アート

「塩のアーティスト」山本基へのロングインタビュー! 現代美術作家の新たな挑戦に立ち会う  

山本基(やまもともとい)さんは1996年から「塩」を素材にしたインスタレーションなどを制作しています。

塩で階段を築いたり、床に塩の迷宮を描いたりーーその独特で繊細な作品は高く評価され、国内外に活動の場を広げていきました。

私が山本さんに出会ったのは1998年のことでした。「THE LIBRARY KANAZAWA」という企画展で共に作品を出展したのがきっかけです。

山本さんは金沢にお住まいで、私は京都なので、時々山本さんが京都で発表される際、見に行くようになりました。また、ネットでも近作を拝見していました。

eN arts外観(山本基個展「迷宮 -WHITE DIARY-」開催中)

そしてこのたび、久しぶりに山本さんが京都で作品を発表されると聞き、初日の2021年11月12日に京都・祇園のギャラリー・eN artsさんに観に行ってきました。

和風の外観に、地下室や茶室のある複数の展示室を見ていると、平面作品が多くなっていることが印象的でした。もちろん塩のインスタレーションも複数の空間を使った興味深いものでしたが、平面の緻密な筆? 使いに、私は関心を持ちました。(筆? としたのは、何か筆以外の道具で描いているようだったからです)

同時に「平面は塩じゃないんだ!」とも思いました。もちろん、作品の形態によって素材が変わるのは当然です。でも、私の知る限りでは、山本さんは塩に強い思い入れがおありだったはず。

山本さんは会期中ギャラリーにはおられないとのことなので、ZOOMでお話を伺うことにしました。

27年使い続けた「塩」へのこだわりとは?

――塩で作品を作るようになったきっかけを教えていただけますか?

山本基さん(以下、山本)1994年に、妹が脳腫瘍で亡くなり、人が亡くなるとはどういうことか、とか、終末期の医療のこととか、人の死とはどういうことなのかを考える中で、お葬式の「清めの塩」に興味を持ったのがきっかけです。

展示風景 迷宮-WHITE DIARY- eN arts Photo by Tomas Svab © Motoi Yamamoto

――そうなのですね。

山本:ただ、今も塩を使い続けているのは、そういう文化的な背景だけが理由ではなくて、実際に使ってみて、塩の色に強く惹かれたから。塩がもし茶色とかだったら使い続けていないと思うんだ。しっとりした無色透明の立方体だから、透明なものが重なり合って白く、すりガラスみたいに見える。その柔らかい白さに吸い込まれるというか、自分を受け入れてもらえるような気がしたってことかな。

あと、27年間、使い続けてみて思うのは、塩はめちゃくちゃ扱いにくい素材で、その扱い難さもきっと良いんだということ。自分がコントロールできない、どうしようもないことと向き合うみたいなところかな。たぶん、妹や大切な人が亡くなるという望まない出来事、避けて通ることができない何かを振り返らせてくれるというか、死と向かっていた頃の原点に引っ張り戻されるような感覚が、私の制作に対するモチベーションをキープさせてくれているような気がするんです。

Halsey Institute of Contemporary Art, Charleston 2012  Photo by Rick Rhodes © Motoi Yamamoto

――塩の作品についてですが、展示を終えた後の塩はどうなりますか?

山本「海に還るプロジェクト」というのを2006年からやっています。塩の作品を皆さんと一緒に壊し、手でかき集めて、その塩を海に還すというものです。皆さんと共に海まで行くこともあるし、それぞれが好きなタイミングで海に還してもらう場合もあります。

「迷宮」迷宮-WHITE DIARY- eN arts © Motoi Yamamoto

――今回の京都での個展でも「海に還るプロジェクト」は行われますか?

山本プロジェクト自体はやる予定ですが、私自身が参加できるかどうか分からないですね。オンラインでの参加になるかもしれない。今回は、コロナのこともあって不確定な要素が多かったのでギャラリーと相談して、決まったらSNSやサイトで告知することになっています。

――コロナはアートを含むあらゆる分野においてたいへんですね。

山本このプロジェクトには何百という人が集まることもあるんだけど、今回の京都では予約制にするとか、人数を制限しようか、という話は出ていて、まあその時の状況次第かな。

――コロナが早く収まればいいのですが……

展示風景 奥能登国際芸術祭2020+ © Motoi Yamamoto

――話は変わりますが、短期の塩の展示では海に還すとして、「奥能登国際芸術祭2020+」に出展した作品など長期の展示について、メンテナンスはどうされるのでしょう?

