ニューヨーク・ステート・オブ・マインド エピソード5

2023年、再び訪れたニューヨークではさらに多くのチャレンジが待ち受けていました。このコラムは、そんな中でヘンテコな私が、半歩ずつ自己実現をめざし孤軍奮闘してきた経験を綴ったものです。観光旅行では味わえないニューヨークの一面を知ることが出来ました。それをご紹介していきます。

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★ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド
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「やっと、帰って来る。」

私は18日にJFKに到着し、今日は27日木曜日、思いがけず10日間ニューヨークに一人で放り出されてしまっていた。それが、一応、工事が終わり帰って来るという知らせがきた。家に帰って来るらしい。

娘たちはアパートの上の階からの水漏れで、バスルームの天井と壁が剥がれ落ち、その工事が始まったら、いきなり赤ん坊の血液検査から鉛が検出されるという災難続きで、這う這うの体で郊外の義理の姉のところに避難してしまっていた。

義姉の郊外の新居は広くはないので、さぞお互い窮屈な思いをしただろう。狭いところで、緊急避難に応じてくれた義理の姉の好意に応えなきゃいけないし、リモートで自分の仕事をしなければいけないし、動けるようになってきた赤ん坊から目が離せないし、という三重苦を抱えて、メンタルストレスは最高潮と予想される。-オォー、恐―

避難できて身体は安全確保されたものの、逆に心は、一触触発では?と、恐る恐る、でも顔を見られるのにはわくわくして、会いに行った。

のっけから⁉ 娘は不機嫌マックス!

やっと彼らのアパートを訪ねることができたわけだけど、ドアを開けた瞬間から娘の顔は、不機嫌100%だ。私とすれば、「10日間もほっぽらかしでごめんね」という優しい一言が欲しいところ、でしたけど。娘は娘で帰ってきたら、あれもしなきゃ、これもしなきゃと留守の間に溜まっていた仕事の段取りもしていたのに、当然現実はその通りに動かない。

彼女たちをブルックリンの自宅まで車で送るためわざわざニューヨーク州の北部から来てくれた義理の父親のグレッグは、朝からの運転に疲れて彼らのベッドでお昼寝中。それに対して、娘は「家に着いたら赤ん坊のことみてくれるって言っていたのに(寝てしまった)」と不満顔。

工事が終わったバスルームを覗いてみると「旦那のマックスは3回もモップをかけたと言っていたけど、埃だらけでしょ。こんなところに子どもが入ったら、また、何を口にしてしまうか分からないって言ってんのに」と口角泡を飛ばしてくる。ビュンビュン。

私が「(そんな中でも)よく頑張ってるね」と労うと「そう言われちゃうと、本音が吐けないでしょ」と来たもんだ。返す刀でバッサリで、やられた~。

こいつは危ない。ストレス火山噴火寸前!少し離れて、レストランまでついていこうと思っているのに,,,娘の方からくっついてきて、毒を吐き続ける。聞きながら「そう、そう、それは大変」下手に何か言って、彼女の逆鱗に触れ、再び刀で斬られてもなんだから。うなずきと相槌のリアクションしかありえない。

しばらく心に溜まっていた分の毒を吐き続けて、少しずつ落ち着いてきた、デドックス終了かな?

娘は別の視点からの話を始める。「それでも?こんなひどいことが。起きちゃったけど、それでも、良かったのは?ニューヨーク市が、鉛の数値が検出された赤ちゃんに対して継続的な見守りしてくれるということがわかったことかな」と、話題が明るい方に向き始め、ホッ。

「さっきニューヨーク市の職員から電話がかかってきたんだけど、鉛の心配がなくなるまで、継続的に支援してくれるということだった。明後日、また血液検査に行くわけよ。それで鉛の危険値が出なかったら、まあ一安心なんだけど。で、ニューヨーク市の方からアパートの大家の方に鉛が使われている水道管の撤去とか、ちゃんと言ってくれるらしいから。今までみたいに私たちが管理人と揉めなくて済むし。そこがニューヨーク市しっかりしてるから助かるわ」と娘の気分が上を向き始めたところでレストラン到着。グッドタイミング!

