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「きのこ心が湧くね」作家・高原英理による、奇想のきのこ文学『日々のきのこ』40年の時間を経て生える!

普段はあまり意識しないことかもしれませんが、文学はことばのアートです。私は、昨年末、まさしくアートだと言えるような、不思議で興味深く独創的な小説に出会いました。

今回は、昨年末、いまだかつてない奇想のきのこ小説『日々のきのこ』を発表された、作家の高原英理(たかはら・えいり)さんにロングインタビューを行いました。

高原英理さん(撮影・内匠淳サロン)

――40年前にこの小説の着想を得られたとのことですが、当時いったい何があったのか、お教えいただけますか。

高原英理さん(以下、「高原」と表記)40年前、単に夢を見ただけのことでした。22、3歳ですかね。朝方、なんだか大きなきのこがたくさん生えている所を通っていく、すると向こうに何かあるらしい、というような、そんな夢です。

――でも鮮明に覚えてらっしゃった。

高原:印象的だったので、起きてすぐに書き留めました。それで、その書き留めたのを少し後で書き直して、原稿用紙1、2枚のものにしたんですが、その時はそれが何になるかどうなのか、よく分かってなくて、例えばきのこのでかいのがいる……ある(笑)。それだけ。その後機会があって続きを書いてみようかな、となったとき、何か関係があるとしたら、一番気になるのがきのこだったので、きのこ爆弾のようなものを貰って、椎茸がいっぱい生えているところを逃げていくみたいな、そういったものを書きました。だいぶ後のことですけどね。

――確か、20年くらい前のことでよろしかったでしょうか。

高原:はい。たまたま「詩の朗読を許される」という催しがあったので、その時にじゃあ、って続きを書いて、その二つを朗読しました。その時の朗読の伴奏にしたのがジョン・ケージの「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」。

なんとなく、そう愉快というわけではないけれどちょっと変で、ちょっと諧謔(かいぎゃく)味があって、かつ薄暗い、その辺が良かったからです。でもその頃は、ジョン・ケージがきのこの人だって認識がそんなになかった。まあきのこ関係で見つけたんだとは思うんですが。

だから最初の夢の段階では、きのこの話にするのか、それとも、よく分からない所へ進んでいって、なんか暗ーい所へ行く、その彩りの一つとしてきのこがあるのか、そこがあまり決まっていなかった。ですけど、二作目を書いてみて、この先、きのこで続けようか、となったわけです。

「日々のきのこ」が初めて掲載された純文学雑誌『文學界』

――今回『日々のきのこ』に収録されている、「思い思いのきのこ」がもともと「日々のきのこ」というタイトルで、その形で雑誌に発表なさったということですが、そのあたりをもう少し詳細に教えて下さい。

高原:先に書いた二つがずっとあって、散文詩のつもりでした。自分は詩人と言いたいんだけど、どうも詩人ではないようだから、もう少々ストーリー性のある話を加えて小説にしてみようと思って2010年くらいに書き終えたのが『日々のきのこ』です。その時はあんまり統一感のあるストーリーにはしませんでした。小説を持っていく先が『文學界』という純文学の雑誌だったものですから、ウケとか考えずに、微妙な心の彷徨(ほうこう)みたいな調子で続けていって、時々思いつきで、一夜茸が首から生えてたり、そういうところを遊びで加えました。基本は「自分は何でしょう」「どこに自分はいるんでしょう」的な感じで書いていたように思いますね。その時は。

『文學界』掲載時の「日々のきのこ」冒頭部(現在の『思い思いのきのこ』)