山本会場となった小泊保育所の作品は、もともと長期プランでやりましょうという話だったので、長い年月にも耐えられるように考えたんだ。塩は湿度が高い場所では徐々に溶けてしまうから、その条件をクリアできる計画を立てたというわけ。廊下のドローイングはペンキだから大丈夫。そして、一番奥の部室には7トンの塩を使って、高さ3メートルの塩の立体がそびえる枯山水のような庭を作りました。大量の塩だから、多少溶けてもほとんど気付かない。湿って、乾いてを繰り返すうちにどんどん固く、丈夫になっていくんだ。

だから基本的には何もしなくてもそのまま残るんだけど、埃や虫で白さが損なわれないよう、管理をしてくださる実行委員会の方たちにはお願いしています。

「迷宮」迷宮-WHITE DIARY- eN arts © Motoi Yamamoto

――今回の平面作品にしても奥能登の壁面作品にしても、塩を使っていないのは何か心境の変化などがおありですか?

山本塩はあくまで手段としての「素材」。塩は制作の目的でもなんでもなくて、一番しっくりくる素材の一つと位置付けているんだ。ただ、皆さんにとって「塩のインスタレーション」は見て楽しいと思うし、私も塩のインスタレーションが作りたい。出来上がった景色が見てみたい。その思いはずっと変わらないね。

もともと油画専攻だったこともあって、いまも鉛筆や筆先から伝わる感触が大好き。画材にはこだわりがあって、今回の京都で展示している作品は、塩を入れて使う油差し容器のミニ版(注・普段使う油差しの約1/10)なんだ。ちょうど塩で描いたような盛り上がりに近付くようにアクリル絵具を配合する。この技法で描く作品は、道具も見た目もインスタレーションそっくり。小さなキャンバスの上で描いているときも、大きな世界を作り上げているような、そういう感覚に浸れるところが気に入ってるよ。

造船所の旋盤工を経て、25歳で美大へ

――そもそも、美大に入ってアーティストになろうと思ったきっかけは何ですか?

山本私は子供の頃から手で何かを作ることが大好き。実家はバイク屋で、親父の跡を継ごうと思って工業高校に通い、卒業した後は地元の造船所に就職。旋盤工として働いていた時期もあったんだけど、実際に社会で働いてみてようやく、自分は自分の手で0から何かを作ることが好きなんだと気づいたんだ。でも多分、それは陶芸や他の分野でも良かったのかも知れない。いわゆるアートの世界に憧れていたというわけではなかったからね。

25歳で美大に入ったんだけど、私がその決断をした頃はバブルの絶頂期。いま思えば、時代の空気感のようなものもあったと思う。日本を取り巻いていた雰囲気が、もともと楽観的だった私の背中を押したのかも知れないね。

「迷宮」迷宮-WHITE DIARY- eN arts Photo by Tomas Svab © Motoi Yamamoto

――ご出身の金沢美術工芸大学の油画では、どのようなことを学ばれましたか?

山本今はずいぶん変わったけど、私がいた頃はすごくアカデミックな学校で、もちろん石膏デッサンも沢山やってた。嫌いだったけど(笑)。3年生以降は結構自由にスペースを使えるようになったり、だんだん外の世界で起きていることを取り入れながら制作をしていた。『BT』※を読むようになったのもその頃だったと思う。今だったらネットですぐに情報につながれるけどね。(※『BT』は雑誌『美術手帖』の当時の愛称)

――『BT』ですか。懐かしいですね。そうした学生時代の経験は現在の作品に生かされているわけですか?

山本美大で習ったフレスコやテンペラ、下地作りの授業は今でももの凄く生きてるよ。昔から下地作りは好きで、例えば今回の白いキャンバスも何層も下地を重ねて磨き出してる。下地は一番重要な部分とは言えないけど、作品を彩る大切な要素として、楽しく作っている。昔からある技法を組み合わせて、自分のやりたいことを実現するのは面白いよね。

そういう意味では、工業高校の鋳物実習も今に繋がってる。砂型を作って、キューポラで溶かした鉄を流し込んでバーベルを作ったんだけど、その時に習った技法は、奥能登で展示した塩の立体づくりに生きてるんだ。

――影響を受けた作家はいますか?