家族団欒の楽しいディナー

「お決まりになりましたか?」さっきから、何度か同じ人がオーダーを取りに来てくれる。ニューヨークはテーブルごとにホールスタッフが決まっていて、客からもらうチップが給料より多いものだからスタッフも我慢強い。来るたびに娘は料理の質問を浴びせていた。

娘は出産してまだ一年。子育てと仕事で超多忙でなかなかちゃんとしたレストランに入ることはできない。そのせいなのか、目を皿のようにして、メニューを読んでいる。グレッグやマックスみたいに、ハンバーガーとフィッシュアンドチップスというのも定番すぎて味気ないけど、それにしても時間が掛かっているなぁ。私も人様に作ってもらった凝った料理が食べたい欲は強いので、熱心にメニューの写真は見たものの、写真の下の四行からなる詳しい説明を読むのは諦めて、見た目でオーダーを決めてしまった。しかし、娘は食い下がっている。完璧に自分の食べたいものを選ぼうと全精力を傾けている。「うーん、私の子だ」

娘がオーダーを決めてくれるのをみんなで待つ間、一年振りに会う赤ん坊の一挙手一投足を飽きずに見つめていた。ぐんぐん育っているねぇ。ちゃんと(?)テーブルの上に座って自分でジプロックの袋を掴んで、丸いスナックを一生懸命食べている。こんなお菓子みたいなもんばっかり食べさせていていいのかな?と口に出さずに(つまらないことを言って、娘の機嫌を損ねないように)思っていた私の心配を察したのか、娘が「これは総合栄養食品。ここらの赤ちゃんがみんな食べてんだよ」と規制を制してきた。その赤ん坊が私の口にもそれを入れてきたので有難く食べてみた。ほぼ、味はしない。それはそれで、何で、こんな味もしないものを一生懸命食べてるん?と思ってしまう。でも、自分の大事な食べ物を分かち合おうという態度(人の口に入れるのを面白がっていただけかもしれないけど)に、勝手にうっすら感動する。

そのお姿を一生懸命ビデオに撮っていたら、いきなり頭にガツンときた。いたぁ、何これ?レストランの壁から鉄の付属物が出ていた。白く塗ってあるのでビデオに気を取られて見えなかった。普通レストランの内壁から、こんなん出てる?目から火が出た、コブが出た。災難やなあ。想定外やわ。建物の中で、こういうもんあるかもしれないなんて注意をしていなかった。でも、あったわけだから、日本での常識をリセットして、自分に注意喚起しなきゃ!

多国籍の移民が集まっているという現実

次の日、遊びに行った公園には、生粋のユダヤ教の母子や元気すぎる黒人の子供たちが、グループで来ていた。グループ化していると、そこに入って行けそうにない空気があるのは、どんな国でも同じだ。それだけではなく、どちらからも近づかないようにしているのは、お互いを差別しているからではない。どちらかと言えば尊重しているからだ。

例えば、ある宗教では教義として全く予防接種をしないということが決まっている。それを知っているからお互い近づかないようにしている。予防接種の是非は日本でもコロナ対策の議論中に盛んで、最近までよく耳にしていた。どちらが正しいかは答えが出ないかもしれないが、いろいろな菌やウィルスを持っている可能性があるところに、それらへの耐性がまだない赤ん坊を近づけることはできない。

また、遊び方にもその人たちの環境が反映されていて、公園の遊具をそんなに乱暴に扱っては、そのうち壊してしまうか、本人が怪我をするのではないかなと心配してしまう遊び方をしているグループもいる。日頃から、力を出し切る行動を良しとされている環境なのかな。

文字になってはいないけど、知っておかなければならない不文律とか相手の背景情報とか相手への配慮は日本より多岐に亘っている。

これが、多国籍の移民が集まっているという現実。

そんなことで、この先、赤ん坊を入園させる保育園(2歳から)は、娘と子育ての常識が合いそうな日本語のエマージングスクールにするらしい。当然、ストレスが少なくて済むと踏んでのことだけど、大学の授業料と同じぐらいのお金がかかるらしい。やはり、世界一の物価高。

世界からアメリカを見ると一番、裕福な国。だから、移民も絶え間がない。一方、価値観をはじめ背景が異なる多様な人々による人口増に伴い、家賃は高い、物価は高い、食べ物の安全基準は緩すぎ、医療は?教育は?言葉は?エトセトラ、エトセトラ、課題も山積みだ。

多様な人々と共に生きていくという言葉は美しいし、うっとりと理想的だ。

でも、出身地でそれぞれ価値観をはじめ生きていくうえで信ずることが違う。違うのを前提に相手への配慮を高いレベルで設定し行動する必然がここにはある。

日本人という単一民族国家から見ると必然的な「多様性」のレベルが全く違うといつも思わされるなぁ。

今回はトラブルからやっと抜け出し、再会することができました。その場面は期待したような感動はありませんでしたが、いつもの私たちの姿でした。ここニューヨークシティでは多国籍移民の多様性のレンジはすごく広く、良いことも悪いこともドンときちゃいます。

そうはいってもこの後、ニューヨークらしい場所をたくさん訪れていきました。

次回以降それをご紹介していきますね。お楽しみに。

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