スキャンダル作品で揺れた「ドクメンタ15 」 現地在住者が経緯を追ってみた!

楽活をご覧のみなさま、こんにちは!

新型コロナウルス感染症の感染・拡大による影響から、開催そのものが危ぶまれていた「ドクメンタ15」。

無事、9月25日に会期を終え、メイン会場となっていた「Friedrichsplatz」を中心に、アーティストたちによる渾身の作品の撤去作業が始まっています。

筆者のクラスメイトがドクメンタ15のアーティストとしてフォトショ―を出展しました!

筆者も多くの観光客を目撃したり、語学学校のクラスメイトがアーティストとして登壇するプレゼンテーションに招待いただいたりと、ドクメンタ15の世界的な知名度の高さを実感しました。

明るい話題の一方で、日本でも話題になった「スキャンダル作品」が数点あったドクメンタ15。

特に地元カッセルの人たちの間では、国内外でも大きくとりだたされ、屋外展示場から突如姿を消した作品が大きな話題を呼びました。

日本人視点では

『問題については理解を示すけど、よく見たらけっこう細かいところじゃないか!』
『作品のちっちゃいところから、よく見つけたなぁ』

などという意見も見受けられますが、いったい何があったのでしょうか。

今回は、現地カッセルに住む筆者が見聞きした「スキャンダル」について地元民の視点から迫ってみようと思います。

ドクメンタとは?

ドクメンタ15のロゴ(画像出典:https://documenta-fifteen.de/

5年に1度開催されるドクメンタは、国際的な現代アートの祭典で、「100日間の美術館」とも呼ばれています。

今年、2022年で15回目の開催を迎え、開催地はヘッセン州にある街・カッセルです。

地元カッセルのホテルで働く友人は、『今までコロナウイルス感染拡大の影響でホテルが連日満室続き!』という嬉しい(?)悲鳴をあげていました。

開催期間中、カッセルでは街中いたるところでアーティストたちの作品を展示しており、無料で鑑賞できる展示をはじめ、チケット制の展示、1日だけの展示、そして若きアーティストによるプレゼンテーションで街中が美術で溢れかえっていました。

なお、2022年のドクメンタ15は無事に会期満了で終了しました。

ドクメンタ15で突然巨大作品が消えた!?

ドクメンタ15開幕直後のメイン会場。写真右奥にチラッと写るのが今回取り上げる作品。この時はまだ会場に存在していました。(2022年6月20日、筆者撮影)

ドクメンタ開催前からスキャンダルとされる作品が数点あったようですが、開幕後に勃発したスキャンダルが特に大きな話題を呼びました。

筆者の中では『ドクメンタ15で中央市街がスゴイ盛り上がっているなぁ』と思っていただけだったのですが、ある日、友達との会話からドクメンタ15でスキャンダルがあったことを知りました。

ドイツ人の友人たちの話によれば、とある作品が突然姿を消し、ドクメンタ15自体の盛り上がりが下がったのだとか。

最初は何のことだかサッパリわからなかったのですが、現地のニュースや人づてで聞いた話によると、何やらスキャンダルがあった模様。

どうやら、ドクメンタ15での某展示作品が反ユダヤ主義をほうふつとさせる表現をしていたことを知りました。

このことについて深く調べてみると、事の経緯自体は2022年1月より生じていたようですが、芸術祭の会期真っ只中のスキャンダルと作品撤去に、地元民も吃驚仰天でした。

地元民も衝撃を受けたスキャンダル作品について

書籍より引用した《People's Justice》の全体図(『KUNSTFORUM documenta fifteen 283 P.145』)

筆者が地元民に『ドクメンタ15のスキャンダルといえば?』と聞いた際に、真っ先に連想する人が多かった作品は、インドネシアのアーティストコレクティブ(集団)によるタリン・パディ(Taring Padi)の《People's Justice》(2002)

巨大なパネルに描かれた絵画の前に、段ボールで作られた人形がメイン会場となったフリードリヒスプラッツ(Friedrichsplatz)の草地に立ち並ぶ姿は、何とも印象的です。

筆者が購入した書籍『『KUNSTFORUM documenta fifteen 283』(ドイツ語)によると、作品のテーマはインドネシアの元大統領だったスハルト氏による独裁政権下のインドネシア社会における、資本主義的抑圧者が暴力行為により国民による民主運動に焦点を当てたものです。

歴史的背景として、スハルト独裁の台頭を支えたのは西側諸国としており、それを批判する内容が描かれています。

そのためか、パネルには民衆による抗議行動をほうふつとさせる様子が描かれています。

問題の箇所

問題の箇所は絵画の目立つ部分か!?と思いきや、実はそうではありません。

以下のツイートと、引用画像をチェックしましょう。

ドイツ人によると、上記で示した以外にも、以下の白丸で示した3点が主な論争点となった部分とのことです。

問題となった箇所のクローズアップ画像。(出典:https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2022-07-21/documenta-s-anti-semitism-scandal-shows-contemporary-art-s-ugly-faceを筆者で再加工)