山本日本では遠藤利克(えんどう としかつ)さん。私が唯一制作の手伝いをしたことがある作家さんです。遠藤さんのアトリエで飲んで、そのまま泊めてもらったりもしたなあ。外国の作家さんでいうとマーク・ロスコかな。

――遠藤さんとは「これは本ではないーブック・アートの広がり」(うらわ美術館、福井市美術館)という展覧会でご一緒したことがあります。ご本人にはお会いできていないのですが、作品のインパクトは忘れられないです。

展示風景 迷宮-WHITE DIARY- eN arts © Motoi Yamamoto

――今回、自分の作品のここを見てほしい、というポイントを教えていただけますか?

山本うーん……もちろん、お客さんのことを考えて作品は作るけど、でも、まずは自分のために作っているからね。私自身が見たいポイントはいっぱいある。「ここから見たら、めちゃかっこいいやん」とかいう感じでね(笑)。

ただ、大切な人との思い出を忘れないためにつくり続ける中で発見したこともあって、それは自分のやりたいことを形にしていたとしても、必ず作品から何かを感じ取ってくださる方がいるんだということ。私と同じような体験を持っている方々の心に響くということかな。30年近く作品を発表してきたことで見えてきた、これはひとつの事実だと思ってる。

そう、だから訴えたいことが先にあるのではなくて、それは後から付いてくることだと思ってる。

――なるほど、よく分かります。

鳴門のうず潮から着想した、独特の渦巻き模様

――ところで、私には、レース状の描線がまるでキヌガサタケのマントのように見えたのですが、あの形は自然に山本さんの中から出てきた形ですか?

山本最初の頃は頭で考えながら作っていたと思うけど、今は手の動きに委ねてる方が大きいかな。これまでにたくさん描きすぎたからね(笑)。こりゃまずい、これじゃ収まらん、これじゃ形として成立しないぞというところはもちろん意識するけど、出来るだけ身体の流れとかその時の気持ちに委ねるようにしてるし、そうなっていると思う。

「たゆたう庭」 Erunst Barlach Haus, Hamburg 2013 © Motoi Yamamoto

渦巻きは、私のもうひとつの代表的な作品でもある「迷宮」と、同じような意味を持つことを知って、使うようになった形なんです。ヨーロッパ発祥と言われている迷宮は再生のシンボルとして用いられてきたそうだけど、渦巻きも主に東アジアで同じように使われてきたらしいよ。そして、私の描く渦巻きのメインモチーフは鳴門のうず潮。ほんと、何度も足を運んだなぁ。大橋の上から何時間も覗いたり、フェリーにも乗って観察したり。世の中にはいろんな渦巻きがあるけど、鳴門は最高だね。複雑な海底の形や月の引力にも左右されて形作られた巨大な渦は、何とも言えない絶妙な形だと思ってね。

――あの作品に関しては、うず潮からイメージを広げた形なのですね。

山本残念ながら、きのこではありませんでした(笑)。

「たゆたう庭」 UNIVERS’ sel, Aigues-Mortes 2016 © Motoi Yamamoto

作品に家族や大切な人への思いを乗せて、挑戦は続く

――それでは、今後のご予定をお聞かせください。

山本2022年2月には、金沢でリニューアルするガレリア・ポンテのオープニング展で渦巻きの作品を発表するよ。春頃には広島ではじめて、巨大な壁画にも挑戦します。

――今後の展開についてはどうでしょう。

山本さっき話した壁画もそうだけど、これまでやったことのない場所、人たちとも一緒に仕事がしてみたい。奥能登での作品づくりはトライ・アンド・エラーの連続で本当に大変だったけど、多くの人たちと関わりながら築き上げていくのも楽しいよね。最後の最後に私がペンキ選びを誤って塗り直し、「はい、7コマもどる」みたいな、まるですごろくのようなこともあったけど、それはそれで新しいことに挑戦しているからこその失敗。枠に縛られるんじゃなく、その失敗を醍醐味として楽しめるような、そんなことがしてみたい。

そして、その挑戦から得られた糧で、娘をきちんと育て上げたい。育てるだけなら作品づくりにこだわる必要はないけど、それじゃ嫌なんだ。自分がやりたいこと、叶えたいことに向き合うことを通じて、彼女を一人前に育て上げる。そして、将来、娘と居酒屋で一杯やりたい。それが夢かな。

――いいですね!