――今回の書籍化にあたって「所々のきのこ」「時々のきのこ」が書き足されたということでよろしいでしょうか。

高原:はい。これは一年半くらい前に一気に書いてしまったんですけれど、心の彷徨(さまよ)い的テイストでやると時間がかかるんですよ。でも、SF風なところとか、ファンタジー的なところとか、あえていい加減に、もう少し奇談(ストレンジ・ストーリー)を前に出して考えると思ったより早くできました。それまでもいずれ一冊にしたいとは思っていたんですけど、このときまではなかなかきっかけがありませんでした。今なら書けそうかなと思ったのでやってみたら原稿用紙140枚くらい続けて書けました。そのとき、最近独立して編集プロダクションをやっておられる田中優子さんという方をTwitterで知って、プロフィールを見ると「趣味・きのこ」って書いてあった(笑)。これは分かってくれそうだと思ってお送りしたら、すぐ気に入っていただけたので、河出書房編集の尾形龍太郎さんにお願いしてもらって、三人で作ることになりました。僕が持って行った段階では「日々のきのこ」が最初で、そして「所々のきのこ」「時々のきのこ」という順番だったんですけど、田中さんの意見では最初に重く来るのが若干(じゃっかん)読者に負担が大きいんじゃないかと、僕もそんな気がしましたので、最初は一番景気のいいのから行こうということで、空を飛んでみたり、宇宙に行ってみたりという話が入っている「所々のきのこ」を最初に置いて、次に「日々のきのこ」、これが今では「思い思いのきのこ」で、その後「時々のきのこ」で終えるようにしたら、いい感じになったと思いましたし、田中さんもそう言ってくださいました。

作中、「ばふ屋」が踏む「ノモホコリタケ」のモデルになったと思われるきのこ、ホコリタケ

――きのこ好きの間では「所々のきのこ」の冒頭、「ばふ屋」さんになりたいという意見が多かったです。あれが冒頭にくるのは入り込みやすいと思いました。

高原:良かったと思います。自分もやりたいですね。

――ということは、あまり生きのこを踏んだりとかはなさらないのですか?

高原:実際にはそれほど。住んでるところに森が少ないものですから。桜の木の根元にサルノコシカケ的なのがありますが、どうも家の近くではあまり見ませんね。

――きのこ好きも、山へしょっちゅう行く派と、街できのこグッズやきのこ本に親しむ派に分かれる気がします。飯沢耕太郎さんも「きのこ文学評論家」になってから誘われて生きのこにも関心を持つようになったと聞いています。

高原:飯沢さんも、文学とか書物の世界、あと切手ですね、そういうので最初著作を出しておられましたね。僕もそうです。きのこを探しに行けたらぜひ行きたい。でも今、電車に乗ってどこかへ出るのもあんまりよくない時期なのが残念です。

「日々のきのこ」『文學界』掲載を記念して行なわれた「きのこ歌会」の記録冊子とそこで高原さんが提出した短歌

――『日々のきのこ』へのはじめの半歩は、どのあたりにあるのでしょうか。

高原:『日々のきのこ』は文学だし、僕はあくまで一貫した文学作品だって言い張るつもりですけど、最初のいくつかのエピソードなんかは、変わった話、短い詩、変な言葉の集積みたいに受け取っていただけたらいいと思っています。小説より詩はさらに門が狭そうですけど、でも、私たちは普段何でもないところで「うにゃ」って言ってみたり「あは」って言ってみたり、意味をなさない言語ってありますでしょう。ああいうので勝負してみようかな、と。別に意味なんかは分からないでいいんです。そういうところを面白がっていただければいいかと思っています。

――例えば、p109―p112あたりの「きのこ語」ともいうべき部分はまさにそうですね。例えば、「ほろりだか、ころりだか、もっと軽く、耳、耳の穴、耳の、穴から、右の、空気に、ほろ落ちる速さのゆがみ緩むほどの軽さで、かかわらず、球の、塊の、粒の、芯にはごろごろと、こくこくと、したのが潜んで、そんな白い、……」という感じのところに圧倒されました。

高原:これなんか文学と言わなくても、子供の言葉の遊びのようなものとして見てもらえたら、難しく考えずに読んでいただけるんじゃないかと思うんだけどどうかなあ。

――そう思います。いけると思います。

きのこ短歌その2

――最初、「えっ、ばふ屋さん死んじゃうの!」と思ったのですが、読み進めていくと違う人のことだと分かるようになりました。

高原:そのへん、あまり慣れてないと同じ主人公、語り手と思われるかもしれませんね。全く別の語り手だということを分かってもらえると安心できるかな。途中でまたもう一回出てくる人もいますけどね。全部一人称ですから誰が言っているかちょっと分かりにくいかもしれない。

