人々の記憶の象徴であり、人類の叡智の象徴でもある古代から存在する記録メディアである「本」は、現代アートの世界では数多くの作家が主要なテーマとして取り組んでいます。
京都で現代アーティストとして活動されている福本浩子さんもその一人。彼女は、デビューから一貫して「ブック・アート」と呼ばれる、「本」をテーマにしたインスタレーションやオブジェを制作してきました。
しかし、ココ最近の福本さんの新境地が凄い。なんと、本からきのこを生やすという、全く想像もしなかった路線へと舵を切ったのです。つい先日、彼女の地元・京都で開催された個展「Mycobooks’ Library」(MEDIA SHOP GALLERY 1)でも、展示会場内を埋め尽くしたのは、本から飛び出すように元気に生えたヒラタケやマンネンタケ。
一種、異世界へと足を踏み込んだような感触も得られた、強烈なアート体験ができた今回の個展。個展を終えたばかりの彼女に、思い切ってインタビューしてみることにしました。
それでは、ここからは、これまでに発表してきた主要作品画像を取り上げながら、デビュー当初からの福本さんのキャリアを順番に振り返ってみましょう!
天井にまで届きそうな、巨大インスタレーションを手掛けていた若手時代
ーーさっそくですが、主な作品の紹介をお願いします。
福本:では、初期の作品から。「La Biblioteca di Babele」というタイトルのインスタレーションです。
ーータイトルの意味は、日本語で言うと何でしょうか。
福本:「バベルの図書館」です。アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説のタイトルです。永遠に続く図書館と、そこで無数の本を読み続ける人々の話です。
ーーこの巨大な壁は・・・一見古代遺跡などに見られる、風化した日干しレンガのようにも見えますが、素材は何からできているんですか?
福本 : すべて印刷物です。
ーーえっ?!紙からできているんですか?!
福本:はい。本、新聞、雑誌などの印刷物を水に浸してミキサーにかけ、布袋で絞ってからプラスチックの箱に入れて成型、その後、箱から出して乾燥させます。
ーー写真で見ても、かなり大きな作品のようですが。
福本 : 幅は約10mあります。高さは約2mです。
ーー「バベルの図書館」のコンセプトを簡単に教えてください。
福本 : 本作では、『<情報>と<モノ>との関わり』を表現したいと考えました。情報は、何らかのモノがあって存在することができる。その、モノの部分である紙に手をかけて形を変えることで、元の情報は消えてしまうけれど、新たな情報を得てよみがえる。それをアートとして表現したかったんです。
ちなみに、この作品を制作した頃に比べると、今はスマホやタブレットなどで電子書籍を読むことが出来たり、情報にモノ感が薄れていたりする方向にはありますよね。それでも、やはりモノに依存している。むしろスマホにはどこかフェティッシュになる人が多い気がします。
ーーなぜ、壁のような形の作品を作ったのですか?
福本: 壁状に積んだのは、図書館のイメージです。図書館は情報が集積され、保管される建物。壁は最もシンプルな構築物の一つで、かつ、この壁自体に、たくさんの情報が詰まっている。
別の機会では、最大で幅12mの壁を築いたインスタレーションも作ったことがあります。
学部研究生修了後は、壁から塔へと作品が進化!
ーー次の展開はどうなりましたか?
福本: 先ほどの作品は大学で制作した作品なんです。卒業し、学部研究生を修了した後は、大きなブロックが物理的に作れなくなったので、自宅や父の事務所や貸スタジオで作れるくらいの、小さな印刷物ブロックで塔を築くことを考えました。その代表作が、「The Library of Babel」 (2010)です。
ーーこれは大きいですね!!……ところで、この作品では、いくつぐらいのブロックが使われているんですか?
福本: 約4000個です。
ーーそんなにたくさん、よく作れましたね。
福本: ギャラリーなどでの展示に向けて、折を見てこつこつ作りためていました。ですが、大規模なインスタレーションを完成することができたのは、京都芸術センターで期間限定で制作室を貸していただいたことが大きいですね。
ーーたくさん作っただけあって、これもまた大きな作品ですね!
福本: 直径2m、高さ4m(床から天井まで)あります。巡回展だったので、2回積みあげました。
ーー同じ作品でも、場所が違うと印象が違いますね。
福本: そのあたりが、まさにインスタレーションの醍醐味だと思います。
ーー砂利状に加工した印刷物を敷き詰めたのは、何か狙いがあったんですか?
福本: これはボルヘスの「砂の本」から着想を得たもので、情報が広がっていくイメージを求めました。正直、観客が塔に近づきすぎて崩壊事故が起きないようにする意図もありました。
ーーなるほど!美術館には様々な方が来館するので、こういった気配りも大事ですね。
福本: 公立美術館での展示は、そのあたりもいろいろ難しいのですよ……
ーーブックオブジェ作品もほぼ毎年作っていらっしゃるのだとか。
福本: インスタレーションと並行して、オブジェ作品も作ってきました。主に「THE LIBRARY」「現代美術ー茨木ミニアチュール展」で発表しています。オブジェの代表作をご紹介します。
福本: 本の全部の文字を、火のついた線香で穴を開けて消して、「文字のない本」を作る、というものです。文字や絵のない本は、本当に本なのか、ということを疑問に思って作った作品です。制作には約1か月ちょっとかかりました。
ーーその疑問は解けましたか?
福本: 1冊すべて焼き終えて、自分の中では「本はやはり本だった」という結論が出ました。「文字のない本」としか言いようのないモノが出来て、線香の穴も何か美しい。それも含めた、アートとしての本なのです。
きのこが主役の「Mycobook」シリーズの誕生秘話とは?