「迷宮」迷宮-WHITE DIARY- eN arts © Motoi Yamamoto

――今回の京都のeN artsさんでの展示への思いがあればお教えください。

山本実は、こんなに多くの平面作品を展示したのは初めてだよ。普段は塩のインスタレーションがメインだけど、今回は床に塩で描いたインスタレーションも、壁に展示したドローイングも、同じウェイトで展示したいと思って「WHITE DIARY」というタイトルにしたんだ。どれも白い線で描く日記のような作品だね。

そうそう、床に塩で描き上げたのは妻の命日。もう丸5年になるんだけど、その日に向けてページを重ねるように作ってきた感じ。また今回は、私が塩の作品を作り始める25年前に作品との一部として使った額やキャンバスをアトリエの隅から引っ張り出してきてアレンジしたりね。それは私自身の歴史でもあるし、大切な人と過ごした時間の一部でもある。そういうことにも思いを巡らせながら、準備を進めてきました。

――今日はどうもありがとうございました。

「迷宮」迷宮-WHITE DIARY- eN arts Photo by Tomas Svab © Motoi Yamamoto

山本さんのお話から、作品を作ることが楽しくて仕方がない、ということが伝わってきます。でも制作を通じて、大切な人たちのことは決して忘れない。

肉体的にも、長時間床などに迷宮を描くのは大変な作業ですし、最近では制作中に体が痛くもなるといいます。そのために日々体を鍛えて、健康を維持して制作に取り組んでおられます。

今回の京都での個展は、場所が便利な上、会期は2021年12月12日までと比較的長いので(ただし金・土・日以外はギャラリーに要アポイントメント)、見に行きやすいと思います。

「海に還るプロジェクト」がどういう形で行われるかも気になります。

山本さんの作品に興味を持たれた方は、秋の終わりの京都に足を運ばれてはいかがでしょう。

展覧会情報

山本基個展「迷宮 -WHITE DIARY-」
2021年11月12日(金)- 12月12日(日)
会期中 金・土・日 12:00-18:00 開廊それ以外は要アポイントメント入場無料
会場:eN arts(京都市東山区祇園町北側627円山公園内八坂神社北側)
TEL:075-525-2355
会場HP:http://en-arts.com

山本基プロフィール

1966年広島県尾道市生まれ。1995年金沢美術工芸大学卒業。現在、金沢市在住。 若くしてこの世を去った妻や妹との思い出を忘れないために、浄化や清めを喚起させる「塩」を用いたインスタレーションを制作。床に巨大な模様を描く作品は長い時間を掛け、一人で描き上げる。展覧会最終日には作品を鑑賞者と共に壊し、その塩を海に還すプロジェクトを実施している。また、緻密なドローイングや壁画の他、近年は企業とのコラボレーションも手掛けるなど精力的に活動を展開している。

ニューヨーク近代美術館 MoMA P.S.1、エルミタージュ美術館、東京都現代美術館、箱根・彫刻の森美術館、金沢21世紀美術館、瀬戸内国際芸術祭等、国内外で多数発表。

山本基 公式HP
https://www.motoi-works.com
YouTubeチャンネル Motoi Yamamoto
https://www.youtube.com/channel/UCLX2FAwQlO-9vHZX5HtLMoA

堀 博美

堀 博美

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神戸出身、京都在住のフリーライター。専門はきのこ。きのこライターとしての主な仕事に、書籍「きのこる キノコLOVE 111」(山と渓谷社)「ときめくきのこ図鑑」(山と渓谷社)「ベニテングタケの話」(山と渓谷社)「珍菌」(光文社)「毒きのこに生まれてきたあたしのこと。」(天夢人)などがある。WEBや雑誌、新聞などにも執筆経験あり。

一方で、長年現代アートに携わり、現在も制作活動を続けている。
きのことアートはライフワーク。その他、珍しいお菓子、京都街歩き、同人誌イベント、音楽鑑賞(米良美一さん推し)などに興味がある。

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