――最後に、2022年2月15日のTwitterのつぶやきについてお尋ねしたいです。

高原英理さんのTwitter(https://twitter.com/ellitic)より引用

「書き終えた作品に対して作者は〔最初の読者〕でしかなくて、自身もそこに何が隠れているのかを知らない。だからたくさんの人に読まれそこに見いだされるものを教えてほしい。言及してほしい。あれは何なのか。」とおっしゃったのが、とても印象的でした。

高原:小説――主に小説としますが――の中でも、全部が全部そうとは言えないところもあります。例えばミステリーで犯人の動機が自分にはよく分からないけれど、これはどうしてだといった場合に、雑な書き方をしているために、作者が書き逃していて分かりにくいっていうんだったら答えるべきですね。そういう答えのあるものは作者からの回答も必要かもしれません。あと、単語の意味とか、あまり使われてないけどこういう意味ですよ、と教えるのはありだと思います。でもね、それ全体を読んで、どう思うかは、作者が決められるものじゃないです。作者が考えている像は、作者が勝手に考えている像で、書かれたものって読む人がどう読んでもいいでしょう。もうその段階で、作品は作者のものではないとも言える。世に本として出した段階で、それは手に取った人が好きに、極端な話、一部分だけ読んでそこが好きでそれ以外読まないというのでも良いわけです。そういうふうに勝手にしてもらうのが本来の本の読まれ方と考えているので、そういうふうに言いました。読者の方が主体だということを忘れちゃいけませんね、作者は。

重版もかかった人気作品『日々のきのこ』オススメです

ヒグチユウコさんの挿画が映える表紙・裏表紙

『日々のきのこ』は2021年12月に刊行、早々に重版がかかっていたため、つい最近まで品切れ状態でしたが、現在は書店に並んでいるはずです。

ヒグチユウコさんの挿画も素晴らしく、作品の世界観にぴったり合っています。装丁も良いです。手元に置いて損はない1冊です。

ぜひ読んで、そしてそこに見えたものについて言及してみてください。必ずしもTwitterなどでつぶやかなくとも、自分の中でだけでも構いません。きっと、より深く『日々のきのこ』を味わうことができるでしょう。

『日々のきのこ』高原英理著 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309030159/

Amazonで購入
https://www.amazon.co.jp/dp/4309030157/
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高原英理・プロフィール

高原さんのこれまでの作品の一部。『観念結晶大系』など多数の著作がある。

1959年生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科博士後期課程終了(価値システム専攻)博士(学術)。1985年第1回幻想文学新人賞受賞。1996年第39回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。主要著作に『少女領域』『エイリア綺譚集』、『高原英理恐怖譚集成』(以上、国書刊行会)、『無垢の力』『ゴシックハート』『不機嫌な姫とブルックナー団』(以上、講談社)、『ゴシックスピリット』(朝日新聞社)、『神野悪五郎只今退散仕る』(毎日新聞社)、『月光果樹園』(平凡社)、『アルケミックな記憶』(書苑新社)、『うさと私』『観念結晶大系』(書肆侃侃房)、『怪談生活』『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』 (立東舎)がある。編著に『書物の王国6 鉱物』(国書刊行会)、『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』『ファイン/キュート』(以上、筑摩書房)、『ガール・イン・ザ・ダーク』『深淵と浮遊』(講談社)、『少年愛文学選』(平凡社)。

堀 博美

堀 博美

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神戸出身、京都在住のフリーライター。専門はきのこ。きのこライターとしての主な仕事に、書籍「きのこる キノコLOVE 111」(山と渓谷社)「ときめくきのこ図鑑」(山と渓谷社)「ベニテングタケの話」(山と渓谷社)「珍菌」(光文社)「毒きのこに生まれてきたあたしのこと。」(天夢人)などがある。WEBや雑誌、新聞などにも執筆経験あり。

一方で、長年現代アートに携わり、現在も制作活動を続けている。
きのことアートはライフワーク。その他、珍しいお菓子、京都街歩き、同人誌イベント、音楽鑑賞(米良美一さん推し)などに興味がある。

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