多くの個性的な画風のキャラクターたちにまぎれ、ユダヤ人を揶揄するような箇所が見られるという指摘が人権団体や各メディアジャーナリストなどから多数寄せられました。

本作品の問題を含め、具体的に閲覧する際は、まず目で見てわかる主に以下の項目とそれに関わる歴史的背景について注目が必要だと言えます。

  • 山高帽に「SS」の文字が付いたを持つ吸血鬼のような男の絵
  • 「モサド(Mossad)」と書かれたヘルメットをかぶり、酸素吸入部分が豚の鼻のように見て取れる。また、スカーフにダビデの星マークがついている
  • イノシシのような豚のようなキャラクターが「SS」と書かれている帽子をかぶった男性の近くに置かれている※

※3番目の項目については、筆者が探した限り国内外でも論争されている形跡は確認できませんでしたが、地元ドイツ人が『ここも注目したほうがよい』ということで追記しました。

これまでの歴史的背景や人権問題に詳しい方であれば、上記の表現だけで反ユダヤ主義の表現だと捉えられてもおかしくありません。

問題を見る前に指摘箇所と暗い歴史的な結びつきを確認

この絵画がスキャンダルに発展した理由を探るには、歴史的背景も知る必要があります。
筆者がドイツ人並びに現地のメディアから得た情報を整理してみました。

「SS」

「SS」というのは、ドイツ語のSchutzstaffelの頭文字をとったもので、ナチス親衛隊を表しています。当時、彼らはナチス軍から「エリートソルジャー」と呼ばれていたようですが、その仕事はユダヤ人を捕縛し、各地に点在していた強制収容所に投獄するというものでした。

「モサド」とは

「モサド」とは、イスラエルの五つの主要情報機関のうち最重要機関にあたる施設で、イスラエルの敵対者や外国に逃れたナチスの元幹部に対する秘密作戦を行っていたのではないかとされています。
現地メディアでは「モサド」ととって見える文字が書かれたヘルメットをかぶったキャラクターが、「SS」と書かれているであろう帽子をかぶった吸血鬼のような顔をした男性の後に続いている表現が、不適切であるとされています。
(この点においては、ピエロの男性を指しているとも、別の個所に描かれたキャラクターのことだとも捉えられているようです)

吸血鬼

近世以降、他の宗教の聖職者などは、ユダヤ人が子どもの血を飲むという神話を繰り返し、広めてきたという歴史的な背景があります。その結果、暴力による破壊(ポグロム)が起こり、汚れのしるしとして豚の頭がユダヤ人のドアの前に投げられていたそうです。

「豚」については、上記の通り。
加えて、ナチス親衛隊がかつてユダヤ人を豚と揶揄していたという歴史的背景があったとされています。「モサド」と書かれた帽子の男性のマスクがの鼻のように描かれていたり、「SS」と思わしき帽子を被った男性の真下に配置された(パネルはイノシシにも見えるが)顔の人物が物議をかもしたようです。

《People's Justice》作品公開後

書籍より引用した《People's Justice》撤去までの過程(『KUNSTFORUM documenta fifteen 283 P.145』)

ドクメンタ15がメディア向けに内覧を実施した2022年6月15日時点では、段ボールの小さなバナーだけがお目見えし、問題となった《People's Justice》の巨大アートは展示前の修理が行われていた関係で展示されていませんでした。

しかし、6月17日の午後に修理を経て先行展示された当該作品を見た『WELT』紙のジャーナリストがTwitterでタリン・パディの巨大バナー《People's Justice》の写真を上記Twitterでシェアしたことで、ドイツ国内外で問題がより大きくなったのだとか。

開幕後に《People's Justice》は上記の点について指摘を受け、「ドクメンタ15」開幕直後の2022年6月18日には黒幕がかけられます。

このニュースを見たという方もいるのではないでしょうか。

黒幕がかけられた時点では、アーティスト及びドクメンタ15の芸術監督が、作品撤去に反対していたため、直ぐには作品が撤去されませんでした。

しかし、21日の夜に作品すべてが撤去されるという事態に発展しました。

このスキャンダルを受け、ドイツ・ショルツ首相は「ドクメンタ15」を訪問しないと述べ、カッセルのクリスチャン・ゲゼル市長はショルツ首相の対応を「不適切」と批判するという事態にも発展します。

参考:https://www.hessenschau.de/kultur/diesmal-ist-es-schiefgegangen-die-verheerende-erste-documenta-woche,zusammenfassung-documenta-skandal-100.html

