私が油画作家の奥野晶(おくのあき)さんに出会ったのは、clubhouseという音声配信アプリでのこと。簡単にいうとzoomの音声版なのだが、一般に公開されており、アプリを持っていれば誰でも参加することが可能である。
その中で、奥野晶さんがホストとして開催していた「あなたの好きなアートを教えてください」という番組を聴き始めたのがきっかけだった。
彼女の明るい声と、軽快なトークの中にも、ゲストが語る絵画に関しては真摯な姿勢で感想を伝えようとし、room(番組のことをそういうのである)の中に集まる人たちの温かさに感動し、いつしかその場に身を置くことが楽しいと思い始め、clubhouseの中で彼女と何度もお話ができるようになっていた。
彼女と交流を重ねる中で私が驚いたのは、彼女が老舗画廊に在籍する若手作家であるということ。
私が画廊所属の作家に抱くイメージは、どちらかというと外界に触れることをよしとされずに、アトリエにこもって、黙々と絵を描き、画廊のマネジメント外では発信することなどもってのほか、だったからだ。(どんな想像だ)
そこで、clubhouseなどという、当時先端の公開ツールで、自分のことをのびのびと語る作家さんがいようとは!と思ったのである。
もちろん、画廊に所属していようがしていまいが、clubhouseで発信するアーティストは多い。思っていることをリアルタイムで話すことができ、時間の制限も(基本的には)ない。自分の活動を宣伝する場所としてclubhouseは非常に適していると思う。
実際のところ、個展をやります、コンサートをやります、美術展に出ます、出版します、という話は毎日のように耳にする。テレビやウェブニュースでは埋もれてしまうような情報かもしれないが、自分が応援しているアーティストさんなら参加するし、何より親近感があり、一緒に盛り上がる感じが良いのだと思う。
彼女がclubhouseにいた理由。絵を描けない自分と向き合う時間。
だが、奥野晶さんは、番組内で自分が作家であるということも、ましてや自分の絵を買って欲しいなどということを、当初からほとんど口にしなかった。そのスタイルは今でも変わっていないが、だからこそ逆に、彼女がclubhouseで発信し続けるのはなぜなのだろうと思っていた。
実は、彼女が積極的にclubhouseに関わりはじめた時期は、絵を描くことができなかったスランプの時期と重なっていたらしい、そのようなことを番組内で少し話されていたと記憶している。
作家、奥野晶の作品の魅力は、表現される色彩の鮮やかさにあると思う。
当時、「色を失ってしまった」というような表現で話していたのが印象に残っていた。
やがて彼女は再び描き始めた。その様子はInstagramなどで見ることができ、私は徐々に作家としての奥野晶さんにも興味を持つようになったのである。
作家と作品に会える画廊という場所。奥野晶さんにインタビューをする。
奥野晶さんが所属しているのは、老舗の日動画廊の名古屋支店。年に1回、年末になると銀座本店で所属作家の作品が一堂に集められるミニヨン展という展覧会が開催される。出品者全員が「4号」以下の小さな絵を描くので、「ミニヨン」とはなかなか洒落ているではないか。
もちろん、奥野さんも含め、名古屋支店所属の作家の作品も出品される。新人、若手の作家から今は亡き有名作家など、約200名の作品が壁を埋め尽くす様子はなかなかに迫力があった。
実は、私が奥野晶さんのことを書かせていただくのは初めてではない。以前書いた「今、clubhouseで起きていること」という記事でも彼女を紹介させていただいているので、お時間があれば読んでいただきたい。
今回は、実際に、作家・奥野晶に会うことができたのだ。
以前、楽活で記事を執筆した折に、名古屋支店長の矢野誉之(やのよしゆき)さんともお電話したことがあった。奥野晶さんを担当されているということで、取材の打診をいただいていたのだ。
銀座の日動画廊では、まず矢野さんにお会いすることができた。挨拶をし、画廊の説明をしていただく。
程なくして、奥野晶さんと会うことができた。clubhouseでは何度もお声を聞き、お話をしているのに、会うのは初めてというのは変な気がしないでもない。声を知っているというのは不思議だ。
奥野晶さんは、今回の「ミニヨン展」に3点の新作を出品した。ミニヨン展には毎回テーマが設定されている。第60回となる本展は「赤い花」だ。奥野晶さんは、3点とも赤系の花の絵を用意していた。
壁に掛けられた作品を撮影しながら、それぞれの作品についてお話を聞かせていただいた。
現実ではない、想像に遊びを入れた赤いケイトウ。
