2021年3月、筆者の好きなドイツの人気テレビ番組『Bares für Rares(バーレス・フュア・ラーレス)』という番組内で、ドイツの代表的な表現主義の画家であるオットー・ミュラー(1874ー1930)の絵画(手彩色のリトグラフ作品)が1枚30,500ユーロ(日本円およそ409万円)という非常に高額で売買契約されました。
『Bares für Rares』とは簡単にいうと、ドイツ版『開運!なんでも鑑定団』のような公開オークション番組です。番組内では高額なアンティークや宝飾品が登場することもしばしばありますが、今回のオットー・ミュラーの絵画は、番組史上、絵画として最高取引価格を更新したことで、ドイツの各メディアでも話題となりました。
そこで今回は、美術ファンも多い「楽活」の場をお借りして、日本の美術ファンにもドイツのテレビ番組『Bares für Rares』で起こった出来事をシェアしようと思います。
ドイツ版『開運!なんでも鑑定団』の『Bares für Rares』とは?
では『Bares für Rares』はどのような番組なのでしょうか?まずは番組概要を簡単に見ていきましょう。
・放送開始日:2013年~現在に至る |
『Bares für Rares』は2013年から2021年現在に至るまでZDF(第2ドイツテレビ)内で放送されている長寿番組です。一般応募者から選ばれたゲストがお宝を持ち寄り、プロの鑑定を受けた後、最終的に美術商や骨董商といったディーラーに販売するという番組です。
長い歴史がある番組であるため、これまでにも、
・キリストが磔にされた十字架から取り出された破片が封印された40カラットのダイヤが42,000ユーロで売却されたり、神聖ローマ帝国時代の10ドゥカート硬貨が27,000ユーロで売却されたりと、高額での売却実績もちらほら。やはり、歴史的価値のあるものが高額で売却されています。
ドイツ在住のファンが解説!『Bares für Rares』の仕組みとは?
『Bares für Rares』では応募者が持ち寄った骨とう品やアンティーク・希少品などの品物を専門家に鑑定してもらい、そこで得た情報をもとに骨とう・美術ディーラーに対し自ら品物を販売し・その場で現金を得て売買契約する流れで進行します。
『Bares für Rares』の鑑定から売却までのフローを以下にまとめました。
応募者が納得のいかない取引金額であれば、売らないという選択肢もある
番組の最大の特徴として、ディーラーが入札した価格に応募者が納得いかないと言う場合はその場で品物を持ち帰ることも可能であることです。
実際に『Bares für Rares』の番組内でも入札額に満足いかない応募者が品物を売却せず持ち帰ったという事例がありました。
また、今回のオットー・ミュラーの絵画のケースのようにディーラーの現金の持ち合わせが不足していたという場合は、ディーラーが持っている自己資金を先に応募者に渡し、後日銀行送金という場合もあります。
価格の評価に重点を置く『開運!なんでも鑑定団』と、評価だけでなくオークション形式での買い取りに重きを置く『Bares für Rares』は似て非なる存在かもしれません。
しかし、持ち込まれた品物の知られざるその価値が、専門家の手によってその場でわかるというスリルや知的興奮が味わえるという点においては共通点があるといえるのではないでしょうか。
全世代から支持を受けている『Bares für Rares』
『Bares für Rares』内では、おじいちゃん・おばあちゃんと孫で登場する応募者がいたり、「Bares für Raresが好きな番組」とする10代の応募者がいたりと、全年代に親しまれていることが分かります。まさに、ドイツ人にとっての国民的人気番組といえるのではないでしょうか。
オットー・ミュラーについて
今回取り上げる『Bares für Rares』では、絵画としては番組内史上最高額をマークした作品を手掛けたオットー・ミュラーですが、日本ではあまり馴染みがなく、聞いたことがないという方も多いかもしれませんね。
オットー・ミュラーは1874年10月16日にシレジア地方(現在のポーランドからチェコにかけての地域)で生を受けたドイツ表現主義を代表する画家・版画家です。
ちなみに、表現主義とは第一次世界大戦から1920年代に盛んになった芸術活動のことです。作家は、自らの内面の主観的な感情を作品内で第一に表現するようになり、絵画に留まらず建築やダンス・彫刻・音楽・映画など幅広い分野で流行。現代美術の先駆的存在になりました。
オットー・ミュラーの全盛期は、ベルリンにおいてドイツ表現主義画家のグループ「ブリュッケ(Die Brücke)」のメンバーとも交流が盛んだった1910年代。彼の作品テーマは主に「人間と自然の一体性」です。今回『Bares für Rares』に登場したリトグラフ作品でも、木の後ろで女性が水浴びをしている姿が描かれています。
オットー・ミュラーの絵画が登場した話題の放送回について
話題となったオットー・ミュラーの絵画の回はYouTubeでも視聴できます。(※ドイツ語)
『Bares für Rares』内でオットー・ミュラーの絵画が登場したのは、2021年3月。屋根裏に数年間保管されていたオットー・ミュラーの絵画を売却しようと、持ち主の友人によって持ち込まれました。
その売主が持ち込んだオットー・ミュラーの作品は、絵画を見た専門家だけでなく、番組内にゲストとして登場する全ディーラーが感嘆の声を上げるほどのレア絵画でした。その反響はすさまじく、『Bares für Rares』の当該回が収録されたYouTubeの視聴回数は、約400万回に迫ろうとしています。おそらく、視聴回数はこれからもどんどん伸びていくでしょう!