ーーそれでは、いよいよ、きのこが登場する最新の作品について教えてください。
福本:今取り組んでいるのは、2012年からスタートした、「Mycobook(マイコブック)」シリーズです。
ーー「Myco」というのは「菌類の」という意味ですか?
福本: そうです。「菌類の本」という意味でこのように名づけました。
殺菌した本にヒラタケのオガ菌を植え、栽培袋に入れて水をやって実際にきのこを生やす、というものです。これまでに「Mycobook」では個展を2回行っています。本がきのこによって文字通り分解され、新しい生命を育むことを表現したいと考えました。
ーー元々きのこ好きでいらっしゃったとか。
福本: 大学在学時からきのこが好きになりました。その知識や経験がこの作品に生かせていると思います。個展では堀さんのお書きになった本(「きのこる キノコLOVE111」のこと)もご提供いただき、ありがとうございました。
ーーいえいえ、野外販売で傷んでしまった本でしたから。
福本: きのこ本からきのこ、というのは実にやりたかったんですよ。でも今までは設備の問題で、大きな本は出来なくて。文庫本しか出来ませんでした。設備を整えることで、四六判の本も出来るようになりました。
恩師から受けた「誰のマネもするな」という言葉を信じて、独自の作風を模索した学生時代
ーー独自のアートのルーツと言いますか、何がきっかけでこのような活動をされるようになったのでしょうか。
福本: そうですね……私は京都教育大学の教育学部特修美術専攻だったのですが、元々アーティスト志望だったので、本当は美大か芸大に行きたかった。教育大にはまあ受かったからとりあえず入学して、場合によっては仮面浪人するか、くらいの思い入れだったんです。
ーーあまり本意ではなかったと。
福本: それが、世界的に有名な具体美術協会の嶋本昭三先生の授業を受け、初っぱなで出てきた「誰のマネもするな」という言葉に強い衝撃を受けました。
誰のマネもしないんだったら、無理に芸大に行かなくてもいいんじゃないか。ここで自分自身のアートを追求すればいいんじゃないか。そう考えました。それで京都教育大学に在籍する決心を固めたのですが、嶋本先生、私が1回生の終わりに定年退官されてしまって(笑)
ーーあらー(笑)
福本: 幸い後任の先生も現代美術が専門の方でしたので、順当に人のマネをしないで自分の本当に興味のあることを追求することができました。ブックアートに目覚めたのは、3回生の時です。
その時は、少なくとも日本では、ブックアートとはあまり呼ばれていませんでしたが、とにかく本のアートをやっていこうと考えました。卒業制作を控えて、色々考えて、自分の根幹の部分が本とか図書館にあると考えたのです。子どもの頃から本に親しんできて、本や印刷物なしには生きられないくらいだと考えていました。
念のために申し添えますと、京教大の特修美術専攻はだいぶ前になくなってしまい、それからすっかり雰囲気が変わってしまって、自由な制作環境が失われてしまったらしいのです。これから受験する方はご注意ください。
きのこファンからも注目されている個性派アーティスト・福本浩子さんの今後について
ーー最後に、これからの活動予定や抱負をお願いします。
福本:Mycobookのマンネンタケバージョンの技法はぜひ完成させたいですね。これは昨年、試作品として文庫本にマンネンタケのオガ菌を植え付けたところ、4点中1点だけがうまくいったものです。
福本: これをだいたい80%以上の成功率で生やせるようになって、できた作品で展覧会をしたいです。
また、これまではたまたま10年くらいの周期で少しずつ違うことに取り組んできたのですが、Mycobookが今年で9年目になりますので、ぼちぼち新しいブックアートの取り組みについて考えてみてもいいのかな、とも思っています。
ーーどちらもとても楽しみです。今日はどうもありがとうございました。
今回福本さんをインタビューしてみて感じたのは、『<情報>と<モノ>との関わり』という作者のテーマは押さえつつ、あとはご自身の経験や解釈をもとに、自由に鑑賞するのも面白いな…ということでした。
本からきのこが生えているという、これまでに見たこともないような作品だからこそ、見た人が自由にイマジネーションを拡げるきっかけになればいいのではないかと感じました。実際、最新の個展「Mycobooks’ Library」にはきのこマニアの司書の方が来場されて「選書が渋い」「図書館用シールはどの会社から買ったのか」など、意外な話題でたいへん盛り上がったのだそうです。
今後の福本さんの活動が楽しみですね!
福本浩子プロフィール
1971年 兵庫県生まれ
1994年 国立京都教育大学教育学部美術学科特修美術専攻卒業
1995年 同校学部研究生修了
個展
ギャラリー射手座(京都)にて初個展(1994年)
その後、ギャラリー16(京都)、ギャラリーはねうさぎ(京都)、Gallery ART SPACE(東京)、アートスペース獏(福岡)、カノーヴァン(愛知)、川口現代美術館スタジオ(埼玉)、ほか多数
グループ展
京都を中心に、東京・大阪・広島・福岡・宮城・石川・兵庫・岐阜・福井・埼玉・香川・栃木・北海道・アメリカ・イギリス・シンガポール・フィンランドなど、国内外で多数
受賞歴
「こみまる展2009」大賞受賞 吹田歴史文化まちづくり協会(大阪)
SNSアカウント
Facebook:https://www.facebook.com/fukumoto.hiroko
Twitter:https://twitter.com/H_Fukumoto