赤い花ということでイメージしたケイトウ。本物はもっとこんもりとしたものだけれど、それではちょっと退屈さを感じたので、右側の花びらを流し、走らせたのだそう。
そこに動きが生まれていた。
花屋での偶然の出会い。小さな星・アストランティア(スパーリングスターズという種だと思われる)
繊細さを表現したい!これを描きたいと思って選んだ花。小さな花を選んだことで生まれたファンタジー感が愛らしい。
彼女の凛々しさを表現しているかのような立ち姿のピンクのダリア。
いく層にも重なる花びらの立体感。背景の黄色とのコントラストは奥野晶さんのスタイルとも思える。日動画廊に敬意を表した1枚だという。
作家さんが自分の絵を直接語ってくれるなんて、なんて贅沢な時間なんだろうと思う。
私はコレクターでもないし、絵画鑑賞の専門知識など持ち合わせていない。
こういった画廊という場所で、作家が自らの作品のことを語ることを「ギャラリートーク」と呼ぶのだ、ということを、今日知ったという程度の素人だ。
しかしながら、絵は多少描く。なので、その絵を描くときにかける時間と労力と精神力に関しては、ほんの少しだけ、想像することができる。
彼女が自分の絵画を語るときに、なんて愛おしそうな顔をするんだろうと思い、シャッターを押す。
色を語り、タッチを語る。彼女の作品は、どれも見るだけで伝わっているし、伝わるように描かれていると私は思う。でも、それを語りたいという作家の気持ちもとてもわかるし、聞いていられることが幸せだなと思っていた。
そして、私と同じように思っている存在が近くにいることも感じていた。
彼女を担当する矢野支店長だ。
作家と画廊の関係性とは?作品が商品に変わる時。
私がインタビューに来たいとお話しした際に、矢野さんも在籍してくださるよう調整していただいたので、お話を伺った。
私「画廊さんの役割について興味があるんですがお聞きしてもいいですか?」
矢野さん「新人や若手の作家さんに対しては、画家として成長してもらうためのアドバイス役です。アドバイスと言っても、いきなり技術を教えるわけではなく、あくまで基礎からスタイルを一緒に考えて、共に熟成していけるような関係の中でサポートをしたいと思っています。作品を作り続けるには、発想と成長と進歩が不可欠ですからね。顧客の声を作家に伝えて、作家と制作意欲を共有することも必要です。」
私「奥野さんは、どんなアーティストですか?」
矢野さん「とても真面目な作家です。そして勉強熱心です。作家が成長するためには、人の作品を見ることも大事なんですが、とてもよく見ています。また、時代の流れにも敏感ですし。何かあれば相談してくれる。まだまだこれからもっと育つと思う作家です。」
私「作家が自分自身の作品について語ることについて、どう思われますか?」
矢野さん「もちろん良いと思います。私たちにとっても、作家の思いを聞くことはとても重要です。絵を見に来た方にも、それは同じように大切なことですしね。でも、僕らが話す時は少し違うんですよ。絵画は、作家のアトリエにある時は作品、画廊に来ると商品なんです。それと同じように説明も変わってくるんです。作家の作品への想いを包装して紹介するのが私たちの仕事ですから。」
新しいものと変わらないもの。その狭間で自由に羽ばたいてほしい。
当初、新しいものに敏感で、自分自身で積極的に発信できる奥野晶さんが老舗画廊に在籍している、ということを少し不思議だなと思ったこともあった。だがこうして、彼女についてのお話を聞いているうちに、彼女のパッションの一つが、老舗画廊というフィールドでこそ生まれてくるものなのではないかと思った。
ある意味での制限の中での解放、自由を欲しつつも昔ながらの伝統への深い敬意、そして何より、画家になりたかったという、昔からの夢を叶えることができた場所でもあるという誇り。彼女のさまざまな思いが詰まった場所が、この日動画廊なのだ。
これからの彼女の作品も、とても楽しみに思っている。
2回にわたって奥野晶さんについて書かせていただく事ができた。私にとっては新しい世界を知ることができた貴重な時間だったのは間違いない。
今回この機会をいただけた全ての皆さんに心からの感謝を申し上げたいと思う。
関連情報
日動画廊銀座本店「第60回ミニヨン展」
会期:2021年12月3日(金)〜26日(日)
所在地:東京都中央区銀座5-3-16
TEL:03-3571-2553
営業時間:平日10〜19時、土曜・祝日11〜18時、日曜休廊
ミニヨン展特集ページ:https://www.nichido-garo.co.jp/exhibition/2021/12/60.html
奥野晶さんについて
Instagram:https://www.instagram.com/sho.jp/
公式HP:https://akiokuno.com/