本作は、ディーラー同士の熾烈な競り合いを制した弱冠29歳の若手美術・骨董商のファビアン・カール氏が30,500 ユーロ(日本円およそ409万円)で購入することになりました。
オットー・ミュラーの絵画に高額の評価額がついた理由とは?
今回、オットー・ミュラーの絵画を持ち込んだ女性は、友人の代理で登場。彼女が友人らとインターネット上で予想評価額を調べたところ、”多分”10,000 ユーロ(日本円でおよそ140万円)くらいなのではないかと思ったと語っています。
正確な価値を判断することはできなかったと番組内でも語られていることから、素人ではわかり得ない領域であることが分かります。
この絵を鑑定した「珍しい画家」の美術専門家であるデトレフ・キュンメル(Detlev Kümmel)氏が番組内ではじき出した評価額はその3倍の30,000ユーロ から35,000ユーロ(日本円およそ402万円~469万円ほど)という高額!
さらに、ディーラールームで待ち構えている美術商やディーラーも、絵を見るなりオットー・ミュラーの1点ものであろうと判断しています。
では、なぜこれほどの評価額がつけられるに至ったのでしょうか?専門家の判断理由を詳しく見ていきましょう。
理由①ドイツ表現主義を代表する重要な芸術家であった
オットー・ミュラーは美術史においてドイツ表現主義の芸術家の代表的なメンバーであったことから、日本と異なりドイツ国内においては非常に高い認知度を誇ります。
鑑定したキュンメル氏も彼のことを「傑出した画家」と評するだけでなく、絵画を購入したファビアン・カール氏も熱烈な「ブリュッケ」およびオットー・ミュラーファンだと語っています。
この絵画の入札を巡っては、参加した全てのディーラーたちが熱のこもった入札バトルを展開。美術商の中でも根強いファンが多いということが分かります。
理由②オットー・ミュラーによる手書きのサイン
作品内にオットー・ミュラー本人の直筆サインが入っていることも、高値がつけられた理由のひとつです。
今回持ち込まれたオットー・ミュラーのリトグラフは、実はコピーがたくさん存在するチョークリトグラフでした。
しかし、今回番組内に持ち込まれた作品は、コピーであるにもかかわらず、後からオットー・ミュラー本人の筆によって絵の具で追加彩色されている点が高評価を得た理由でした。
キュンメル氏によると、オットー・ミュラーは、自身の手で彩色した作品にのみ署名を施していたことから、持ち込まれたオットー・ミュラーの絵画は唯一無二の真作であるという評価が下されたのです。
理由③絵画をあまり描かない画家というレア感
キュンメル氏によれば、オットー・ミュラーは画家でありながらあまり絵を描くことが無かったそうです。
そのため、今回持ち込まれた絵画はオットー・ミュラーによる色付き1点もののオリジナル作品であることから大変レアな絵画という評価がされています。
理由④北斎ブルーならぬ魅惑的な「青」の輝き
コバルトブルーの発色が美しく、非常によい状態で保存されていたことも高評価の要因です。
トレーダーのスザンヌ・スタイガー氏は「このブルーはどこでも見たことがありません。コレクターにとっては間違いなく興味深いもの」と発言しています。
オットー・ミュラーの青を評価した彼女は入札価格を30,000ユーロに価格を引き上げた人物でもあります。
日本では浮世絵の金字塔的存在である葛飾北斎の浮世絵に見られる「北斎ブルー」が海外のコレクターたちに人気を博していますが、オットー・ミュラーが放つ独特の青の色彩「オットー・ブルー」が名だたる目利きたちを唸らせたのは、実に興味深いですね。
まとめ
オットー・ミュラーとドイツ版「開運!なんでも鑑定団」こと『Bares für Rares』の世界、いかがでしたか?
ドイツ国内で放送される番組はすべてドイツ語で制作されていることから、日本ではなかなか知る機会がありません。日本の番組と同じようなコンセプトの番組があると、海外に住む日本人としては大変うれしく感じているだけでなく、どこか懐かしさを感じます。
今後も『Bares für Rares』で面白い発見がありましたら、「楽活」を通じて読者の皆様にもシェアしたいと思います!