴッホのあしあと』は新書版で刊行され、文庫本になりました。原田マハの本は単行本で発刊され、ほとんどがその後は文庫本になるので、手に取りやすいこともお勧めできるポイントです。

『デトロイト美術館の奇跡』は、4つの章があります。短編集かと思っていると、読み終わったときにカバーのセザンヌ「画家の夫人」(1886年)でつながっていることがわかります。

デトロイト美術館は1885年に開館したアメリカを代表する美術館のひとつで、古代エジプトから現代美術まで65,000点以上の作品を所蔵しています。コレクションの中核は印象派、ポスト印象派の作品です。2013年には市の深刻な財政難により、収蔵作品の売却の可能性もありましたが、多くの資金援助によって危機を乗り越えました。

『原田マハの印象派物語』は7人の作家の生涯と作品を10ページずつにまとめています。カラーで作品が載っているので、アート小説と合わせて読むことをお勧めします。

今回取り上げた小説に登場するのは、モネ、カサット、セザンヌ、ゴッホの4人、登場しない残りの3人は女性画家のベルト・モリゾ、モネの友人オーギュスト・ルノワール、印象派を支援したギュスターヴ・カイユボットです。

小説のテーマになった作家の展覧会

原田マハは、かつてアートコンサルタントやキュレーターを務めていました。アートの場にいたからわかる現実感、美術の知識が背景にあって、アート小説をしっかりと支えています。読んでいる時には、どこまでが事実なのか気になりますが、読み終える頃には、なるほどそんなこともあるかもしれない、このゴッホやモネがこんなことを考えていたかもしれないと納得してしまいます。

「アートは友だち、美術館は友だちのおうち」という言葉がいくつかの小説に出てきます。原田マハの小説に登場した画家たちの展覧会に行ったら、小説で読んだ画家たちの想いや暮らしに、あなたの想いを添えてみてください。

関連情報

ゴッホ展─響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_vangogh.html

東京都美術館 2021年9月18日(土)~12月12日(日)
福岡市美術館 2021年12月23日(木)~2022年2月13日(日)
名古屋市美術館 2022年2月23日(水)~4月10日(日)

イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜-モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン(仮)

https://mimt.jp/exhibition/#israel

2021年10月15日~2022年1月16日 三菱一号館美術館
2022年1月28日~4月3日 あべのハルカス美術館親密

展覧会の会期などが変更になる場合もあります。ホームページでご確認ください。

○原田マハ公式ウェブサイト

https://haradamaha.com/

原田マハは、1962年東京都生まれ、森美術館準備室などを経て、フリーのキュレーターカルチャーライターとして活躍。2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞して小説家デビュー。恋愛、家族、農業、政治などの幅広いテーマで著書多数。

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