公式サイトからのコメントを見てみた

ドクメンタ15の公式サイトでは、当該作品のアーティストであるタリン・パディ(Taring Padi)およびドクメンタ15の総監督・芸術監督のルアンルパがそれぞれコメントを出していました。

タリン・パディによる公式コメント翻訳

バナー作品(※)≪People's Justice≫(2002) は、軍国主義と、インドネシアにおける32年間のスハルト軍事独裁政権の間に私たちが目撃した暴力と、今日も影響を及ぼし続けているその遺産に反対するキャンペーンの一部です。
旗に描かれた軍人の姿は、これらの経験を表現したものです。バナー作品に描かれているすべての人物は、インドネシアの政治的場面で広く普及している象徴主義に言及しています。
たとえば、腐敗した政権、軍の将軍とその兵士は、搾取的な資本主義システムと軍事的暴力を批判するために豚、犬、ネズミとして象徴されています。

タリン・パディ(Taring Padi)は多様性をサポートし、尊重することを約束する進歩的な集団です。
私たちの作品には、人々を否定的に描写することを目的としたコンテンツは含まれていません。
作品に登場するキャラクター、記号、似顔絵、その他の視覚的な語彙は、文化的に特に私たち自身の経験に関連しています。

フリードリヒスプラッツでの≪People's Justice≫の展示会は、ヨーロッパとドイツの場面における最初のバナーのプレゼンテーションです。反ユダヤ主義とは一切関係ありません。

私たちはこのバナーの詳細が本来の目的以外に誤解されていることをお詫び申し上げます。
このような状況で起きてしまったことで精神的に傷つけてしまったことをお詫び申し上げます。敬意を表するとともに、非常に遺憾ながら、ドイツのこの特定の背景において攻撃的として認識される関連作品を覆い隠し、撤去します。
この作品は、その瞬間に対話が不可能になったことへの悲しみの記念碑となっています。この記念碑が新たな対話の出発点となることを願っています。

※バナー作品…問題となった絵画部分

引用:https://documenta-fifteen.de/news/verdeckung-einer-arbeit-von-taring-padi-auf-der-documenta-fifteen/を筆者が翻訳

上記のコメントではタリン・パディが特にユダヤ人コミュニティに謝罪している様子がうかがえますが、それだけでなく他のすべての訪問者にも謝罪していることがわかります。

ドクメンタ15元総監督のコメント翻訳

この件を受け、最終的にドクメンタの総監督であるザビーネ・ショルマン氏が退任するという事態にも発展しています。

彼女の声明がドクメンタ15のサイトにあったのでご紹介します。

ドクメンタの管理者は、芸術的展示物を事前に検査のために提出できる権限ではなく、許可されていません。
バナーは20年前の作品に必要な修理が行われた後、先週の金曜日の午後、フリードリヒスプラッツに設置されました。

この作品はカッセルやドクメンタ15のために考案されたものではなく、インドネシアの政治的抗議運動の背景から作成され、ヨーロッパ以外の場所と同様にインドネシアで生まれたことをもう一度はっきりと指摘したいと思います。
この作品がドイツおよびヨーロッパで展示されるのは今回が初めてです。このように感情を傷つけられたことを、関係者全員が悔やんでいます。

私たちは共にバナーを隠すことにしました。さらに、追加の外部の専門知識を取り入れます。

引用:https://documenta-fifteen.de/news/dismantling-peoples-justice/ より筆者翻訳

総監督ルアンルパのコメント翻訳

この件についてはルアンルパのコメントも発表されています。

2022年6月20日月曜日から展開されてきたタリン・ パディの作品≪People's Justice≫ (2002)をめぐる出来事によって、このすべての取り組みと素晴らしい作品が影を潜めてしまったことは、私たちの遺憾な点です。
その結果、作品は覆い隠され、1日後に監査役会の助言のうえドクメンタの経営陣と協議により、撤去されました。
実際、私たちは古典的な反ユダヤ主義のステレオタイプを伝える作品の描写を認識できませんでした。それは私たちの間違いでした。
タリン・パディと引き換えに、私たちはタリン・パディの原則と価値観を考慮しながら、常に市民と密接に交流し、民族や宗教の違いを尊重して仕事をするという決定を支持します。

ドクメンタ 15 を実現するために懸命に取り組んだチーム全体と、この固定観念が訪問者たちにもたらした失望、恥、フラストレーション、驚がくについてお詫び申し上げます。
また、サイトやメディアで作品を見たすべての人が感じた痛みと恐怖、および過去数か月にわたってメディアやドクメンタでの不当な非難や主張から私たちを守ってくれたすべての人に謝罪します.

