糸の芸術の世界へ行こう。『小林正和とその時代―ファイバーアート、その向こうへ』

あけましておめでとうございます。本年も元気に京都からアートを中心とした情報を発信していき、楽活読者の皆さまと楽しい日々を過ごしたく思っている美術ライターの明菜です。

さて、この記事を読んでいる方のうち、おそらく9割以上の方は着衣の状態かと思います。その衣服などを作る材料のひとつが「糸」。2024年は、糸を用いた「ファイバーアート」の展覧会から、美術館めぐりを始めませんか?

展示風景

京都国立近代美術館で3月10日(日)まで開催される 『開館60周年記念 小林正和とその時代―ファイバーアート、その向こうへ』では、ファイバー、つまり「糸」を用いた作品が数多く展示されています。

糸は身近でありきたりに思える素材ですが、ファイバーアートの作家たちはその魅力を追求し、見る人に訴えかける作品を打ち出してきました。展示の難しさなどから、展示機会が貴重なファイバーアート。ぜひ美術館を訪れ、直に見ておきたい展覧会です。

ファイバーアートと小林正和

小林正和《HANAOTO-P3 ’91(花音-P3 ’91)》1991年 群馬県立近代美術館

本展は、2024年に生誕80年・没後20年を迎える小林正和(1944-2004)の初めての回顧展です。小林は日本におけるファイバーアートのパイオニアとして知られています。

壁にかけるタペストリーなど織物の芸術は古くから存在しますが、1960年代以降、欧米を中心に従来のテキスタイルの概念を超えるような作品群が登場します。さまざまな素材を取り込み、平面から立体、空間へと展開していった作品群は、「ファイバーアート」と呼ばれるようになりました。

小林正和《MIZUOTO-99(水音-99)》1999年頃 個人蔵

本展では、小林の代表作や関連資料約80点に、彼と歩みをともにした作家たちの作品を加えた約100点が紹介されます。平面のみならず三次元へと展開した多様な作品を通し、ファイバーアートのこれまでとこれからを考えられる内容となっています。

「重力」に「張力」…表情を変える糸

展示風景

小林は京都市立美術大学(のちの京都市立芸術大学)で漆工を学んだものの、より自由な色彩表現を求め、卒業後は川島織物に就職。第6回国際タペストリー・ビエンナーレへの入選を機に、国際的に高く評価されるようになりました。

小林正和[デザイン]/川島織物[製作]《吹けよ風》1972年 川島織物文化館

出世作シリーズ「吹けよ風」では、垂らした糸の曲線の連なりによって波の模様が表現されています。小林は「7色の麻糸が交差し合う。ぬき糸(緯糸)の動きの面白さを狙った作品」と語っており、風に吹かれるさざなみのような軽やかなリズムを感じる作品です。

小林正和《KAZAOTO-87(風音-87)》1987年 国立国際美術館

重力に従う糸の柔らかさを美に昇華したかと思えば、ピンと張る張力を活かした作品も。《KAZAOTO》などの作品群では、糸を張って竹ひごや金属棒をしならせた、弓のようなパーツを用いています。

私ははじめぼんやりと作品を眺めていたのですが、糸がピンと張り、竹ひごなどをしならせていることに気づいた瞬間、胸がざわざわしてきました。糸の緊張を感じ取り、自分にも緊張が移ったのですね。

小林正和《KAZAOTO-87(風音-87)》(部分)1987年 国立国際美術館

自分と作品が共鳴すると、目の前の作品は私なのではないか、という不思議な感覚が生まれてきます。単なる糸に命があるような気がしてくるし、見えない神経でつながっているような感じも湧き上がってきました。

展示を見終わったあとも、「あれは一体なんだったのか…」と考えてしまいます。言葉ではない対話ができたような、できなかったような。けれど、「面白かった」という充実感に満たされて会場をあとにしました。

糸とアートの「魅力」と「魔力」

小林正和《MIZUOTO-99(水音-99)(部分)1999年頃 個人蔵

さて、良い展覧会ほど「良さ」の言語化が難しいと日々感じており、本展もまさにそれに当てはまります。ここまで書いておいて何ですが、「何ていうか…………とにかく見てきて!」という気持ちです。

つまり「自分の目で見ること」の大切さを改めて実感しました。写真や動画を介すと伝わらなくなる何かが、美術館にはあるように思うのです。

小林正和《YUMIOTO-B93(弓音-B93)1993年 個人蔵

糸を使った展示作品は、わずかな空気の流れによって糸が揺れます。光の向きと見る方向によっても表情が変わります。非常に微細な変化ですが、自分の目で見るとハッとします。本展は、美術館で作品を見る楽しさを知れる展覧会とも言えるのではないでしょうか。

展覧会情報

開館60周年記念小林正和とその時代―ファイバーアート、その向こうへ

会場:京都国立近代美術館
会期:2024年1月6日(土)~3月10日(日)
開館時間:午前10時~午後6時
     金曜日は午後8時まで開館
     *入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし2月12日(月・祝)は開館)、2月13日(火)
展覧会ウェブサイト:https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2023/456.html

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