私たちが今完全に理解しているように、このイメージは、ユダヤ人が前例のない規模で迫害され、殺害されたドイツの歴史の中で最も恐ろしいエピソードとシームレスに結びついています。
これは衝撃であるだけでなく、特にカッセルやドイツ全土のユダヤ人コミュニティにとってはショックです。
彼らは私たちが同盟国と見なし、依然として過去のトラウマの下で生き、執拗な差別、偏見、排斥の中で生きています。
また、あらゆる形態の抑圧や人種差別と戦うことが、政治的、社会的、芸術的ビジョンの存続にかかわる要素となっている友人、隣人、同僚にとってもショックです。

私たちはこの機会を利用して、反ユダヤ主義の残酷な歴史について学び、この描写が問題の作品に取り入れられたことにショックを受けています. 
このまとめて作成されたバナーは、1965年の「ニュー・オーダー」(オルデ・バル)時代以降、法的にも社会的にも解決されていないインドネシアの暗黒の歴史に言及しています。

この機会に、ドクメンタ15に費やしたすべての作業が無駄にならないように願っています。ドクメンタ15はそれだけではありません。
ドイツのカッセルの多くの人々、機関やパートナーから受けた建設的な批判と連帯に非常に感謝しています。
ただし、同時に、私たちに対する攻撃の多くが誠実な意図で実行されたものではないことも指摘しておきたいと思います。
私たちに対する申し立ての多くは、オープンな意見交換や相互学習のプロセスに入る前の試みなしになされたという印象を持っています。

私たちはここに留まり、困難にもかかわらず展覧会を継続することを決意しています。
私たちを支え、信じてくださった皆様との対話を続けたいと思います。

引用:https://documenta-fifteen.de/news/dismantling-peoples-justice/ より筆者翻訳

問題はどこにあったのか

非常にセンシティブで難しい問題だといえますが、多くの情報に触れた筆者が読み解いたのは、アーティストとドクメンタ運営側・ルアンルパ双方との直接対話が重要だという意見です。

作品へのバッシングがあった一方で、ドクメンタ運営側がアジアかつイスラエルと国交のないインドネシアから芸術監督を招くに当たり、複雑な社会的・政治的条件の中で何がタブーなのかをきちんと指導することなく招いたことにあるという指摘も見かけました。

芸術作品は検査・検閲されるべきなのか

作品は検査・検閲されるべきだったのでは、という声もあるかもしれません。

それについて、カッセルの美術史家でドクメンタの専門家であるハラルド・キンペル氏および元総監督のザビーネ・ショルマン氏が回答するhessenschauの記事がありましたので、着目してみましょう。

ドクメンタ祭のスポンサー (国とスポンサー) は、意識的に芸術を検閲したり、影響を与えたりしてはなりません。
そうして初めてア​​ートは自由になる。
もちろん、ポジティブな面でもネガティブな面でも、常に驚くべきリスクがあります。

https://www.hessenschau.de/kultur/diesmal-ist-es-schiefgegangen-die-verheerende-erste-documenta-woche,zusammenfassung-documenta-skandal-100.html をもとに筆者が翻訳。

スキャンダル直後のドクメンタ15

『ドクメンタ15の評判ががた落ちしたみたいで、コンサートで盛り上げようとしているみたいだよ』

そんな話を聞いて、最初は何のことだろうと思っていましたが、今回触れたスキャンダルが関与していることを後から知り、驚いたものです。

よくよく調べてみると、ドクメンタ15のテーマはインドネシアにある「Lumbung(ルンブン)」と呼ばれる共同の米納屋から派生する「共有、連帯、友情」というコミュティの概念から、ドクメンタ15の各会場で音楽や芸術xパーティーの融合イベントなどが多数開催されていました。

スキャンダル後の《People's Justice》跡地に行ってみた

写真6:2022.09.15に筆者が撮影

作品撤去というスキャンダルから3か月後の9月。

筆者は今回の記事の執筆に伴い、かつて《People's Justice》が展示されていた広場へ足を運んでみました。

跡地は何事もなかったかのよう。

2022.09.15に筆者撮影

いつもの穏やかなフリードリヒスプラッツと、ドクメンタ15の展示で賑わっていました。

ただ、作品の展示があったという証拠が地面の穴からわかります。

最後に

波乱を呼んだ「ドクメンタ15」ですが、スキャンダル後も静かに盛り上がりを見せており、無事に会期終了を迎えました。

ヨーロッパ・ドイツという国柄、芸術・アートという世界の中においても常に社会的・政治的な要素がとなり合わせだと言えます。

今回のスキャンダルでは、日本に居たらわからなかったこと、なんとなくでしか知らなかったことへの理解も深まった一方で、運営側の「芸術は検閲されるものではない」という言葉にも理解を示せる部分があったのではないでしょうか。

次回の「ドクメンタ16」は何が待ち受けているのか、良い面も悪い面もあるかもしれませんが、地元民として注目していきたい行事のひとつです。

アイキャッチ画像:建設前の作品たち、スキャンダル発生前の穏やかなフリードリヒスプラッツ(2022.06.15撮影)

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